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⇧中門の漆喰の阿吽像(飛鳥時代)⇧中門の首以外は木彫りの阿吽像(飛鳥時代の作で、身体は江戸時代初期に直されました)⇧法隆寺の撮影スポット法隆寺②聖徳太子の呪い法隆寺は、建造初期に火災を出して建て替えられていると言う説が有るそうです。日本書紀に火災の記述が在るそうです。🔥🔥670年ぐらいに今の形になっているそうです。金堂と五重塔は、火災以前の物だと思われます。再建されても13世紀半も近く経っているので、今だと誤差程度しか無
JamesSetouchi2026.7.16(金)「皇統2600年」というのは誤り。当ブログ「歴史」ジャンル松木武彦『古墳時代の歴史』(講談社現代新書、2025年)の補足から転載補足1(R8.7.10金)今日ラジオを聞いていたら、皇室典範問題を巡り、自民党のK氏(政調会長)が「2600年の皇統」という言い方をしていたのが耳に飛び込んできた。耳を疑った。聞き間違いならいいのだが?他のニュースで確認したら、正確にこの通りではないが同趣旨の発言をしていた。これは大問題だ。「2600
血がつながっている証拠もない。なぜなら神武天皇(仮)が正体不明な上、実在を裏付ける証拠はほとんどゼロだから。神武天皇なるフィクションへの盲信やら、遺伝子という科学的認識論や系図上の擬制やらがごちゃ混ぜな長尾某さん。【中国5000年の歴史】と変わらないレベルの盲信。ダンケーカルトって、つくづく頭おかしいのしかいないのか。学術の学の字すらかすってなないダンケーカルトの嘘。天皇制が学術的に確認できるのは、精々1500年。他は神話や伝承、フィクションの類い。>冒頭は神話だから全部フィクションと誤解す
続きです。『【神戸】12月親子旅①南京町&カフェタイム』息子と神戸・淡路島・鳴門へ行ってきました。2025年12月Day1名古屋~神戸🚗3時間くらい神戸(大ゴッホ展・南京町)淡路島(伊弉諾神宮)鳴門Day…ameblo.jp神戸を出発して、淡路島へ。淡路ハイウェイオアシスに行くのが通常だろうけど、淡路ハイウェイオアシス·〒656-2401兵庫県淡路市岩屋大林2674−3★★★★☆·ショッピングモールmaps.app.goo.gl無視して、高速を降ります。
「犬山焼店を営むペーパークイリング講師のブログ」へお越し頂きありがとうございます。北淡震災記念公園野島断層を見学した後は同じ敷地にありましたこちらで休憩!とても綺麗なショップ👍ソフトクリーム500円×2個注文♪外を見ていたらカップルさんたちが何やらキャラクターのぬいぐるみ?を取り出して一緒に何枚を写真を撮っておりました📸そうだ!私も一度山下達郎さんのアクリルスタンドと一緒に写真を撮ってみたいと思い、コンサートに行った次の日から山下達郎さんのア
ご訪問ありがとうございます。前回は継体天皇の后妃について検証しましたが、継体天皇は、かなり広くネットワークを構築していたことが見受けられます。そこで今回からは継体天皇自身がどこに母胎を持っていたのか、考えてみたいと思いますが、今回はちょっと長いので目次をご活用いただいて、ちょっとずつ読んでいただければ(;^_^Aいやぁ、いいタイミングでリリースされて良かったです。目次「上宮記逸文」の系譜凡牟都和希王は誰か?応神天皇の原像(ホムダワケ)応神天皇の原像(オオトモワケ)応神天皇
JamesSetouchi2026.5.22(金)古事記9第12代景行天皇ヤマトタケル登場引用・参照した本を記号で示す。(読書会には『古事記』本文を持参。岩波文庫でもよいが注釈が多い方がよい。)I:岩波文庫『古事記』倉野憲司・校注。1963年。2007年改版。S:新潮古典集成『古事記』西宮一民・校注、1979年A:西郷信綱『古事記の世界』岩波新書、青版E23、1967年B:岩波文庫『日本書紀(二)』坂本太郎ほか校注、1994年(岩波古典体系新装版1993年を文庫化し
第2章古事記・日本書紀に見る馬の神話日本最古の歴史書である『古事記』と『日本書紀』には、数々の神話が収められています。その中で、馬は神の使いとして、また時に災厄を招く存在として登場し、人々の信仰や畏れを映し出しています。ここでは、特に代表的なエピソードを取り上げながら、馬がどのように神々の物語に関わってきたのかをたどってみます。スサノオと「逆剥ぎの馬」最も有名なのは「天の岩戸隠れ」にまつわるエピソードです。荒ぶる神スサノオは、姉である天照大神に対して度重なる乱暴を働きました。その
・・⛩️大甕神社にて『倭文織展』・那珂市瓜連地区は、その昔、奈良時代に『静織(しどり)の里』と呼ばれていました。・古くから倭文機を織る人々の集落があったということが常陸国風土記の久慈郡の条に書かれています。・また、常陸二の宮の静神社には織物の神さまといわれる武葉槌命が祀られており、今なお織物関係者の信仰をあつめています。・日本書紀などの史料によると神事や、装飾品として朝廷に献上されたという倭文織。この地では、多くの人々が織物と共に長い歴史を歩んできました。・・しづ織(
【カナヤマヒコ/イザナミの嘔吐物から生まれた鉱山神】カナヤマヒコ(金山彦神)は、イザナミが火の神カグツチを生んだ時に陰部を焼かれ大やけどを負って、苦しみながら吐いた嘔吐物(たぐり)から生まれた神です。同時に生まれたカナヤマヒメは兄妹神や夫婦神ともいわれています。製鉄の守護神としてタタラ(製鉄所)に祀られるカナヤコ(金屋子神)は、この二神の御子神とされている点をみると夫婦と考えていいでしょう。カナヤマヒコ、カナヤマヒメの基本的な神格は鉱山の神ですが、『古事記』では、この二神につづいて
構成:筑前由紀イラスト:YUTARO【解説】漫画は『古事記』『日本書紀』をメインに、地域伝承を織り交ぜて描いています。1コマ目右は神武天皇。そして、左はアメノヒボコ。冠が三又の鉾っぽいでしょう。2コマ目左は天照大神です。3コマ目仲哀天皇は『古事記』では、香椎宮で神託を受けている最中に亡くなりますが、『日本書紀』には敵の流れ矢に当たった事が元で亡くなったという異説の記載あり。小郡市にもそれが伝わっている為、死因は矢である説を採用しています。『神功皇后の勢(せ=愛しい男性)を祀
「日本書記」によると、崇神天皇は自らの宮殿に天照大神と倭大国魂神を祀っている。崇神はその二神の勢いを畏れ、天照大神を皇女・豊鍬入姫命に託して大和の笠縫邑に神籬(ひもろぎ)を作って祀った。豊鍬入姫命は、卑弥呼の宗女「台与」に比定する話もあるが??倭大国魂神については同じく皇女である淳名城入姫命に託したものの病で果たせなかった。しばしば災害などに見舞われ、崇神は八百万の神に占いをされた。その折、倭迹迹日百襲姫命に神憑りがあって、「自分を祀れば国は平ぐ」とのお告げがある。その人物が「大物主命
【アメノウズメ/岩戸の前で裸踊りをし神々を喜ばせた芸能の女神】アメノウズメはアマテラスが籠った天岩戸(あまのいわと)の前で華麗に舞い踊り、高天原の神々を楽しませた芸達者な舞の女神で、芸能の祖神として信仰されています。『古事記』の「岩戸隠れ」では、アマテラスが弟スサノオの傍若無人ぶりに心を痛め、天岩戸に隠れてしまいます。太陽神が隠れたことで高天原や地上は闇に包まれ、様々な災いが起こりました。一大事に対して神々は天の安河原(あめのやすかわら)に集まり緊急会議を開くことになります。
こちらの記事は、関東地方【山の神:大山祇神を祀る社】のINDEX記事ですイザナギとイザナミの神生みで生まれた神で、子は足名椎・手名椎(奇稲田姫の親神)石長比売・木花咲耶姫など※記事の日時=更新日時です※画像や動画の流用は固くお断りします『┠大山祇神/オオヤマツミ<国津神・山の神』こちらの記事は、【山の神:大山祇神】のINDEX記事ですイザナギとイザナミの神生みで生まれた神で、子は足名椎・手名椎(奇稲田姫の親神)石長比売・木花咲耶姫など…ameblo.jp目次栃木県
ご訪問ありがとうございます。仁賢天皇が終われば、岩波古典文学体系本の上巻が終わります。あとちょっと頑張ろう(^ω^)5年春2月5日、全国の国・郡コオリに散って逃げた佐伯部サエキベを探し求めました。佐伯部仲子=売輪ウルワの後裔を佐伯造サエキノミヤツコとしました。佐伯部仲子は顕宗天皇紀に見えます。(市辺押羽皇子と一緒に殺され、埋められた人)佐伯部は塞サえき部だと言われてまして、国境等の警備をする部民で、多くは大和王権に恭順した蝦夷を蝦夷の国との国境に置いて守らせたものです。それを
ご訪問ありがとうございます。謎多き神様「ニギハヤヒ」について、大神神社、籠神社と古社に伝わるニギハヤヒと関連のある社伝等を紹介しておりますが、今回紹介するのは「石上(いそのかみ)神宮」です。石上神宮は、ニギハヤヒの剣である「布留御魂」を祀る旧官幣大社(かんぺいたいしゃ)です。先に「官幣大社」というものについて、簡単にご説明しておきますね。「官幣大社」とは、明治時代から戦前までの日本に存在した国家による神社の社格制度の中で、特に重要とされた神社の一つだと思ってく
【竈門神社(かまどじんじゃ)】(福岡県太宰府市)竈門神社は福岡県太宰府市に鎮座し、『延喜式』に記載のある式内社の中でも「名神大社」に列する由緒ある古社です。別称を「宝満宮(ほうまんぐう)」「竈門宮(かまどぐう)」とも呼び、鳥海山・富士山に続き全国3例目の国史跡に指定された「宝満山(ほうまんざん)」の山名は、神仏習合に伴ってご祭神を「宝満大菩薩」と称したことによるとされ、古くから神仏習合の霊地として栄えていました。宝満山が大宰府の鬼門(東北)の位置にあることから、宝満宮竈門神社は「大
第23話|海路の異変【あらすじ】海の都豊浦は、多くの船や人々が行き交う西国随一の港へと成長しつつあった。しかしその矢先、対馬と壱岐に賊が現れ、海の道が脅かされるという急報が豊浦宮にもたらされる。帯姫と足仲彦天皇は、海を守るため筑紫各地の首長たちを豊浦宮へ招集することを決める。――――――【本文】穴門《あなと》の海が変わってからというもの、豊浦《とゆら》の津は日に日に賑わいを増しておりました。筑紫島より訪れる船。畿内から運ばれる荷。そして、海の向こうより姿
古代史考(日本書紀)花魁物語紺屋高尾浪花節考紺屋の職人久六が吉原の花魁道中を見物し、全盛の高尾太夫を見染め、三年間というもの必死になって働き、ようやく遊興費を貯め、若旦那の恰好で行ったものの、正直に久六は、「本当は、わっしは紺屋の職人、まだ三年がとこ働かなくては此処へは来られません」といえば、「まあ、よく実(じつ)のある話をしてくんなました。なにも三年も待たいでも、来年三月にはわちきの年期があけまする。そしたら、ぬしさんさえ添うてくださるんなら参りまするぞ