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刀に関するちょっとしたお話です。現在も、在銘の刀の多くにその刀が打たれた年紀が元号と共に切られていることがありますが、長い日本史の中で、一時期だけ元号が2つ並び立った時代が在りました。皆さんもご存じの通り、南北朝の並び立った時期だけです。歴史の正当性で言うと、三種の神器等を持つ南朝が正統になるかと思いますが、この時期に作られた刀の年紀を調べると、圧倒的に北朝の定めた元号を記されたものが多いのはご存じないかも知れません。南北朝とは言っても、室町幕府は既に存在し、南
あえて捜査したりしませんけど、最近「女性天皇に賛成?反対?」というアンケートを取った雑誌が、どこかであったようです。今上陛下のご息女・愛子内親王殿下を念頭に置いた設問であることは想像に難くないところですが、「皇位継承が人気投票で左右される」なんて、そんなことあり得ないのに何やっているんでしょうかね…?と半ば呆れ返る気分。現在「皇室典範」により、皇位継承順位は「秋篠宮文仁」殿下が1位、宮様の皇子様で在らせられる「悠仁親王」が2位、そして現上皇陛下の弟宮「常陸宮」殿下が3位で有し、敬宮殿
仕入れや研修で3日連続で出かけていて、昨日の夜やっとまともに家に帰ってこれました…(研修の内容は後ほど載せようかなと思います。)そして、近場の業者市でまた鎧通しを仕入れましたのでご紹介です。中々の状態です。重ね9mm程です。「勝光」の銘が切ってあります。これは、もしかするともしかするかもと思い結構競ってしまったのですが何とか落として来ました。(状態的に、本当は結構安く落とせる予定だったのですが…)「勝光」と言えば、末備前の名工としてかなり名高いです。今回の鎧通しは、姿的に戦国時代の
20260530(今日も真夏日?めっちゃ陽射しがキツかった土曜日),前回、「金峯山寺」「蔵王堂」「吉野朝宮跡」と散策しているとムクムクと、あの南朝「皇居」の在った「吉水神社」の「書院」を再度探索したくなって糞(失礼)暑い中、本日走ってきましたよ「吉水神社」元々は、吉水院(きっすいいん)といい、天武天皇の白鳳年間に役行者が創建した格式の高い修験宗僧坊だったらしいです。「白鳳年間」とは、大化改新が始まる645年から平城京遷都の710年までの約60年間が有力主祭神は、
連日の南北朝時代関連の情報発信に珍しいことがあるものだと驚いておりますが今日更新のTolandVlog、もののけ姫の【ジコ坊】考察では、南北朝時代が登場。「非人」という存在が、当時は天皇に仕えていたこと。非人とは「聖なる」存在であったことなど網野善彦先生の研究も紹介されています。今の感覚では差別用語と捉えますが、当時の時代背景を知ると全く異なる意味があることを知りました。比叡山のトップ天台座主を務めた護良親王が山伏の姿で潜伏していたり、軍勢が山の民や非人であったことは、今の視点で見るの