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京急田浦駅最寄りの東芝ライテックの工場は、旧横須賀海軍工廠造兵部の跡地の払下げを受けたものです。なので、当時の建物をそのまま使っていたのですが、老朽化のため解体されるようです。今回の解体は、本部庁舎、製図工場、機銃工場、材料倉庫、烹炊所でいずれも築90年前後の建物です。特に本部庁舎は大正2年建設という関東大震災を潜り抜けてきた建物なので大変残念です。現時点で、本部庁舎、製図工場、烹炊所は消え去り、材料倉庫と機銃工場が解体中でした。また横須賀の海軍時代の建物が消えていきます。この次に予定
[東京湾要塞]千代ヶ崎砲台⑤砲塔砲台(砲塔砲台)神奈川県横須賀市西浦賀6丁目10(ファーマシーガーデン浦賀)千代ヶ崎砲台起工:明治25年12月6日竣工:明治28年2月5日標高:約60m(28H)備砲:28cm榴弾砲×6門←据付は明治27年12月に4門/明治30年10に2門(昭和19年撤去、4門は金谷砲台/2門は千葉県館山市船形の範部隊へ移設)12cm加農砲×4門←据付は明治33年12月(昭和10年撤去)←28Hの北に設置--------15cm臼砲×
[沖縄戦]大里城陣地②(重砲兵第7連隊本部)沖縄県南城市大里大里574起工/竣工:不明形態:自然洞穴(一部人工壕)+構築物守備隊:独立混成第44旅団重砲兵第7連隊(球4152)、第3中隊?兵装:不明射線:那覇方向大里城陣地(重砲兵第7連隊本部)を再度、探索=発見したので、新たに記す(・∀・)出典:全国Q地図沖縄県南城市の標高約150m、舌状に伸びる琉球石灰岩丘陵の東端。尚氏の琉球統一の拠点となった島添大里城があった。島添大里城(しましーうふざとぐすく)沖縄県南城
今回は、訓練中の事故で沈没した第六潜水艇の殉難者記念碑を訪問します。************************************まずは経緯から説明します。潜水艦(潜水艇)の起源は、1620年にオランダの理学者・発明家のドレベルがイギリス海軍向けに建造したのが、水中を潜航した初めての艦だと言われています。アメリカの独立戦争や南北戦争に兵器として使用されましたが、その後研究・開発が進み、1900年にアメリカの技師ホランドが建造した潜水艇がアメリカ海軍に採用されたのが近代
[立川陸軍航空廠]引田倉庫]横沢入秘匿倉庫(横沢入里山保全地域)陸軍立川航空工廠(立川市中神)は、陸軍唯一の航空機用エンジンや機体の設計・試作・製造を行っていた。軍用航空資材を保管する引田倉庫は昭和19年前半につくられた。現在の日の出町平井〜あきる野市伊奈の辺りにあり、3万坪の敷地に40数棟の倉庫が建っていたそうだ。戦況が著しく悪化した昭和19年11月〜昭和20年2月頃、引田倉庫の疎開先として、横沢と丘陵(横沢入里山保全地域)が選定された。当時の横沢は全くの原野ではなく、横沢の山
今日は宇部市東岐波の「丸尾三神社」を訪れます。「丸尾三神社」はその名の通り3神を祀る神社で、三方を海に囲まれた場所に建っています。今は陸続きですが、おそらく昔は島だったのではないかと思われます。由緒書き。三神社は海の神様ですが、日清、日露、大東亜戦争終結まで弾除けの神として、出征兵士の武運長久と命の安全を祈る家族の人々が県内外から参拝に来られていたようです。参道...ではなく遊歩道がぐるり一周する形で設けられています。海に向けて鳥居があります。正面には丸尾
徳山駅東南約3㎞の大迫田(おおさこた)地区には周南緑地公園の東緑地と中央緑地がありますが、この場所には大東亜戦争の終戦まで海軍の地下貯油タンク群が存在しました。とおの山より望む太華山より望む*************************************************それでは最初に地下貯油タンク群の建設から戦後に緑地公園となるまでの歴史を振り返ります。1.徳山に海軍の燃料基地が進出海軍の燃料基地となる「海軍煉炭製造所」が徳山の地に設けられたのは
下関要塞火ノ山砲台跡地に設けられた「火の山公園」は、2024年10月から再編整備工事が行われています。工事開始以降山頂一帯は立入禁止でしたが、2025年11月21日にアスレチックエリアが完成して供用が開始されました。今後は、今年4月23日に展望デッキの「ヒノヤマリング」、7月ごろに山麓エリアにキャンプ場がオープン予定ですが、ロープウェイに代わるパルスゴンドラは来年以降にずれ込むようです。=============火ノ山砲台の記事:[概略][第一(発掘)][第一][第二][第三][第四
石岡市東府中掩蔽壕群(ひがしふちゅうえんぺいごうぐん)を視察してきました。今日、足を延ばして石岡市八軒台で発掘調査が行われている、太平洋戦争の末期に整備された東府中掩蔽壕群(ひがしふちゅうえんぺいごうぐん)3号掩蔽壕を視察してきました。先日(8月8日)、現地説明会があったのですが、所用で行けず、今日出向きました。丁度、昼頃に到着しましたが、現地で発掘調査を指揮する茨城県教育財団の調査員に説明案内をしていただき恐縮しています。現地は、現在国道6号線沿いにある石岡警
徳島県の防空監視哨巡り全21箇所訪問完了の方がアメブロ文字数制限に成り、こちらで引き続き補足します。宍喰防空監視哨(一番)海部郡海陽町宍喰浦(字)古目旧海部郡宍喰町古目遺構在り。徳島と高知の県境付近、水床トンネルの上、四等三角点「古目」130.77m宍喰町標高35mの弁天山に忠魂碑在り。↑監視哨跡米軍撮影1947/10/13(昭和22年)M552-299より抜粋拡大加筆↑20260126↑休憩所石垣↑立哨台石垣とそれに続く階段↑休憩所跡瓦が多数散乱↑南側
[沖縄戦]安里52高地沖縄県那覇市おもろまち1-6安里配水池など*後日、加筆予定安里52高地(いわゆるSugarloaf)は、日本軍の首里防衛線(首里複郭陣地)の西端に位置している。沖縄戦米軍の総兵力は55万人、沖縄守備軍は10万人(陸軍約86,000人、海軍陸戦隊約10,000人)。他に「防衛隊」=現地編成の補助兵力が20,000人強。守備隊の第32軍は沖縄本島中南部の首里あり、圧倒的な火力・人員を持つ、つまり圧倒的な戦力差がある米軍に対して、持久戦に徹する方針をとる。4
こんにちは(*>ω<*)ゞ前回の「還って来た紫電改7月24日豊後水道上空」から続きます『還って来た紫電改7月24日豊後水道上空』こんにちは(*ωameblo.jp2025-10-24゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚…ameblo.jp゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・フィリピン、台湾、沖縄からほぼ等距離の西太
[似島守備隊]安芸小富士地区の機銃陣地と監視哨広島県広島市南区似島町*後日、加筆予定出典:広島ピースツーリズム似島マップ似島には「高射砲陣地」は無いです。広島市内(似島も含む)に設置された高射砲陣地は、元宇品(宇品島)・二葉山(広島駅の北)・向洋(南区向洋新町)・観音(西区の広島県総合グランド)・江波山(中区の江波山公園東側)・海田市(瀬野川南岸の鉄道引込線附近)・打越(西区の安芸高等女学校附近)・東雲(東区の広大附属東雲小学校・中学校附近)の8ヶ所。では似島にある陣地