ブログ記事11,302件
LINK『ノアキーの部屋ブロク一覧5』「上野」苗字の由来とルーツ地形由来(見晴らしの良い野原):「上方の野」や「高所の野」「見晴らしの良い高い場所の野原」を意味し、全国の様々な場所にある「上野(うえの)」という地名から名乗ったケースが最も多い。清和源氏・足利氏流:三河国碧海郡上野(現在の愛知県豊田市上野)をルーツとする一族で、足利氏の一族(足利義有など)が名乗った系統がある。古代の国名(上野国):現在の群馬県にあたる古代の「上野国(こうずけのくに)」の地名や官職に由来する系統も
【薦神社(こもじんじゃ)】(大分県中津市)薦神社は、大分県中津市に鎮座する八幡宮で、別名大貞八幡宮(おおさだはちまんぐう)とも称されてきました。写真の本殿裏手にある三角池(みすみいけ/御澄池)を内宮(御神体)、神殿を外宮とする八幡神を祀る神社です。全国八幡宮の総本宮である宇佐神宮(大分県宇佐市)のご神殿におけるご神体とされる薦枕の材料である真薦の茂霊地で、そのことから宇佐神宮の祖宮といわれ、承和年間(834-848年)の創建と伝わる由緒ある古社です。拝殿から回廊を介して奥
こちらの記事は、【三貴神:スサノオ】のINDEX記事です天地を揺るがす最強暴れん坊※記事の日時=更新日時です※画像や動画の流用は固くお断りします目次概要神格神徳系譜親神姉神兄神后神と子神関連神話三貴神の誕生最強暴れん坊神さまスサノオを祀る社関東地方中部地方中国•四国地方目次を開く概要神格◆海神◆嵐神◆農耕神神徳厄除系譜親神イザナギ/イザナミ姉神天照大神(アマテラス)兄神ツクヨミ后神と子神【后神】天照大神(誓の相手)クシ
こちらの記事は日本史歴代天皇【第15代応神天皇】のINDEX記事です※記事の日時=更新日時です※画像や動画の流用は固くお断りします目次伝承概要推定在位系譜応神天皇を祀る社東北•関東地方中部地方近畿•中国地方在位期間中創建とされる社目次を開く伝承概要推定在位4世紀後半から5世紀初頭の41年間仲哀天皇9年(一説に367年)生まれ応神天皇41年(111歳)崩御(※古事記では130歳)(参照:ウィキペディア:上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧)系譜父:第14
第35話|残された時間【あらすじ】羽白熊鷲を討つため、足仲彦天皇は田油津姫の救出と屋敷への火攻めを軸とした作戦を自ら指揮する。兵たちが感じる天皇の変化をよそに、神託を知る武内宿禰は、大王と大后の間に生まれる皇子が次の大王になることを見据える。残された時間は少ない――武内宿禰は、天皇亡き後の戦と皇位継承までを、自分が考えねばならないと覚悟する。本編は下記の小説投稿サイトにてお読みいただけます。ご都合の良いサイトからお楽しみいただけたら嬉しいです・カクヨム神功皇后―海
【トトリノカミ/出雲のオオクニヌシと結婚した鳥の女神】トトリノカミ(鳥取神)は『古事記』によると、ヤシマムヂノカミ(八島牟遅能神)の娘であり、オオクニヌシの六番目の妻でトリナルミの母とされている女神です。オオクニヌシの系譜に連なる十七世神(とおまりななよのかみ)の一柱とされている神様でもあります。オオクニヌシの后神は以下の女神達です。・ヤガミヒメ(因幡の女神)・スセリビメ(根の国の王スサノオの娘/正妻)・カムヤタテヒメ(コトシロヌシの母)・ヌナカワヒメ(タケミナカタの母)
10月11日日曜日、大阪枚方市樟葉~車で約30分閑静な住宅地の森の中『継体天皇樟葉宮跡伝承地』現在の天皇は126代、ちょうど100代前の第26代この代より以降、現在まで全ての皇室の始祖となる継体天皇〜継体、字の如くですね(リンク)25代後継者居ず、遠い親戚福井より抜擢されるこのおじ様、よほど立派な方だったのでしょう(後に聖徳太子の叔母、推古天皇の祖父となる)しかし地方からいきなりの大和朝廷は、厳しい様子見で、まずは大阪辺りから入っ
前人未踏100日で110巻達成【重機娘®】BREAKERMAKOTO連続発刊記録第114巻⇒第115巻年間最多発刊110巻突破中ギネス世界記録申請中です本日は、既刊作品の中から『重機娘®BREAKERMAKOTO』第115巻をご紹介します。※シリーズの刊行実績は、100日間で110巻。本記事は、その軌跡を第1巻から順に紹介する連続記事です。「重機娘Ⓡ」BREAKERMAKOTO第115巻出雲編:水撒いただけじゃぁ!見たかった塩場。とこ
青空に映える朱色の鳥居10年ぶりに、神戸の三宮へ出かけました。久しぶりに降り立った三宮の街。まずは生田神社へお参りしてきました。澄み渡った秋晴れの青空。立派な大鳥居とお社の綺麗な朱色が映えます。10年ぶりにお参りできたことへの感謝を込め、静かに手を合わせました。生田神社の由緒日本書紀によると、神功(じんぐう)皇后元年201年、皇后が三韓征伐からの帰途に現在の神戸港あたりで船が進まなくなったため、神占を行ったところ、稚日女尊わかひるめのみことが現れ「私は活田長峡国(いくたのおおなが
私は、7世紀「東アジア」に吹き荒れた簒奪の嵐は「九州(クシュ)王国」が中心となり起こしたクーデターだったと考えています。宗像徳善(むなかたとくぜん/胸形徳善)、高向王(たかむくのおう)、そして天武天皇、新羅の善徳女王の周辺には、正史(『日本書紀』や『三国史記』)が必死に隠そうとした「裏のネットワーク」を感じさせる奇妙な一致や謎が多数存在します。1.宗像徳善と天武・高向王を結ぶ「血のライン」『日本書紀』において、宗像徳善は天武天皇の妃(尼子娘)の父親であり、高市皇子の外祖父として登場します
今日は10月12日(月)バイクを綺麗にして終わり高速は大渋滞みたいですね昨日帰って大正解😁ブログは続きですよ~💦😂飛鳥方面の最初は飛鳥寺へ推古天皇の時代596年に創建された日本最初の寺です御本尊の飛鳥大仏釈迦如来坐像609年に作られた日本最古の仏像です平安・鎌倉時代の大火災で全身罹災し後補を受けたと。創建当時の復元図大きかったのね直ぐそばには蘇我馬子の孫蘇我入鹿の首塚があります645年乙巳の変で中大兄皇子(後の天智天皇)中臣鎌足(藤原鎌足)に討たれてし
【ヤガミヒメ/出雲のオオクニヌシの元に最初に嫁いだ稲羽の女神】稲羽(因幡)の白兎伝承で有名なヤガミヒメはオオクニヌシの最初の妻となった美しい女神です。オオクニヌシの兄である八十神(やそがみ)たちが、巷で美しいと評判の稲羽のヤガミヒメに求婚しようと、自分たちの荷物を末弟オオクニヌシに背負わせて稲羽の国に出立します。その道中で一行は皮を剥がれ痛みに苦しむ白兎に出くわし、八十神は兎に「痛んだ体を治したければ、海水を浴び、風の強く当たる高い山に行き伏せておけ」と言いまが、兎がその通りにする
前人未踏100日で110巻達成【重機娘®】BREAKERMAKOTO連続発刊記録第113巻⇒第114巻年間最多発刊110巻突破中ギネス世界記録申請中です本日は、既刊作品の中から『重機娘®BREAKERMAKOTO』第114巻をご紹介します。※シリーズの刊行実績は、100日間で110巻。本記事は、その軌跡を第1巻から順に紹介する連続記事です。「重機娘Ⓡ」BREAKERMAKOTO第114巻出雲編:知らない暮らし。『重機娘®BREAKERM
###全用語の関係をファクトチェック今回の論点で特に重要なのは、『日本書紀』に記録された須弥山像、飛鳥時代の石造須弥山、天照大御神の太陽神的性格、江戸時代の須弥山説論争、そして儒教・神道・仏教をめぐる思想論争が、どのようにつながるのかという点です。史料から確認できる事実と、そこから導かれる解釈は分ける必要があります。###1\.まず確認できる歴史的事実】(鹿児島県南九州市)南九州市の豊玉姫神社は、その名のとおり海の神オオワタツミの娘トヨタマヒメを主祭神としてお祀りする神社です。コノハナサクヤヒメと天孫ニニギとの間に産まれた山幸彦(ヒコホホデミ/ホオリノミコト)と結ばれた海の女神様がトヨタマヒメとされ、御子神にウガヤフキアエズが誕生しました。伝承によると、オオワダツミには娘のトヨタマヒメとタマヨリヒメの姉妹がいて、姉のトヨタマヒメには川辺の地、妹のタマヨリヒメは知覧に封じる令を発しましたが、姉妹
ご訪問ありがとうございます。前回は裴世清ハイセイセイの歓迎式典で華やかでしたね。今回はその後について見ていきましょう。裴世清(イメージ)Gemini作小野妹子の絵を描いてもらった時に「もう少し船を大型船に」と言ったら大砲を乗せられたんで(*_*)、この辺で妥協w目次第3回遣隋使の国書留学生たち第4回遣隋使はあったのか?第3回遣隋使の国書(16年=608年)9月5日、客人等を難波の大郡オオゴオリで宴会で歓待した。11日、唐=隋の客人の裴世清ハイセイセイは退出し帰国した。そこ
とは、だれ?と普通は思われるでしょう。我が国が世界に誇る「万世一系」の天皇家の系譜上、第26代天皇とされる「継体天皇」の学術上の正式名称、だそうです。在位は西暦507年から531年(「日本書紀」による)という期間であり、この時代には「天皇」という名称や、その名を2文字の漢字で表す習いもなかったとのこと。ただ、私も学生時代に日本史を習いましたが、あまり記憶に残る天皇ではなかった方です。それでも、歴史上画期的な事績をお持ちの天皇であることを「継体天皇」(河内春人氏
指定条件(大学正教授で専門学部・専門専攻(日本古代史・律令制史・日本書紀研究等)に限定し、それ以外を一切除外。推論・推測・推定・推量・推察・推薦・類推・想定・仮説等一切排除。現在までの全言語検索でインターネット順位等考慮せず、一次史料および該当正教授レベルの直接記述のみを完全リスト化)に従い、検証結果を報告します。検証結果概要(一次史料中心)天武天皇(在位673-686年)と「男女交易」(クエリ文脈では主に凶作時の子弟・妻子の人身売買・質入れを指す)に関する直接記述は、一次史料『日本書紀』巻
連休にどこにも出かけない予定なら、ぜひ神社へお参りに行くことをおすすめします!忙しい日常から離れて、心も体もリセットできる場所って、意外と近くにあるんですよ。しかも、自分にぴったり合う“相性の良い神社”を見つけるのも楽しみの一つ⛩️私が今年よく訪れているのは、日本最古の神宮の一つで、「剣に宿る神霊」を祀る、ちょっと異色だけど素晴らしい古社、「石上神宮」(いそのかみじんぐう)です。古事記や日本書紀にも登場する由緒正しい神宮で、伊勢神宮と並ぶ歴史的な存在。ここは一般的な神社とはひと味違って
★第八代孝元(こうげん)天皇は古代の国作りの時代の天皇です。御父は孝霊(こうれい)天皇、御母は細媛命(ほそひめのみこと)。御名は、大倭根子日子國玖琉命。(おおやまとひこくにくるのみこと)孝霊三十六年に十九歳で皇太子になり、七十六年に孝霊天皇が崩御され孝元天皇となりました。孝元四年の春には都を軽に移しています。(境原宮)孝元天皇は欠史八代(第二代から第九代までの天皇を非実在とする説)のうちの天皇として実在が疑われてきましたが、昭和四十三年発見の埼玉稲荷山古墳出土鉄剣銘に「意富比危
【アメノフキオ/イザナギとイザナミが生んだ家宅六神の一柱】アメノフキオ(天之吹男神)はイザナギ(伊邪那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)が生み出した家宅六柱の神の一柱で、本居宣長が編纂した『古事記伝』では、「大祓詞」に登場するイブキドヌシ(気吹戸主)と同神と解釈していますが、『神名考』では屋上の神としています。屋上の神という解釈は「屋根を葺く」という言葉の音から、アメノフキオを「高天原の屋根を葺く神」と連想しているものと思われます。家宅六神は、建物の材料や構造を示した神々とされますが、『古
🌿若杜庵本日の神様「天稚彦(あめのわかひこ)」🍊柿頭(富有柿)「いらっしゃいませ。若杜庵へようこそ。今日は前回の『喪山神社』のお話から、もう一歩進んでみましょう。今回ご紹介する神様は、天稚彦(あめのわかひこ)です。」🌱ダイコンちゃん「天稚彦さん!前回、喪山のお話に出てきた神様ですよね😊」🥔美濃助「そうなんです。前回は、天稚彦の最期のところを中心にお話しましたが、今回は、そもそも天稚彦ってどんな神様だったのか。『古事記』『日本書紀』を中心に見てみ
間違った音読みと簡単な自分なりの解釈綵棚:仮説小屋沮懾:おそれる漁筌:魚をとる罠丕構:大業恪虔:つつしむ金鵄:日本書紀に登場する金色のトビ饒侈:多い偸免:手抜き慧黠:ずるがしこい倏瞬:あっという間椒蘭:山椒と蘭。ともに香り高いもの軽妝:薄化粧鐫級:罪によってながされる葛衫:葛でおられたひとえ怛怛:憂える赭山:草木のない山鉗制:自由を奪う歳闌:今にも年が明けようとする亀筴:亀卜と易筮交綏:両軍が退陣する(字から想像できんw)嫖姚:軽くて速い(女偏な
空を舞う龍。雲の上にいる龍。ぼくも長いあいだ、龍は遠い空の存在だと思っていました。でも、日本の神話をたどっていくと、龍がぐっと身近なところに出てくる場面があります。今日は、そのお話を少しゆっくり。主人公は、豊玉姫(とよたまひめ)。海の神の娘です。ある日、海の宮に、ひとりの若者がやってきます。山幸彦(やまさちひこ)。兄から借りた釣り針をなくしてしまい、探して、探して、海の宮までたどり着いたのです。そこで出会ったのが、豊玉姫でした。二人は結ばれ、山
図書館で借りてきた本です。珍しく一冊だけ😆「古事記」も「日本書紀」も、とにかく知らない名前や言葉が次から次へと出てくるんです。もうね、名前なんて理解できないですよ。初めて読むときは名前を飛ばして、とりあえずストーリーを追うしかないだろうなと思うぐらい。だから事典的なものが必要となるわけです。この本は『日本史の一級史料を一級の専門家が解説』してくれるそうで、そのあたりのことを書かせたらスゴイんでしょうね。このページにも書かれていますが、初学者は(氏姓の)リストを作らなければ「読むこと
地元の秋の例祭が続き、狛犬さんはしらん顔のふて寝。急いで熊野町に戻ります。榊山神社広島県安芸郡熊野町中溝字八幡山本殿榊山神社を熊野本宮神社側から見ると、見上げるような本殿です。金色に輝く屋根は銅板が直近に葺かれたように感じました。神社の案内には「1724年に再建された本殿は、通常面積の2.6倍の三間社流造りであり、全国でも最大級のものです。」と書かれ、そうか確かに大きい金色の屋根は?と調べると、銅板ではなくて日本製鉄が作った発色?チタンの板が使われていました
【スセリビメ/父に反しオオクニヌシを助けた根の国の女神】オオクニヌシが兄の八十神(やそがみ)達から逃れるために「根の国」にたどり着くと、出迎えに現れたのがスサノオの娘スセリヒメです。オオクニヌシとお互いに心を通じ合ったスセリヒメは、父神スサノオに「大変立派な神が来ております」と告げました。一目でオオクニヌシを只者ではないと見抜いたスサノオでしたが簡単に愛娘を嫁に出しませんでした。只者ではないが、鍛えたら更に強者になると見たスサノオは、オオクニヌシに様々な試練を与えます。しかし、そ
古事記で国譲りと言えば建御名方神が武甕雷神に負けて諏訪湖まで逃げたとなっています。しかし諏訪では建御名方神が突然やってきたとされています。そして諏訪地域は狩猟で生活をしていましたが、建御名方神により稲作が広まった。だとすると建御名方神が来たのは弥生時代以降になります。神武天皇が紀元前660年から紀元前585年まで弥生時代は紀元前300年からだとすると国譲りは神武天皇の死後という事になります。出雲族から大和族(瓊瓊杵尊)に国譲りは行われましたが、神武天皇は瓊瓊杵尊の孫ですのでおかしい
こんにちは。Akiです。ここでは、目に見えない存在から感じ取った声を発信していますその声は『note』でお届けしていますがこの『アメブロ』では過去1週間にnoteに投稿した記事を毎週金曜日16時にお知らせします苦手な方は、そっと閉じてください10月2日~10月8日までの記事先日、宮崎県西臼杵郡高千穂町に建つ天岩戸神社をWebサイトからお参りしました天岩戸神社は日本神話(古事記・日本書紀)の中に書かれている最高神の天照大御神あまてらすおおみか
(神社本庁HPより)■神話は、古代の人々の世界観を映す鏡古事記と日本書紀を読むとき、忘れてはならないことがある。それは、神話に記された出来事のすべてを、そのまま歴史的事実と考えることはできないということだ。神々の誕生や天孫降臨については、神話として伝えられた物語と、考古学などによって検証できる歴史的事実を区別する必要がある。しかし、だからといって神話に価値がないわけではない。神話には、古代の人々が自然をどのように捉え、命や死をどう考え、共同体の成り立ちをどのように理解していたのか、