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〈教学〉正義と慈愛の心音御金言に学ぶ日蓮大聖人の御生涯第1回御聖誕【仏法の教え】www.seikyoonline.com
幸福になれる原理わたくしが持っている仏法の知識などは、わずかなものです。だから、わが創価学会の会長は、偉いと思ったら、あとで失望するから……偉いと思ってはあいなりません。これはまず第一に言っておかなければならない。それで、先ほど体験談をした方がありましたなかに、病気のなおった体験発表がありましたが、いったい、信仰するとどうして病気がなおるのか、ということを知らない。そこで、なぜなおるかということにいて話しましょう。宇宙は、ひとつの生命、われわれは宇宙生命のひとつの生命と同
この只今(ただいま)の「夫(そ)れ運(うん)きわ(極)まりぬれば兵法(へいほう)もいらず。果(か)報(ほう)つ(尽)きぬれば所(しょ)従(じゅう)もしたが(従)はず」とのこの短(みじか)い御(ご)文(もん)の中に人生(じんせい)に対し、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が「何が大(だい)事(じ)か。仏法(ぶっぽう)を根本(こんぽん)とせよ。信心(しんじん)こそ最(もっと)も大(だい)事(じ)だ」という事(こと)をお教え下(くだ)されているという事(こと)をよーく拝(はい)さなければ
無糖博英です。令和8年3月の日曜勤行における浅井先生指導を掲載いたします。平成21年3月8日浅井先生指導信心強き弟子を大聖人様が必ず御守護下さる広布前夜の末法濁悪の姿日々新しい信心、新しい感激に立て平成21年3月1日浅井先生指導『撰時抄』の2つの大事日蓮大聖人こそ末法の御本仏にてまします広宣流布はもう眼前である平成21年2月15日浅井先生指導日蓮大聖人が示同凡夫の姿で示された罪障消滅の原理身の卑しきをもって法の尊きを顕わす「日蓮大聖人の弟子」こそ現当二世
『妙(みょう)法(ほう)尼(あま)御前(ごぜ)御(ご)返(へん)事(じ)』に宣(の)給(たま)わく夫(そ)れ以(おもん)みれば、日蓮(にちれん)幼(よう)少(しょう)の時(とき)より仏法(ぶっぽう)を学(まな)び候(そうら)ひしが念願(ねんがん)すらく、人(ひと)の寿命(いのち)は無(む)常(じょう)なり。出(いづ)る気(いき)は入(い)る気(いき)を待(ま)つ事(こと)なし。風(かぜ)の前(まえ)の露(つゆ)尚(なお)譬(たと)へにあらず。かしこ(賢)きも、はかな(儚)きも、老(お)い
3月度総(そう)幹(かん)部(ぶ)会(かい)において浅(あさ)井(い)会(かい)長(ちょう)は「私達は日(にち)蓮(れん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の弟(で)子(し)、浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)の弟(で)子(し)であれば、誰(だれ)が立とうと立つまいと『日(にち)蓮(れん)一(いち)人(にん)』『日興(にっこう)一(いち)人(にん)』の大(だい)精(せい)神(しん)、そして『我一(いち)人(にん)立つ』との気(き)魄(はく)で命尽くまで戦われた先(せん)生(せい)の御(ご)
罰論罰ということばは仏教用語である。このことばを現代語でいうならば、『反対価値』というべきで、われわれの生活に不幸を感ずる現象のことである。この現象が、われわれの生活にあらわれたとき、罰にあたった、罰をうけたと称するのである。すなわち、反対価値とは美の反対たる醜、また利益の反対たる損、また社会に損害を与える現象たる悪をいうのである。この悪、損、醜なる反対の価値が生活の内容となるときを罰の生活と称するのである。さて、信仰生活にしろ、不信仰生活にしろ、人が生活する以上
身延山久遠寺の奥の院思親閣の参拝の続きです。参道の日蓮大聖人像を拝み、石段両脇の日蓮大聖人御手植杉の威容を眺めながら上ると正面に「思親閣」の扁額を掲げた昭和初期建立の仁王門(切妻造瓦棒銅板葺)が現れます。仁王門の両脇には立派な阿吽の仁王像が安置されていました。部屋の中に入って写真を撮るスペースがありました。次回に続きます。にほんブログ村世界遺産部門のランキングに参加しています。このブログが気に入ったら1日1回、こちらに応援クリックして頂けると嬉しいです。[https
まとめ日蓮大聖人の御書「唱法華題目抄」は、法華経の題目である「南無妙法蓮華経」を唱えることの功徳(くどく)と重要性を説いた文書です。この御書では、題目を唱える行為が仏道修行の中でも最も尊いものであり、それが末法の時代における唯一の正しい修行法であることが強調されています。以下に、その内容を要約し、さらに深く掘り下げて解説します。要約題目の意義「南無妙法蓮華経」という題目は、法華経の全体を要約したものであり、仏の智慧そのものを表しています。この題目を唱えることは、法華経の教えを実践するこ
本年の初陣(ういじん)も「全顕正会で初陣(ういじん)としては過去最高の4万3千になんなんとする大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)が敢行(かんこう)された」との報に接し、驚(おどろ)きと感激(かんげき)でいっぱいであります。4月度総幹(そうかん)部(ぶ)会(かい)において浅(あさ)井(い)会長(かいちょう)は「この大(だい)折(しゃく)伏(ぶく)により、本年の270万が大きく開(ひら)かれた」と仰(おお)せられましたが、男子部におきましても念願の二万折(しゃく)伏(ぶく)をもってその一翼(いち
で、この中(なか)に「上(じょう)根(こん)の人(ひと)は聞(き)く所にて覚(さとり)を極(きわ)めて顕(あら)はす」とこの「悟(さと)りを顕わす」というと、何か『思(し)慮(りょ)分別(ふんべつ)や智恵(ちえ)に渡して深い悟(さと)りが得(え)られるんだ』とこう思(おも)いますがそうではない。これは「内(ない)証(しょう)成(じょう)仏(ぶつ)」という事(こと)なんですね。「内(ない)証(しょう)」の「内(ない)」というのは「内(ない)部(ぶ)」の「内(ない)」「証(しょう)」という
僧俗一致の実践昔から、僧俗一致ということが、わが宗内では叫ばれている。ところが、僧俗一致していたような寺はなかった。なぜないかという理由は、この信者側も悪い。坊さん側にもある。なぜかというと、お坊さん側では、信者を子分か家来のようにして、使おうという頭がある。信者側では、坊さんを養っているという頭がある。ある御尊師が言うたことばですが『どうも、旧信者は、金を出さないで文句ばかりいっている。困ったものだ』というおことばをうけたまわったことがありますが、これは冗談であるか、ウソで
先(せん)生(せい)の三回忌を前に、この山陰(さんいん)島(しま)根(ね)の地に素晴らしい出雲(いずも)事(じ)務(む)所(しょ)が開設(かいせつ)されました事(こと)感(かん)無(む)量(りょう)であります。本日お出ましの御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)を即戒壇の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)、即日蓮(にちれん)大(だい)聖人(しょうにん)と固く信じ奉(たてまつ)り、日夜恋(れん)慕(ぼ)渇仰(かつごう)の信心(しんじん)口(く)唱(しょう)に励む事(こと)が大切であります。大
本日、近(きん)畿(き)地(ち)方(ほう)の滋(し)賀(が)県(けん)に立派な彦(ひこ)根(ね)事(じ)務(む)所(しょ)が開所(かいしょ)され、感(かん)激(げき)でいっぱいであります。ここにお出ましの御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)は日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の御生命、そのお悟りの全体を文字をもって顕わし奉(たてまつ)ったものであれば、この御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)を即(そく)富士大石寺にまします戒壇の大(だい)御(ご)本(ほん)尊(ぞん)、即(
良き法・良き師・良き檀那法華経に無上の宝珠、すなわち宝の珠です、それを不求自得、求めずして、おのずから得る。無上の宝珠とは、大御本尊様のことを申し上げるのであります。あなた方が御本尊様を求めていたのではなくて、今はこのようにすわっていれば、折伏などはあたりまえのように思うけれども、信仰をはじめる前には皆反対したのです。なかには、そうとう長いのもいたのだから。それは求めずして、おのずから得たので、求めなかったのです。無上宝珠不求自得、また時に応じてこの関西本部を求めずして御
大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)は、その立(りっ)宗(しゅう)の後、身(しん)命(みょう)も惜しまずに諸(しょ)宗(しゅう)の謗法(ほうぼう)を破(は)折(しゃく)されて、南無妙法蓮華経の大法(だいほう)をお弘(ひろ)めになられた。この修(しゅ)行(ぎょう)が成(じょう)就(じゅ)して、ついに、御年50歳の竜の口において久(く)遠(おん)元初(がんじょ)の自(じ)受(じゅ)用身(ゆうじん)と成(じょう)道(どう)あそばされて、そして、佐渡(さど)にましました。この時に、この義
で今私達は折(しゃく)伏(ぶく)行(ぎょう)を進めておりまするが、この折(しゃく)伏(ぶく)行(ぎょう)こそ実は讃嘆(さんたん)行(ぎょう)なんですね。まだ日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)を信じない、知らないという者に対して、汗を流して真剣(しんけん)に「日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)はこういう偉(い)大(だい)な御(お)方(かた)なんだ」「この御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)にはこういう功(く)徳(どく)があるんだ」という事(こと)を説(と)
無糖博英です。令和8年4月の日曜勤行における浅井先生指導を掲載いたします。平成21年1月18日浅井先生指導『開目抄』著述の御聖意全人類救済の鉄石の大誓願日蓮によりて日本国の有無はあるべし平成21年1月11日浅井先生指導四条金吾殿が受けた闇討ちの大難信心が強ければ必ず守られる日蓮大聖人の御守護を頂いて進んだ顕正会の戦い平成20年12月14日浅井先生指導寒冷化の厳しい現実身延山中の厳しい冬日蓮大聖人の崇高なる御境界と大慈大悲の姿日蓮大聖人の御心のままに進む顕正
🐉松下輝志【📸写真に映られる👑御神仏】訪問者に御利益を🍀👼💝写活∻〖🌟日蓮大聖人〗由来の清流に⚡感得⚡薄暗い小滝に向けてシャッター音🚶帰宅後パソコンで確認💧水流で形成🙏御慈悲の巨大な【❤️🔥明王様】出現!!との有難い出逢いです。🏡近所の民家に🌞夕陽で反映!!美しく咲く〖🌺花〗お供えさせて頂きました。***これらの写真によって〖👨👩👧👦世知辛い世の中の人々〗に〖💓生きる勇気;パワー💪エネルギー〗等の、何ものかを齎(もたら)すなら🍀幸い🍀です。🙏何時も
そして、学(がっ)会(かい)員(いん)はたとえ池(いけ)田(だ)大(だい)作(さく)が邪師・悪師である事(こと)が道(どう)理(り)でわからなくても、それを示す現(げん)証(しょう)あればそれを認めなければいけない。大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)は「一(いっ)切(さい)は現(げん)証(しょう)には如(し)かず」「道(どう)理(り)・証(しょう)文(もん)よりも現(げん)証(しょう)には過(す)ぎず」「心(こころ)得(え)られざりとも、現(げん)証(しょう)有(あ)れば此(