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かなり前になりますが、奈良時代のスーパースター行基菩薩の追悼施設ではないかとされる円堂を中心とした伽藍跡が発見された、との報道がありました(2021年5月)。行基が建立した四十九院の一つ、長岡院の遺構と推定されており、行基の死後、弟子たちが追悼施設として再整備したのではないかと考えられているものです。今回は平城京北西部の行基ゆかりの地を訪ねます。では、レッツラゴー!おなじみ近鉄奈良駅前の行基菩薩像菅原遺跡(すがわらいせき)奈良県奈良市疋田町訪問オススメ度★残念なが
『淀城建築命令は秀吉が秀長に向けた警告だった❔❗』さてさて…天正十六年(1588)⏩️別妻(第二夫人)である茶々(淀殿)懐妊の報に接した秀吉は狂喜乱舞状態となり‼️直ちに、弟の秀長に彼女専用の城(お産の…ameblo.jpさてさて…懐妊した茶々のお産に備えて…❔秀吉は淀城の建築を秀長に命令した意図について…前々回の記事でお話しました⏩️それと共に…何故秀長に命じたのか❔ということになるのですが…一種の警告に近いものではなかったのか?
2025年3月30日奈良の東大寺に来ています。大仏殿の多聞天のすぐそばには、穴くぐりができる柱があります。柱の穴の大きさは、横30センチ、縦37センチ、直径120センチだそうです。その大きさは大仏さんの鼻の穴と同じくらいなのだとか。柱の穴をくぐり抜けると、無病息災や頭がよくなるというご利益があるそうです。ママが最初に潜って見せます。続いては兄孫がたやすく通り抜けました。弟孫は・・・・・・ちょっと苦戦しています。出てきたと思ったら・