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なのです最近の私は何故か文字に出会うことが多くて、最近2つの文字を教えてもらいましたそれがとっても心ときめくものでして。いずれも、日本の古代の歴史書で採用されている文字です(たいてい『○○文書』というタイトルで書かれていて、○○には、苗字や一族の氏が入ることが多いです)こんなんとかこんなんとかこれ、日本語なので、文章書く時にこの文字つかうと暗号みたいで面白いですよねこれで般若心経写経をしてみましたこんなんとかこん
八百比丘尼(やおびくに)は、八百年生きたとされる女性の話です。福井県若狭が発祥の地とされていて、不思議なことに、全国にその伝説が広がっています。栃木県栃木市西方町真名子(にしかたまちまなご)にも、八百比丘尼伝説があります。一般的には「やおびくに」ですが、真名子では「おびくに」です。敬称の「お」を付与した「おびくにさん」と呼ばれています。栃木市在住の郷土史家の小松義邦氏が、「真名子の里『伝説八百比丘尼』を追う」というタイトルの私家版書籍を、2024年12月に発行しました。
2023年8月26日この日は一日セビーリャ観光です!!まず、朝の涼しい時間に、スペイン広場へ行きました。ホテルからは徒歩20分・・・ちょっと遠いけれど、次の見どころのアルカサルの予約が9:30だったので、めちゃ急ぎましたあまり期待していなかったのだけれど、スペイン広場はとってもきれいでした~~。できればもっとゆっくりのんびり来たかった・・・映画スター・ウォーズの撮影でも使われました!!「エピソード2/クローンの攻撃」で惑星ナブーの都市シードとして使われました。全然時間がなかった
「訳注真名子十景に就いての卑見」は、2003年(H15年)に、「西方町郷土史研究会」の編集で、西方町から発行されたものです。「真名子十景に就いての卑見」は、明治時代に書かれた手紙文で、漢詩21首を書き溜めたノートともに、西方町真名子の洞雲寺の保管文書の中から、2001年(H13年)に住職・山内隆光氏により発見されたものです。手紙の書き手も宛先も、書かれた年月日も不明です。「はじめに」から抜粋すると「郷土の先人たちが、当時の真名子村における風光明媚の地を、十景あるいは八景にまとめ
皆川城の最後の城主「皆川広照」は、栃木市が誇る戦国武将です。その活躍を記した書は多数あり、小松義邦氏の冊子の中にも「皆川正中録」「皆川広照伝」がありますが、広照の後期や子孫について読みやすく書かれたものは、なかなかありません。そこで、小松義邦氏が、2024年(令和6年)11月に発行したのが、「口語皆川歴代記」です。ここには、皆川広照公が主君忠輝に関連して一時期には失脚したことや、子息の隆庸公や他の子孫のその後について記されています。原著は、皆川家の子孫の皆川又太郎氏
台東区橋場昔あった銭座正しいことは分からない。いつ出来て、どこに、どんな形で存在したかは不明!銭座の図面を縮小していく。橋場町今戸町の場所近くに、図面を重ねていく。橋場町今戸町にサイズ形が合った。下吹所銭座図面銭座(下吹所)橋場町l今戸町境界線下吹所金座下吹所銀座下吹所?日本銀行金融研究所貨幣博物館-古文書(冊子・一紙・巻子・絵図)-橋場下吹所絵図www.ime
2023年3月1日『大字誌浪江町権現堂』前近代編執筆中の西村慎太郎です。「第三章近世の権現堂二宮仕法」の項目の執筆してます。現在は執筆前にノートを作り中。『浪江町史』の確認を終え、史料編がある『双葉町史第三巻近世資料』を見てみたいと思います。今日から「第五章農民の窮乏と南標葉郷の御仕法」の「第七節本業出精入札・賞誉・褒美」にどのような史料が収録しているかひとつずつ確認してみたいと思います。最初は「耕作出精奇特人御褒美金農具下され帳」(嘉永4年。井戸川鉄弥蔵)です。
今日は、楽しみにしていた、ミセトゾアさんのワークショップ。アンティークの紙を使ったアクセサリーなんです。びっくりするでしょ???(๑♜д♜)エッカミ?以前、エリナ氏のアトリエで、古文書を使ったアクセサリー入れが気になりその作家さんが、ミセトゾアさんでした。ワタシの大好物でもある、1700年代や1800年代のマニュスクリ羊皮紙を使って、独創的な作品を作られています。今回、ワークショップとしては3万円はお高い部類ですが、大きな作品を作れる事、そして何より、作家さんの繊細な手
地球の磁場が9%も弱まり、私たちを守るバリアが崩壊する危機が迫っています。2025年6月5日—GPSが機能停止し、通信網が混乱、そして宇宙からの致命的な放射線が地球を襲う。どの県が消え、どの県が生き残るのか?この警告は単なる占いではありません。京都連休寺の三木大雲住職と荒木常泉住職全く接点のない2人の僧侶が独立して、同じ日付を指摘した事実。そして800年前、同じ現象が起きていたことが古文書から明らかに。もし本当なら、あ
(画像はWikiより)◆徐福(方士が見た理想郷)~9(「富士古文書」編)世の中では徐福の非渡来説が圧倒的趨勢を占めています。その最大の原因となっているのが「富士古文書」。今回はその書について触れていきます。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~■過去記事*~1…始皇帝を欺く!*~2…神薬を求め出航!*~3…九州の徐福伝承*~4…四国の徐福伝説*~5…新宮市前編*~6…新宮市後編*~7…熊野市波田須編*
見た瞬間から「普通」ではなかった玄米、発酵へのこだわり千葉「寺田本家」の発芽玄米腫「むすひ」酒税法上の「日本酒」ではないまずは2枚の写真をよく見てほしい。ひとつはグラスに注がれた「むすひ」の何とも言えない色合い。通常の濁り酒とはまったくことなり、一見何か果物の果汁のような黄色がかった色合いだ。さらにグラスの内側にびっしりついた気泡の量が、この酒の発泡性の強さを物語っている。「むすひ」の栓を開けるときはくれぐれも要注意。瓶の中で発酵し続けているため、うかつに栓
――――――――――――――八百比丘尼伝説に関心のある方は、下記もご覧ください。◎真名子の里『伝説八百比丘尼』を追う(A5版・200P/2024・R06)――――――――――――――「真名子の地名と伝説の旅」は、2019年(令和元年)に、小松義邦氏が発行した冊子です。西方町真名子は、八百比丘尼伝説を持つ、浪漫のあるエリアです。この冊子では、真名子地域の「地名」と「伝説」について、小松義邦氏による調査・研究の結果が解説されています。2023年(令和5年)に発行さ
NPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんです。両竹じゃんぴんプロジェクト「もろたけ歴史通信」vol.154を配信致しました。引き続き、多くの皆さまのご支援を宜しくお願い致します。これまでの活動報告については以下をご覧ください。https://ameblo.jp/morotake-rekishi/-----------------------------------------------『歴史資料継承論叢』第2号刊行!!定価1000円※お求めは当法人までご連絡ください(han
先日、昔録画した井上ひさしのドキュメンタリーを見ていたら彼の蔵書は約20万冊と紹介されていました。私が利用する狭山市の図書館の蔵書数は約22万冊とHPに記されています。それとほぼ同じ量の書籍を…まさかと思ったらあながち嘘でもないようです。あの作家の読書量と保有冊数、購入費:【FAXDM、FAX送信の日本著者販促センター】この記事には、井上ひさしが古本屋に支払う金額は当時毎月200万と書かれています。この中には多分古文書なども含まれていますので高額になるのかもしれませんが、最近は
NPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんです。両竹じゃんぴんプロジェクト「もろたけ歴史通信」vol.153を配信致しました。引き続き、多くの皆さまのご支援を宜しくお願い致します。これまでの活動報告については以下をご覧ください。https://ameblo.jp/morotake-rekishi/-----------------------------------------------『歴史資料継承論叢』第2号刊行!!定価1000円※お求めは当法人までご連絡ください(han
私の父、栃木県栃木市西方町の郷土史家・小松義邦氏の刊行物一覧です。小松義邦氏略歴栃木市西方町の郷土史家。栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校
ブロ友T&S・・ときどき味醂の和歌山ニンニン神社仏閣めぐり編ラスト~!!夕方近くなってきて少し曇ってきましたがなんとか一日、雨も降らずにすみましたとっても楽しかった和歌山の旅も・・・この神社で最後になりました。。こちらは刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)鳥居社標神社の図刺田比古神社は別名:岡の宮と呼ばれているんだって目の前の駐車場には『岡の宮専用駐車場』と書かれていたので、別の神社のだと思って止めませんでした(笑)ここの駐車場だったんだSさんは
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2024年6月9日(日)の記録です。内閣文庫明治政府が中央図書館として建てた内閣文庫庁舎の主屋部分。内閣文庫とは明治6年(1873)、赤坂離宮内に「太政官文庫」という名で開設された明治政府の図書館です。江戸幕府から引き継いだ古文書に加え、各地の古文書や海外の書籍が買い足され、蔵書の内容は充実していきました。設計者は後に国会議事堂の建設を指揮することに
NPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんです。下記の通り、長野県立科町土屋家文書保存・調査を行います。また地元の方がた向けのワークショップを行いたいと思います。土屋家は中山道芦田宿本陣の家柄であり、所蔵資料は長野県立歴史館に寄託されています。・日時:2025年3月28日(金)~30日(日)・場所:立科町中央公民館・初日集合時間:28日(金)12:00JR佐久平駅浅間口※現地に直接行く方はこの限りではありません。部分参加可。・宿泊場所:立科町内の宿泊施設・謝金:当会の規定による
NPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんです。2月14日に京都芸術大学の博物館実習の授業で、当会に関する授業を行いました。受講した皆さまに当会の活動に参加頂ければと存じます。なお、講義でお話しした当会ニューズレター「じゃんぴん」vol.38の表面について再送致します。-----------------------------------------------『歴史資料継承論叢』第2号刊行!!定価1000円※お求めは当法人までご連絡ください(hani...@hotmail.com
NPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんです。1月17日~19日にかけて長野県上田市斎藤家文書保存・調査活動を行いました。昭和30年に目録作成が成されていましたが、不十分でしたので補充調査及び状態調査を行いました。斎藤家は鹿教湯温泉で温泉経営を行っていた家であり、高梨村(上田市鹿教湯温泉)名主を務めている家です。今回の成果は次のとおりです。・箱「藩政」状態調査終了・目録作成終了(所在不明資料あり)・箱「雑」状態調査終了(所在不明資料あり)・箱「社寺・産業」状態調査終了
NPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんです。下記の通り、檜原村での保存・調査活動の成果報告を代表理事の西村慎太郎が行います。内容は本年度の活動・成果の概要、そのうち大嶽山の神職吉野家文書に関する紹介です。事前申込制ですので、ご参加頂ける方は檜原村郷土資料館に御連絡下さい。日時:2025年3月5日(水)13:30~15:00会場:檜原村役場3階301参加費無料、定員20名、事前申し込み制申込先:檜原村郷土資料館(042-598-0880)------------------
珍しい矢立(やたて)を展示して教室の生徒さんに矢立の体験をしていただいています!矢立とは昔(江戸時代)の筆と墨壺を組み合わせた携帯筆記用具です。武士が矢を入れて携帯する「矢立て」の中に入れていたことから、筆と墨壺のセットなのに、「矢立(やたて)」と呼ばれています。真鍮(しんちゅう)製で透かし文様入りが素敵で珍しいです!透かし入りのせいか軽いです。(106g)今の私の携帯スマホ(カバー付きで246g)よりも軽いのには驚きました。筆がこういうふうに
和本江戸文久3年(1863)政治論写本「恐惶神論」全1冊/優婆塞金剛覚謹識/古書古文書/手書きです。30丁。26.5cm×19cm。手書き。権平忠蔵利忠(おそらく村松藩士)が写したもの。『データ』【書名】恐惶神論【巻冊】全1冊【著者】優婆塞金剛覚謹識【成立】文久3年(1863)写
~郷土の歴史~小千谷村の始まりは、蓮華谷と言われる町下(現元町)にあったと言われる。これを裏付ける史料として、『独覧聞書』という天保年間に作成された言い伝え・伝説をまとめた記録は、「下タ町川端清水丁」が手狭になり高台に移転したとする。『独覧聞書』は、小千谷村の始まりを記したものではなく、高台に町割りが行われた謂われを記したものである。小千谷村の始まりと解釈を膨らませたのは、近現代の歴史家や学者であり市史に携わった者である。小千谷村のルーツに関する言い伝えは、「梨子崎稲荷の伝説」がある。梨子
上田庄は、鎌倉時代から南北朝初期に新田氏が治めた。その後、南北朝の騒乱で北朝として活躍した上杉氏が越後守護となり、上田庄は康永3年(1344)に、山内上杉氏の所領として見える。康安元年(1361)、上杉憲顕は将軍より上田荘を賜った。〔山内上杉氏の始まりと上田庄〕上杉憲顕は山内上杉氏の祖となり、関東管領と越後守護を兼ねた。上杉憲房は、子の憲顕(山内上杉)と憲藤(犬懸上杉)に分配相続させた。憲藤の系統は、越後守護上杉氏となる。越後の所領は山内上杉氏と守護上杉氏で二分され相続されていくことになっ
古文書でよく出てくる漢字の一つ「台」で異体字が二つあって似ているので「どっちを使っているのだ?」論争が起こっちゃう。なんせ、草書で書かれているからどちらと言っても差し支えのない崩しの場合があるので要注意。もしかして各藩によって使い方が違ったりする場合もあるのかな??䑓臺薹https://moji.tekkai.com/zoom/%E4%91%93/page.htmlhttps://moji.tekkai.com/zoom/%E8%87%BA/page
志木市古文書の会は月1回第二火曜日午後13:30から志木市遊学館で開催2月11日火曜日、この日は建国記念日の祝日に当たりました。初めて志木市古文書の会に参加しました。古文書講習会は2019年から、朝霞市歴史博物館で初級と中級で3年ほど参加しました。今回の会は、上級者向けと言え、男性5人女性2人でした。ほぼ解読できませんが、実用的で皆さん予習をして来ていて、日々の予習が必要と感じました。月1回ですので、しばらく通ってみたいと思います。
入手済みの書状の解読です。蜂須賀綱通から松平周防守への書状です。-松平阿波守綱通:蜂須賀綱通。 阿波徳島藩の第4代藩主(1666年~1678年)。-松平周防守:松平康映もしくは松平康宦。 <松平康映> 和泉岸和田藩の第2代藩主(1640年~1640年)。 播磨山崎藩の藩主(1640年~1649年)。 石見浜田藩の初代藩主(1649年~1674年)。 <松平康宦> 石見浜田藩の第2代藩主(1675年~1705年)。-拙者妹:幸姫。 蜂須賀光隆の娘、丹羽長次の正室。
さ~て、先日、ある資料を読んでいましたら、ほ~お、と言う取り組みに出会う機会がありました。なかなか、興味深い内容でした。以下、『古文書解読コンテスト』の公式ホームページに掲載されていた内容を転載させて頂きます。尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。古文書解読コンテストとは日本全国には古文書が億単位あると言われています。それに比べ、崩し文字を読める専門家の数は少なく、なかなか解読作業は進んで行きません。古文書の多くは個人宅の蔵に長年にわたって山積