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下知我麻神社(しもちかまじんじゃ)尾張国愛智郡名古屋市熱田区神宮1-1-1(熱田神宮境内)(熱田神宮P利用)■延喜式神名帳下知我麻神社の比定社■祭神眞敷刀婢命(マシキトベノミコト)熱田神宮の境内摂社。広い境内の北西隅に鎮座しており、一旦熱田神宮境内を出て外周を回り込まないといけないため、認知度も低く参拝者もほとんどいません。対になると思われる上知我麻神社が壮麗な社殿を抱え、別宮八劔宮と同じ一角に鎮まっているのとは対照的。◎「熱田七社」(熱田神宮・別宮八劔宮・高座結御子神社
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その13.安房神社です。館山の2日目の最初は安房国一ノ宮の安房神社です。道路沿いに一ノ鳥居がありますが、駐車場は奥にあるので、社号標の向こうから車で入っていきます。参道の右側にある御手洗池の手前を右に下の宮の方へ行ってみることにします。すぐに右側に斎館があります。この裏に遺跡があるようなので行ってみます。斎館の建っているところにかつて洞窟があったようですが、昔社殿を建てる時に崩してしまったのか、今はもうありませ
2025年6月長野県下伊那エリアのパワースポットを巡ってきました。その16.阿智神社前宮その17.阿智神社奥宮です。平谷村からR153を北上し、昼神温泉に入るとR256沿いに阿智神社前宮の鳥居や社号標が建っています。天八意思兼命が孝元天皇5(BC210)年に天下って、阿智の祝部の祖となったと伝わる式内社(論社)ですが、神社の創建は不明です。鳥居とホテルの間を恐る恐る抜けて、更に細い坂を車で上っていきます。途中に庇が出ている所があるので車高の高い車だと当たりそうでした。
2025年4月24日~26日、近江国と丹後国の神社を巡ってきました。今回は、2日目でもっとも好きだった標記神社の御紹介です。「元伊勢」(1)丹後地方には、元伊勢(外宮)と呼ばれる神社がいくつか存在します。天橋立にある籠神社奥宮の「眞名井神社」、福知山の「豊受大神社」、そして当社です。今回、この3社はすべて参拝しました。まずは当社から記事にします。天橋立駅から京都丹後鉄道で5駅ほど北上。峰山駅からタクシーを使いました。式内社比沼麻奈爲神社ひぬままないじんじゃ
尾津神社(桑名市多度町戸津)伊勢国桑名郡三重県桑名市多度町戸津499(境内東側にPと思しきものが隣接)■延喜式神名帳尾津神社二座の比定社■祭神倭建命[合祀]足鏡別命稚武彦命品陀和気命天照大神宇迦御魂神火之夜芸速男神大山津見神水波能売神「長良川」支流の「多度川」沿い、多度町「戸津(とうづ)」に鎮座する社。かつての桑名郡富津郷(「尾津郷」とも)。海岸までは15kmほどでしょうか、地名・社名から往古は社地は海岸近くであったものと思われます。◎当社は記紀に見える、
亀山市布亀山市のマンホールには、亀山城の多門櫓と市の花:花しょうぶが描かれています。布気皇館太(ふけこうたつだい)神社は、東名阪自動車道:亀山ICから東へ1.5㎞、JR関西本線:亀山駅から西へ2.5㎞の山中に鎮座されます。赤マーク:布気皇館太神社青マーク:忍山(おしやま)神社布気皇館太神社と忍山神社は、ともに式内社:忍山神社、式内社:布気神社の論社です。ややこしい。ちなみに、式内社:忍山神社は、日本武尊の妾妻である弟橘姫命の御生家です。鎮座地
丹生都比売神社へ向かう途中に、狩場明神矢根研石があります。---------------------史跡狩場明神矢根研石弘仁七年、僧空海唐にての修業を了へ日本に帰国し、真言密教の根本道場を開く地を求めて、たまたま大和宇智郡犬飼山辺りに来りて、一狩人に逢ひその連れし黒白二匹の犬に導かれて高野山に達し、ここにて真言宗の一大霊場を開くこととなるのであるが、この狩人こそ狩場明神の化身であったと云われています。狩場明神は現在のかつらぎ町大字宮木辺りを根據とされ、四方に
深江神社は、養老線:篠深谷駅から北へ200m、養老線沿いに鎮座されます。鎮座地:三重県桑名市下深谷部3371明治三十一年に奉納された狛犬、月は読めませんでした。何故か参道の途中に置かれていた飛び出しヴィア君。FLヴィアティン三重のマスコットです。田舎の神社の参道に、誰が飛び出すのだろう?ヴィア君かなあ?左に手水舎。式内社深江神社伊勢国桑名郡鎮座現社名深江神社御祭神天之菩毘能命(あめの
津秦天満宮(つはたてんまんぐう)紀伊国名草郡和歌山市津秦83(P有)■延喜式神名帳[合祀神]麻爲比賣神社の論社■祭神菅原道真公[配祀]天照皇大神知波夜比賣神木花咲耶比賣神中言神稲荷神草野比賣神(うしがみ)日前神宮・國懸神宮の南500mほど、和歌山市「津秦」に鎮座する天満宮。かつてはその境外摂社でした。◎「津秦」は古くは「津和田」と称されていました村は東西に二分され、入海であったとのこと。浜辺で「津渡」するところから転じた地名であると「紀伊国続風土記」は説いてい
毎度、当ブログへお越しいただき、ありがとうございます。愛知県の西三河地方をまわっています。久麻久神社、神明社の大シイ、正法寺古墳に続いて訪ねたのは、旧幡豆町におわします幡豆神社です。式内社幡豆神社幡豆神社は西尾市の南東端、目の前には三河湾を見下ろす高台に位置していました。ただ、眺望は良くなく、木々の間に三河湾がわずかに見えるだけでした。木々がなければ絶景だっただろうに…。おかげでいい写真は撮れませんでした。延喜式内社である古社で、御祭神は建稲種命(たけいなだねのみこ
2025年11月愛媛県中部のパワースポットを巡ってきました。その4.伊佐爾波神社です。道後温泉や湯築城の近くに伊佐爾波神社があります。路面電車の道後温泉駅の近くにある大鳥居の先に、参道がまっすぐ伸びています。参道の先は石段になっています。しかし車は右の道路で上に行くことができます。神社の裏の駐車場から社殿の横を抜けてさっきの石段の上に出ると、駅の方が見通せました。石段の前から振り返ると、左右に回廊が続く楼門があります。清和天皇の時代に創建された式内社の風格があり
荒田神社(岩出市森)紀伊国那賀郡和歌山県岩出市森237(P有)■延喜式神名帳荒田神社二座の比定社■旧社格村社■祭神高魂命劔根命天疎向津姫命神功皇后応神天皇菅原道真丹生都比売命大山咋命大山祇命天忍穂耳命市杵島姫命素盞嗚命香具都智命大社命白髭大明神岩出市中心街の北方、「紀ノ川」の支流である「根来川」沿いの岩出市森に鎮座する社。◎創建年代、由緒等は不詳。天正の兵火に罹り古文書等の一切を焼失しています。「神名帳」記載の式内比定社。二座が鎮座する
貴志神社は、近鉄名古屋線:千代崎駅から西へ300m、住宅街に鎮座されます。県道507号線から小道を入った所になりますが、案内板はありませんので、スマホに地図が無ければ、辿り着くのは難しいでしょう。鎮座地:三重県鈴鹿市岸岡町2811鳥居の前に力石、説明文はありませんでした。左に手水舎。竜頭がやたらでかい。昭和六年十月に奉納された狛犬。昭和五十九年十月に奉納された狛犬。式内社貴志神社
2025年11月愛媛県中部のパワースポットを巡ってきました。その16.伊曽乃神社です。石鎚神社口之宮本社から東へ3km程の所に伊曾乃神社があります。西条の街の方から行くと一ノ鳥居があります。一ノ鳥居からまっすぐ伸びる参道を横切って、社号標の左の緩い坂道を上っていきます。駐車場は参道の終点付近にありました。少し参道を戻ってみます。鼻の穴を上に向けて、笑っているような狛犬がいました。石柱に竹を渡した鳥居には大正2年と刻まれていました。下の方にはニノ鳥居や一ノ鳥
三宅神社(舞鶴市北吸)丹後国加佐郡京都府舞鶴市北吸212-5(P無し、「セブンイレブン舞鶴北吸店」の西裏側の歩道に一の鳥居有り)■延喜式神名帳三宅神社の比定社■祭神豊宇気姫命東舞鶴市街地の西北端近く、舞鶴市「北吸(きたすい)」に鎮座する社。かつての「余部里北吸」(北汐)。社殿は小山の山腹に。北側麓には舞鶴市役所等があり、一帯は陸軍海上自衛隊の基地になっています。◎創建年代は不詳。元々は西方の谷地、現在は集合住宅の団地(公営住宅三宅団地)となっているところに鎮座していたとのこと
2025年8月宮崎県のパワースポットを巡ってきました。その31.東霧島神社です。都城の市街地から北へ少し行った所に東霧島(つまきりしま)神社があります。日向国に4社しかない延喜式内社の一つですが、延喜式神名帳には「霧島神社」と記載され、霧島神宮・霧島岑神社・霧島東神社とここ東霧島神社がその論社となっています。今回この4社巡りのスタートです。道路に面した大鳥居をくぐってまっすぐ行くと突き当りになります。突き当りを右に行くと、お守りや土産などいろいろ売っている所があっ
2025年8月鹿児島県大隅エリアのパワースポットを巡ってきました。その37.霧島神宮古宮址38.高千穂牧場です。先日の集中豪雨で霧島市内各所に通行止めになっている箇所がありましたが、霧島神宮方面から高千穂河原まで来ることができました。ここから西へ下る道は通行止めでした。駐車場の奥の鳥居をくぐって、広い砂利の参道を緩やかに上っていくと、石段の上に鳥居が見えてきます。霧島神宮古宮址です。址ということですが、神職の方が来ていて、祝詞の奏上が行われていました。
成海神社(なるみじんじゃ)尾張国愛智郡愛知県名古屋市緑区鳴海町乙子山85(P有)■延喜式神名帳成海神社の比定社■旧社格県社■祭神日本武尊宮簀媛命建稲種命かつて「成海潟」「成海浦」(鳴海潟・鳴海浦)と称された、海岸沿いに鎮座していた社(下部写真参照)。現在は名古屋市緑区の「乙子山」という微丘陵地となっています。周辺からは縄文前期からの遺跡があり、当社旧社地近くからは弥生時代の集落跡が発見されています。◎創建は天武天皇朱鳥元年(686年)のこと。「草薙剣」が盗難に遭ったも
県道311号線に飛び出すぼうや。飛び出す聖徳太子、ではありません。飛び出し小野妹子。和邇(わに)は「小野妹子の里」で売り出しています。和邇氏の本拠地は大和国添上郡和邇(現・天理市和爾町あたり)で、小野氏は和邇氏から分かれています。大津市の和邇や小野あたりに多くの和邇氏・小野氏が移り住みました。近くには小野篁(たかむら)公を祀る小野篁神社、小野東風公を祀る小野東風神社、小野妹子公を祀る小野妹子神社が鎮座されています。小野篁公は、小野小町や小野東風公の祖