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この寒い中、ちょうどいい祝日がやってきました。2月11日は建国記念の日。1966年(昭和41年)に制定された祝日。紀元前660年初代天皇・神武天皇が即位された日とされています。天皇誕生日のように「建国記念の日という事は神武天皇の誕生日でしょ!」とおっしゃる方がおられますが、ちょっと違いますよ。「古事記」や「日本書紀」に記載されていた日を、明治政府が新暦に換算したのが2月11日だそうです。日本書紀によれば、神武天皇即位日は、「辛酉年春正月庚辰朔天皇即帝位
ご訪問ありがとうございます。PCピグ時代に作った竜宮城です今回は、「日本書紀」にあり、丹後国に伝わるという「浦島太郎」の物語を、見ていきたいと思います。まず基本的な「浦島太郎」といえば小学唱歌の昔昔浦島は助けた亀に連れられて龍宮城へ来て見れば絵にもかけない美しさ乙姫様の御馳走に鯛や比目魚の舞踊ただ珍しくおもしろく月日のたつのも夢の中遊にあきて気がついてお暇乞もそこそこに帰る途中の楽しみは土産に貰った玉手箱帰って見れば.こは如何に元居た家も村も無く路に行きあ
日本時間2026年2月11日(水)0:07は米国東部標準時UTC-05002月10日(火)10:07です。今朝のメッセージはこれっ👇本日2月11日は、「建国記念の日」です。この日は、日本の建国をしのび、国を愛する心を養うことを目的とした国民の祝日です。由来は古く、『日本書紀』に記された初代神武天皇の即位日(紀元前660年2月11日と換算)を基に、明治時代に「紀元節」として制定されました
ご訪問ありがとうございます。今回の解読はわたしにとってはけっこう悩ましかったのですが(;^_^A何とかまとまった…というか、むしろいっそう「古事記」「日本書紀」に近づいた解釈になってしまいました。とりあえず「チ。」のアルベルトのように「疑いながら進んで。信じながら戻って。美しさに、煌めきに、逼り詰めてみせます」というのが、心境(^^;)しかしわたしにとってはまさにコペルニクス的転回💫でしたがwさて、大筋がつかめたので今回は残りを済ませたいと思います目次⑧中費直は誰?「紀直
景行天皇(けいこうてんのう)は、日本の第12代天皇とされる人物です。『古事記』や『日本書紀』などの古代の文献に登場します。↑作:弟【基本情報】・在位:記紀によれば、おおよそ西暦71年頃から130年頃まで(※諸説あり)・父:垂仁天皇・子:日本武尊(やまとたけるのみこと)など、多くの皇子・皇女を持つ【人物像・性格】・朝廷の支配領域を拡大したとされ、全国を巡行して地方豪族を服従させたという伝説があります。・『古事記』では、息子ヤマトタケルを恐れ、死地に赴かせます。・『日本書紀』
武内宿禰(たけうちのすくね)は、古代日本の伝説的な人物であり、日本書紀や古事記などに登場する非常に重要な政治家・忠臣です。彼は神功皇后や応神天皇をはじめ、複数の天皇に仕えた長寿の臣下として知られています。構成:筑前由紀イラスト:YUTARO目次基本情報特徴と伝説実在性子供と子孫LINEスタンプ目次を開く基本情報・時代:古墳時代(3世紀末〜5世紀頃とされる)・仕えた天皇:景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后(摂政)、応神天皇、仁徳天皇・出身氏族:蘇
【注】本文も長文である。源氏と平氏の考察と、武士の起源も詳細に書いておいた。プリントアウトして、どうぞじっくり読んで頂きたい。幻想の源氏と平氏間違った歴史学のとらえ方江戸時代系図屋が作った「清和源氏」歴史をロマンという風潮以前、教科書裁判の論争が烈しい時期があったが、その当時、東京新聞で、日教組書記長と自民党文教族議員の対談がのっていて、「『日本書紀』や『古事記』には日本人の心のふるさとがあり、それらは祖先たちが如何に考え、信仰したかを教えてくれる。それを非科学的だとい
皇紀二千六百八十五年建国記念の日徳島奉祝式典令和七年二月十一日(祝日)11時~会場:徳島懸護國神社〒770-8021徳島県徳島市雑賀町東開21-1電話:088-669-3090http://gokoku-jinja.jp/徳島奉祝式典主催:日本会議徳島本部入場無料日本書紀神武天皇の即位日として定めた祭日1873年(明治6年)に2月11日と定められました。
【薦神社(こもじんじゃ)】(大分県中津市)薦神社は、大分県中津市に鎮座する八幡宮で、別名大貞八幡宮(おおさだはちまんぐう)とも称されてきました。写真の本殿裏手にある三角池(みすみいけ/御澄池)を内宮(御神体)、神殿を外宮とする八幡神を祀る神社です。全国八幡宮の総本宮である宇佐神宮(大分県宇佐市)のご神殿におけるご神体とされる薦枕の材料である真薦の茂霊地で、そのことから宇佐神宮の祖宮といわれ、承和年間(834-848年)の創建と伝わる由緒ある古社です。拝殿から回廊を介して奥に三
「古事記や日本書紀に出てくる天皇や英雄は、どこまでが神話(架空)で、どこからが歴史(実在)なのか?」そういう二分法のような発想が、間違いのもとです。天照大御神や神武天皇の物語が「神話」なのは言うまでもないですが、じゃあそこに書いてあることは全部が空想、捏造、嘘八百なのか、ていえば、それはまた別の話です。モデルになる生身の誰かがいたかも知れないし、その事績には何がしか実際にあった事柄が反映されているかも知れません。それを全部「ここは歴史ではなく、神話だから」と切り捨てて顧みないのは、物凄く勿
応援よろしくお願いいたします。お問い合わせ(平日08:00~17:00)大起証券㈱Tel:06-6300-5757(代表)谷本憲彦商品アナリスト・東京商品取引所認定(貴金属、石油、ゴム、農産物、オプション)、証券一種外務員本日2月11日は、「建国記念の日」です。日本の初代天皇「神武天皇」が即位された日(紀元節)が2月11日(旧暦1月1日)であることから、この日を「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として、祝日に定めています。独立記念日などのように歴史的に確定している日
【アマテラス/皇祖神である伊勢に祀られる太陽神】アマテラスは太陽神であり、皇室の祖神、そして伊勢神宮内宮のご祭神でもあります。日本において神様とは、恵みを与える「和魂(にぎみたま)」と、災いをもたらす「荒魂(あらにたま)」この相反する二面性が混在します。その他にも奇魂(くしみたま)、幸魂(さちみたま)と一つの神様に四つの側面があると考えられてきました。これを一霊四魂(いちれいしこん)と呼び、「和魂」と「荒魂」は相対的にとらえられ、「和魂」は「幸魂」「奇魂」の総称と解されます。
地図を見ても、なかなかたどり着けない場所がある。琴弾原白鳥陵(日本武尊陵)奈良県御所市冨田玉手駅から約25分の距離を歩いて行った。途中、案内板あったのだけれども、描かれている矢印と道の形が全然違っていて困惑しかなかったGoogleマップを見ても、最後まで道が続いていない。こういうこと、ままある。目的地へ繋がる本当の入り口は、全く別の場所であることも少なくない。分からないので、遭遇した地元住民に聞いた。今回の場合はGoogleマップの青い丸の場所ま
*このシリーズの過去記事は以下を参照(Pleasefollowthelinksbelowforpreviousinstallmentsinthisseries):『淡路島紀行(1)明石大橋を渡って淡路島へ』四月十三日夜、横浜から夜行のバスで小生は一路神戸へ。翌十四日早朝に神戸に到着すると、バスセンターに向かい、淡路島の洲本行のバスに乗った。バスは本州と淡路島を結…ameblo.jp『淡路島紀行(2)成ヶ島』四月十四日、神戸から都市間バスで淡路島の洲本に到着した小生
ご訪問ありがとうございます。今回は事件が起きます❗最初にまずは記録を見ていきますね。5年秋7月14日、地震があった。是れより以前に、(天皇は)葛城襲津彦の孫の玉田タマダ宿禰に命じて、瑞齒別天皇=反正天皇の殯モガリをお任せになっていた。そこで地震のあった日の夕方、尾張連吾襲オワリノムラジアソを派遣して、殯宮の状態を見てこさせた。するとその時は担当者全員が集まっていたが、ただ玉田宿禰だけが居なかった。吾襲は天皇に「殯宮大夫モガリノミヤノカミ=長官の玉田宿禰が、殯のところにいませ
誰でも楽に生きれる生き方の伝道師水上碧雲です公式Lineお友達追加で浄化瞑想動画に加え一日一回の占いも追加しましたお気軽にお楽しみください!主催するセミナー情報は以下をご参照ください『水上ぽーたる』こちらのページでは僕の紹介と直近に開催するセミナーの情報を記載しております水上碧雲ってなにもの小さな頃から目に見えない存在を感じることが多く人…ameblo.jp章立て第1章日本誕生は「超ハードモード」だった第2章最大の挫折と、
稲佐の浜(出雲)今回は「国譲り神話」「天孫降臨神話」について深掘りしてみます。前回の記事にも書いたように、出雲には大和に勝るとも劣らない「王国」があったと思われます。そしてその「王国」は弥生時代~古墳時代のものではないかと。しかし日本書紀や古事記には、その「王国」の記述はありません。西谷墳丘墓群・2号墳神話は「根も葉もある作り話」とも言われますが、「国譲り神話」「天孫降臨神話」は史実を基にしたものだとしたら
毎月の大神神社のお参り。相変わらず爽やかで心身洗われます🙏狭井神社へ向かう道は、お気に入りでいつもしばらくベンチで休憩🍁その後、高市早苗総理で一躍話題になった奈良県橿原市の天高市神社に参拝🙏あめのたけち神社が正しい読み方。859年創建の、日本書紀に由来ある由緒ある神社です。青空に日の丸🇯🇵が美しい😍流石に、話題になったので参拝者が増えて、土日は御朱印を沢山書いてます😂🙏とのことでした。とても、気持ちいい神社でした。高市総理にも訪れて頂きたいですね!❤️レッスン2回目の生徒
日本書紀やまとふみ巻第三:1神武天皇原文・古代日本(参考):書下文・岩波文庫:現代文・古代日本目次1東征への出発2五瀬命の死3八咫烏4兄猾と弟猾5長髄彦と金鵄6宮殿造営7橿原即位1東征への出発1神日本磐余彦天皇。諱彦火火出見。彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊第四子也。母曰玉依姫。海童之小女也。【神日本磐余彦天皇かむやまといわれひこのすめらみこと。諱ただのみな彦火火出見ひこほほでみ。彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊ひこなぎさたけうがやふきあへずのみことの第四よはしらにあたりたまふ子みこ也な
【神功皇后/全国各地に祀られる八幡神を産んだ皇后】朝鮮半島の三国を平定した「三韓征伐(さんかんせいばつ)」を成し遂げるなど、勇ましい伝承を数多く残している第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇后「神功皇后(じんぐうこうごう)」。神功皇后は邪馬台国の女王卑弥呼(ヒミコ)とも同一視されるなど、活躍した年代には諸説ありますが、3~4世紀頃に崩御した仲哀天皇に代わり治世されたといわれています。神功皇后は瞬く間に朝鮮半島を平定するなど、類まれな武勇伝を多く持ち、日本最強の女傑とも云われて
【ニニギノミコト/美しき花の女神と結ばれた天孫】ニニギは父方の祖母はアマテラス、母方の祖神がタカミムスビであり、父神アメノオシホミミと母神ヨロヅハタトヨアキツシヒメとの間に生まれました。ニニギは神勅を受け高天原(天界)から高千穂(地上)へ降り立った神様で、このことを「天孫降臨」といい、現在の高千穂町や高千穂峰など降臨の伝承地が九州にいくつかあります。『日本書紀』において、アマテラスは天皇家の使命であり、日本建国の理念とされる「三大神勅」をニニギに託しています。その中の「宝鏡奉
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)は、日本の第14代天皇とされる人物です。『日本書紀』や『古事記』などに登場します。↑作:弟【基本情報】・名前足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『日本書紀』、和風諡号足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)-『日本書紀』帯中日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『古事記』・在位:記紀によれば西暦192年頃~200年。(※年代には諸説あり)・父日本武尊(やまとたけるのみこと)-『日本書紀』倭建命(やまとたけ
ご訪問ありがとうございます。さて今回から武烈天皇ですが、まずは「武烈天皇紀」の冒頭、この前飛ばした総評の部分を見ることにしましょう。小泊瀬稚鷦鷯オハツセノワカササギ天皇は、仁賢天皇の皇太子である。母を春日大娘カスガノオオイラツメ皇后という。仁賢天皇7年、立ちて皇太子となる。長じては刑の判断や執行を好み、法令に詳しかった。日が暮れるまで政治を行い、無実を見抜き、訴えは退けるにしても情はおありになった。と、ここまで見るといい人に見えますが、これは「法治主義」です。法がすべてで、儒教のよ
第2章古事記・日本書紀に見る馬の神話日本最古の歴史書である『古事記』と『日本書紀』には、数々の神話が収められています。その中で、馬は神の使いとして、また時に災厄を招く存在として登場し、人々の信仰や畏れを映し出しています。ここでは、特に代表的なエピソードを取り上げながら、馬がどのように神々の物語に関わってきたのかをたどってみます。スサノオと「逆剥ぎの馬」最も有名なのは「天の岩戸隠れ」にまつわるエピソードです。荒ぶる神スサノオは、姉である天照大神に対して度重なる乱暴を働きました。その
2月11日は紀元節です。紀元節とは日本の始まりの日のこと。日本の誕生日、建国記念日のことをいいます。日本の国のはじまりは、神武天皇が即位された日をいいます。日本書紀巻三に「辛酉の年春正月庚辰の朔(ついたち)、天皇橿原の宮において帝位に即きたまふ。この年を天皇の元年となす」とあり、その日が日本の始まりとされました。つまり、正月1日が紀元節でしたが、明治の改暦の際の日付に現在は固定され、現在2月11日が紀元節となっています。『すめらぎのお話・・・本日は日本の誕生日』年末にアップされた、
イモ活(イモムシ飼育)中です。文化昆虫学から赤穂市坂越大避神社にも触れます。最近は、ヤママユガ(天蚕)のイモムシも飼育しています。以前ブログで紹介したアイヌハンミョウを5月28日に撮影に出かけた際に、クヌギと思われる樹でヤママユガの幼虫を見つけていた。子供の頃に教科書で読んだヘルマンヘッセの短編小説「少年の日の思い出」では、ヨーロッパ産のヤママユガを取り上げられてたな~!と思い、綺麗な蛾が手中の中から生まれる(羽化する)光景が頭の中をよぎったが、飼育には3日に1度の餌の葉の交換が必要なの
【鷲尾愛宕神社(わしおあたごじんじゃ)】(福岡県福岡市西区)鷲尾愛宕神社は福岡県福岡市西区の愛宕山(旧名:鷲尾山)にある神社で、現在は神社本庁の別表神社に列し、地元では「愛宕神社」「愛宕さん」と呼ばれ親しまれている神社です。イザナギ(伊耶那岐尊)・アメノオシホミミ(天忍穂耳尊)を祀る鷲尾神社(鷲尾権現)と、ホムスビノカミ(火産霊神)・イザナミ(伊耶那美尊)を祀る愛宕神社(愛宕権現)が明治時代に合併し、現在の鷲尾愛宕神社となりました。愛宕山の頂上に鎮座し、境内からは眺望がよく百道浜地
みなさんは「百済三書」という名前を耳にされたことがあるでしょうか?『三国史記』(「高句麗本紀」「新羅本紀」「百済本紀」からなる)の「百済本紀」とよく間違いそうになりますが、まったく異なる書物です。百済三書とは、『百済記(くだらき)』『百済新撰(くだらしんせん)』『百済本記(くだらほんき)』という3つの書物を指します。これらは『日本書紀』の神功皇后摂政紀から欽明天皇紀において合計26か所で引用されています。具体的には、『百済記』は神功皇后摂政紀・応神天皇紀・雄略天皇紀で計5か
【クラオカミノカミ/龍と関係する雨と水を司る女神】クラオカミノカミ(闇淤加美神)は『古事記』において、イザナギがヒノカグツチノカミ(ヒノヤギハヤオノカミ、ヒノカガビコノカミ)を斬りつけた際に、剣を伝いイザナギの手に付いた血から生まれ出でたと記されています。同時にクラミツハノカミ(闇御津羽神)の神名も記載があり、二柱とも水の神、水の女神とされます。龗(おかみ)は龍の古語でもあり、龍は水や雨を司る神として信仰されていましたので、クラオカミノカミも龍とのつながりを指摘されています。クラ
さてさて…京都の湖、阿蘇海のことを書きましたが…湖だから読み方は「あそうみ」と「あそかい」どちらもあるそうで…それにしても…阿蘇という地名はどうしても九州の熊本をイメージしてしまうのだけれども…遠くの山が阿蘇山…それぞれの由来は何じゃろ…と思って調べてみましたよ…日本書紀に…景行天皇が阿蘇の地を訪れた時に「ここは人がまったくいない土地だ」と呟いた時に…健磐龍命と阿蘇都媛という神さまが登場して「我々がいるではないか」呟いたとか…なので地名は人名(神名?)由来という