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どうして武士は征夷大将軍を目指すの?謎の日本古代史続編⑥神武天皇は、和歌山県から、奈良県に入って橿原宮で建国をしました。神武天皇が建国した国は倭(やまと)の国です。倭(やまと)の国とは、「ヤ・ウマト」の国です。「ヤ・ウマト」とは、「神の民」という意味です。奈良の橿原宮で倭(やまと)の国を建国したのです。神武天皇は「ここに神の民の神の国を建国する」と宣言したのです。それが、神武東征だったのです。ユダヤ人の徐福が倭(やまと)の国を建国したのです。ところが、神武天皇が平定
「巧言令色、鮮矣仁」私は孔子と言います。今日は皆さんにたとえ話をしようと思います。ある男がいるとしましょう。男はお金持ちでもなければ貧乏でもありません。彼は陽気な男ですが、何か目立つことをしたいと思っています。彼はどこへ行っても、ただ目立つことを考えて、物事を発言します。それを周りの人は当然信じるわけですが、別のところに行ってもその場で注目されるために、前と違う話をします。そうすると、その
初めまして。ユリです。50代の主婦です。これから、添乗員(ツアーコンダクター)を目指すことにしました。最初の記事は、自己紹介から始めます。添乗にお勧めトラベルポーチ洗面用具防水シンプルおしゃれメンズレディースガジェットポーチ大容量ポーチ収納旅行出張合宿ガジェット充電器ケーブル送料無料楽天市場【楽天1位/16冠達成】レディーススニーカー黒疲れにくい厚底ローカット幅広きれいめ通勤おしゃれ4Eシューズ
先日、遠方の超人気学習塾代表と語り合い、意気投合した話がある。孔子の「論語」の一節だ。「知之者不如好之者、好之者不如樂之者」(これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ある日、孔子の弟子「子路」が、孔子にこう尋ねた。子路「私は学問を修めました。」孔子「そうか。しかしお前が敵わない者がいるぞ。」子路「?!」孔子「学問が好きな者だ。」子路「!!」孔子「そして、その者すら敵わない者もいるぞ。」子路「??!
こんばんは~今日は溜まってた『ばけばけ』を一気見わかってはいたけど銀次郎さん退場は辛いな~夏の九州旅行3日目2025.9.2(火)1日目佐賀県1人観光2日目佐賀から長崎へ移動友人と合流3日目グラバー園から次の観光地へ移動帰り際、青空になってたから再び大浦天主堂やっぱりお天気大事ちゃんぽんの元祖で有名な四海楼元祖なだけで観光客向けという評価なので今回はスルーさすがすごい立派な建物ですね~ここから歩いて約5分
2025年秋アラフィフ夫婦が行く台湾旅行台北から車で南下し『【2025秋台湾旅行②】台湾松山空港着~1号高速道路~南下~新竹エリア~湖口服務區~千層餅』2025年秋アラフィフ夫婦が行く台湾旅行羽田空港第3ターミナルより出発し『【2025秋台湾旅行】羽田空港第3ターミナル~江戸の町並み~はねだ日本橋~…ameblo.jp台湾で最も大きい湖とされる南投県にある「日月潭」に到着。この湖の北側の山に位置する「文武廟」に訪れました。今回の台湾旅では
昨日は、友人の人材開発コンサルタントあんちゃんこと安慶陽先生の株式会社パワープラント創業15周年&『孔子が教える金運易学』出版をお祝いする記念講演会に参加してきました。孔子が教える金運易学―まず、なにごとにも感謝するAmazon(アマゾン)安慶陽先生とは、おととし(有)志縁塾主催大谷由里子さんが講師の「講師キャンプ」で出会いました。約半年、毎月2日間、岐阜の大垣に通ってみっちり講演の鍛錬、鍛錬、鍛錬そのこ゚縁で出会って今
JamesSetouchi2026.3.12『論語』(12)微子18-8逸民(脱世間の世捨て人)七人逸民は、伯夷・叔斉・虞仲・夷逸・朱張・柳下恵・少連。子曰く、其の志を降(くだ)さず、其の身を辱めざるは、伯夷・叔斉か。柳下恵・少連を謂(い)ふ。「志を降し身を辱むるも、言は倫に中(あた)り、行ひは慮(りょ)に中る。其れ斯(か)くのごときのみ。」と。虞仲・夷逸を謂ふ。「隠居して放言し、身は清に中り、廃せられて権(けん)に中る。我は則ち是(これ)に異(こと)なり。可も無く不
JamesSetouchi2026.3.1『論語』から(3)顔淵12-7子貢政を問ふ。子曰く、「食を足らし、兵を足らし、民はこれを信にす。」と。子貢曰く、「必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於(お)いて何をか先にせん。」と曰く、「兵を去れ。」と。子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」と。曰く、「食を去れ。古より皆死有り。民は信なくんば立たず。」と。(木村英一の書き下しによった。)(訳)(例)子貢(政治の要職に就か
生・死(15)逝く者は斯くの如きか子、川の上(ほとり)に在りて曰わく、逝(ゆ)く者は斯(か)くの如きか。晝夜(ちゅうや)を舎(お)かず。子罕第九仮名論語119頁6行目です。伊與田覺先生の解釈です。先師が川のほとりにあって言われた。「時の流れはこの水のようなものであろうか、昼も夜も休まない」「生・死」はこの章では出てきませんが、「逝く者は斯くの如きか」逝くと表現しています。「逝く」は「去ること、死ぬこと」を意味しています。「逝去」「夭逝」という