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『令和7.12.29.源頼朝・北条義時の墓(鎌倉市)』『令和7.12.29.鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1−31)』『令和7.12.29.北条泰時小町邸跡(鎌倉期遺跡展示)』『令和7.12.29.…ameblo.jp『令和7.12.29.鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1−31)』『令和7.12.29.北条泰時小町邸跡(鎌倉期遺跡展示)』『令和7.12.29.鎌倉紅谷八幡宮前本店(クルミッ子)』『令和7.12.29.いざ鎌倉(新…ameblo.jp『令和7.
楠木正成を代表とする「悪党」とは何か、彼等はなぜ後醍醐天皇のために最後まで戦ったのか、って話をします。「悪党」とは、鎌倉幕府から認められた御家人ではない、「武士とは認められていない」非正規武士のことです。悪党は幕府体制に入らない者を差していますから、悪の意味は「bad」ではなく「irregular」です。元寇をきっかけに、鎌倉幕府は従来勢力範囲外だった西国の武士たちを組織化することに成功しました。かえって幕府の威勢は高まっています。ところが。鎌倉幕府が滅亡したのは、貨幣経済の浸透です。
こんなことってあるのかしら、と思いながら2017年の元旦のことを思い出しています。(そのお話は南朝と関係があるのですが、後で記します。)元旦からいきなり動かされることってあるんだなあ、と。2017年といえば9年前のこと。9年前と言えば2016年に生まれて初めて熊野の地を訪れて2025年に再び9年ぶりに訪れた昨年のお話の番外編もまだ書き切っていないのに、さらなる年の幕開けです。令和八年一月元旦、お昼からお屠蘇三昧ですっかりいい気分になったわたしは早くから寝
ライバル剥き出しの両県人このタイトルを見て、「あ~あの話か」と思われた年輩の方は多いでしょう。「お互いにライバル意識を剥き出しにする」と言う話で・・・別の言い方をすれば「仲が悪い」とも言えるし、逆に「良き競争相手」とも言える。先に申し上げておきますが、これは当時(昭和)に「そう言えば、そんな話があったな」と言う一時期の状況であり、現在(令和)の若い人は「そんな話は知らない」と言う人がほとんどだと思う。福岡の生まれ育ちの僕が、このことを意識したのは会社人生の中半だった。支店の
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(9/29)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動松養寺(しょうようじ)入り口にやってきました。4日目(10/1)は、島根県の七類港からフェリーで、隠岐・知夫里島(ちぶりじま)の来居港へ移動し、「後
大楠公駒返し岩を過ぎると間もなく笠置山。後醍醐天皇の鎌倉討幕活動に端を発する元弘の変における9月29日の笠置陥落に際して笠置を脱出された嵐の夜、後醍醐天皇、萬里小路藤房、季房は、敵の目に止まらぬよう昼間は身を潜め、夜になってから移動しつつ、正成の籠る赤阪城を目指していった。不慣れな地を3日間、彷徨い歩くうちに、一行は現在の井手町多賀の有王山中に迷い込まれた。3日もの間、食事も採れておらず、疲労も限界に達しておられ、山中の谷あいにて、草を寄せ集めて敷物とされ岩を枕に、三者並
皆様、こんにちはまたまたご無沙汰していて申し訳ありませんでした。皆様、お元気でお過ごしでしょうか。まだまだ朝晩は寒いですが、お昼ごろの時間帯になると、だいぶ日差しが暖かくなってきました寒暖の差が激しくなっていますので、どうかくれぐれもお体に気をつけてお過ごしくださいませ今日は、前回の続きで、『阿野廉子』について取り上げたいと思います。後醍醐天皇による、「建武の新政」が始まると、後醍醐天皇との間に3男2女をもうけた廉子は出世して、後醍醐天皇から「准三后」という皇后と同等の位を授
「南北朝の戦い」というのは、実は「源平合戦」と同じくらい、誤解を招く表現です。南北朝時代を「南朝と北朝が戦った時代」と考え「北朝の勝利で終結した」という捉え方は、あまり実情を反映していないからです。つまり、北朝の天皇は、戦ってもいないし勝ってもいません、実際のところを見れば。足利尊氏や後醍醐天皇のせいで天皇家が二つに分かれちゃった訳では、ありません。天皇家は、尊氏よりずっと以前、鎌倉時代のうちから、「持明院統」と「大覚寺統」の二つに割れて、交互に天皇を出しながら反目していたんです
ご訪問くださりありがとうございます。11月前半の三連休家人と明智光秀一族のお墓のある西教寺に行ってきました。やっと涼しくなっておでかけしたくて仕方がありません。琵琶湖大橋を渡って湖西の坂本方面へ。通行料80円琵琶湖にかかる2本の橋の北側の長い方です。比良山系に雲がかかっているのが見えます。写真に撮ると縦柵が写りますが肉眼では走っていると消えてきれいに琵琶湖が見えます。中央寄りの車線だと滋賀で生まれ育った方は全員歌える琵琶湖周遊の歌が聞こえる不思議