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2026年8月5日、青山透子さんが『書かなきゃいけない日航123便墜落、41年目の真相』を出版した。(発行:三五館シンシャ発売:フォレスト出版)この記事のタイトルは便宜上「書評」としたが、評するなどと上から目線で言うのはおこがましく、あくまでも読後の感想を記したものである。書かなきゃいけない|フォレスト出版(アフィリエイトリンクではありません)書かなきゃいけない|青山透子|フォレスト出版書かなきゃいけない|青山透子|フォレスト出版www.forestpub.co.jp本
三五館シンシャ広告掲載毎日新聞(8/9)、朝日新聞(8/13,14)、読売新聞(8/13,14)日経新聞(8/13)、東京新聞(8/13)、、中日新聞(8/13)、産経新聞(8/14)41年目に思うー日本人の良心がここに問われる書かなきゃいけない事実がそこにある【41年目のあの日を語るー青山透子】今回、この新刊本で取り上げたのは、驚くべき事実である。しかも、元自衛官が自ら暴露した事実である。さらに、まるで反社と同等のマスコミ報道の実態を書かなきゃいけない使命感から書いたもの
41年目の報道検証ー青山透子ー昨年のジャーナリズムの欠片もない報道の反省に基づき、日本のメディアは少しはまともになったのだろうか。まず、今年の8月12日に関連した新聞記事を分析してもらったところ、例年の枕詞であった「後部圧力隔壁説」は見当たらなかったようである。テレビも精霊流しと慰霊式典ぐらいであった。唯一、価値があったのは日テレの「JAL飲酒問題」に関する報道であった。(飲酒運転パイロットが後を絶たないため、国に報告義務のない体調不良として処理するという安易なJALの飲酒対策)な
1985年8月12日に起きた日航123便墜落事故から41年。大きなニュースにはなっていませんが、ボーイング社がこの事故原因になっている圧力隔壁の修理ミスについて当時は詳細不明としていながら、その詳細をホームページで公開していて、更にその後に削除していた事が明らかになりました。<独自>米ボーイング、日航に謝罪修理ミスの記述を削除「混乱招いた」墜落事故41年乗客乗員520人が犠牲となった日航機墜落事故をめぐる米ボーイング社の修理ミスについて、ボーイングが自社サイトで公開していたミスの原因に
この内容は、これまで書いてきた中で最も危険な内容なので、数時間内に消されるかもしれません。もしかすると消されるのは私自身かもしれません。さうでないことを祈るばかりですが。読んでいるあなたに何かあったら、私のことなど知らないと言ってください。【前書き:本当は「あとがき」】これを書く途中で、何度か冷や汗を感じて「もう止めやうか」と思ったのは、後述するオフロードバイクの青年の「何度も命を狙われうた」といふ発言と、後述の著者、青山透子さんが仮名であることからだった。オレも命を狙われることにな
1985年8月12日に起きた日航123便の墜落事故について、ジャーナリストの米田憲司さんが取材と調査に基づいて論じた本。【雑感】米田さんは事故当時、「赤旗」の取材班リーダーとして事故現場を取材しており、30年以上の調査を経て事故の真相を様々な側面から深く掘り下げてまとめたそうです。米田さんの自説は、事故原因が尾翼の損壊にあり、それはボーイング747型機の致命的な設計欠陥であったと主張されています。さらに、日航が整備担当者からのボーイング機後部の問題指摘を封印していたことや、「真実」が隠
そこは旅客機も飛ぶことができるいわゆる「横田空域」(米軍横田飛行場の管制区域)に関して、近年の空域一部返還に関する報道などを通じて、世間にはすっかり「旅客機は横田空域を避けて飛行しなければならない」という誤解が広まってしまった。しかしこれは事実ではない。その空域内を民間旅客機が飛行することは可能であり、事実これまで日常的に多くの旅客機が通過してきた。以下、資料によってそれを説明する。まず最初に、日航B747SRによる羽田-福岡線のオペレーションの例を紹介する。(文と図版の出典:『航
1985年8月12日、日航123便墜落の約10分前(18時45~46分)に書かれた村上良平さんのメモ書き。米軍横田基地への緊急着陸について不安はあるものの…「機体は水平で安定している」「スチュワーデスは冷せいだ」と村上さんは書きとめています。わたしのブログを読んでくださってる方がどう感じたかはわかりませんが、先日「米軍横田基地へ!その決定的証拠」を書いて、わたしは改めて「目の前のもやもや(疑問点)」が晴れた気分です(注1)。(注1)もちろん…「目の前のもやもやが晴れた気分」と言
連載記事の第3回。内部告発や目撃証言をもとに、日航123便の最後の足どりを追っていく。プロローグ日航123便の水平尾翼はなぜ遠くに落ちていたのか第1回川上村レタス畑への不時着試行と墜落(1)第2回川上村レタス畑への不時着試行と墜落(2)レタス畑上空で行われたローパス群馬県上野村での燃料投棄を終えた日航123便は、いよいよ長野県川上村のレタス畑に向かう。農作業をしていた中嶋初女さんによる目撃はこの時点からになる。地上にいた人々からすれば、自分に向かってまっすぐ降りてく
第26章:墜落41年、小田氏との「夏の陣」https://ameblo.jp/makkiba738/entry-12975760923.html『日航機遺族著者:小田周二さん特集続編(二十六)』第26章:墜落41年、小田氏との「夏の陣」2026/8/12、13AM、上野村へ行き闘った、日航機遺族著者:小田周二氏との共闘活動の結果報告になります。1…ameblo.jp小田周二さんが、この夏も御巣鷹の尾根に慰霊登山されたことが記事になっているよ。小田さんは今年5月にも登山して
ほぼ原型を留めていた水平尾翼2015年8月、共同通信が「墜落機、確認直後の映像日航事故、陸自が空撮」という動画をyoutubeに投稿した。「記録映像など撮っている暇があったら、さっさと救助しろ!!」と叫びたくなるような忌々しい映像だが、画面を見ていると、ギョッとするような大きなものが映った。それは水平尾翼である。(画像出典:共同通信「墜落機、確認直後の映像日航事故、陸自が空撮」)「飛び散った翼が映っています」とナレーションがつけられたその物体は、墜落機の残骸と言うにはあまり