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『今年の夏は絶対に日焼けしない・・・』なんて言ってた癖に!一昨日「母に似ている・・・」の記事を書いてから、夏休みの時期であることも重なり、故郷(母方の実家の三重県津市)が懐かしくて仕方ない毎日を過ごしています。そして、海が恋しくて仕方がない日々を過ごしています。幼い頃から毎年夏休みになると泳いでいた故郷の海。大好きなおばあちゃんに会えるのが何よりも楽しみでした。田舎の母の実家の和室の温度計が28度を超えたら、おばあちゃんと一緒に歩いて海に出かけていました。そう考えると、今の
『今日はスカートが履ける・・・!』っていう日は、心がときめく。そんなの、いつでも自由に履けばいいじゃん?って思うでしょ?そういう訳にも行かないのです。まず、物を運ぶ仕事のある日は、スカートは履けない。特に物を持って階段の上り下りを何度もする日は、絶対にスカートは履けない。ロングスカートを履いたことのある人なら分かると思うけど、階段の上り下りをする時は、必ず片手でスカートの裾をたくし上げる動作が必要。でも、それをすると絶対に荷物が運べない。スカートは、何かと行動に制約がある不便な服装
3年前から365日、レディース服生活をしている私。妻に『俺、男やめる』宣言をして3年目になるかな?・・・・まだまだ女装初心者です。男やめる宣言をしたからって、女性になった訳じゃないのはわかっている。何度も言うけど、性転換手術をしたところで本物の女性になれる訳ではないし、性転換をしたいとは全く思わない。男性器を残したい一番の理由は射精の瞬間の快感を捨てたくないということ。その瞬間だけのため、男性という性を捨てられない私。18歳の時、右睾丸喪失をして、半分失いかけた男性機能が現
昨日、「久しぶりのスカート・・・」のブログを書きながら貼った画像の自分の顔を眺めていて、あらためて思った。『若い頃の母にそっくりだな!』って。母の姉にも、どことなく似ている。母の妹にも、何となく似ている。そりゃ親子だから似ていて当然だとは思うけど、母は、7年前93歳で亡くなった。亡くなった人のことを悪く言うのは良くないけど・・・私は母があまり好きではなかった。と言うより、嫌いだった。自分中心的な物の考え方しかできない人で、自分勝手で何事にもご都合主義の人だ
一昨日の話題の続きになります。私は18歳まで男性として成長したため、顔や骨格はほぼ男性として完成されていると思っています。男性として完成された骨格は、その後いくら女子になりたいと思っても、どれだけ女性ホルモン療法を続けても絶対に女性の骨格になることはありません。そして私は、18歳の右睾丸喪失から男性としての性徴がゆるやかになり、それまで生えていた体毛がすべて消滅したり、声変わりは一応したみたいだけど男性の声域まで低くならないまま止まってしまいました。あとはいかに心の性と体の性のバ
習慣って恐ろしいものです。数年前までは、自分が女性服を着て外出しているだけでドキドキしていたのに、今では365日女性服を着るのがあたりまえの日常になって、『女装している』という自覚も全くない私。家の中でも近所へ行くのも、用事があって役所に行くのも、ショッピングモールに行くのも、電車に乗ってどこかへ出かけるのも・・・・・どこへ行くのもレディース服を着るのがあたりまえの日常。ちょっと前までは、病院、特に整形外科や内科に行く時にはレディース服を着たり女性下着を着用するのは抵抗があったけど、今
ミニスカートを穿いて外出するとワクワク、ドキドキする。心が元気になれる。この高揚感を大切にしたい。私、今73歳だけど、75歳になっても80歳になっても85歳になっても・・・・・ミニスカートで颯爽と街を歩いて周りからも違和感を感じられないおばあちゃんでいたいと最近よく思う。画像は、5日前のミニスカ外出の時の画像です。このスカート私としては可愛くて気に入っていますが、似合っているでしょうか?でもね・・・・65歳を過ぎた頃から時々、ふとしたことで体力の衰えを
別に良いじゃない?あるがままの姿で・・・・MtFを目指す訳でもなく、トランス願望という訳でもなく、女装男子という訳でもなく・・・私らしく生きたいと思っているだけ。他人は他人、私は私・・・私の体内に分泌している性ホルモンがどんな状態なのかは知らないけど、わざわざ女性ホルモンや男性ホルモンを補充しようとは思わない。そして生まれ持った体に今さらメスを入れて肉体改造をしようとも思わない。確かに、18歳の時、急性右精巣捻転を盲腸炎だと診断されて、右下腹部にメスを入れられ盲腸を