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***前回の記事、その49より続きです***内宮から宇治岳道を歩いて朝熊峠に着きました、ここでは北(海側)から朝熊岳道が登ってきて合流します。ここに小公園があってベンチもあるのでちょっと休憩です。あ、このベンチにも地元登山会「テクローかい」の名前が入っていてありがとうございます。朝熊岳道の最後の二十二丁の丁石にもテクローかいの名前。朝熊岳道ゴール地点に古くからの丁石が無かったので再建したのでしょうか。ここはもうちょっと景色の見通しが良かった記憶ですが、おそらく
1月に扇山で山火事の発生した上野原市ですが、市街地は何度か大火に遭っています。昭和に入ってからでも、7年(1932年-罹災47戸)、37年(1962年-罹災69世帯)と2度市街地の大半を火災によって焼失させていますが、もともとは明治26年(1893年)3月17日に市の中心部17町1,302戸を焼失するという未曾有の火災を経験し、このときにレンガ、大谷石、御影石といった耐火性の高い資材を用いて蔵造りの店舗に建て替えていたため、このあとも燃えずに残った店舗兼蔵が意外に存在します。鉄道と高速道路が
暑い盛りの長距離の街道歩きは体に悪いということで、短時間で歩き切れる都内の古道を探そうとGoogleマップを拡大して、地図上でバーチャル探索していたところ、北は南阿佐ヶ谷から南は国道20号まで続いている「鎌倉街道」の浜田山付近から新宿に至る「国府道」という聞いたことのないルートを見つけたので、今回はプチ街道シリーズの一種としてその「国府道」を歩いてみました。ルートマップは↓の通り。ネットで調べても皆さん、やはり「Googleマップ上で見つけた謎の道」的な扱いで詳しいことは分からないようで
2025年暮れの12月27日(土)と28日(日)にかけて、千人同心街道歩きの第三回として、前回ゴールの高坂から東行田の区間を歩いた徒歩旅の記録、その9です。歩いたルートは↓の地図の通り。歩いた距離は初日5km前後、二日目17kmくらいで、寄り道も併せてトータルで23~24㎞だったと思います。その8では、荒川近くで浅間山や富士山を見た後、大芦川で荒川を渡り始めてすぐに鴻巣市に入ったところまでをご紹介しました(↓再掲)。大芦橋を渡り始めましたが、、大芦橋長っ!!終わりが見えやしま
2025年4月29日(火)=昭和の日に、2回目の千人同心街道歩きで、入間川から高坂までの約23㎞ほどの区間を歩いた旅の記録、その4です。当日の歩行ルートと立ち寄った場所は以下↓の通り。その3では、埼玉県日高市田木のあたりで、国道脇にある、少なくとも明治初期以前の旧道と思われる道で戦後の馬頭観音を見つけたところまでをご紹介しました(↓再掲)。その短い旧道部分を抜けて国道に戻ってダッシュで歩道のある国道右側に渡り返してホッとしていると、更にまた国道左側には旧道の痕跡らしき短い曲線の
この日は、近鉄白塚駅から歩き始め、江戸橋~津駅~偕楽公園~四天王寺~津観音~津城址と結構中心部を歩いてきたのですが、タイミングが悪いのか、食事処がありません。お店があっても5/5日祭日とあってか、開いていません。携行食でしのいできましたが、そんな中で見つけたのがこのお店でした。「三谷うなぎ屋・東丸之内店」です。…でもこの店、テイクアウト専門店でした。食事時もかなりすぎているし、路上で食べるわけにもいかず、しばし躊躇していたのですが、近くに小公園があり、ベンチもあったのを思い出しそこで食べる
こんにちは(*^-^*)地元JR長岡京駅からすぐの場所もうひな祭りをやっていました。少し早いわねヾ(≧▽≦)ノ町家の入口のひな祭りイベントのパンフレットをみてこれはおじゃましないとね。最近は遠出ができないので、近場で楽しめる場所探しに力を入れています。ブログを始めたばかりの頃は若さもあって、大阪や神戸方面まで足を延ばし、朝から晩まで歩き回っても平気だったの今は・・・体力的にちょっと厳しくなってきました(;^_^Aふと思い出したのは、これま
どもJudyです♪あいにくのお天気ですが、雨はとりあえず止んでくれた箱根に来たら行かなきゃいけないここへ乗ってないのに撮りまくる大涌谷またの名を「くろたまご館」←初めて知った国立公園箱根大涌谷|大涌谷くろたまご館神奈川県箱根町の観光スポット大涌谷くろたまご館です。大涌谷名物の黒たまごや大涌谷限定販売のお土産物商品を販売しております。owakudani.comコレを買いに来たと言っても過言ではないあと来たかったところ歴史を感じる旧
***前回の記事、その48より続きです***賑わう内宮を後に宇治岳道でいざ朝熊山山上の金剛證寺へ!足神さんにお参りしたしやや不安な脚も大丈夫、なはず。さて正面に見える扉の脇を抜けてすぐの林道の脇。ここが江戸時代の朝熊山山上に向かう宇治岳道の起点、というか当時の登山口。まわりに若木が生えっぱなしの林の中に埋もれてほらちゃんととても大きな石の標柱が建っています。梵字での虚空蔵菩薩を表す文字がいちばん上に。そして堂々「朝熊岳道」の文字。なるほど、寛永三年二月に建てら
伊勢別街道(参宮道)は、高野尾町に入りました。大戦末期、↓下図・高野尾小学校からICにかけて、海軍の簡易秘密飛行場が建設されたという。「第3鈴鹿航空隊」とも呼ばれたそうですが、戦後の開拓によりそれをうかがわせるものは全く残っていません。しばらく歩くと「地蔵」さまが祀られていました。高野尾町は、静かな町並みが続きます。中二階?のある建物がいくつか目につきます。そしてこんな家も…。蔵のある家も…
Googleマップに現れた、「謎の古道なんじゃないかなぁ?」と思われる「国府道」を二日に分けて「プチ街道歩き」を楽しんだ記事の第6弾です。ルートマップは↓の通り。他の用事のついでで歩いたため、先に後半部分を歩き、後日前半部分を歩いています。歩いた距離は前半部分(浜田山ー方南町)が3.7km、後半部分(方南町ー西新宿)がジャスト4㎞の、計7.7kmくらいでした。第4回から日程的には先に歩いた後半部分に入ってます。(言い忘れましたが後半部分の写真は都合上全部スマホです)その5では、で
2020年2月下旬東海道(守口宿〜髭茶屋追分)を走りました大阪府守口市〜滋賀県大津市コロナ禍初期、全国緊急事態宣言前だったと記憶しています夫の出張に便乗し、車に乗せてもらい守口で降ろしてもらい前泊今回の行程は守口宿〜枚方宿〜淀宿〜伏見宿〜髭茶屋追分となります2年ぶりにやってきましたポタスタートですこのまま文禄堤を進み、国道1号線の八島交差点に一旦出てすぐに府道158号線を東進右手に難宗寺が見えてきました難宗寺文明9年(1477)蓮如上人が創建した守口御坊が始ま