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1,「異形の天皇」後醍醐さて、第2回と。両統迭立の末に即位した後醍醐天皇は31歳、当時としては異例の壮年の天皇でした。3年後に父である後宇多院の院政を停止すると、これも当時としては異例の「天皇親政」をはじめます。名実ともに「治天の君」となります。復古的でもあり、新しいことも好きなタイプで。鎌倉幕府と関係の悪い大覚寺統の惣領となった後醍醐帝には、「倒幕」の大願がありました。また、それを実行する胆力をも同時に持ち合わせていました。古典『太平記』には無礼講を隠れ蓑にして、側近の公
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(10/1)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動後、後醍醐天皇ゆかりの地、赤壁5、6日目(10/2、3)は、西ノ島へ移動後、国賀海岸、後醍醐天皇ゆかりの地、焼火神社7、8日目(10/4、5)は、中ノ島へ移動後
鎌倉時代に後鳥羽上皇と後醍醐天皇が配流された日本海に浮かぶ隠岐を訪ねて、9/28~10/13までの16日間にわたって、ゆかりの地や史跡名勝を車中泊しながら巡りました。1~3日目(9/28~30)は、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の隠岐への配流ルートを辿って岡山県から島根県へ4日目(10/1)は、七類港からフェリーで隠岐・知夫里島へ移動後、後醍醐天皇ゆかりの地、赤壁5日目(10/2)は、知夫里島からフェリーで西ノ島へ移動後、国賀海岸の観光6日目(10/3)は、西ノ島の焼火神社、後醍醐天皇行在所
どーも、castom98です。以前ご紹介した、長野県阿智村にございます一心流鎖鎌術発祥の地を訪問した際に参拝したのが、浪合神社。『長野県阿智村一心流鎖鎌術発祥の地』どーも、castom98です。以前の記事で長野県阿智村にございます、武田勝頼首実検の跡をご紹介しました。『長野県阿智村武田勝頼首実検の跡』どーも、ca…ameblo.jp山間にあるヒッソリとした神社。おお、御祭神は後醍醐天皇のお孫の尹良親王ですか?!楠木正行ゆかりの地の者として、見逃せま
そして、この『立(りっ)正(しょう)安国(あんこく)論(ろん)』に仰(おお)せの原(げん)理(り)は、ただ御(ご)在(ざい)世(せ)にその現(げん)証(しょう)を私達は拝見(はいけん)するだけではない。日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の仏法(ぶっぽう)を立てない以上は、広宣(こうせん)流布(るふ)までの間は自(じ)界叛(かいほん)逆(ぎゃく)・他(た)国(こく)侵逼(しんぴつ)の難という事は年ごと、日ごとにこれが増大(ぞうだい)をしていくのですね。ですから、日(に)本(ほん
こんばんは、前回のブログの続きです。(ワークシート)第2章は金峯山をめざしてです。藤原道長さん直筆のお経が人気ありました。展示番号50番『紺紙金字法華経・観普賢経(金峯山経塚出土)』(金峯山寺)です。紙の下の部分がまっすぐではなく波のようになってるのが不思議だなと思いました。展示番号53番『藤原道長経筒(金峯山経塚出土)』(金峯神社)は、お茶の葉を入れるような丸い筒の缶に文字が書いてありました。この筒の中に書いたお経を入れて土の中に埋めたそうです。それをみんなもマネしたとか