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論語の第9篇の「子罕(しかん)篇」に「知者不惑仁者不憂勇者不懼」と言う言葉があります。はじめが『知者不惑(ちしゃはまどわず)』論語の第9篇に「子罕篇」があります。その中に、「知者不惑仁者不憂勇者不懼」と言う言葉があります。これは孔子が、人にとって大切な3つの徳を端的に表した言葉と…ameblo.jpその次が『仁者不憂(じんしゃはうれえず)』論語の第9篇の「子罕(しかん)篇」に「知者不惑仁者不憂勇者不懼」と言う言葉があります。はじめが『知者不惑(ちしゃはまどわず)』論語
[閲覧注意]血塗られた毛沢東中国の暗黒史中国の実態②中国人が好きなものは、人肉食です。宴会があった場合、人肉は大御馳走です。「今日は人肉料理がでます」と言ったら、中国人は涙を流して喜ぶのです。「今日は人肉だぞ。みんな、張り切って食えよ!」と言うのですから、怖すぎです。人肉をむさぼり食うわけです。そんなことやる民族は、中国人以外にはいません。それを応援してきたのは、日本の公明党です。馬鹿な連中です。何を考えているのでしょうか?中国人は古来から、何百万回も人肉食をやってき
君子(67)君子は下流に居ることを悪む子貢曰わく、紂(ちゅう)の不善や、是(か)くの如く之れ甚(はなは)だしからざるなり。是を以て君子は下流に居ることを悪(にく)む。天下の悪皆(みな)焉(ここ)に帰す。子張第十九仮名論語300頁3行目です。伊與田覺先生の解釈です。子貢が言った。「殷の紂王の悪事は、それほど甚だしいものではなかった。然し悪いという評判がたって、天の悪が、全部彼に集まったのである。そこで君子は下流におるのをいやがるのだ」この章で、君子は「君子は下
定年になり、長く身につけてきた役職という鎧が外れた。気持ちが軽くなったような気もするし、どこか心細くなったような気もする。そんな二つの感情が同時に胸の中にある。子供の頃から集団の中で率先して行動したり発言することが苦手だった。社会人になっても基本的な性格は変わらなかったが、役職という“役割”を与えられたことで、リーダーシップを発揮したり、積極的に発言することが出来るようになっていった。本来の自分ではなく、役職者としての自分を演じることで、苦手な集団行動の中でも手応えと充実感を味わえてい
君子(17)君子は博く文を学び子曰わく、君子は博く文を学び、之を約するに禮を以てせば、亦以て畔かざるべし。雍也第六仮名論語77頁7行目です。伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。「君子は博く典籍を学んで知見をゆたかにし、これを引き締めるのに礼を以てすれば、人の道にそむくことはないであろう」この章で「君子」は「君子は博く文を学び、之を約するに禮を以てせば、亦以て畔かざるべし」と出てきます。人の上に立つ人は、まず広く知識を学習し、次いでそれら
「湯島聖堂」徳川綱吉が儒学を広めるために建てました。その後、幕府直轄の学校として「昌平坂学問所」となり、明治時代には文部省、東京国立博物館、筑波大学、お茶の水女子大学等の前身がこの地に置かれました。関東大震災でほとんどの建物が焼失してしまったため、1935年(昭和10年)に建て替えられました。シャチホコの形がおもしろいですね。世界最大の大きさの孔子像。枝や葉がきちんと形良く整って成長することから「楷書(かいしょ)」の語源になった楷の木があります。