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事務所の前で、現場へ向かうYくんと別れた後、私は1人パソコンとにらめっこしていた。真田先生に撮影させて貰った新聞記事を写したものを次々Wordに張り付けたはいいが、井口実代子の死をどうやって報告書に纏めるかとなると、途端にタイプする指は止まってしまう。疑問は残ったままだが、万一井口実代子の死がこんなにも壮絶なものだったと知ったら、柿原恵子はかなり落胆するのではないか…どうしてもそう、余計な事ばかりが頭の中をグルグル巡っている。彼女が真相をどんな形で受け止めるのかを想像するには、私はまだそこ
「兵隊さんが自害した後、皆は恐る恐る近くに寄って行ったばってん、もう自分の頭をブチ抜いとらしたけん、すぐにダメて分かったったい。何人かは、すぐにそん(その)女の子ん所に寄っていったばってん、こっちも同じじゃった。新聞じゃ病院に運ばれたち書いてあるばってん、白シャツの胸あたりが血で真っ赤になっとったけんなぁ…」鈴木里美は目頭にハンカチを当てている。私達男性3人は沈痛な面持ちで黙り込んだままだ。「可哀想かったなぁ…そん後、村んもん(の人間)達は、そん兵隊さんの亡骸ば足蹴にしたり竹槍で突
「あの道を左に曲がって3軒目のお宅の様です」「分かりました…」真田先生の指示通り、通りを入ってみたが、熊本市内での3軒目と南小国での3軒目は随分感覚的に違っていて、通りを数百メートル程進んで行かなければならない。視界はすっかり開けていて、既に菅原氏の自宅は見えている。視界に入る古い和風建築の小さな家屋は、白壁のくすみ具合に随分と歴史を感じさせるものだった。「あのお宅に1人でお住まいのようですよ」「えっ!?1人で?」真田先生のそんな一言に私だけでなく、Yくんや鈴木里
「どうぞ…おあがんなっせ(上がって下さい)」菅原氏は身長160㎝くらいの小柄な老人で、私の勝手なイメージとは、真逆の男性だった。しかし、小柄な分に身軽なのか、耳の遠さとは裏腹に足腰はしっかりされていて、外に停めてあるシニアカーが本当に必要なのだろうかと疑問に感じてしまう程だ。「菅原さんは相変わらず元気の良か(い)ですなぁ…」そんな菅原氏を見て、真田先生も舌を巻いた様に呟いた。私達にしても、それは同様の思いだ。「なんの…もう、お迎えはすぐそこばい(すぐそこだよ)はっはっ
「……」私はひとつ、小さな深呼吸をした。「菅原さん、今日はこの時のお話を伺いたくてここへ参りました…」私がそう言うと、真田先生もそれに応じる様にスクラップブックを広げ菅原さんの前に差し出した。「ほぉ…新聞記事の切り抜きたいね(だよね)。懐かしか(い)なぁ…」炬燵の上にあった老眼鏡を手に取って、まるで虫眼鏡の様に使いながら新聞の内容に視線を落とす。私達はそれを黙って見ているだけだ。「あぁ…こぎゃん(こんな)こつ(事)のあったなぁ…」神妙な面持ちで菅
国道212号線を南下して、再び一の宮町へと鈴木里美と真田先生を送る道中、ずっと皆沈黙が続いている。もっとも、私は井口実代子の行方がこんな形で幕を閉じてしまった事を依頼者である柿原恵子にどうやって伝えようかと考えての事だったが、Yくんを含む他の3人は少しだけ違っているようだ。「しかし…この阿蘇でそんな事があったなんて、正直私も驚きました」そんな沈黙に気を遣ってくれたのか、真田先生が徐に口を開いた。それにつられて他の2人も一斉に思い思いを口にし始める。「っすねぇ…菅原さんの『誰が戦
「それではまたお会いしましょう」「真田先生、鈴木さん、本当にありがとうございました」「里美さん、僕はまた遊びに来るっすよ!」「Yくん絶対よ!それにちゃんと約束守ってね!」「任せるっす!」「なんなんなんだ…その仲良さは(-_-;)」そんな言葉を交わした後、私とYくんは車に乗り、一の宮を離れた。これから事務所へ帰ると、急いで調査報告書をまとめて数日のうちには柿原さんへ届けなければならない。「とりあえず…岡山まで行かなくて済んだっすから良かったっすねぇ…」「まぁ、確か