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本日、京都市伏見区にある日蓮宗のお寺、墨染寺で開催されたテラコヤ会(読経と法話の会)に参加させてもらい、参加者限定の御朱印(御首題)と3月29日から4月18日まで受付をされた時に御朱印帳をお預けしていた豊国大明神の春の限定御朱印を拝受しました。
『四(し)信(しん)五(ご)品(ほん)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく夫(そ)れ人王(にんのう)三(さん)十(じゅう)代(だい)欽明(きんめい)の御(ぎょ)宇(う)に始(はじ)めて仏法(ぶっぽう)渡(わた)りし以来(よりこのかた)、桓(かん)武(む)の御(ぎょ)宇(う)に至(いた)るまで二(に)十(じゅう)代(だい)二(に)百(ひゃく)余(よ)年(ねん)の間(あいだ)、六(ろく)宗(しゅう)有(あ)りと雖(いえど)も仏法(ぶっぽう)未(いま)だ定(さだ)まらず。爰(ここ)に延(えん
折伏小論(一)折伏のことについて、どうしたならば、組長あるいは会員に、折伏をさせることができるかという質問を、たびたびされる。このことについて、一かつして述べてみよう。第一に、認識と評価と、実践の問題である。信仰は生活である以上、折伏も、生活の方程式のなかに、はいらなければならない。われわれが、物を買うにしても、売るにしても、まず、その物がどんな物であるかを、認識するのが第一の階程である。卵を買うにしても、リンゴを買うにしても、着物を買うにしても、あるいは、仕事の材料を仕入れるにしても
顕正会第二の原点という大(だい)事(じ)な節を刻んだ本年の最終(さいしゅう)法戦(ほうせん)、全顕正会で44,102名の大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)が敢行され、ついに270万を突破したとの報に接し、驚(おどろ)きと感激(かんげき)でいっぱいであります。男子部におきましても、同(どう)法戦(ほうせん)としては過去最高の19,976名の弘(ぐ)通(づう)が叶いました事(こと)、全(すべ)ては浅(あさ)井(い)先生(せんせい)の三回忌法要において全幹部の決(けつ)意(い)と情熱を一変させて頂
自我偈自我得仏来【我仏を得てより来】(文上の読み方)この自我得仏来から始まる偈を自我偈といい、非常に有名な経文であります。しかし「我仏を得てより来」すなわち釈尊が仏になってからと一応読むのは、教相の読み方であります。(文底の読み方)ところが、日蓮大聖人の読み方は、自我得仏来の自と得に、丸をつけてもらえばよい、そうすると、自得となります。我仏来が残るのであります。我は法身如来、仏は報身如来、来は応身如来の三身如来となります。その三身如来を自ら得たるものなり、自得なり
本年の初陣(ういじん)も「全顕正会で初陣(ういじん)としては過去最高の4万3千になんなんとする大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)が敢行(かんこう)された」との報に接し、驚(おどろ)きと感激(かんげき)でいっぱいであります。4月度総幹(そうかん)部(ぶ)会(かい)において浅(あさ)井(い)会長(かいちょう)は「この大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)により、本年の270万が大きく開(ひら)かれた」と仰(おお)せられましたが、男子部におきましても念願の二万折(しゃく)伏(ぶく)をもってその一翼(いち
次いで、典礼院(てんれいいん)別館(べっかん)の予定について発表いたします。顕正会の納骨堂(のうこつどう)として平成15年に開設された典礼院(てんれいいん)は、会員の増加に伴いすでに収容能力の限界に近付いておりました。どうしたものかと思(し)慮(りょ)をしていたところ、たまたま道路を挟んだ典礼院(てんれいいん)の真向かいの良き土地が購入できたので、そこに3階建てで耐(たい)震(しん)・耐(たい)火(か)・常(じょう)温(おん)・常(じょう)湿(しつ)という完璧(かんぺき)な設備を整(と
『下(げ)種(しゅ)本(ほん)仏(ぶつ)成(じょう)道(どう)御(ご)書(しょ)』を全員で拝読いたしました。久しぶりの御(ご)書(しょ)講(こう)義(ぎ)で有難(ありがた)さでいっぱいであります。本日のこの『下(げ)種(しゅ)本(ほん)仏(ぶつ)成(じょう)道(どう)御(ご)書(しょ)』と申しますのは、文永5年から文永11年までの7年間の大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の師(し)子(し)王(おう)のごとき御振る舞いを御(おん)自(みずか)ら後世のために克明に記し留(とど)
このお姿を拝見(はいけん)する時、今大事(こと)の御(ご)遺命(ゆいめい)を売ってしまった。学会は選挙(せんきょ)のために「国立(こくりつ)戒壇(かいだん)というと選挙(せんきょ)が不利(ふり)になる」という事(こと)で国立(こくりつ)戒壇(かいだん)を捨てて、偽物(にせもの)の正(しょう)本堂(ほんどう)を建てて、これを時の貫(かん)首(ず)に「御(ご)遺命(ゆいめい)の戒壇(かいだん)だと認めてくれ」と頼(たの)んだ。それを、坊主達は自分達の生活(せいかつ)の贅沢(ぜいたく)をする
6月1日(日)は、前日の雨も上がったので美月と鎌倉へ遊行に出掛けました。今年2月以降中断している『日蓮宗関連寺院(一)』の続きを書くため、日蓮が鎌倉で最初に開いた名越松葉ヶ谷(まつばがやつ)の草庵を実地検分しようと思い立ったからです。(千葉県茂原市の法華宗本門流鷲山寺レリーフ)ところが日蓮が18年にわたって起居し、『立正安国論』を執筆し、四大法難の「松葉ヶ谷の法難」を受けた大霊跡にも拘わらず、未だ草庵の場所が確定していないのです。楞厳山妙法寺、妙法華經山安國論寺、石井山長勝寺の三山が、草