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昨年10月後半。高次元の存在は「アシュタールとオッピシェクリオ」の話を教えてきました。こちらの記事がわかりやすいかと思いますのでリンクを貼らせて頂きます。【プレアディアン|NEIOH】天王星の生命2023.8.18#アシュター・エンキ兄弟|水瓶座新時代と多次元新生地球の幕開けプレアデスのタイゲタファミリーNEIOH様からメッセージです。天王星の「ネパック人」のご紹介です。「天王星は、生命の美しさを持つ惑星であり、皆さんが知って...chinosyoho.exbl
※圧力をかけられたら削除します。究極の古史古伝〝竹内文書〟が正式に公開されました。天神七代、上古二十五代、不合朝七十三代、神倭朝故人が秘したからこそ守られて、今と言うこの重要な別れ目の時に明かされる非情の掟の封印が解かれる。(何故天才学者でもある正統竹内家最後の神主むっちゃんはお隠れになったのか・・・)閉じられる扉と開かれる扉とこしえに続く惟神の道天之御中主神以前の神々は竹内家の神主が一命を賭して、秘した為、古事記、日本書紀などの歴史には残らないことになった。日の丸の歴
『60-④朝ごはんはバターコーヒーとフレンチトースト』『60-③内宮参拝。個人手なお願いはなぜ荒祭宮なのか?前編』『60-②外宮参拝。外宮の話』『60-①8年前の誕生日旅行の話まずは二見興玉神社』本日は…ameblo.jp神社参拝旅再開!次は猿田彦神社紅葉が綺麗でした。みちひらきの大神猿田彦神社www.sarutahikojinja.or.jpこの頃はまだ、その後猿田彦大神と家の事で大きなご縁を頂く事になるとはわかってなかったのですが猿田彦大神にとても興味が
ご訪問ありがとうございます。予告どおり、今回は「隅田八幡宮人物画像鏡」についてです。この縁に沿って文字が書かれていますが、わかりますか?Wikipediaには隅田八幡神社人物画像鏡(すだはちまんじんじゃじんぶつがぞうきょう)は、和歌山県橋本市の隅田八幡神社が所蔵する、5世紀から6世紀頃製作の銅鏡。鏡背の48字の金石文は、日本古代史、考古学、日本語学における貴重な資料である。国宝に指定されている。とされています。隅田八幡宮のある和歌山県橋本市は、奈良県の五條市に隣接していて、大和から紀
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************抑々、上記の本田翁の伝書にある「鎮魂法」は、神を鎮祭する際の鎮魂法であって、個人が行う修行としての鎮魂法ではない。その鎮祭目的の方法が鈴木廣道氏に伝授されたということだ。これが可能になるには、審神者レベルで霊魂の運転活用ができることが必要条件だが、北海道に帰郷する鈴木氏に対して、その時点では無理でもいつか役立てられるように伝えおいたものと推測する。何故なら、これは御霊璽、鎮魂石
武内宿禰(たけうちのすくね)は、古代日本の伝説的な人物であり、日本書紀や古事記などに登場する非常に重要な政治家・忠臣です。彼は神功皇后や応神天皇をはじめ、複数の天皇に仕えた長寿の臣下として知られています。構成:筑前由紀イラスト:YUTARO目次基本情報特徴と伝説実在性子供と子孫LINEスタンプ目次を開く基本情報・時代:古墳時代(3世紀末〜5世紀頃とされる)・仕えた天皇:景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后(摂政)、応神天皇、仁徳天皇・出身氏族:蘇
能褒野神社から次の目的地へ向かう為、歩いて駅へ。井田川駅(三重県亀山市井田川町364)に到着。妙に主張する「大和タチバナ記念植樹」。手前には、ヤマトタケルが詠んだ(『日本書紀』では景行天皇が詠んだ)とされる国偲歌。ヤマトタケルの像あり。能褒野に近い駅だから、そりゃあヤマトタケル像くらいあるよね!と思いながら見る。ヤマトタケルの妻として、最も有名であろう弟橘媛。彼女は海を鎮める為、関東で身投げした。有名な女性だから、無関係ながらもヤマトタケル繋がりで紹介しているのだろうかと思いなが
景行天皇(けいこうてんのう)は、日本の第12代天皇とされる人物です。『古事記』や『日本書紀』などの古代の文献に登場します。↑作:弟【基本情報】・在位:記紀によれば、おおよそ西暦71年頃から130年頃まで(※諸説あり)・父:垂仁天皇・子:日本武尊(やまとたけるのみこと)など、多くの皇子・皇女を持つ【人物像・性格】・朝廷の支配領域を拡大したとされ、全国を巡行して地方豪族を服従させたという伝説があります。・『古事記』では、息子ヤマトタケルを恐れ、死地に赴かせます。・『日本書紀』
続きです。『【神戸】12月親子旅①南京町&カフェタイム』息子と神戸・淡路島・鳴門へ行ってきました。2025年12月Day1名古屋~神戸🚗3時間くらい神戸(大ゴッホ展・南京町)淡路島(伊弉諾神宮)鳴門Day…ameblo.jp神戸を出発して、淡路島へ。淡路ハイウェイオアシスに行くのが通常だろうけど、淡路ハイウェイオアシス·〒656-2401兵庫県淡路市岩屋大林2674−3★★★★☆·ショッピングモールmaps.app.goo.gl無視して、高速を降ります。
神功皇后は、日本の天皇家と、朝鮮半島の新羅国の王族の血を引く女性です。父親が、9代開化天皇の子孫。母親が、新羅から来たアメノヒボコの子孫です。神功皇后は、神を降ろして神託を受けることが出来る女性でした。第14代仲哀天皇が即位した翌年、仲哀天皇と結婚しました。近畿にいましたが、九州の熊襲という豪族が反抗的だと聞いて、九州へ向かいます。しかし、福岡県の香椎宮で神降ろしをすると、「熊襲を打つより朝鮮半島へ行くべし」という神託を受けます。仲哀天皇はそれを疑い
ご訪問ありがとうございます。実は次回の継体天皇の出自について30年ぶりくらいに岡田精司氏の「継体天皇の出自とその背景」を読み返しましたところ、「上宮記逸文」の分析において、同じ論旨になっているところが多々ありましたので、前回と前々回にその点を加筆致しました。ご了承を御願い申し上げます。さて、前回の凡牟都和希王がめちゃくちゃ難問でしたので、今回はさらりと(^^;)目次「上宮記逸文」の検証母々㤙己麻和加中比賣雄略天皇の母系一族「上宮記逸文」の検証まずは読み下し文を再掲します。前
みなさんこんにちは「梨花一枝春帯雨(りかいっしはるのあめをおぶ)」とは一枝の白い梨の花が春の雨に濡れているという意味で美人の悲しむ姿をたとえた言葉白居易の「長恨歌」に出てくる一節楊貴妃が玄宗を想って泣く様子を表したといいます「ナシ(梨)」は中国原産のバラ科ナシ属の落葉高木別名を「ワナシ(和梨)」または「ニホンナシ(日本梨)」とも呼ばれます日本へは古い時代に渡来。日本書紀にも栽培の記述があるといいますなお、広義には「チュウゴクナシ(中国梨
はい!奈央です。お仕事、お仕事先のブログで次のような事を書きました。古代日本と百済の意外な関係性金を発掘し大仏建立に献上した百済王敬福|marineと奈央のブログ「日本で最初の金の発見が、749年、百済王敬福だったとは知りませんでした。これは、正史およびそれに準ずる史書に基づくものだと思います。おそらく、もっと早い時期に金を産出していた金山が日本各地に存在したのではと私は考えています。」これは、先にブログに書いた筑豊の北九州・田川郡香春町周辺の多くの金山の存在に拠
ご訪問ありがとうございます。さて今回から武烈天皇ですが、まずは「武烈天皇紀」の冒頭、この前飛ばした総評の部分を見ることにしましょう。小泊瀬稚鷦鷯オハツセノワカササギ天皇は、仁賢天皇の皇太子である。母を春日大娘カスガノオオイラツメ皇后という。仁賢天皇7年、立ちて皇太子となる。長じては刑の判断や執行を好み、法令に詳しかった。日が暮れるまで政治を行い、無実を見抜き、訴えは退けるにしても情はおありになった。と、ここまで見るといい人に見えますが、これは「法治主義」です。法がすべてで、儒教のよ
第2章古事記・日本書紀に見る馬の神話日本最古の歴史書である『古事記』と『日本書紀』には、数々の神話が収められています。その中で、馬は神の使いとして、また時に災厄を招く存在として登場し、人々の信仰や畏れを映し出しています。ここでは、特に代表的なエピソードを取り上げながら、馬がどのように神々の物語に関わってきたのかをたどってみます。スサノオと「逆剥ぎの馬」最も有名なのは「天の岩戸隠れ」にまつわるエピソードです。荒ぶる神スサノオは、姉である天照大神に対して度重なる乱暴を働きました。その
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『第二章日本書紀に見ゆる実例一日本書紀巻第一(神代上)(巻末G参照)又猿女君の遠祖天鈿女命は即ち手に芽纏の矟を持ち、天石窟戸の前に立たして、巧に俳優す。亦天香山の真坂樹を以て鬘と為し、蘿を以て手すきに為して、火処燒き、覆槽置せ、顕神明之憑談す。』(「顕神本田霊学法典」)『また猨女君の遠祖天鈿女命は手に茅を巻いた矛を持ち、天石窟戸の前に立って、巧みに俳優をした。
伊勢神宮のルーツは実は、伊勢神宮の学間的な創立年は、よくわかっていません。というのも、「古代日本の物語を描いた古事記」には「神宮」は登場せず「日本書紀」に簡単な記述があるだけです。第10代の崇神(すじん)天皇の時代、国中で疫病が蔓延®しどうすればいいか悩んだ天皇が神に尋ねたところ「天照大御神(アマテラス)」の「引越し」のお告げがありました。そして、11代の垂化(すいにん)天皇に「引越し」場所を探すように命じられた倭姫命(ヤマトヒメノミコト)は現在の奈良県桜井市を出発しま
【イスケヨリヒメ/三輪神と三島の娘の間に生まれた姫】イスケヨリヒメ(伊須気余理比売)は、ヒメタタライスケヨリヒメ(比売多多良伊須気余理比売)、ヒメタタライスズヒメ(媛蹈鞴五十鈴媛)やホトタタライススキヒメ(富登多多良伊須須岐比売)とも呼ばれ『古事記』・『日本書紀』において初代神武天皇(じんむてんのう)が二番目に結婚した女性であり、正妻(初代皇后)となったとされる女性です。『日本書紀』ではヒメタタライスズヒメと表記され、母親は三島(摂津/大阪府北部)の有力豪族のミシマノミゾクヒの娘セヤダタラヒ
【大己貴神社(おおなむちじんじゃ)】(福岡県朝倉郡筑前町)福岡県筑前町(旧三輪町)弥永に鎮座している大己貴神社は、神功皇后(じんぐうこうごう)がオオナムチを祀ったのが始まりとされ、日本で最も古い神社の一つと言われています。その由緒の始まりは、14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)9年(西暦200年頃)の時代で、延長5年(927年)制定の『延喜式』巻十〔神名帳〕には、筑前国の十一社のうちの「於保奈牟智神社」に比定され、他は現在の(1)宗像大社(2)織幡神社(3)筥崎宮(4)住吉神社(5)志賀
「古事記や日本書紀に出てくる天皇や英雄は、どこまでが神話(架空)で、どこからが歴史(実在)なのか?」そういう二分法のような発想が、間違いのもとです。天照大御神や神武天皇の物語が「神話」なのは言うまでもないですが、じゃあそこに書いてあることは全部が空想、捏造、嘘八百なのか、ていえば、それはまた別の話です。モデルになる生身の誰かがいたかも知れないし、その事績には何がしか実際にあった事柄が反映されているかも知れません。それを全部「ここは歴史ではなく、神話だから」と切り捨てて顧みないのは、物凄く勿
神社検定、令和8年の応募要項・出題範囲となるテキストが発表されてました。初級マンガ版『神社のいろは』マンガ版神社のいろは[日本文化興隆財団]楽天市場参級基本テキスト公式テキスト①『神社のいろは』神社のいろは神社検定公式テキスト1[神社本庁]楽天市場サブテキスト(こちらは令和9年以降、別のテキストが出題範囲になる)「マンガならわかる『古事記』」神社検定副読本『マンガならわかる!『古事記』』[神社本庁]楽天
【ヤマトヒメ/アマテラスの御杖代として伊勢神宮を創建した皇女】ヤマトヒメ(倭姫命)は第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)とヒバスヒメ(垂仁天皇の二番目の皇后)との間の第四皇女とされます。第10代崇神天皇(すいにんてんのう)の時代までは天皇と「同床共殿」で皇居内にて祀られていた高祖神アマテラス。しかし、その状態を畏怖した同天皇が皇女・トヨスキイリヒメにアマテラスの神霊を託して倭国笠縫邑磯城(やまとこくかさぬいむらしき)の厳橿の本に「磯堅城の神籬(しかたきのひもろぎ)(堅い石で作った神
地図を見ても、なかなかたどり着けない場所がある。琴弾原白鳥陵(日本武尊陵)奈良県御所市冨田玉手駅から約25分の距離を歩いて行った。途中、案内板あったのだけれども、描かれている矢印と道の形が全然違っていて困惑しかなかったGoogleマップを見ても、最後まで道が続いていない。こういうこと、ままある。目的地へ繋がる本当の入り口は、全く別の場所であることも少なくない。分からないので、遭遇した地元住民に聞いた。今回の場合はGoogleマップの青い丸の場所ま
6月18日の一読は「夜麻登登母母曾毘売命(やまととももそびめのみこと)」でした。「第7代孝霊天皇の娘で、兄弟に大吉備津日子命や孝元天皇がいる」(183ページ)本書では『日本書紀』の内容が中心に書かれていて、古事記でどのように書いているかは軽く調べても、うまく見つけられませんでした。別の機会で深掘りをするつもりですが、一説では邪馬台国の卑弥呼の正体というものもあるらしいので、どこかでしっかりとおさえたいです。
ご訪問ありがとうございます。ひさしぶりに「日本書紀」本文に戻ってまいりましたが、この頃から記事量も内容もしっかりしてきます。「内乱」説のせいで、事績としてはあまり注目されませんが、次の飛鳥時代にはちゃんと国家になっていますから、この間に着々といろんな組織とか経済基盤ができていることになります。そうでないと飛鳥寺やら法隆寺のような国家事業はできませんもんね❗それでは、「安閑天皇紀」❗まいりましょう❗(*´・∀・)つ目次安閑天皇の即位安閑天皇の后妃伊甚屯倉安閑天皇の即位ここでもう
生まれも育ちも奈良県で、神社やお寺が好きなみくるです。先日、奈良市にあるとっても素敵な古社「登彌神社(とみじんじゃ)」に行ってきました。地元では「木嶋明神(このしまみょうじん)」って呼ばれて親しまれているのですが、これがまた静かで雰囲気のある神社歴史好きにはたまらない場所でした。ここがすごい!登彌神社の魅力3選✨日本書紀にも登場する超〜古社!そして「富雄」のルーツ!?登彌神社(とみじんじゃ)は、奈良県奈良市石木町に鎮座する式内社なのですが、『日本書紀』にもそのルーツが示唆されて
【御島神社(みしまじんじゃ)】(福岡市東区)御島神社は香椎宮の境外末社であり、香椎浜と人工島アイランドシティ間の海上の小島に鎮座する神社です。14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)が熊襲征伐の途中、この地で崩御したとされ、天皇の御霊を神功皇后(じんぐうこうごう)が奉祀されたのが香椎宮であり霊廟として建立されました。北部九州には神功皇后や仲哀天皇の伝承が数多く残っています。御島神社の場所は香椎宮から西に2キロほど所にあり、神功皇后が御渡海に際し、神々の神教の当否を占われたと『日本
【鹿児島神宮(かごしまじんぐう)】(鹿児島県霧島市)鹿児島県霧島市の日向山の麓に鎮座する鹿児島神宮は大隅国一宮です。社殿の建立は和銅元年(708年)とされ、平安時代に編纂された『延喜式』には鹿児嶋神社の名で薩摩、大隅、日向の中で唯一の大社として記載があり、古代から朝廷に篤く崇敬を受けてきました。創祀年代は、社伝によると「初代神武天皇の時に、ヒコホホデミ(天津日高彦穗穗出見尊/あまつひこひこほほでみのみこと/山幸彦)の宮殿であった高千穂宮を神社としたもの」とされますが、詳細は不明。
【須賀神社(すがじんじゃ)】(福岡県北九州市)この須賀神社は北九州市小倉北区に鎮座し、通称「若一王子(にゃっこうじ)さん」とも呼ばれ親しまれています。社伝によると平安時代初期の元慶元年の創建と伝わり、およそ1200年ほどの歴史を有する神社です。元慶元年のある時、三鏡山(小文字山)に怪しい光が現れると、地域に疫病が蔓延し多くの命が犠牲となりました。そんな時、村人が不思議な童と出会い「我はスサノオノミコトの化身なり。我が御魂を祀る宮を造れば悪疫は退散するであろう」とお告げをもらい、急
【イワナガヒメ/嫁ぎ先から帰された岩と長寿の女神】イワナガヒメは山神オオヤマヅミの娘であり、美と花の女神コノハナサクヤヒメの姉。天孫ニニギに妹と共に嫁ぎましたが、絶世の美女として知られる妹と違い、岩のような容姿だったイワナガヒメを恐れたニニギから実家に帰されてしまいます。コノハナサクヤヒメは桜の様に華やで美しいですが、桜のように咲き、桜のように散るので、その美しさは儚く限りあるものでした。反対にイワナガヒメの容姿は岩のようですが、その命は岩のように長寿を意味します。ニニ