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歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。本日は崇峻天皇の系図を見ていきたいと思います。崇峻天皇は諱を泊瀬部皇子と言います。用明天皇崩御後に丁未の乱が起こると、蘇我馬子側に参戦して物部守屋討滅に協力し、馬子らによって擁立されて即位しました。しかしその後、馬子と対立し、馬子配下の東漢直駒によって暗殺されて崩御しました。崇峻天皇は日本史上、臣下によって暗殺され
第17話|山門の女王、田油津姫【あらすじ】香春岳を後にした一行は、田油津姫の案内で筑紫後・山門へと向かう。熊鷲たちに熱狂的に慕われる彼女は、まるでこの地の女王そのものであった。そして田油津姫は、かつて筑紫島を鎮めた女王の伝承を語りながら、自らの存在の重要性を天皇へ静かに示すのだった。――――――【本文】香春岳≪かわらだけ≫を後にした朝、夏羽は峠の麓にて一行を見送りました。「ここより先は、妹がご案内いたします」その傍らには、田油津姫《たぶらつひめ》が立っ
ご訪問ありがとうございます。ちょっとややこしい話が続きましたが、継体天皇の出自について、「上宮記逸文」が「古事記」より古く、かつ「日本書紀」はこの逸文の系譜か、それと同系統の史料を踏まえて編纂されているということがわかってきました。少しまとめておくと凡牟都和希王が皇統の万世一系化に伴い、応神天皇と同一視される過程で神功皇后も応神天皇の母神であった大帯比売に凡牟都和希王の母の息長比売が加えられ、息長帯比売になった、とわたしは見ています。ホムダワケは仁徳天皇から、ホムダワケとオオササ
新年明けましておめでとうございます!…と書けないぐらいご無沙汰の更新となりました…(相変わらずマイペースですいません)今年もよろしくお願いします!初詣は、調布市にある「深大寺(じんだいじ)」に行きました。そして妻・知人夫妻の4人でカフェで一服してきました。鬼太郎茶屋-調布駅前天神通り商店街-タイムスリップしたかのような昭和レトロな空間に妖怪たちが息づく不思議な世界へようこそ。懐かしさと怪しさが交差する、ちょっぴり不思議なひとときをお楽しみくだ...kitaro-c
そうそう、諏訪湖は前は今の倍以上あったと。その頃、アタシャ諏訪湖の見える山の中腹に住んでいたと、霊能者のYさんから言われたことがある。ふむふむ、今、住んでいる場所から昔は諏訪湖が見えたらしい。不思議じゃね。御室神事【坂間】諏訪大社の特殊神事〜真冬に3カ月もお籠もりする神事があった〜御室(みむろ)神事諏訪エクスペリエンスのガイドツアー「【坂間】諏訪大社の特殊神事〜真冬に3カ月もお籠もりする神事があった〜御室(みむろ)神事」。諏訪エクスペリエンスは特別な
卑弥呼について魏志倭人伝は次のように記している。女王卑弥呼が死ぬと径百余歩範囲に多数の塚を作り、奴婢百余人を殉葬した。後継者として男王が立った。ところが男王を不服として国が内乱状態となり、当時千余人が誅殺し合った。改めて卑弥呼の宗女である台与を13歳の女王として立てた結果、倭国は遂に安定した卑弥呼が死ぬと大きな塚を造り生贄として百余人を殉葬した。箸墓古墳がそれだとする人たちがいるが、日本書記では大物主神の妻であり孝霊天皇(7代)の皇女・倭迹迹日百襲姫命がその主だとしている。(崇
6世紀初頭に即位した継体天皇は、北陸地方を本拠とする豪族出身で、それまで天皇を出していた王族集団との血縁関係は遠かった。前天皇の武烈天皇に継承者がいなかったとは言え、そんな出自の継体天皇がなぜ即位できたのか、そして古代史の中でどう位置づけられるのか、主に日本書紀への徹底批判を軸にひもとく。5世紀までは複数の王族集団の中から、天皇にふさわしい人物が選ばれて即位したという。こうした王位(皇位)継承のあり方を変え、現在まで続く血縁による世襲制の天皇制の起点は継体天皇にあり、その子孫が代々制度化し
軒丸瓦(鐙瓦)・・・・・・・・・・・・❖・・・・・・・・・・・・「日本建国の形づくり・姿づくり」の一端をチョイ齧りしている内に早や9回目「馬」「養蚕」「官道」&「律令制度」などなどその都度チョイスしてきた「キーワード」は好奇心から&そこには毎回ありがたいことに「律令国家・中央集権の姿づくり」が垣間見られた昔人の貪欲さにオーレ‼の連続であったおかげさまでここにきてなんとなく古代史
ご訪問ありがとうございます今回の部分は敏達天皇の后妃と皇子女です。その中の押坂彦人大兄皇子は、一般には知られていない人物ですが、これから先の皇統の祖(「皇祖大兄」と称されます)になる、飛鳥界隈では知らない人のない最重要人物でしょう。今回は彦人大兄皇子について検証してみたいと思います。目次皇后廣姫彦人大兄皇子敏達朝の登場人物の世代彦人大兄皇子と蘇我氏の野望和珥氏の夫人と伊勢采女目次を開く皇后廣姫4年(575)春正月9日、息長オキナガノ眞手王マテノオオキミの娘廣姫ヒロヒメを立
2023/06/24に公開済み#茂木誠#世界史#ユダヤ【目次】0:00オープニング1:16日本が守るべきもの4:08鍵を握る日本とユダヤ7:31日本とユダヤの共通点【茂木誠先生の新刊】『日本とユダヤの古代史&世界史』2023年6月発売https://amzn.to/3W4lwFi日本とユダヤの古代史&世界史-縄文・神話から続く日本建国の真実-[茂木誠]楽天市場【神社を壊したガンビア人へ
ご訪問ありがとうございます今回は続きですが、だいたいの予備知識は前回述べたので、続きを解説、検証してまいりましょう。目次憲法十七条第八条憲法十七条第九条憲法十七条第十条憲法十七条第十一条憲法十七条第十二条憲法十七条第十三条憲法十七条第十四条目次を開く憲法十七条第八条八に曰わく、群卿マエツキミタチ百寮ツカサツカサ、早く朝マイりて晏オソく退マカでよ。公オオヤケの事ワザ靡盬イトナし。終日ヒネモスに盡くし難し。是を以て、遲く朝マイるときは急スムヤケに逮オヨばず、早く退マカづるとき
ご訪問ありがとうございます。実は次回の継体天皇の出自について30年ぶりくらいに岡田精司氏の「継体天皇の出自とその背景」を読み返しましたところ、「上宮記逸文」の分析において、同じ論旨になっているところが多々ありましたので、前回と前々回にその点を加筆致しました。ご了承を御願い申し上げます。さて、前回の凡牟都和希王がめちゃくちゃ難問でしたので、今回はさらりと(^^;)目次「上宮記逸文」の検証母々㤙己麻和加中比賣雄略天皇の母系一族「上宮記逸文」の検証まずは読み下し文を再掲します。前
ご訪問ありがとうございます今回は后妃と皇子女になりますが、けっこう大勢いるので(^^;)ささっと見てwただ2章目では、大伴金村が失脚しますので、(これは教科書レベルということで)ご留意いただけたら、と思います。目次石姫皇女の立后磯城島金刺宮大伴金村の失脚欽明天皇の妃と皇子女妃堅塩媛の皇子女妃小姉君の皇子女その他・まとめ目次を開く石姫皇女の立后元年春正月庚戌朔甲子、役人たちが皇后を立てるようにお願いしたので、「正妃で仁賢天皇の皇女である石姫を皇后とする。」と仰せになった
ご訪問ありがとうございます。予告どおり、今回は「隅田八幡宮人物画像鏡」についてです。この縁に沿って文字が書かれていますが、わかりますか?Wikipediaには隅田八幡神社人物画像鏡(すだはちまんじんじゃじんぶつがぞうきょう)は、和歌山県橋本市の隅田八幡神社が所蔵する、5世紀から6世紀頃製作の銅鏡。鏡背の48字の金石文は、日本古代史、考古学、日本語学における貴重な資料である。国宝に指定されている。とされています。隅田八幡宮のある和歌山県橋本市は、奈良県の五條市に隣接していて、大和から紀