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日和佐まで歩いたのは今年の2月。ようやくの続きです。今年は瀬戸芸が忙しくて、全然廻れてなかったなぁ・・・。まずはよここ峠を目指します。林道開発❓大規模伐採❓で道がざっくりしていますが、日和佐トンネル脇をこの標識が出るまで歩けば後は山道になります。峠のお地蔵さまも健在です。続いて寒葉坂。峠から小松大師まで、良い道が続いています。小松大師続いて牟岐の大坂峠。距離は短いけれど、上り下りは結構急途中にはビューポイント内妻の浜も見えてきました。草鞋大師八坂八
下街道歩き、その⑭からの続きです。街道脇にあった下街道の名所、の解説板にあった道標を探す謎解きゲーム中です。右のいせ道の道標はゲットしました、これから左の地蔵道標さんを探してGO!前回の記事に書いたように大東亜陶業(株)様のご厚意で敷地内を通らせていただき、河原の道に出ました。桜がちらほら咲いていて、ここ地元の人しか知らないかなりいい花見スポット?満開な時期に来たかったな。少し歩くと・・・。まずは急遽現地で集めた情報にもあった庄の平の馬頭観音さまが見えてきました。
南条地蔵尊こんにちは、よっこん日記のよっこんです。今回は、松山市古三津の南条地蔵尊(なんじょうじぞうそん)を紹介します。南条地蔵尊を探そう宮前公民館の入口にある、宮前文化遺跡案内図に南条地蔵尊の記載があります。過去ブログで紹介した儀光寺から、南に約240m(徒歩3分)の場所にあるお地蔵様です。儀光寺を紹介した過去ブログ。↓↓↓『探検記録(110):儀光寺』儀光寺こんにちは、よっこん日記のよっこんです。今回は、松山市古三津の儀光寺(ぎこうじ)を
***前回の記事、その48より続きです***賑わう内宮を後に宇治岳道でいざ朝熊山山上の金剛證寺へ!足神さんにお参りしたしやや不安な脚も大丈夫、なはず。さて正面に見える扉の脇を抜けてすぐの林道の脇。ここが江戸時代の朝熊山山上に向かう宇治岳道の起点、というか当時の登山口。まわりに若木が生えっぱなしの林の中に埋もれてほらちゃんととても大きな石の標柱が建っています。梵字での虚空蔵菩薩を表す文字がいちばん上に。そして堂々「朝熊岳道」の文字。なるほど、寛永三年二月に建てら
暑い盛りの長距離の街道歩きは体に悪いということで、短時間で歩き切れる都内の古道を探そうとGoogleマップを拡大して、地図上でバーチャル探索していたところ、北は南阿佐ヶ谷から南は国道20号まで続いている「鎌倉街道」の浜田山付近から新宿に至る「国府道」という聞いたことのないルートを見つけたので、今回はプチ街道シリーズの一種としてその「国府道」を歩いてみました。ルートマップは↓の通り。ネットで調べても皆さん、やはり「Googleマップ上で見つけた謎の道」的な扱いで詳しいことは分からないようで
GWのお出かけは滋賀県長浜市。朝早い電車(節約のため快速乗り継ぎ)で琵琶湖畔の町、長浜に向かいました。午前中は北国街道の宿場町として古い町並の残る長浜の町歩き、午後から船で竹生島に向かう計画です。電車を乗り継いで長浜駅、えーっと、駅東口ですね・・・。東口(伊吹山口)、西口(琵琶湖口)、これはいいネーミングです!高山駅の「乗鞍口」「白山口」もよかったけどこちらもとてもいいね。駅を出るとなんだかへんてこな建物があります。広い道と交差するこのへんてこな建物の角の道が北陸に続く
矢立杉入口駐車場から、山梨県道212号日影笹子線をのぼってゆきます。旧甲州街道を辿る旅で、最初に笹子峠にチャレンジした時、矢立杉から県道に出るまでの区間が、これまでの日本橋からの行程でもっとも通過に苦労する区間でした。与瀬宿と吉野宿の間に、貝沢橋という丸太の一本橋があり、両側が崖になっておりましたが、あそこは区間も20m程度で畳んだブロンプトンを抱えて少しずつ進めば何とかなりました。笹子峠も、新田下バス停から県道を右に折れ、砂防ダム脇からの山道、および美久保沢橋の先から再度県道と分岐して山
久しぶりの記事のため書き方を忘れた!ゆっくり思い出しながら・・・。今回は下街道を歩きます。信州方面から中山道を来て途中から分岐し尾張名古屋に至るルートです。3年前に歩いた、ほぼ並行する尾張藩運営の上街道と揉めた裏道的な街道で、近道だし坂もゆるいのでみんなこちらを通りたがったそうです。実はこの道、大昔、ブログを始めるずっと前、2008年に歩いています。名古屋から恵那市街手前にある中山道と合わさる槇ヶ根追分までの街道ですが、途中の多治見市内で投げ出してほかりっ放しです。