ブログ記事3,264件
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(9/29)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動18:00知夫里島の来居港フェリーターミナルに戻ってきました。知夫里島には日帰り入浴施設がないため風呂飛ばしです。4日目(10/1)は、島根県の
「南北朝の戦い」というのは、実は「源平合戦」と同じくらい、誤解を招く表現です。南北朝時代を「南朝と北朝が戦った時代」と考え「北朝の勝利で終結した」という捉え方は、あまり実情を反映していないからです。つまり、北朝の天皇は、戦ってもいないし勝ってもいません、実際のところを見れば。足利尊氏や後醍醐天皇のせいで天皇家が二つに分かれちゃった訳では、ありません。天皇家は、尊氏よりずっと以前、鎌倉時代のうちから、「持明院統」と「大覚寺統」の二つに割れて、交互に天皇を出しながら反目していたんです
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(9/29)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動4日目(10/1)の朝、七類港フェリーターミナルで目覚めました。公衆トイレの近くに駐車したので、夜中のトイレも歩かなくて楽でした。朝食は、昨日スーパー
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(9/29)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動9:30七類港を出港して、2時間かけて隠岐・知夫里島(ちぶりじま)の来居港(くりいこう)まで行きます。晴れ渡った空と波穏やかな海で、快適な航海になりま
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(10/1)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動後、後醍醐天皇ゆかりの地、赤壁5日目(10/2)は、知夫里島からフェリーで西ノ島へ移動後、国賀海岸の観光6日目(10/3)は、西ノ島の焼火神社、後醍醐天皇行在所
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(10/1)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動後、後醍醐天皇ゆかりの地、赤壁5、6日目(10/2、3)は、西ノ島へ移動後、国賀海岸、後醍醐天皇ゆかりの地、焼火神社7、8日目(10/4、5)は、中ノ島へ移動後
ライバル剥き出しの両県人このタイトルを見て、「あ~あの話か」と思われた年輩の方は多いでしょう。「お互いにライバル意識を剥き出しにする」と言う話で・・・別の言い方をすれば「仲が悪い」とも言えるし、逆に「良き競争相手」とも言える。先に申し上げておきますが、これは当時(昭和)に「そう言えば、そんな話があったな」と言う一時期の状況であり、現在(令和)の若い人は「そんな話は知らない」と言う人がほとんどだと思う。福岡の生まれ育ちの僕が、このことを意識したのは会社人生の中半だった。支店の
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(9/29)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動標高325メートルの赤ハゲ山の山頂が見えてきました。4日目(10/1)は、島根県の七類港からフェリーで、隠岐・知夫里島(ちぶりじま)の来居港へ移動し、「
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。目的地の後醍醐天皇宮への道が通行禁止となっており、迂回路が表示されていました。かなり遠回りになりました。2日目(9/29)は、前夜車中泊した津山市の道の駅「久米の里」を出発して、「作楽神社」、道の駅「醍醐の里」、「醍醐桜」、下湯原温泉「ひまわり館」、道の駅「がいせん桜新庄宿」、「後鳥羽公園」の次に、「後醍醐天皇宮」に
大阪から奈良県吉野の如意輪寺へ向かう。途中、ろくもんさんのレポから教わった御所市の高鴨神社に寄った。ここに小楠公の父、大楠公・楠木正成騎馬像があるという。山里の神社なれど参拝者が多く、また境内はよく整備された神社。拝殿に際立つ菊水の紋、正成公を祭神としているわけではないようだが。古来からの名家鴨氏・賀茂氏を祀り、その神紋が菊水というようだ。これまた際立つ大楠公の騎馬像。池越えに、重文の本殿を望む。静かないい神社だった。高鴨神社から吉野へ、小楠公の如意輪寺へと向かう。ところ
皇居外苑の楠公像(東京都千代田区)を見てきました。いつも皇居周回コースのジョギングを走るときは内堀通りに沿って走りますので、祝田橋交差点を左折して皇居前広場の方へ行ってしまいます。そのコースも多頻度で走っていると飽きてくるので、ちょっと寄り道をすることにしました。祝田橋の近くに楠木正成銅像があると聞いて一度訪れたいと思っていたので、それを実現する良い機会となりました。意外にも近い場所にありました。祝田橋交差点の横断歩道を渡って、皇居外苑に向かうとすぐに像が現れてきます。