ブログ記事1,244件
站樁は中国武術修行者だけでなく、空手修行者にもよく知られた鍛錬法です。しかし、その割には站樁が、何の為に行うのか?どうして中国武術に必要な能力を養えるのか?を正しく理解されていないようです。果たして、ただ立つだけで気の力は本当に養えるのか?神秘の力は手に入るのか?今回は武術マニアなら一度はぶつかるこの疑問に切り込んでいきましょう。「拳児」では、拳法の習い始めに、馬歩站樁を徹底してやらせるシーンが何度か出てきますね。一度目はもちろん拳児の練習始め。拳児は夏休みにじいちゃんの田舎で本格的に
中野区沼袋に本部道場を置く武術空手修気道です。多くの道場ではテクニック(技術)を学ぶ事にボリュームがあると思います。一方、技術を支えるカラダをどう「創っていくのか」にフォーカスした稽古は希薄になりがちです。でもそこが一番大切なわけです。ただ若い時はそういう事に気づかないと思います。30代40代になって初めて重要さを感じていくのでしょう。私自身もそうでした。修気道ではカラダをどう創っていくのか…を特に重視しています。站椿や火の呼吸メソッドを稽古に
昨日は刀法直伝稽古会に参加。先月の続きです。木刀2本を使ってカラダをまとめ、そこから歩につながるという応用編をじっくり稽古しました。「静」でカラダを整えて、そこから「動」に行く時にまとまりが抜けていくのでそこをどうクリアするのか…というのが武道の大きな課題です。今回の応用は正にそこに焦点を絞ったものと言えます。内動が途切れず、そこから動にうまくつなげていけるよう、この日はそれだけ終始しました。意拳でも「静中動」という言葉がありますが、静の中に動を宿していく事が重要
拳学研究会で練習してた頃、兄弟子と推手をすると、兄弟子の腕が重く、腕や肩が痛くなることが多くありました。だからと言って兄弟子が体重を載せたり、寄りかかっているわけではありませんでした。力を入れるな寄りかかるなこれでどのようにして、相手に重みを載せるのでしょうか?肩を緩める肘を落とす虎背先ずは動かないで重みを載せられるか?重みを載せたまま、動くことができるか?重みを載せたまま、歩くことができるか?重みを載せたまま、自由に動くことができるか?站樁→試力→走歩試力→
伏虎椿での注意点として重心の位置があります。姿勢を低くしようとするあまり、重心が両足の真ん中にある人が多いです。姿勢は低いですが技撃椿と同じ要求です。重心は後ろ足に載せるよう心掛けましょう。私も昔、低くしても足が辛くなくなった時がありました。「練習の成果で足腰が鍛えられたのかな?」と思っていましたが、写真に撮ってみたら重心が両足の真ん中にありました。先日撮影した皆さんの伏虎椿の写真をグループのアルバムに保管しました。自分がどのような状態であるか確認してみて下さい。参考に王薌齋先生の