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私は1970(昭和45)年3月~1971(昭和46)年3月の一年間、大阪府豊中市の団地に住んでいました。住んでいた所は大阪万博の会場がよく見え、万博には少なくとも5~6回は入場したので、あの頃の熱気はリアタイで経験しています。新幹線に乗り遅れた「ナイター見物客」の救済として、急遽「エキスポこだま」が設定されました。設定の経緯は交通新聞社新書「国鉄列車ダイヤ千一夜」(猪口信著、2011年刊)に記されていますが、スジ引きを阻む朝の東京口のラッシュを、三島から新幹線継走の奇手で逃れる
1995(平成7)年の夏休み。個人的に好きな青森県津軽地方を散策し、帰りに弘前→青森へは「あけぼの」、いわゆる「ヒルネ」を利用しました。前夜からのお客さんが乗る空間に入り込むのは抵抗がありましたが、国鉄時代から優等列車が少ない秋田ー青森間、やむを得ない選択でした。特急客1001レあけぼのED75733[秋]+24系[盛アオ]1995.8.17弘前開放B寝台は完全に寝るための空間で、日中の居住性はさっぱりでしたが、それでも動力を持たない客車列車の乗り心地は快適、「寝台