ブログ記事3,167件
楠木正成を代表とする「悪党」とは何か、彼等はなぜ後醍醐天皇のために最後まで戦ったのか、って話をします。「悪党」とは、鎌倉幕府から認められた御家人ではない、「武士とは認められていない」非正規武士のことです。悪党は幕府体制に入らない者を差していますから、悪の意味は「bad」ではなく「irregular」です。元寇をきっかけに、鎌倉幕府は従来勢力範囲外だった西国の武士たちを組織化することに成功しました。かえって幕府の威勢は高まっています。ところが。鎌倉幕府が滅亡したのは、貨幣経済の浸透です。
今日の長話。「後醍醐天皇とは、何だったのか」長男より末っ子のほうが可愛いから、そっちを跡継ぎにしたい、と言い出すワガママなヒトって歴史上いっぱいいますが、特に古代から中世の天皇家に多いですね。なんでですかね。要は「優秀な跡継ぎをちゃんと選ばないと家が没落する」という危機感を抱かなくてもすむ、日本で唯一のエライさんの家、だからでしょうかね。「保元の乱」もそうですよね。白河上皇が、長男の崇徳天皇が気に入らず、弟の近衛天皇に位を無理やり譲らせたのが戦争の発端ですからね。それで国ぢゅうが大乱にな
今回はこういうお題でいきます。日本史のお話ですね。今回取り上げるのは楠木正成。正成は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけて活躍した武将で、後醍醐天皇に忠義を尽くしたことで知られています。現在の大阪府千早赤阪村に生まれたとされ、地元の豪族として土地の支配をしていました。最近は「悪党」と言われることが多いですね。元弘の乱(1331年)では、後醍醐天皇の討幕運動に呼応して挙兵。赤坂城や千早城を拠点に、奇抜な戦術で鎌倉幕府軍を翻弄しました。千早城の戦いでは、少数の兵で大軍を撃退し、「
■続い金峯山寺(きんぷせんじ)にやってきました。この本堂は豊臣秀吉の寄進でできたもので国宝です。大きくて大迫力。中にある蔵王権現立像は日本最大の秘仏とされています。残念ながら今回は非公開でしたが、桜のシーズンには御開帳があります。まあ吉野の桜は古来から有名で、開花シーズンにはものすごくたくさんの人で賑わいます。今回は、開花直前なので、逆に人はかなり少ないオフシーズン。それでも道は狭く駐車場が少ないので、車で来るのは大変でしたw。秘仏公開の際にもぜひ行っていただ