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【大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)】(愛媛県今治市)大山祇神社は山の神オオヤマヅミ(大山祇神)を祭る全国の神社の総本社で、伊予国一宮でもあり、当社から勧請したとする大山祇神社、三島神社は四国を中心に全国各地に広がっています。オオヤマヅミは山の神ですが、瀬戸内海に鎮座する関係で海の神・渡航の神としての信仰も強いほか、戦の神としての側面もあり、歴代の朝廷や武将から武家の守護神として尊崇を集めてきました。源氏・平氏をはじめ多くの武将が武具を奉納して武運長久を祈ったため、国宝・国の重要文
武内宿禰(たけうちのすくね)は、古代日本の伝説的な人物であり、日本書紀や古事記などに登場する非常に重要な政治家・忠臣です。彼は神功皇后や応神天皇をはじめ、複数の天皇に仕えた長寿の臣下として知られています。構成:筑前由紀イラスト:YUTARO目次基本情報特徴と伝説実在性子供と子孫LINEスタンプ目次を開く基本情報・時代:古墳時代(3世紀末〜5世紀頃とされる)・仕えた天皇:景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后(摂政)、応神天皇、仁徳天皇・出身氏族:蘇
毎年、今日・5月11日から(10月15日まで)岐阜県で始まる夏の風物詩といえば、長良川の鵜飼い烏帽子に腰蓑という伝統的な装束に身を固めた鵜匠が数匹の鵜を操り、船の舳先にぶら下げられた篝火に寄ってくるアユを捕えるというこの漁法に関しては『日本書紀』や『古事記』に鵜飼漁の記述があるそうですから、少なくとも1,300年以上前から続いていることになります。とは言え鵜一羽で一度に1匹しか捕まえられないわけですから、純粋な漁業としては効率は大変悪く、過去に何度か衰退・消滅の危機に瀕
ご訪問ありがとうございます今回の部分は敏達天皇の后妃と皇子女です。その中の押坂彦人大兄皇子は、一般には知られていない人物ですが、これから先の皇統の祖(「皇祖大兄」と称されます)になる、飛鳥界隈では知らない人のない最重要人物でしょう。今回は彦人大兄皇子について検証してみたいと思います。目次皇后廣姫彦人大兄皇子敏達朝の登場人物の世代彦人大兄皇子と蘇我氏の野望和珥氏の夫人と伊勢采女目次を開く皇后廣姫4年(575)春正月9日、息長オキナガノ眞手王マテノオオキミの娘廣姫ヒロヒメを立
続きです。『【神戸】12月親子旅①南京町&カフェタイム』息子と神戸・淡路島・鳴門へ行ってきました。2025年12月Day1名古屋~神戸🚗3時間くらい神戸(大ゴッホ展・南京町)淡路島(伊弉諾神宮)鳴門Day…ameblo.jp神戸を出発して、淡路島へ。淡路ハイウェイオアシスに行くのが通常だろうけど、淡路ハイウェイオアシス·〒656-2401兵庫県淡路市岩屋大林2674−3★★★★☆·ショッピングモールmaps.app.goo.gl無視して、高速を降ります。
【アワナミ/水神の御子である泡をつかさどる女神】『古事記』によると、アワナミノカミ(沫那美神)は水戸神ハヤアキツヒコノカミとハヤアキツヒメカミが産んだ泡の神の1柱で、アワナギノカミ(沫那芸神)は兄であり夫とされています。「アワナギとアワナミ」という夫婦の組み合わせは、祖父母にあたる「イザナギとイザナミ」と同じで、ナギは「の男」、ナミは「の女」という意味であり、「沫の男神」と「沫の女神」を意味しています。『日本書紀』にはアワナミに関する記述は無いものの、兄であり夫であるアワナギは「イザナ
ご訪問ありがとうございます。さて今回から武烈天皇ですが、まずは「日本書紀」を見ることにしましょう。小泊瀬稚鷦鷯オハツセノワカササギ天皇は、仁賢天皇の皇太子である。母を春日大娘カスガノオオイラツメ皇后という。仁賢天皇7年、立ちて皇太子となる。長じては刑の判断や執行を好み、法令に詳しかった。日が暮れるまで政治を行い、無実を見抜き、訴えは退けるにしても情はおありになった。まあまあ、熱心に政務を執っているように見えますが、この後少し評価が変わります。又、頻繁にいろいろな悪行をなさり、一つの
第2章古事記・日本書紀に見る馬の神話日本最古の歴史書である『古事記』と『日本書紀』には、数々の神話が収められています。その中で、馬は神の使いとして、また時に災厄を招く存在として登場し、人々の信仰や畏れを映し出しています。ここでは、特に代表的なエピソードを取り上げながら、馬がどのように神々の物語に関わってきたのかをたどってみます。スサノオと「逆剥ぎの馬」最も有名なのは「天の岩戸隠れ」にまつわるエピソードです。荒ぶる神スサノオは、姉である天照大神に対して度重なる乱暴を働きました。その
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)は、日本の第14代天皇とされる人物です。『日本書紀』や『古事記』などに登場します。↑作:弟【基本情報】・名前足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『日本書紀』、和風諡号足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)-『日本書紀』帯中日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『古事記』・在位:記紀によれば西暦192年頃~200年。(※年代には諸説あり)・父日本武尊(やまとたけるのみこと)-『日本書紀』倭建命(やまとたけ
ご訪問ありがとうございます。さて今回から武烈天皇ですが、まずは「武烈天皇紀」の冒頭、この前飛ばした総評の部分を見ることにしましょう。小泊瀬稚鷦鷯オハツセノワカササギ天皇は、仁賢天皇の皇太子である。母を春日大娘カスガノオオイラツメ皇后という。仁賢天皇7年、立ちて皇太子となる。長じては刑の判断や執行を好み、法令に詳しかった。日が暮れるまで政治を行い、無実を見抜き、訴えは退けるにしても情はおありになった。と、ここまで見るといい人に見えますが、これは「法治主義」です。法がすべてで、儒教のよ
ご訪問ありがとうございます。今回は東アジアを揺るがした大事件です。「倭の五王」の興王の時の出来事ですが、やはり20年ほどずれて雄略20年(実際は興王の晩年、倭王武の即位以前の475年)に記載されています。20年冬、高麗コマ王=高句麗王(長寿王)が大軍を発して、百済クダラを滅ぼした。そこで逃げ延びた少数の人々が、倉下ヘスオトに集っていたが、食糧も尽き、深く憂い泣いていた。その時高麗の諸将は王に「百済の考え方は我々と違うので、相対するたびに私は不覚を取って失敗いたします。恐らくまた、蔓草
生まれも育ちも奈良県で、神社やお寺が好きなみくるです。先日、奈良市にあるとっても素敵な古社「登彌神社(とみじんじゃ)」に行ってきました。地元では「木嶋明神(このしまみょうじん)」って呼ばれて親しまれているのですが、これがまた静かで雰囲気のある神社歴史好きにはたまらない場所でした。ここがすごい!登彌神社の魅力3選✨日本書紀にも登場する超〜古社!そして「富雄」のルーツ!?登彌神社(とみじんじゃ)は、奈良県奈良市石木町に鎮座する式内社なのですが、『日本書紀』にもそのルーツが示唆されて
【キサガイヒメ/高天の原から遣わされた治療の女神】キサガイヒメ(𧏛貝比売)はアカガイを神格化した蘇生、治療を司る女神です。『古事記』ではオオクニヌシの神話にて登場し、カミムスビの勅命を受けて、八十神に殺されたオオクニヌシ(オオナムチ)の蘇生と治療にあたりました。この時にウムガイヒメ(蛤貝比売)も一緒に遣わされていて、二柱で一対となる関係性がみられます。白兎の託宣により稲羽の女神ヤガミヒメと結ばれたオオクニヌシでしたが、ヤガミヒメに心を寄せていた兄の八十神達に嫉妬され憎まれてしま
ちょっと前に、常連さんから柿の葉寿司を頂きましてね。柿の葉寿司、大好きなんですよ。その歴史は意外にも古く、江戸時代あたりになるそうで。柿の葉に抗菌作用がある事くらいは知ってましたが、それを昔の人はどうやって知ったのかな〜とか考えてたら、そこからかなり脱線して、気が付いたら古事記とかを調べてたりして(何でや?)。まあ、分かりやすいか分かりにくいかどっちだと言えば、めちゃめちゃ分かりにくいんですが。元々知りたがりな性分なもんで、毎日少しずつ調べてみると中々面白い。三種の神器なんて、旧約聖
ご訪問ありがとうございます。実は次回の継体天皇の出自について30年ぶりくらいに岡田精司氏の「継体天皇の出自とその背景」を読み返しましたところ、「上宮記逸文」の分析において、同じ論旨になっているところが多々ありましたので、前回と前々回にその点を加筆致しました。ご了承を御願い申し上げます。さて、前回の凡牟都和希王がめちゃくちゃ難問でしたので、今回はさらりと(^^;)目次「上宮記逸文」の検証母々㤙己麻和加中比賣雄略天皇の母系一族「上宮記逸文」の検証まずは読み下し文を再掲します。前
ご訪問ありがとうございます。今回で清寧天皇は終わりです。何かをやったということもなく、星川皇子から次代の顕宗・仁賢天皇の話と飯豊皇女のエピソードだけですがとりあえず順を追って見ていきましょう(^∇^)2年春2月、天皇は子供がないことを残念に思って、大伴室屋大連オオトモノムロヤノオオムラジを諸国に派遣し、白髮部シラガベノ舍人トネリ・白髮部膳夫カシワデ・白髮部靫負ユゲヒを置いた。形見を残して後世に名を伝えようと思われたのである。子供がないって后妃も伝わらないし、性急にも思え
【大己貴神社(おおなむちじんじゃ)】(福岡県朝倉郡筑前町)福岡県筑前町(旧三輪町)弥永に鎮座している大己貴神社は、神功皇后(じんぐうこうごう)がオオナムチを祀ったのが始まりとされ、日本で最も古い神社の一つと言われています。その由緒の始まりは、14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)9年(西暦200年頃)の時代で、延長5年(927年)制定の『延喜式』巻十〔神名帳〕には、筑前国の十一社のうちの「於保奈牟智神社」に比定され、他は現在の(1)宗像大社(2)織幡神社(3)筥崎宮(4)住吉神社(5)志賀
「古事記や日本書紀に出てくる天皇や英雄は、どこまでが神話(架空)で、どこからが歴史(実在)なのか?」そういう二分法のような発想が、間違いのもとです。天照大御神や神武天皇の物語が「神話」なのは言うまでもないですが、じゃあそこに書いてあることは全部が空想、捏造、嘘八百なのか、ていえば、それはまた別の話です。モデルになる生身の誰かがいたかも知れないし、その事績には何がしか実際にあった事柄が反映されているかも知れません。それを全部「ここは歴史ではなく、神話だから」と切り捨てて顧みないのは、物凄く勿
【カモワケイカヅチ/古代豪族賀茂氏の氏神】カモワケイカヅチ(賀茂別雷神)は賀茂別雷神社(上賀茂神社/京都市北区上賀茂)の祭神で、各地の加茂神社(賀茂神社・鴨神社)で祀られています。『古事記』や『日本書紀』には登場しないものの雷神・治水神の神格を持ち、平安京の守護神として篤く崇敬されてきました。賀茂別雷神社の社伝では、初代神武天皇の御代に神山(こうやま、賀茂山ともいう)の麓の御阿礼所にカモワケイカヅチが降臨したと伝わります。室町時代の『賀茂之本地』では『古事記』に記載のあるアヂ
ご訪問ありがとうございます。前回まで「日本書紀」の雄略天皇のところを読んでいましたが、外交関係の記事ではおよそ20年のズレがあり、允恭天皇の頃の出来事が「雄略天皇紀」に入っているということがわかりました。つまり「日本書紀」の編者たちは、外交についての史料、ほぼ「応神天皇紀」と「雄略天皇紀」に集約して、あまり綿密な考証は行わなかったと言うことが言えます。そういうことですから、「神功皇后紀」~「雄略天皇紀」について、倭の五王を大和王権の人物とすることは妥当とする一方で、「日本書紀」に基づ
ご訪問ありがとうございます。ひさしぶりに「日本書紀」本文に戻ってまいりましたが、この頃から記事量も内容もしっかりしてきます。「内乱」説のせいで、事績としてはあまり注目されませんが、次の飛鳥時代にはちゃんと国家になっていますから、この間に着々といろんな組織とか経済基盤ができていることになります。そうでないと飛鳥寺やら法隆寺のような国家事業はできませんもんね❗それでは、「安閑天皇紀」❗まいりましょう❗(*´・∀・)つ目次安閑天皇の即位安閑天皇の后妃伊甚屯倉安閑天皇の即位ここでもう
ご訪問ありがとうございます。予告どおり、今回は「隅田八幡宮人物画像鏡」についてです。この縁に沿って文字が書かれていますが、わかりますか?Wikipediaには隅田八幡神社人物画像鏡(すだはちまんじんじゃじんぶつがぞうきょう)は、和歌山県橋本市の隅田八幡神社が所蔵する、5世紀から6世紀頃製作の銅鏡。鏡背の48字の金石文は、日本古代史、考古学、日本語学における貴重な資料である。国宝に指定されている。とされています。隅田八幡宮のある和歌山県橋本市は、奈良県の五條市に隣接していて、大和から紀
【綿津見三神/安曇一族の祖神とされる航海守護神】綿津見三神(ワタツミサンシン)の『「ワタ」は海の古語で、「ツ」は「の」を表し、「ミ」は神霊の意であるので、「ワタツミ」は「海の神霊」という意味になります。死者の国である黄泉の国から帰ってきたイザナギが穢れた身を清める禊をした時に以下の神々が生まれました。ソコツワタツミ(底津綿津見神、底津少童命)ナカツワタツミ(中津綿津見神、中津少童命)ウワツワタツミ(上津綿津見神、表津少童命)この三神を総称して綿津見三神と呼んでいます。この三
【イソタケル/スサノオの御子である植林の神】『日本書紀』においてスサノオの御子神とされるイタケルは、イタテノカミ(射楯神)とも呼ばれる神です。オオヤツヒメ・ツマツヒメという妹がいるとされ、イザナギ・イザナミの御子神であるオオヤビコとは基本的には別神ですが、同一神とされることもあります。このオオヤビコは、ヤソガミに襲われて逃げ込んだオオクニヌシ(オオナムチ)を匿った神として知られています。オオクニヌシもまたスサノオの6世孫とされる神なのですが、ヤソガミもオオクニヌシの兄といわれ
ご訪問ありがとうございます前回で欽明天皇は崩御されて檜前坂合ヒノクマノサカイ陵に葬られるのですが…この檜前坂合陵には「こっちが真陵‼️」という学説が2つあって決着がつきません。ひとつは宮内庁が欽明天皇陵に治定する「梅山古墳」もうひとつが奈良県最大にして、終末期古墳に移行する直前に築かれた「見瀬ミセ丸山古墳」です。このうち見瀬丸山古墳の方は(ネット上ではもっと最近…とするものも見受けられますが)、こちらが欽明天皇陵だという知識は学生時代に習っているので、1980年代以前には指摘
【コノハナチルヒメ/美しき花の可憐さを意味する女神】コノハナチルヒメ(木花知流比売)は『古事記』に登場する山神オオヤマヅミ(大山津見神)の娘で、名称や系譜は記されていますが、特に事績に関する記述は全くない謎の女神です。ちなみに『日本書紀』に、コノハナチルヒメの神名は記述されていません。『古事記』の系譜によると、スサノオとクシナダヒメとの間に生まれたヤシマジヌミノカミとコノハナチルヒメが結婚したとされ、この二柱の御子神がフハノモヂクヌスヌノカミ(布波能母遅久奴須奴神)です。オオ
【造化三神/天地が分かれた際に現れた三柱の創造神】『古事記』の冒頭では天地開闢から神話の世界が描かれていますが、一番最初に現れた神様がアメノミナカヌシ。続いてタカミムスビとカミムスビが現れ、この三柱はすぐ身を隠したと記されています。とくにアメノミナカヌシは、この記述以降の登場が無い謎の多い神です。この三つ柱の神々を総称して「造化三神(ぞうかさんしん)」と呼び、造化三神は男神、女神の区別がない独神(ひとりがみ)です。この造化三神を原子核を構成する「陽子(タカミムスビ)」「
みなさんこんにちは「梨花一枝春帯雨(りかいっしはるのあめをおぶ)」とは一枝の白い梨の花が春の雨に濡れているという意味で美人の悲しむ姿をたとえた言葉白居易の「長恨歌」に出てくる一節楊貴妃が玄宗を想って泣く様子を表したといいます「ナシ(梨)」は中国原産のバラ科ナシ属の落葉高木別名を「ワナシ(和梨)」または「ニホンナシ(日本梨)」とも呼ばれます日本へは古い時代に渡来。日本書紀にも栽培の記述があるといいますなお、広義には「チュウゴクナシ(中国梨
【須賀神社(すがじんじゃ)】(福岡県北九州市)この須賀神社は北九州市小倉北区に鎮座し、通称「若一王子(にゃっこうじ)さん」とも呼ばれ親しまれています。社伝によると平安時代初期の元慶元年の創建と伝わり、およそ1200年ほどの歴史を有する神社です。元慶元年のある時、三鏡山(小文字山)に怪しい光が現れると、地域に疫病が蔓延し多くの命が犠牲となりました。そんな時、村人が不思議な童と出会い「我はスサノオノミコトの化身なり。我が御魂を祀る宮を造れば悪疫は退散するであろう」とお告げをもらい、急
【ヤガミヒメ/白兎の予言のとおりオオクニヌシと結婚した女神】稲羽(因幡)の白兎伝承で有名なヤガミヒメはオオクニヌシの最初の妻となった美しい女神です。オオクニヌシの兄である八十神(やそがみ)たちが、巷で美しいと評判の稲羽のヤガミヒメに求婚しようと、自分たちの荷物を末弟オオクニヌシに背負わせて稲羽の国に出立します。その道中で一行は皮を剥がれ痛みに苦しむ白兎に出くわし、八十神は兎に「痛んだ体を治したければ、海水を浴び、風の強く当たる高い山に行き伏せておけ」と言いまが、兎がその通りにすると