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あとがき池田先生は、つねにこういわれる。「私は、恩師戸田城聖先生の御遺志をば、塵もあまさず実践し、永遠にこの世にのこしてゆくことしか考えていない。私の頭には、四六時中、恩師の声がかけめぐっている。恩師を世界に宣揚することが、私のただ一つの願いなのだ」と。また、「私は、自分のことなど考えたことがない。だから強いのだ。私の勝利は、戸田先生の勝利なのだ」と。今日の創価学会は、まさしくそのことを証明している。創価学会の名とともに、戸田先生は世界に宣揚されたのだ。否、今後ますます、その輝
それに対して「菩(ぼ)薩(さつ)界(かい)」というのは自利利他(じりりた)なんでしょう。「自分も幸せになりながら人をも救う」と。同じ人間(にんげん)でも働きがまるで変わってっちゃう。今、この「自(じ)害害(がいがい)他(た)」の人間(にんげん)としてできないであろう恐ろしい犯罪(はんざい)を平然(へいぜん)と起こすこのような者を、政(せい)治家(じか)がどうしようもできないんでしょう。何の力もないです。政(せい)治家(じか)が何を言おうと犯罪(はんざい)は減りません。それから、医(い)
『四(し)信(しん)五(ご)品(ほん)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく夫(そ)れ人王(にんのう)三(さん)十(じゅう)代(だい)欽明(きんめい)の御(ぎょ)宇(う)に始(はじ)めて仏法(ぶっぽう)渡(わた)りし以来(よりこのかた)、桓(かん)武(む)の御(ぎょ)宇(う)に至(いた)るまで二(に)十(じゅう)代(だい)二(に)百(ひゃく)余(よ)年(ねん)の間(あいだ)、六(ろく)宗(しゅう)有(あ)りと雖(いえど)も仏法(ぶっぽう)未(いま)だ定(さだ)まらず。爰(ここ)に延(えん
で、今大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が先例にお挙(あ)げになった「日(に)本(ほん)の仏法(ぶっぽう)唯(ただ)一門(いちもん)なり、王法(おうぼう)も二(に)に非(あら)ず。法(ほう)定(さだ)まり国(くに)清(す)めり」と仰せになった伝(でん)教(ぎょう)大(だい)師(し)の迹(しゃく)門(もん)戒壇(かいだん)建(こん)立(りゅう)、これこそまさに大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の下(げ)種(しゅ)仏法(ぶっぽう)の広宣(こうせん)流布(るふ)の先序(せんじょ)
本日も池上本門寺のお話です。池上本門寺では交通安全ステッカーも拝受しました。中央に寺紋の「三つ橘」が配されています。日蓮大聖人が使用していた家紋だそうです。藤原氏族の流れを汲む人々が使っている家紋なのだとか。また1つ勉強になりました。