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『『古代史をテーマにした歌』』『『邪馬台国は阿波だった』の件』『【歴史ツアー】『ぐーたら先生と行く!みなみ阿波スサノオの足跡』』さて、今回は阿波歴史ツアーの紹介です❗ご興味がある方はど…ameblo.jp↑のつづき。さて、作った曲のストックが増えてきたので【作業用】を作ってみました。最近のAIは、自分で作った曲を読み込ませることが出来るので大変便利です。【作業用】ももひらももも①『空白の150.1年』セットリスト↓0:02天岩戸隠れの唄3:41アワ唄6:32ク
生まれも育ちも奈良県で、万葉集が好きなみくるです今回は、日本最古の道の一つ「山の辺の道」の北コースから、特にロマンあふれるスポットをご紹介します。『万葉集』や『日本書紀』にも登場する、歴史と悲恋の物語が息づく場所です悲劇のヒロイン・影姫が駆け抜けた橋今回ご紹介するのは、天理市の石上神宮のすぐ近くにある「布留の高橋(ふるのたかはし)」。古来より、この橋は万葉集に詠まれ、また、恋人の亡骸を探し求めてこの道を走ったという、影姫(かげひめ)の悲しい伝説の舞台となりました。なぜ「高橋」という名
作成したのは「社家」から「武家」への流れを説明する【省略系譜】です世代毎に人物を並べると調べるのに限界があるので省略しています。社家の「生源寺」から熊本藩士に繋がる関係は熊本藩や細川家の資料があったので簡単に分かりました。参考にした個人サイト様に感謝申し上げます。日吉大社社家【生源寺の省略系譜】賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)賀茂氏の先祖神。神武東征の際に八咫烏に化身して神武天皇を先導したとされる。↓↓鴨賀島(かもかしま)社伝では崇神天皇の時代に鴨賀島が比叡の山上に
奈良の中でも大好きな飛鳥地方。推古天皇の辺りから平安遷都までの間でも前半、平城京が開かれるまでの間に、いくつかの都が造られ、今の時代になって発掘調査でまた新たなことが判ってきたり、その度に歴史も少しずつ塗り替えられてきたりしています。もう1500年近くも昔のことなのに、そこに生きていた人々の息遣いを感じさせられるような場所です。この辺りが大好きになったきっかけが、宝塚で上演されたいくつかの作品、とくに柴田先生の作品がいくつか残されていますね。度々再演もされている「あかねさす紫
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第19話|誉屋別皇子【あらすじ】伊勢で産まれた足仲彦天皇の子、誉屋別皇子。その母、弟媛が亡くなり、足仲彦天皇はその皇子を豊浦宮へ迎えたいと帯姫へ打ち明ける。帯姫は、天皇が他の女性との間に子を成していたことへ複雑な思いを抱きながらも、大王としての務めを理解し、養子として受け入れる。けれど胸の奥では、「他の誰でもなく、あなたと私の子が欲しい」という願いが、静かに揺れていた。――――――【本文】豊浦宮へ戻られてからも、足仲彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》
七星晶音です。夏休みに入ってすぐの早い内に故郷・岡山へ帰省した今年。帰省の前後でしばらくの間むくむくと湧きあがるのが家系のルーツについての探究心。岐阜への帰宅後もしばらくは、日常の合間で自分のご先祖さまについて色々と想いを馳せていたり。とはいえきちんとした家系の情報がちゃんと残っているお家は現代にはごく少数だそうで我が家の家系にしてもあんまり昔のことまではよくわからないそうです。笑瀬戸内の海賊だったらしいよ。
🦋理系が暴く歴史の真実2026/05/19高校生のブログ<ユダヤ人は日本に同化した>理系氏は田中英道氏のユダヤ人は日本に同化した話も否定しています。とすると・・・和多志の田中英道史観を基本とする史観は捨てなければならないかもしれません。やはり、我々は騙(だま)されっぱなしかもしれません。田中英道氏とか茂木誠氏とか、なまっちょろい歴史観では無理なんですね。東大史学の日本人・日本文明は朝鮮から来た!と言うアホ史観に騙され
学び鯱城学園、校外研修(専門講座)南山大学人類学博物館見学学芸員さんに説明を受けながら見学しました解放された展示物見て触れらる博物館は珍しい土器に触れるのは慎重に行いました南山大学人類学博物館|南山大学南山大学の人類学博物館をご紹介します。www.nanzan-u.ac.jp博物館見学後南山大学名誉教授より講義「名古屋の先史、古代史を探る」自称90歳、後で2年後の話だったらしいとお聞きしました名古屋市には2,000もの古墳があり大須球場、大須スケートリンクの敷地に大須
私が、TOLANDVLOGの動画を見始めたのは、いつ頃だったろう?何がきっかけだったかも、今ではさっぱり覚えていないんだけど、多分この1年くらいは、結構ディープに見ている。日本の神話にはそれほど詳しくなかったから、最初は神様たちの名前が長すぎて、難しすぎて、何度も何度も混乱した。でもちょうど同時期に、なぜか日本の古代史に関する本を読んだり、学んだりすることが重なって、次第に私の頭の中にも、「おぼろげながらの理解」が構築されていった。今はYouTubeでも、色んな人が、色んな切
宇土半島(熊本県)基部をベースにしていた火の君一族(多氏)は、熊本県域・九州内はもとより日本各地へ進出・移住していった。それには3つの背景がある。①自らの勢力の拡大によるものー肥国(肥前・肥後)内においてー②ヤマト王権との関係によるものーヤマト王権による国内統一の実働部隊としてー③磐井の乱(527年)ー制圧された磐井に代わって北部九州へ進出ーこれまで書いてきたように、火君(ひのきみ)は肥君(ひのきみ)であり、肥は「ヒ」「クマ」と読む。従い「クマ」は火君(火君一族)を指し、地名の「クマ」
2世紀後半、倭の国於投馬(いずも)の浜にナムジという1人の少年が漂着することから始まる古代史を巡る壮大な物語。安彦良和著「ナムジ」(中公文庫コミック版)をみていたら、埼玉県の稲荷山古墳に無性に行きたくなって来た。ここに行き着くには、実は安彦良和氏の他の著作を経由してから沸き起こった気持ちの変遷がある。つまり「虹色のトロッキー」という現代史を経由して古代史への目が拓かされている。日本人とは何か?この思いがいま強い。
軒丸瓦(鐙瓦)・・・・・・・・・・・・❖・・・・・・・・・・・・「日本建国の形づくり・姿づくり」の一端をチョイ齧りしている内に早や9回目「馬」「養蚕」「官道」&「律令制度」などなどその都度チョイスしてきた「キーワード」は好奇心から&そこには毎回ありがたいことに「律令国家・中央集権の姿づくり」が垣間見られた昔人の貪欲さにオーレ‼の連続であったおかげさまでここにきてなんとなく古代史
ご訪問ありがとうございます。前回まで「日本書紀」の雄略天皇のところを読んでいましたが、外交関係の記事ではおよそ20年のズレがあり、允恭天皇の頃の出来事が「雄略天皇紀」に入っているということがわかりました。つまり「日本書紀」の編者たちは、外交についての史料、ほぼ「応神天皇紀」と「雄略天皇紀」に集約して、あまり綿密な考証は行わなかったと言うことが言えます。そういうことですから、「神功皇后紀」~「雄略天皇紀」について、倭の五王を大和王権の人物とすることは妥当とする一方で、「日本書紀」に基づ