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[PNG/ラバウル]大発格納壕他KaraviVillage,EastNewBritainProvince,PapuaNewGuinea(大発格納壕)あまり戦跡に興味が無かった2006年撮影の写真デスラバウル主要部出典:帝国陸海軍現存兵器保有國一覧「ラバウル」日本海軍が使用した航空基地(飛行場・戦闘機用の東飛行場(ラクナイ地区/第1飛行場)・中攻と大型機用の西飛行場(ブナカナウ地区/第2飛行場)・第3飛行場日本陸軍が使用した飛行場・南飛行場(ココポ地区)・北
名古屋市内の戦争遺跡思いつくままに順番に巡ってきた自転車で*-その2-*名城公園*⑤第3師団司令部跡イギリス積みの煉瓦塀が一部残っている(名古屋市中区)*⑥愛知縣護國神社(名古屋市中区)戦艦大和記念碑*⑦軍馬軍犬軍鶏慰霊碑昭和14年6月第三師団で建立(名古屋市中区)*⑧那古野神社(なごやじんじゃ)創建:911年
[日露戦争]日露戦争までの流れ(自分メモ①)*2025.8.15書きかけ中。修正・加筆します間違いや誤解もあると思いますが、生暖かい目でお願いしやす。江戸時代末期、東アジア全体が欧州からやってきた近代化の波にのまれていく。日本、李氏朝鮮(朝鮮半島)、清国はそれぞれのリアクションをしていく。それぞれのリアクションをおこした結果、日清戦争を勃発し、日本は李氏朝鮮を影響下に置き、清国は欧米列強諸国の半植民地となっていく。日清戦争直後に北から帝政ロシアという新しいプレーヤーが現れ
※2021年6月14日に投稿した記事を書き直し戦前・戦中にかけて山口県下には民間による「防空監視哨」が数多く設置されていたが、まずは「民防空」について説明する。1.民防空について航空機は第一次世界大戦(1914-18,大正3-7年)で初めて登場したが、その後飛躍的な進化を遂げて戦略的に重要な役割を果たすようになったため、遠隔地から飛来する「空襲」への対策を講じる必要に迫られた。そこで軍部は本土を守るべく、高射砲や見張所を日本各地に置いて敵機を撃退する防空体制(軍防空)を確
今回は長くなりそうです!八尾のトタン村から自転車で20分。ついた先は、たまたまGoogleマップで見つけた強烈な巨大長屋群です。ちなみで電車で行くと1時間くらいかかっちゃうようなので、自転車が小回りきいてよかった。車だと10分くらいで行けるようです。なんなん?電車。見てくれ!この超巨大長屋!これはすさまじい!!!!!!!!!!!!超期待!!!!エッホエッホとチャリをこいで行ったらもう夕方になってしまった。そして目印の公園につきました。うん、いい感じ!
今回は前島(まえじま)に残る遺構を見に行きます。広島湾整度射撃場の概要は前回の記事にて。『山口県の戦争遺跡204~広島湾整度射撃場-概要-(周防大島町/岩国市)』明治維新後の大日本帝国は欧米から軍艦を購入したり建設を依頼して海軍の兵備を整えていきましたが、明治期における艦砲射撃は照準を合わす測距技術も装備も未熟であり、…ameblo.jp前島は周防大島町久賀港の北約6キロに浮かぶ離島です。周囲2.2km、人口6名(令和7年4月1日現在住民基本台帳による)。久賀港から1日3便の
[米第58爆撃航空団第444爆撃群]B-29空中衝突現場和歌山県東牟婁郡串本町出雲B29墜落;案内柱潮岬上空で空中衝突事故により墜落した。カカデ川に架かる黒潮大橋(県道41号線)の袂に案内柱が建つ。案内中には「昭和20年6月1日、接触事故で1機がこの付近に墜落。海に落ちたもう1機と併せて乗員22名中、20名が死亡」と書かれている。米軍は第58・73・313・314航空団より、作戦任務第187号(目標:大阪市街地空襲=第2回大阪大空襲)のため計509機が出撃した。この作戦で
[東京湾要塞]千代ヶ崎砲台①28H砲台(塁道など)神奈川県横須賀市西浦賀6丁目5−1東京湾要塞は明治13年以降、海軍と協同しながら東京湾に侵入する敵艦艇を防圧し、帝都と横須賀軍港を掩護する目的で建設された。仮想敵は幕末〜明治初期の欧米列強、清国(北洋艦隊)、ロシア帝国(太平洋艦隊)、連合軍(主に米軍)等、変化していく。東京湾要塞は三浦半島と房総半島に設置された32の砲台群、三浦半島と房総半島の間の3つの海堡で構成され、東京湾口全域を射程に入れたもの。東京湾要塞における近代化砲台の築
今日は朝から、大人の社会科見学がてら表題の施設の見学に行ってきましたo(^-^)o当該施設の見学ができるのは今回が最初で最後、春頃には建物の取り壊しが始まるとのことです。歴史はあまり得意ではありませんが、興味のある近代史ということ、そして何より解説の方の説明がわかりやすかったこともあり、ひじょうに有意義な時間を過ごせました。明日まで開催予定ですが、降雪時中止と明記されていることもあってでしょうか、午前10時の時点で大盛況でした( ̄□ ̄;)写真も沢山撮ったので、あらためて記事にするかもしれ
[防空監視哨]神戸製鋼中津工場大分県中津市大字永添2065番地(永添運動公園)大分県中津市は明治期後期には繊維工業分野で栄えていた。北九州から比較的近く、交通の便も良いし、労働者も多くいたことから、戦時中は複数の軍需工場が点在していた、とのこと。昭和18年頃に三機工業中津工場、そして特に大きかったのは神戸製鋼中津工場(中津市大字永添2602番地)で、陸軍航空本部の要請で主に航空機用ジュラルミン板を生産していたようだ。工場内には引き込み線もあった。防空に関しては分厚い計画書が残って