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千早社楠木正成祀る社千早神社は千早城の本丸址に位置しており、もとは千早城の八幡大菩薩を祀って鎮守として創建したものであったが、時代が下って後に楠木正成、楠木正行、久子刀自を合祀した1874年(明治7年)に社殿を再建、明治12年に祠を建て千早神社となる千早神社を祀る場所が二ノ丸で原形はかなり損なわれて、社務所一帯が三の丸と呼ばれている四の丸は長さ約100m、幅30mの平坦地で城内で一番広い場所となっているが、公園化のため破壊されているようである三の丸と四の丸の間の鞍部にかつて空堀があ
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(9/29)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動18:00知夫里島の来居港フェリーターミナルに戻ってきました。知夫里島には日帰り入浴施設がないため風呂飛ばしです。4日目(10/1)は、島根県の
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(10/1)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動後、後醍醐天皇ゆかりの地、赤壁5日目(10/2)は、知夫里島からフェリーで西ノ島へ移動後、国賀海岸の観光6日目(10/3)は、西ノ島の焼火神社、後醍醐天皇行在所
どーも、castom98です。今回ご紹介いたしますのは、京都府南山城村に鎮座まします恋志谷神社です。訪問したのは2021年11月ですので、現在では状況が異なっている場合がある点をご了承ください。偶然訪問した恋志谷神社。なかなか趣のある神社です。奥に本殿。意外と小ぢんまりした社殿。こちらは天満宮の社殿。恋志谷神社の社殿より大きいのか・・・(困惑隣に恋志谷神社の社殿・・・といか、祠?かつては別の場所にあったそうですが、ここに移ってきたそうです
近鉄吉野駅からロープウェイに乗り、吉野山の坂道を登っていきます。金峯山寺の蔵王堂を過ぎてしばらく歩くと、石段の上に静かな門が現れます。ここが奈良県吉野郡吉野町吉野山に鎮座する「𠮷水神社(よしみずじんじゃ)」です。御祭神は後醍醐天皇です。かつてこの社は「吉水院」という金峯山寺の格式高い僧坊で、創建は1300年以上前、役行者によると伝えられています。そしてこの一棟の建物は、源義経と静御前が身を潜め、後醍醐天皇が南朝の皇居とし、豊臣秀吉が花見の本陣とした場所でもあります。日本史の主役たちが、
ライバル剥き出しの両県人このタイトルを見て、「あ~あの話か」と思われた年輩の方は多いでしょう。「お互いにライバル意識を剥き出しにする」と言う話で・・・別の言い方をすれば「仲が悪い」とも言えるし、逆に「良き競争相手」とも言える。先に申し上げておきますが、これは当時(昭和)に「そう言えば、そんな話があったな」と言う一時期の状況であり、現在(令和)の若い人は「そんな話は知らない」と言う人がほとんどだと思う。福岡の生まれ育ちの僕が、このことを意識したのは会社人生の中半だった。支店の