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昨日・一昨日と愛媛県今治市にある妙見山古墳をアップしました。今日はすぐ近くにある妙見山2号墳・妙見山3号墳を取り上げます。↑まずは妙見山2号墳、南側から場所はこちら:34.058981,132.931192↑妙見山2号墳、南西側の様子2号墳の規模などが載っているかと近づいたら、位置図が載ってるだけでした↑墳頂の様子妙見山古墳と同じくらいの築造時期なら、この2号墳も竪穴式の主体部かな?↑妙見山2号墳から見た妙見山古墳↑妙見山
今日は11月6日に訪れた千葉県柏市の古墳です。熊がいない千葉県の古墳巡り、安心です↑大井浅間(おおいせんげん)古墳、北西側から国道16号線沿い、木々の中に前方後円墳があります。※追記:令和7年3月に出された『千葉県内重要古墳詳細分布調査報告書』によると、「前方後方墳」とされています。↑南東側からこちらの大井浅間古墳、数年前に訪れようとしたら、車を停める場所が見当たらず、諦めたことがありました。今回はレンタル自転車を使用場所はこちら:35.847894,
河内郡桜井郷の桜井神社(現在は、梶無神社の摂社)には、「大己貴命」(大国主神・八千矛王)が祀られていますが、この桜井郷の豪族として、「桜井田部連」の名が「先代旧事本紀」には載っています。桜井田部連は、桜井郷の屯倉の田部の長であったことが知られ、実は、応神天皇の側室を輩出していることが日本書紀には記述されています。「次妃、桜井田部連男鉏の妹糸媛、隼總別皇子を生む」つまり、桜井田部連は、相当に力のあった豪族であることが窺えるのであります。三韓征討から帰国した神功皇后が、天皇に
八劔社(鳥栖八劔社)(とりすはっけんしゃ)尾張国愛智郡愛知県名古屋市南区鳥栖2(北側から進入し境内に駐車可、ただし狭く急坂なので要注意)■旧社格村社■祭神天照大御神須佐之男命正勝吾勝速日天之忍穂耳命「笠寺台地」(かつては「松巨島」とも)の北東付け根、名古屋市南区「鳥栖(とりす)」に鎮座する社。社前を東西に走る南面道路はかつての「鎌倉街道」。径48mもの巨大な帆立貝式前方後円墳(全長63mの前方後円墳、造出付円墳とする等の諸説有り)鳥栖八剣社古墳の丘陵上を社域とします(後ほ
🚲堺街歩き#3堺市博物館の次は、仁徳天皇陵の拝所へ行きました。遊歩道に面した場所にあって、誰でも行くことができます。場所は前方後円墳の前方中央。砂利が敷き詰められていて奥には鳥居があり、神聖な雰囲気。自然とご挨拶をする気分になりました。仁徳天皇陵は、第16代仁徳天皇のお墓とされていて、5世紀中頃に築造されました。我が国最大の前方後円墳で、周囲の距離は約2キロ、面積は約46万平方メートルです。墳丘は三段に築かれていて、墳丘の周囲には三重の周濠(堀)があります。かつては斜面が白い葺石で覆わ
新潟県新潟市西蒲区の角田山にある前方後円墳、角田浜妙光寺山古墳を見学してきました2020年の「前方後円墳発見」という新聞記事で、この古墳を知りました発見された経緯は2017年に、地元の山城研究者さんが発見→岡山県倉敷市埋蔵文化センターの職員さんが、国土地理院の傾斜量図を見て、古墳に気づく→新潟の古墳研究者に伝わる、ということだったようです全長約49mの前方後円墳となると、県内第3位の大きさ。これは見たいと思っていたんです越後線の巻駅から、バスで妙光寺さんに向かいます私有地なの
津賀田神社尾張国愛智郡愛知県名古屋市瑞穂区津賀田町3-4(*境内撮影禁止)(*外部者の参拝を受け付けていないと思われる)■旧社格郷社■祭神仁徳天皇[配祀]天照大神瑞穂台地の南端、南区「津賀田町」に鎮座する社。古代の濃尾平野はほとんどが海中にありました。瑞穂台地はかつての湾に突き出した岬、その先端辺りに当社が鎮座していたということになります。◎「津賀田」の地名、社名については諸説あります。一つは「塚」に由来するもの。今一つは「津潟」に由来するもの。◎創建年代、由緒ともに不
御岳山古墳(東京都史跡:世田谷区等々力1-18)(形状)帆立貝型古墳→円墳から前方後円墳に至る途上(規模)全長57m、後円部直径40m、高さ7m(築造時期)5世紀後半~6世紀中頃(発見経緯)1917年、地元住民が七鈴鏡を発見(東京都指定文化財)、1950年に後円部墳頂から埋葬施設が発掘され、鉄製短甲2両や鉄製の武器などが出土。そのほか大量の埴輪や須恵器なども出土。(立地等)目黒通りに面し、向かいは等々力不動尊。多摩川左岸、標高31mの舌状台地上。国分寺崖線縁に並ぶ野毛古墳群のひとつで野
今日・明日とアップするのは奈良市にある秋頭(あきがしら)古墳群。大きな前方後円墳がたくさんある佐紀盾列古墳群に囲まれた丘陵上に秋頭古墳群があります。↑国土地理院の航空写真(赤い文字はふっき~が加筆)地理院地図/GSIMaps|国土地理院十数基からなる秋頭古墳群(現存4基)、築造時期は5世紀後半~6世紀前半とのこと。現存しているはずの秋頭1号墳は見つけられず↑こちらが秋頭2号墳、北側から左側が後円部、右側が前方部の前方後円墳。場所はこちら:34.7051
■古墳など訪れてみたねこのす2で運用されている車両の中で、たぶん一番酷使されているホンダフリード「ねこまくら」普段は近場の移動で運用される機会が多いのだが、たまには少し遠くまで出かけることもあったりする。本内容は管理人が行った活動の記録だったりする。各名称等は管理人が使用しているもので正式なものではないかも。こんな記録を参考にせず、正しい情報を入手して、正しく活動されたい。万一、参考にしてしまう場合には自己責任で。■愛知県犬山市方面かつて金曜日の夜にバイクで林道を走
【前回】⇒続やまのべ(12)青い線は12月18日の,赤い線は12月19日の軌跡。.「菅原東遺跡」は、古墳時代の住居跡なども発掘されているが、遺跡公園として保存されているのは、埴輪を焼いた「窯」の跡だ。埴輪のレプリカが並べられている。〔以下、一部は2022年7月撮影〕。「窯跡」は、発掘されたあと、埋め戻されているが、この起伏の下に「窯跡」と確認された穴が6つある。右は、発掘されたままの状態で展示されている「3号窯跡」の覆屋。
古墳ツアーで行く古墳はさすがの興味深さで、最後に行った「天塚(あまつか)古墳」は、石室が3つ?!という変わり種✨公式には石室は2つとなっていて、それでも十分にレアなのに、先生によると3つ目が・・・✨そういう話を聞けるのもツアーならではのだいご味でした✨そんなすごい古墳なのだから、もっと気合の入った説明版をぜひ✨石室、かっこいい~✨でも神社として活用されているので、肝心の奥壁は前に拝む所が作られちゃって見れず💦古墳てこんもりしていてちょうどいいので、上に神社が乗っ