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『ホツマツタエ』15綾ミケヨロヅナリソメノアヤより一部を抜粋ココリヒメノカタレルコトハ菊理姫(白山神)の語るところによればトコタチノヤモオメクリテ国常立尊が世界を巡ってニシノクニクロソノツミテカニアタル西の国で建国したクロソノツミテ(玄圃を統べる者)とは、夏王朝のことなのですナモアカガタノトヨクンヌヨヨヲサムレト赤県(中国)のトヨクンヌ(国常立尊の子孫、豊雲野神)以来、代々(中国を)治めてきましたがトシオヘテミチツキヌルオ年月を経て
おはようございます今日の「日めくりカレンダー」のことわざは『故きを温ねて新しきを知る』でしたでも『故き』『温』は頭に浮かびませんでした。4字熟語『温故知新』を考えて見ればすぐわかるのですが「古きを訪ねて(知って)新しきを知る」と思っていました。意味も有名でしょう「古典や伝統、先人の学問など、昔の事柄の研究を通して、新しい意味や価値を再発見する。」「昔のことをよく知っていて、新しいこともちゃんと知っている。どちらも大切なこと」です。なんかちょっと違う意味ですが
おはようございます!昨日は三碧木星さんと1日ズームでした何かある前にちゃんと確めて前に進むことが習慣となっているので成長を感じます気学と易で輝くあなたを応援します!Luceviementor有宮里夏です。同会星の二黒土星を常に意識して日々過ごしている生徒さんです☺️気がつけば環境も身体も整い夢に向かってまっしぐら❗私が尊敬する人生の先輩です🎵本当に心根仁愛です✨周りの人の言動に心も動揺せず何があっても諦めることは考えられません❗ハッキリとした言葉に意思の
「青天を衝け」が始まりましたね。番組の最後で、旧渋沢邸、中ん家(なかんち)が紹介されましたね。スタッフとしてお手伝いさせていただいた2015年ドラッカー学会10周年記念大会のオプショナルツアーのときの写真です。栄一さんの生誕地ですが、家は妹のてい夫妻が建てたもので、帰郷した際に寝泊まりしていたそうです。こちらが正門若き日の栄一さんと中ん家の全景孔子のお墓にある楷の木の孫日本では珍しい楷の木論語のご縁でここにあるのでしょうね。「本立而道生」論語から、本立ちて道生ず
明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…「知者は惑わず、仁者(じんしゃ)は憂(うれ)えず、勇者は懼(おそ)れず」道徳というのはそんなに難しいことではありません。孔子は『論語』で、人間にとって最も重要な美質として「知(智)・仁・勇」の三徳を挙げています。《知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず》「智」というのは判断力があるということです。判断力のない道徳というのはあり得ません。判断力があるということは、素晴らしい道徳です。
易経繋辞下伝第五章(中略)善積(ぜんつ)まざれば、もって名を成すに足らず。悪(あく)積まざればもって身を滅ぼすに足らず。小人は小善をもって益なしと為して為さざるなり。小悪をもって傷(そこな)うなしと為して去らざるなり。故に悪積みて掩(おお)うべからず、罪大にして解くべからず。易に曰く、校(かせ)を何(にな)いて耳を滅(やぶ)る、凶なり、と。善を積まなければ、もって名をなすにはたりない。悪を積まなければ、もって身をなくすにはたりない。小人は小さな善のために自分に益がないと
登場人物に対する孔子の評価(181)陽貨、孔子を見んと欲す陽貨、孔子を見んと欲す。孔子見(まみ)えず。孔子に豚を歸(おく)る。孔子其の亡(な)きを時として往(ゆ)きて之を拝(はい)す。諸(これ)に塗(みち)に遇(あ)う。孔子に謂いて曰わく、来(き)たれ、予(われ)爾(なんじ)に言わん。曰わく、其の寶(たから)を懐(いだ)きて其の邦(くに)を迷(まよ)わす、仁と謂うべきか。曰(のたま)わく、不可なり。事に従うを好みて亟時を失う、知と謂うべきか。曰(のたま)わく、
<本日のメッセージ>『貴方が放射するものがやがて貴方にかえってきます。』易卦:天風姤五爻変※出版社のご好意によって『マーフィー博士の易占い(王様文庫)』から引用させて頂いています。<ワンポイントレッスン>■論語200泰伯篇第八(16)子曰狂而不直侗而不愿悾悾而不信吾不知之矣先師がいわれた。――「熱狂的な人は正直なものだが、その正直さがなく、無知な人は律義なものだが、その律儀さがなく、才能のない人は信実なものだが、その信実さがないとすれば、もう全く手がつけら
<本日のメッセージ>『不調和、不一致、失望は間もなく消えていきます。』易卦:地火明夷初爻変※出版社のご好意によって『マーフィー博士の易占い(王様文庫)』から引用させて頂いています。<ワンポイントレッスン>■論語201泰伯篇第八(17)子曰學如不及猶恐失之先師がいわれた。――「学問は追いかけて逃がすまいとするような気持でやっても、なお取りにがすおそれがあるものだ。」下村湖人『現代訳論語』山田解説:学べば学ぶほどに奥の深さを知り、上には上があることに気が付か
日本のヤバさが非常によくまとまって書かれています↓···私も高校でセンター倫理をやっているので武士道だとか上下天分の理だとか教育勅語だとかそういう悪趣味がまかり通って正しいかの如くであったという悍ましさをよく知るようになりました。⇀2500年前に登場した、孔子の儒教は、【五教または五徳(仁・義・礼・智・信)の徳性を拡充することにより、五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)の関係を維持する】というように説明されている。https://kusanomido.com/study/his
四十にして惑わず、五十にして天命を知ると孔子は言われたが、惑うことばかりだとは以前に書いた。信長は人生五十年と謡い舞い、美濃源氏土岐一族の光秀も討たれたのは五十四とされている。まあ私は天海だと思って入るが。四十代半ばの私は競輪選手としてはひょっとしたらまとめの時期に入っているのかもしれない。もしそうなのだとしたら、もう少し調子が戻ってからだとか、環境が整ってからにしようと思ってやっていなかった練習、取り組みはすべてやってみてしまおうと考えた。それは競輪においてだけではなく、人生
<本日のメッセージ>『遊び歩くのをやめなさい。』易卦:火山旅初爻変※出版社のご好意によって『マーフィー博士の易占い(王様文庫)』から引用させて頂いています。<ワンポイントレッスン>■論語202泰伯篇第八(18)子曰巍巍乎舜禹之有天下也而不與焉先師がいわれた。――「何という荘厳さだろう、舜しゅん帝と禹う王が天下を治められたすがたは。しかも両者共に政治には何のかかわりもないかのようにしていられたのだ。」下村湖人『現代訳論語』山田解説:偉大なる王は直接政治に
息子の幼少期から、ずっと、私を支えてくれた言葉があります。「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」ドイツの詩人・作家ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』第2巻第13章にある詩の一部だそうです。私は、ゲーテに詳しいわけでもなく、この本を読んだこともありません。この言葉自体、原典とはかなり違い、意訳のまま名言・格言として定着したようです。経緯はどうであれ・・・私はこの言葉に助けられてきました。息子の育児に疲れ、
徳(17)徳を尚ぶかな若き人南宮适(かつ)、孔子に問うて曰わく、羿(げい)は射を善くし、奡(ごう)は船を盪(うご)かす。倶(とも)に其の死を得ず。禹(う)と稷(しょく)とは躬(みずか)ら稼(か)して天下を有つ。夫子答えず。南宮适出ず。子曰わく、君子なるかな、若(かくのごと)き人。徳を尚(たっと)ぶかな若き人。憲問第十四仮名論語203頁1行目です。伊與田覺先生の解釈です。南宮适が、「羿(げい)は弓がうまく、奡(ごう)は船を動かすことの出来る強い人でしたが、共に
世に云う4聖人は釈迦、キリスト、ソクラテス、孔子・・・聖人というのは、という問いもだが、あまりにも書として身近すぎて無縁だ。孔子という名儒学者というよりも、人間としての孔丘を描いた・・・2500年前を見てきたような人の一生、各種の文献を拾って素晴らしい仕上がり。単行本一冊で570頁超え、分厚さから参るかな感もあったが完読、読んでよかったという感じ。青年は「礼」のみを携え乱世に飛び込んだ「われはいかなる者でも教える」儒教の祖・孔子を描く最高傑作!春秋時代、魯に生を享けた孔丘は、家族の情
論語全章を読む(561)陽貨第十七-1.441陽貨、孔子を見んと欲す陽貨、孔子を見んと欲す。孔子見(まみ)えず。孔子に豚を歸(おく)る。孔子其の亡(な)きを時として往(ゆ)きて之を拝(はい)す。諸(これ)に塗(みち)に遇(あ)う。孔子に謂いて曰わく、来(き)たれ、予(われ)爾(なんじ)に言わん。曰わく、其の寶(たから)を懐(いだ)きて其の邦(くに)を迷(まよ)わす、仁と謂うべきか。曰(のたま)わく、不可なり。事に従うを好みて亟時を失う、知と謂うべきか。曰
季路(きろ)、鬼神(きしん)に事(つか)えん事を問う。子曰わく、未(いま)だ人に事うること能(あた)わず、焉(いずく)んぞ能(よ)く鬼(き)に事えん。曰わく、敢(あ)えて死を問う。曰わく、未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。≪解釈≫季路(きろ)が「神霊に仕えるにはどうしたら良いか?」と孔子に尋ねました。孔子は、「まだ人に仕えることさえ十分に出来ないのに、どうして神霊に仕えることなどできようか」と答えられました。そこで季路は「ならば敢えて問いますが、死後の
本日10時30分から、多久市多久町にある孔子を祀る多久聖廟で、孔子やその弟子たちに供物を供える釈菜が行われました。今年は、孔子の79代目子孫の孔垂長さんらが釈菜を見学されました。(右から2人目)地元の児童生徒による釈祭の舞や腰鼓の披露もありました。
朝から図書館へ平日だし、誰もおらんわ。いつもの席について、問題集と解答集とテキスト3㎏もある、を開く。合格できるんかわからんけどやる。手がまだ起きてくれない。シんでる。今日は、進まぬ予感・・・的中。”このタイミングでこんな知識をつけてこんな実績を作って最終的にはこうなりたい”「この」、「こんな」、「こう」を20代のぼくにできるなら云ってあげたい。が、いまごろ遅い。努力が続かず叶えることができなかったくせに。。。甘かった。
致知出版社、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…世の中には人がつくった道を歩いていく人と、自分で道を作る人の二通りがある。以前は後者の人生こそ尊いと思っていた。だが最近、そうではないと思うようになった。二つの道は別のものではなく、交錯しているということである。孔子も釈迦も独自の道をつくった人である。しかし、孔子も釈迦も最初から孔子、釈迦であったわけではない。それぞれの成長期にそれぞれの道を学び、その道を踏査(とうさ)していくことによって独自の道をつくり
私の故母親は昭和7年(1932年)生まれで名前は美智子と言います。戦前は長野県諏訪市で育ちました。上に二人の姉、下に二人の妹(私の叔母)がいて、いずれも名前は○○子と言います。母親の誕生前後4-5年ぐらいの間に5人姉妹が誕生したわけです。さて…何時の時代から女性名に〇子と付けるようになったのでしょうか?春秋戦国時代の中国では孔子や孟子など高名な儒学思想家に付ける名前でした。日本では飛鳥時代の聖徳太子や彼に任命されて隋に渡った遣隋使小野妹子が有名ですがいずれも男性名です。検索す
長崎旅行のブログを書いたつもりでいたら、まだ途中でした。😅今回の長崎旅行は、せっかく行ったのだからとロケ地巡りもしました。大浦天主堂からグラバー園へ向かいます。歩いてすぐです。旧三菱第2ドックハウスこちらもロケ地😆旧グラバー住宅の前の花壇綺麗でしたよ。こちらの建物は、国指定重要文化財、世界遺産1863年に建築された現存する日本最古の木造洋風建築実際にグラバーさんと息子さん2代が暮らしたそうです。景色も最高だし、素敵な所で暮らしていたのですね。建物の中も見学出来ますよ。グ
樊遅問仁、子曰愛人、問知、子曰知人、樊遅未達、子曰、擧直錯諸在、能使枉者直、樊遅退、見子夏曰、嚮也吾見於夫子而問知、子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直、何謂也、子夏曰、富哉是言乎、舜有天下、選於衆擧皐陶、不仁者遠矣、湯有天下、選於衆擧伊尹、不仁者遠矣。樊遅(はんち)、仁を問う。子曰わく、人を愛す。知を問う。子曰わく、人を知る。樊遅未(いま)だ達せず。子曰わく、直(なお)きを挙(あ)げて諸(こ)れを枉(まが)れるに錯(お)けば、能(よ)く枉れる者をして直からしめん。
右第三章子曰く、中庸はそれ至れるかな。民能(よ)くする鮮(すく)なきこと久し。≪解釈≫孔子がおっしゃいました。中庸とは、それ以上付け加えることもない究極の徳である。しかし、その教化と実践が進まなくなっているので、中庸の徳が人民の状態や心を良くする。ということは少なくなっており、そういった時代が続いているのだ。≪後述≫孔子は中庸を至善、至美で道徳にも通じる究極の徳性と考えており、更に中庸は多くの人間にとって”天賦の自然な徳(特別な努力や訓練を要
陽貨欲見孔子、孔子不見、歸孔子豚、孔子時其亡也、而往拝之、遇諸塗、謂孔子曰、來、予與爾言、曰、懷其寳而迷其邦、可謂仁乎、曰、不可、好從事而亟失時、可謂知乎、曰、不可、日月逝矣、歳不我與、孔子曰、諾、吾將仕矣。陽貨(ようか)、孔子を見んと欲す。孔子見(まみ)えず。孔子に豚(いのこ)を帰(おく)る。孔子其の亡(な)きを時として往(い)きてこれを拝(はい)す。塗(みち)に遇(あ)う。孔子に謂(い)いて曰わく、来たれ。予(わ)れ爾(なんじ)と言わん。
天の命ずるを之を性と謂い、性に率(したが)うを之を道と謂い、道を修むるを之を教えと謂う。≪解釈≫天(万物生成の根本原理・宇宙の主宰者)の命令するものを『性(生まれつき備わっている性質)』といい、その性に従って行うことを『道』といい、その道を修得することを『教え』というのである。≪後述≫儒教では『天命』によって世を統治する天子が定められ、万物生成の原理原則が規定されると考えるが、その天命によって生得的な性(本性)が自ずから定められることになる。この性(
こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。平日ですが、法律記事以外をたまには書いてみます。(多少は、法的な面もあるか?)中国、朝鮮、日本などの、いわゆる東アジア文化圏では、儒教道徳が、精神的支柱(西欧文化圏のキリスト教のように)となってきました。儒教道徳の強い東アジア文化圏では、歴史的に、身分制や男尊女卑の思想が強かったと評価されます。特に、孔子(紀元前552年または551年~紀元前479年)の教えである儒教は、忠君愛国の身
こんにちは!ひのははです。17日、18日にパプアニューギニアで開かれていたAPEC首脳会議で、首脳宣言が出されずhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20181119/k10011715611000.htmlに驚きました。米中が鋭く対立したことが原因だそうですね。今や何がよくて何が悪いのか、判断力を無くしている両国です。その中でも私が注目するのは、スリランカが中国から巨額経済支援を受けた結果、港の運営権を中国に握られてしまったことです。このままでは中国
子曰く、教えざる民を以って戦うは、是れ之を棄つと謂う。教えていない民を用いて戦うのは、民を棄てるというものである。*******教えていない民、というのが、軍事訓練を受けていない民衆をいうのか、戦いの目的を知らされていない民衆をいうのか、どちらか分からない所がありますが、両方の意味を指していると理解するのが、良いような気がします。1訓練を受けていない兵は使い物にならないし、2戦いの目的を教えられていない兵は、戦う気概にかける、と思うからです。あと、信賞
人生は登山のようなもの。目を奪われるような見晴らしのいいなだらかな道も歩めることもあれば、どの道を選ぶか迷うこと、この道を進んで本当にいいのか悩むこと、その道を進むことが怖くなること、そんなこともあると思います。迷い・悩み・恐れて立ち止まりながらその道を歩き続けていくことも、長い人生では必ずしも無駄な経験ではなく、時には必要な経験かもしれません。でも、その状態から抜け出したいなら、歩みを進めていきたいなら、自分の力で、迷