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本日の総幹(そうかん)部(ぶ)会(かい)も大(だい)熱(ねっ)気(き)がみなぎり、大感動(だいかんどう)が込(こ)み上(あ)げました。さて、いよいよ本年の最(さい)終(しゅう)法戦(ほうせん)の戦闘(せんとう)開(かい)始(し)であります。この法戦(ほうせん)の最(さ)中(なか)に迎える先生(せんせい)の三(さん)回(かい)忌(き)には、全顕正会の見(み)違(ちが)える成長をもって先生(せんせい)の御(ご)報(ほう)恩(おん)に儀してまいらんと心(こころ)しております。この8月は記
まことに、あの熱原(あつわら)の法難(ほうなん)の時、(この御(ご)書(しょ)を頂(いただ)いたのが22歳ですから)その前年の21歳の時が熱原(あつわら)の大法難(だいほうなん)の時でありまして、若きといえども、その熱原(あつわら)方面上(うえ)野(の)郷(ごう)のいわゆる地(じ)頭(とう)でありまするから、信者(しんじゃ)の中(ちゅう)心者(しんしゃ)だったわけであります。この時、日興(にっこう)上(しょう)人(にん)と一体になって、それこそ命かけての御(ご)奉公(ほうこう)を貫(つらぬ
でこの中でもって「貴(き)辺(へん)はすで(既)に法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)に似(に)させ給(たま)へる事(こと)」という事を仰(おお)せになっておられまするが、上(うえ)野(の)殿(どの)は、あまり教(きょう)学(がく)とかそういう深い理(り)論(ろん)の事はお得(とく)意(い)ではあられない。ただ一筋(ひとすじ)に大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)を強く強く命かけて信じまいらせておられた。ですから「法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)に
『上(うえ)野(の)殿(どの)御(ご)返(へん)事(じ)』に宣(の)給(たま)わくかつ(渇)へて食(しょく)をねが(願)ひ、渇(かっ)して水(みず)をした(慕)うがごとく、恋(こ)いて人(ひと)を見(み)たきがごと(如)く、病(やまい)にくすり(薬)をたの(頼)むがごと(如)く、みめかたちよき人(ひと)べに(紅)しろ(白)いものをつくるがごと(如)く、法(ほ)華(け)経(きょう)には信心(しんじん)をいた(致)させ給(たま)へ。さなくしては後悔(こうかい)あるべし。弘安(こうあん)2年の
実は、この御(ご)文(もん)は先般も拝読(はいどく)致(いた)しました。なぜまた拝読(はいどく)したかと申しますると、昨日も一昨日(おととい)も、今、政(せい)治(じ)でもって脳(のう)死(し)の問題(もんだい)「臓(ぞう)器(き)移(い)植(しょく)法(ほう)」というのが良(よ)しか悪(あ)しかでもってわけのわからない事(こと)を今言(い)ってる。「臓(ぞう)器(き)移(い)植(しょく)法案(ほうあん)」というのは今までの従来の物がなかなか難しくて簡単(かんたん)にはできない。「もっ
さて、先ほど男子部の浅(あさ)野(の)第(だい)五(ご)総(そう)部(ぶ)長(ちょう)の活動(かつどう)報告(ほうこく)がありましたが、群馬県の宗門末寺の住職が宗門僧俗が吹聴(ふいちょう)していた浅(あさ)井(い)先生(せんせい)の臨(りん)終(じゅう)の相に関するデマについて一(いっ)切(さい)反論できなくなり、自ら土下座(どげざ)をして謝罪したという。この70代と思しき住職は人としては一分真面目(まじめ)だったのでしょう。内心ではそのあり得(え)ない件のたばかりに対し許し難い気持ち
で「大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)がこの『立(りっ)正(しょう)安国論(あんこくろん)』を進覧(しんらん)あそばす」という事は、単なる学説(がくせつ)を披(ひ)露(ろう)されるなんてそんな事ではないでしょう。とにかく当時においては、念仏(ねんぶつ)・真言(しんごん)・禅(ぜん)・律(りつ)等の諸(しょ)宗(しゅう)の僧侶(そうりょ)は、民(みん)衆(しゅう)を誑(たぶら)かして生き仏のごとくみんなから帰依(きえ)されておったんですよ。みんな誑(たぶら)かされておって間(ま)違(
大白法令和8年8月1日号より転載顕正会(けんしょうかい)は、日蓮仏法を信仰する日本の宗教法人(新宗教団体)です。正式名称は「宗教法人顕正会」で、本部は埼玉県さいたま市大宮区にあります。主な特徴と概要創立者と歴史:浅井甚兵衛・浅井昭衛(父子)らによって結成された信徒団体「妙信講(みょうしんこう)」が前身です。もともとは日蓮正宗(大石寺派)の講(信徒組織)の一つでした。破門の経緯:1970年代、日蓮正宗の「正本堂」建立や「国立戒壇」の解釈を巡り、日蓮正宗本部および創価学会
「貴(き)辺(へん)はすで(既)に法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)に似(に)させ給(たま)へる事(こと)、さる(猿)の人(ひと)に似(に)、もちゐ(餅)の月(つき)に似(に)たるがごと(如)し」「上(うえ)野(の)殿(どの)はすでに法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)に似ている」「法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)」というのは下(げ)種(しゅ)の法華(ほけ)経(きょう)の行(ぎょう)者(じゃ)。すなわち、日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(
三大秘法稟承事を拝したてまつる一、『夫れ法華経の第七神力品に云く』より『寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり』までの文。この文は、略して三大秘法をあかされている。文底深秘の大法を会得しないで、この御文を拝すると、文上脱益の本尊を中心とするおそれがある。そのゆえは『答えて云く夫れ釈尊初成道より四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて略開近顕遠を説かせ給いし、涌出品まで秘せさせ給いし』の御文に執着を強くするからである。されば次下の『実相証得の当初修行し給いし』の御文は、"第