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今回は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人を、肖像画をもとにAIを使って再現してみました。まずは織田信長です。素材としたのは宣教師が描いたといわれているこちらの肖像画です。こちら。冷徹そうな視線がいかにもという感じです。ただ、結構優しそうでもあるような。もう一枚作ってみました。大河ドラマ『太閤記』で信長を演じた高橋幸治さんにかなり似ていると思いますが、どうでしょう。続いては豊臣秀吉です。元に
浄土真宗を厳しく弾圧した歴史があった旧薩摩藩主の島津家と西本願寺が、400年余りの時を経て、2026年、交流を始めることになりました。専門家は「弾圧と対立の歴史を越えて新しい関係を作っていく歴史的な出来事だ」と評価しています。戦国武将の島津義弘が安土桃山時代の1597年に、一向宗とも呼ばれた浄土真宗を禁制として以来、薩摩藩は、これを弾圧した歴史があり、禁制は明治の廃藩置県後の1876年まで続きました。西本願寺と島津家によりますと、2025年から西本願寺の別院の本願寺鹿児島別院の輪番
一昨日の家紋の額絵に続き昨日は家紋の板絵を作りました。使う土台は縦45cm横9cmの板一昨年は同じ板を使い2つの秋の花の家紋で裏と表の顔を作りました。上から桔梗半月菊裏竜胆裏菊今回は66種類の桜紋の中から5つの紋をチョイス。上から順番に《捻じ山桜》これは《山桜》(右側の画像)の花びらを左回りに捻じった紋です。ちなみに基本の《桜紋》は山桜紋よりふっくらした花びらの紋です。
こんにちは。皆さま、大河ドラマ「豊臣兄弟!」第1回放映観ましたでしょうか?私はしっかり観ましたよ、数年ぶりの戦国大河ですし、何といっても尾張中村からスタートするドラマですからね。今回は、その兄弟でもお兄さんの方のゆかりの地からです。豊臣秀吉・徳川家康・井伊直政(浜松頭陀寺)浜松駅から3~4Kmくらい、クルマで数分のところに頭陀寺があります。この頭陀寺近くに松下屋敷跡があり、こちらの武将スター三公ゆかりの地なんだとか。まずは、太閤さん、少年時に松下家に奉公に入ったとされているそう
こんにちは。前回に続いて日光からです。今回の小旅行の目的のひとつ「上野寛永寺さん創建400年を記念して、天海大僧正坐像初開帳に拝観する」を実行して参りました。今回はそれでよろしくお願いします。天海大僧正坐像(日光山輪王寺三佛堂)おそらく江戸時代初期にできた木像。未だ色彩鮮やかな状態は奇跡です。この写真は、、、実はホームページのコチラのチラシから画像をお借りしました。最近は紙のフライヤーは刷らないようですね。輪王寺さんのどこいってもありませんと言われました。以下は、どっかか
側室が大勢いる戦国大名ほど、女好き、ということか?違います。側室、というものを誤解してはいけません。側室は愛人ではありません。正式な妻の一人です。側室は殿様を愉しませるためではなく、ひたすら子供を産むためにいるのです。戦国武将にとって、後継ができるか出来ないかは、戦に勝つか負けるかよりも、遥かに重要なことなんです。息子なんか何人いても安心ってことはありません、戦死するかも知れないし病死するかも知れないし。跡継ぎがいない戦国大名は高確率で衰退、滅亡します。死活問題なんです。娘だって沢山い
「時代超越!タイムレスランキング」面白かったですね~3時間もあったのに飽きなかった~年代別のランキングって言うのが差が出て面白かったし、なぜそうなるのかの背景の説明も納得、でしたまあとにかくしののビジュがめちゃくちゃ良かったです写真も良かったけど、動いてももっと良かった!これは絶対消してはいけない!「プロテクト」かけました!timeleszは説明に徹し、トークはゲストメインって言うのも一般の人にも受け入れやすかったんじゃないでしょうか?色んな
😳池松壮亮さんの演技にゾクッとしました大河ドラマの「豊臣兄弟」が始まりました。1回目を観てみたら、アニメから始まりすごく斬新なんだけど、ちょっとわざとらしいところもあって、正直なところ今年は観るのはやめよかなとか言って思ったのです。でもね、それを全部吹っ飛ばしてしまったのが秀吉役の池松壮亮さんの演技です。この人、演技力が凄いってよく言われますが私的にはよくわかりませんでした。でも、ドラマを見ていて、明るい中に残酷な心が見えるような演技をされてすごくゾクッとしました。豊臣秀吉は凄く残酷で
中日文化センター栄で開催された愛知の城趾を巡る講座で、今回は愛知県岩倉市と岩倉街道を歩いてきました。岩倉市出身の戦国武将といえば司馬遼太郎氏や大河ドラマ・功名が辻で有名になった山内一豊です。岩倉市の生誕地神明生田神社(しんめいいくたじんじゃ)の境内に山内一豊公誕生地の石碑があります。一豊の父・山内盛豊は岩倉城主の家老で、岩倉城近くのこの地に住んでおり、そこで一豊が生まれたとのこと。でも一豊の生誕地についてはもうひとつ近くの一宮市にもあるのです。一宮市の生誕
反逆上・下遠藤周作講談社文庫藤周作先生の『反逆』というのを読んでいました。遠藤さんは、カトリックの作家ですが、結構、レパートリーが広く、現代モノから『王妃マリー・アントワネット」みたいなものも書いておられるし、今、読んだような戦国の時代ものも書いておられる。で、やっぱ、一流の作家の書いたものって違いますね。文に品があるもん。この話は戦国武将の「心の在り方」なんでしょうか?主人公はさまざまに変遷していくのですが、最初のひとりは荒木村重。この人は、巷で
尾張中村の貧しい農家に生まれた小一郎(のちの豊臣秀長・仲野太賀)は、田畑を耕し土と共に生きる暮らしに満足しながら日々をすごしていた。ある日、音信不通の兄・藤吉郎(のちの豊臣秀吉・池松壮亮)が意気揚々と姿を見せる。若き戦国武将・織田信長に仕官して大出世を目指しており、小一郎に自分の家来になってほしいと願い出る。城下町の清須に出てきた小一郎は主君・信長と運命的な出会いを果たす。そして、ついに「桶狭間の戦い」の火ぶたが切られる。信長の奇跡の大勝利に、武士として生きていく覚悟を決めた
関東在住、アラフォーワーママizumiの6歳(年長)・2歳・0歳の3人兄弟の育児ブログです現在育休中。子どもと遊ぶ週末が何よりも楽しみ!毎日の家庭学習、おうち英語(DWE)お出かけや季節イベント趣味のキャンプについて記録しています。6歳年長長男、春から小学生義母から「入学祝い何がいい?」と聞かれたので学習机も買う予定ないしおもちゃはこれ以上いらないしほかに必要なものもとくにないしと思って、タイムワープシリーズ全巻セットをお願いしました歴史漫画タイムワープシリーズ通史
人喰いバクテリアに感染し、生死の境をさまよった怪談収集家の西浦和也が、これだけは遺しておかねばと語る怪談を盟友・加藤一が書き留めた怪事録。残念ながら、強烈に記憶に残る怖い話はなかった。これは、わたしの記憶力のせいかもしれない。宅配業者の話、自衛官の話が複数話掲載されている。自衛官、とくに自衛隊内の暮らしぶりがうかがえるので、怪談としてでなく、あまり世に出ない話が読めておもしろい。黒い屋根とブルーシート/逆恨みで戦車に轢き殺された教官の霊アウグスティヌスの祟り/関ヶ
セリアの最後まで使える詰め替え用エコボトルにシャンプー&コンディショナーを詰めました。(小4)普通のボトルだと最後、ポンプを押しても底に残ったのが出てこないですよね、なにかいいアイディアないかな調べてみると、こんな容器があることを知りました。油売りの斎藤道三(戦国武将)のようにチャーーーーーーッと液を縁につけないで詰めることに成功。小学館学習まんがはじめての日本の歴史よりこの容器、底がすり鉢状の三角錐になっているので、残り少なくなってもちゃんとポンプで出るという触れ込みです。
黒田官兵衛は、九州平定後、豊前国に配置となりますが。これは、豊臣秀吉が官兵衛の才を恐れ警戒し、官兵衛は中央から遠ざけられたのだ、と言われているが、それは違うのではないか?経済先進地帯であり、しかも大陸進出を控えて益々発展が見込まれる九州への転封は、栄転ではないのか?と論じておられる方が、いましたが。そもそも、この異動が栄転なのか左遷なのか、というのは、客観的な数字で決まるもんではありません。形式的な肩書の上下でもありません。左遷か否かは、本人たちの「捉え方」によるものです。異動させる側
ご訪問ありがとうございます昨日の続きですサラっと読み飛ばしても良いですよ~続・私にとって「書くこと」とは今日は昨日お伝えしきれなかったことを書いてみます↓こちらが昨日の記事です『私にとって「書くこと」とは』ご訪問ありがとうございます今日はいつもとは少し違う内容ですそれでも最後まで読んでいただけると嬉しいです♪私にとって「書くこと」とは今…ameblo.jpWeb小説と
12月23日発売GACKT最新刊「戦国武将・元極道・GACKTの他者を出し抜き、功を成す55の【策略】と【教え】」GACKT待望の最新刊制作特別インタビュー【GACKTの仕事哲学】が公開されました第2弾の内容はやりたくない仕事をやらなければいけないときやりたくない仕事をやるときの心がけ好きなことを仕事にすることについて好きなことを仕事にするという考えは大嫌い好きなことが嫌いになるときGACKTバンドの超ストイックリハーサル楽しさではなく「面白さ」を求めろ失敗を責め
鳴尾八幡神社でちょっとスペシャル版お掃除の後、『久しぶりの境内清掃はスペシャル版⁉︎』今日は久しぶりに鳴尾八幡神社の境内清掃に参加しました今日は大安&一粒万倍日&新月だってー‼︎なんか縁起良さそうお天気いいし気持ちいい〜♬今日は大安&一粒万倍日…ameblo.jp気持ちが良くなってウキウキ次に向かった先は尼崎えびす神社でした⛩️今日は本当に気持ちよくて、いつも以上にじっくりとお参りして今日は月像石にも触れてきました♬お参りしながら「今の私のこと。知っておくといいこと。気を
6年間の家庭内別居中に出会った九星氣学その後エネルギー論とも出会いあの6年間は何だったんだ!と言うくらい人生が変わった私プロフィールは⇒こちらもしタイムマシーンがあったら1番行きたい時代は戦国時代なぜなら織田信長が好きだから織田信長はなんと!七赤金星♡七赤金星の易↓↓↓易を見ると1番上のバーだけ『陰』氣は下から立ち上がるので「最後で抜ける」という意味があります!あとちょっとというところで氣が抜ける!最後の最後でミスをするという傾向があるんです天
本日は、明治座にて「大逆転戦国武将誉賑」を観劇させて頂きました。出演されている俳優さん達も、松平健さん・コロッケさん・久本雅美さん・壇れいさんと全員が座長をはれる豪華俳優陣が出演されていました。この豪華4名が出演されるお芝居は、私の記憶が正しければ2年ぶりで2023年3月に公演された際も観劇に行かせて頂きました。▼2023年3月に観劇させて頂いた際の明治座店頭ポスター▼本日観劇させて頂いた観劇のチラシお芝居の「演目」は、2023年と同じですが、当然全く異なるお芝居です。今まで明治座で何
こんにちは微妙に晴れてるみぬ☆地方⛅️それでは続き↓↓☆.。.:*・°☆.。.:*☆.。.:*・°☆.。.:*「上杉の御湯御殿守」にお泊まり御殿守の館内、至るところに雀紋🐤竹に雀紋は、上杉謙信が使用した家紋の1つでしたよね「上杉の御湯」と名乗るだけの事はある〜あ、ちなみにこの御殿守は上杉家の旧別荘なんだそうです💡エレベーターにも半纏にも刺繍で!あ、ちなみに羽織は回転寿司屋の高い皿みたいな柄でしたw雪が無ければ外も楽しめる御殿守。東屋や龍穴洞、足湯なんかもある
みなさん、こんにちは!こんばんは、おはようございます☀️今日は栃木県那須塩原市中塩原に鎮座する「塩原八幡宮」をみなさんにご紹介したいと思います📓🖋️✳️塩原八幡宮✳️創建は約1200年前の大同2年(807年)、平安時代初期と伝えられています。✳️鳥居✳️康平元年(1058年)に東北を治める領守府将軍であった「源頼義」とその長男「源義家」が、前九年の役の途中に戦勝祈願のため立ち寄り、戦後に再興したといわれています。✳️手水舎✳️その後、塩原城主君「君島信濃守」により嘉吉元年(144
上杉謙信は、何故名前を何度も変えたのか?って話をします。まず、日本史の、特に戦国時代の、名前についての「ルール」を3つばかり、挙げときます。1.戦国武将(大名)は、出世すると、偉い人から一文字貰って名前を変える。2.偉くなれば苗字も変える。下剋上の究極の形の一つは、主家の養子になって家督を継ぐことである。3.ある程度長生きした戦国大名は、たいてい出家して、法名(僧侶としての名前)をつける。最終的には、それが教科書に載る名前になる。歴史上の人物は、生涯に何度も名前を変えるのが
こんにちは。地球温暖化とはいえ、やっぱり日本の冬は寒いですね。もうふとんから出たくないどころか、外出したくないくらいのダウナー状態になっている私です。前置きはこのくらいにして、今回も前回に続いて浜松からです。よろしくお願いします。徳川家康(浜松城公園)浜松城、、、このブログでは何度もいってますが、前に浜松にきたのは「どうする家康」の放映時だったので2~3年前といった感じでしょうか。その2,3年前ころは、中国人の割合は少なくなってましたが、まだまだたくさんいらっしゃってましたが、
にほんブログ村にほんブロ日英米分蔵のふすま絵が集結東京都美術館の大英博物館展:時事ドットコム《春景花鳥図襖》桃山時代末~江戸時代初め個人蔵www.jiji.com錦鯉の発祥、品種改良など学習新潟市の桃山小学校で出前授業、高値にびっくり!|新潟日報錦鯉の魅力を子どもたちに知ってもらおうと、一般社団法人錦鯉水槽飼育普及協会(事務局・新潟市東区)が、東区桃山町2の桃山小学校で出前授業を開いた。4年生の児童約70人が参加し、本県発祥の鑑賞魚について学習した。錦鯉水槽
池田郷土史学会1月例会(738回)のご案内「荒木村重一族に関する新知見」(講演会)(1)日時:2026年1月11日(日)13:30~15:00(2)会場:池田市新町1-8☎072-750-5133池田市立市民活動交流センター4階大会議室阪急池田駅下車徒歩約10分(3)演題:「荒木村重一族に関する新知見」(4)講師:荒木村重研究会会員・本会会員荒木幹雄氏★例会は
こんにちは。今回も前回に続いて昨年末の北関東旅行からです。今回はなかなかの貴重画像になるかもですよ。では、早速、、、上杉憲政木像(水上建明寺)今回の北関東旅行のテーマ「関東管領ってナニ?」でしたから、コチラがメインディッシュなんでした。まあ、結局は「ナニ?」なのかはわからずじまいだったのですが、、、関東管領だった上杉憲政さんが北条に追われ、谷川岳を越え越後に逃げおちる際に、念持仏を持って行けず、憲政さんを開基とし、同行していた秀翁龍樹大和尚さんが開山したのが、コチラの建明寺さん