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鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(10/1)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動後、後醍醐天皇ゆかりの地、赤壁5日目(10/2)は、知夫里島からフェリーで西ノ島へ移動後、国賀海岸の観光6日目(10/3)は、西ノ島の焼火神社、後醍醐天皇行在所
「吉水神社(よしみずじんじゃ)」源義経が兄の頼朝に追われ、ここで5日間過ごしました。その後山伏の姿になって敵の目を欺きながら、弁慶とともに大峰山に逃げていきます。大峰山は女人禁制だったため、愛する静御前とここで悲しい別れをします。一連のエピソードは、「義経千本桜」というお話になり歌舞伎や浄瑠璃などで取り上げられています。また足利尊氏に追われて後醍醐天皇が南朝を開いたのも、ここになります。豊臣秀吉もここを中心に大規模な花見を行いました。義経千本桜古典新訳コレクション(
今年2026年、3月24日から5月6日迄金峯山寺「蔵王堂」にて開催されている金剛蔵王大権現の「特別御開帳」に行ってきた。ある真言宗のご住職に御縁を頂いて整体院を開業した2011年からなのでもうかれこれ15年は通っている。今回、改めて金峯山寺の成り立ちに関する歴史の勉強をしたところ…今まで知らなかった事が沢山あったので共有する為、ブログに残すことにした。◼️「金峯山寺」とは本来100を超える仏塔寺院の総称でその総門が「黒門」◼️「金峯山」とは
𠮷水(よしみず)神社は奈良県吉野山にある神社で、𠮷水神社の境内を含む吉野山が、国の史跡および名勝に指定されています。また𠮷水神社の書院が『紀伊山地の霊場と参詣道』を構成する資産の一部として2004年に世界遺産に登録されました。祭神は後醍醐天皇、楠木正成、吉水院宗信法印の3柱です。社伝によれば、白鳳年間に役行者によって建立された金峯山寺の僧坊・吉水院(よしみずいん)がその始まりと伝えられています。1185年には源頼朝に追われた源義経、武蔵坊弁慶や静
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。15:30岡山県美作市の道の駅「彩菜茶屋」にやってきました。1日目(9/28)は、自宅を出発して、後醍醐天皇と児島高徳のゆかりの地である船坂峠、円応寺、杉坂峠を巡って、津山市の道の駅「彩菜茶屋」にやってきました。この日は日曜日で、車がたくさん停まっていました。交通量の多い国道179号沿いの駐車場は、普通
ライバル剥き出しの両県人このタイトルを見て、「あ~あの話か」と思われた年輩の方は多いでしょう。「お互いにライバル意識を剥き出しにする」と言う話で・・・別の言い方をすれば「仲が悪い」とも言えるし、逆に「良き競争相手」とも言える。先に申し上げておきますが、これは当時(昭和)に「そう言えば、そんな話があったな」と言う一時期の状況であり、現在(令和)の若い人は「そんな話は知らない」と言う人がほとんどだと思う。福岡の生まれ育ちの僕が、このことを意識したのは会社人生の中半だった。支店の
「南北朝の戦い」というのは、実は「源平合戦」と同じくらい、誤解を招く表現です。南北朝時代を「南朝と北朝が戦った時代」と考え「北朝の勝利で終結した」という捉え方は、あまり実情を反映していないからです。つまり、北朝の天皇は、戦ってもいないし勝ってもいません、実際のところを見れば。足利尊氏や後醍醐天皇のせいで天皇家が二つに分かれちゃった訳では、ありません。天皇家は、尊氏よりずっと以前、鎌倉時代のうちから、「持明院統」と「大覚寺統」の二つに割れて、交互に天皇を出しながら反目していたんです
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。9:00途中道を間違えて、通りすがりの人に聞いて「安養寺」の裏口にたどり着きました。カーナビを信用するのも考えものです。道路標識の方が正しかった。裏口の石段を上って表門から入り直すことにしました。鳥取県米子市の「安養寺(あんにょうじ)」の山門です。3日目(9/30)は、前夜車中泊した鳥取県日野郡
どーも、castom98です。今回ご紹介いたしますのは、京都府南山城村に鎮座まします恋志谷神社です。訪問したのは2021年11月ですので、現在では状況が異なっている場合がある点をご了承ください。偶然訪問した恋志谷神社。なかなか趣のある神社です。奥に本殿。意外と小ぢんまりした社殿。こちらは天満宮の社殿。恋志谷神社の社殿より大きいのか・・・(困惑隣に恋志谷神社の社殿・・・といか、祠?かつては別の場所にあったそうですが、ここに移ってきたそうです
曹洞宗大本山總持寺JR鶴見駅西口を出てバスターミナル前で左に曲がりしばらく真っ直ぐ行って線路沿いを少し進むと右側にお寺の入り口があります。お寺の入り口です。ここから登って行けます。寺号標参道は木々に囲まれています。参道を挟んで、鶴見大学の校舎があります。隣りには車道もあり車や自転車で行く事も出来ます。三松関放光地蔵尊三門変換間違えではなく山門ではなくて三門です。恐らく隣りの三松閣の門と言う事でしょう。仁王像三門にあります仁王像です。凄く大きな仁王像で、5メートル