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ご訪問ありがとうございます。さて、いよいよ上巻最終の「仁賢天皇紀」に入ります。「古事記」の方は、物語は顕宗天皇で終わって系譜のみになるので、ここからの文献史料は「日本書紀」に「上宮記逸文」ぐらいになってしまいます。中国への派遣も小野妹子までないので、外国の史料も朝鮮半島関係だけです。そこでこの辺りの情勢はまことにつかみにくいと言えます。(百家争鳴w)さて、顕宗天皇つまりヲケ王が亡くなって、お兄さんのオケ王が即位しました。仁賢天皇です。まずは即位までの経緯を示した「即位前紀」ですが、こ
前回からの続きです。『『赤の古代史』「赤土」の先住民住吉に祀られる葦原の神「赤土命」』前回からの続きです。『『サイトウ』の起源⑪謎の『アワ』について『赤』の古代史』前回からの続きです。『『サイトウ』の起源⑩「音読み」「訓読み」の日本語の…ameblo.jp前回は、住吉大社に祀られる神・『中筒男之命(なかつつおのこのみこと)』について、書きました。・『住吉大社(すみよしたいしゃ)』(大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89)全国にあまた存在する、住吉神社の本宮です!そして、
全身全霊オススメしたい「嶽啓道まじなゐ作法(駒草出版様)」先日偶然にして幸運にも著書の本田先生とお話しできまして多岐にわたる知識と思考とご助言を頂きました。本田不二雄先生ありがとうございます。「嶽啓道まじなゐ作法」は大人のための教育的な面もあると感じた贅沢すぎる1冊です。感謝です。嶽啓道まじなゐ作法[まじない屋きりん堂]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}私はスピリチュアルって好きではないのです。(真のスピリチュアルは尊敬しており
2020年6月から22年9月まで東京新聞(と中日新聞)に週一で連載されていた『よもやま邪馬台国』というコラムを興味深く読んでいた時期がありました。連載途中で気が付いたもので、終了後にこれが一冊の本にまとまったと知ったときには「そのうちに読もう」と思っていた次第。にしても、何故「そのうちに」であったかと申しますれば、話の中に出てくる遺跡や資料館、読んでいるとあそこもここもと行きたくなってしまうこと必定だと踏んだものですから、折を見てということに。さりながら、読書遍歴の流れの中で先日に映画『ま
古代史に詳しくなりたいみくるです寒い日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。こんな静かな冬の日は、温かいお茶を飲みながら大好きな漫画を読み返すのが至福のときです最近、里中満智子さんの『天上の虹』を改めて読み返していたのですが、以前訪れた奈良県桜井市の「談山神社(たんざんじんじゃ)」での感動が鮮明に蘇ってきました。今日は、その時出会った素敵な母と子の物語のお話です。運命を自ら切り拓いた女性、鏡王女談山神社の奥にひっそりと佇む「恋神社」。そこに祀られているのは、藤原鎌足の妻であ
ご訪問ありがとうございます。さて今回から武烈天皇ですが、まずは「武烈天皇紀」の冒頭、この前飛ばした総評の部分を見ることにしましょう。小泊瀬稚鷦鷯オハツセノワカササギ天皇は、仁賢天皇の皇太子である。母を春日大娘カスガノオオイラツメ皇后という。仁賢天皇7年、立ちて皇太子となる。長じては刑の判断や執行を好み、法令に詳しかった。日が暮れるまで政治を行い、無実を見抜き、訴えは退けるにしても情はおありになった。と、ここまで見るといい人に見えますが、これは「法治主義」です。法がすべてで、儒教のよ
ご訪問ありがとうございます。前回まで「日本書紀」の雄略天皇のところを読んでいましたが、外交関係の記事ではおよそ20年のズレがあり、允恭天皇の頃の出来事が「雄略天皇紀」に入っているということがわかりました。つまり「日本書紀」の編者たちは、外交についての史料、ほぼ「応神天皇紀」と「雄略天皇紀」に集約して、あまり綿密な考証は行わなかったと言うことが言えます。そういうことですから、「神功皇后紀」~「雄略天皇紀」について、倭の五王を大和王権の人物とすることは妥当とする一方で、「日本書紀」に基づ
ご訪問ありがとうございます今回は外交でいろいろ動きます目次百済の使い吉野寺の仏像百済救援王辰爾新羅と高句麗の謀議任那の長官目次を開く百済の使い14年春1月12日に、百済は上部ショウホウ徳率トクソチ科野シナノ次酒シシュ・杆率カンソチ禮塞敦ライソクトン等を遣わして出兵を要請した。13日に、百済の使者の中部チュウホウ杆率カンソチ木刕今敦モクラコムトン・河内部阿斯比多カワチベノアシヒタ等が百済に帰国した。前に来た使者が帰国する前に、重ねての援軍の要請ということは、百済はかなり切