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90年前の本日未明に二六事件は起きました。軍部若手によるクーデター未遂事件です。『渡辺錠太郎伝』、この印象的な表紙は渡辺錠太郎とその娘であり、この写真の撮られた半年後、少女の目の前で渡辺錠太郎は二・二六事件で暗殺されました。この少女は、ベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』などの著書で知られている渡辺和子さんです。この二・二六事件の朝、錠太郎は危険を察知して、毎晩親子三人で寝ていてまだそばにいた少女を、すでに起きていた母親のところに行かせたそうです。ところが、幼い少女はまた錠太郎のもとに
90年前の今日、青年将校たちが政府改革を掲げて起こしたクーデター未遂事件がありました。これが「二・二六事件」です。1936年2月26日、陸軍の青年将校に率いられた約1,500人の部隊が決起し、天皇の側近や大臣らを襲撃・殺害、さらに首相官邸や警視庁などを占拠しました。事件名は発生日に由来します。将校たちは軍主導による国家改造を目指しましたが、昭和天皇の強い拒絶により反乱は支持されず、3日後に鎮圧・拘束されました。その後の軍法会議では、将校側は陸軍上層部の一部が行動を容認していたと強く主張しまし
ことばの泉を訪れてくださり、ありがとうございます。今日は、昭和11年(1936年)2月26日から2月29日にかけて発生した日本のクーデター事件(皇道派の陸軍青年将校らに率いられた1483名の部隊(下士官と兵)を率いて蜂起し、天皇の側近や大臣を次々と襲撃するとともに、首相官邸や警視庁などを占拠した「二・二六事件」)からちょうど90年。事件当日の東京は、3日前の大雪が残り、朝から弱い雪が舞う曇り空だったようですが、今日は晴れて4月並みの暖かさでした。ニ・ニ六事件を覚えて、(
2月26日。というと2.26事件ととっさに思い出すが、陸軍の将校が起こしたクーデターまでしか知らない。AIに概略だけ聞いてみた。2.26事件(ににろくじけん)とは、正式には二・二六事件と呼ばれる、1936年(昭和11年)2月26日から29日にかけて日本で起きたクーデター(未遂)事件です。日本近代史上最大規模の軍事クーデターとして知られています。概要発生日:1936年2月26日未明(大雪が降るなか)主犯:陸軍の皇道派に属する青年将校(20〜30代中心)約20名参加兵力:下
外資生保のプルデンシャル生命では、社員および元社員あわせて100人以上が、顧客約500人から総額約31億円にのぼる金銭を不適切に受け取っていたことが明らかになり、大問題になっています。期間は1990年代から直近までとされ、極めて長期間にわたって行われていた点も、事態の深刻さを物語っています。今回明らかになったのは、保険契約とは直接関係のない「投資話」や金銭のやり取りが、営業活動の延長線上で行われていたというのが実態で、もう言語道断です。もう会社ごと退場してもらわないといけないと思います。
諸君、ご壮健かな。立派な和風建築。これは。かつての総理大臣高橋是清の邸宅。小金井市にある東京江戸たてもの園に移築されたことで、移築前の跡地付近が全焼した火災の難を免れた建物である。決して贅沢では無いが、威厳ある姿。金融恐慌の危機に、片面だけ刷った札束を積んで大丈夫だ!と言い切って沈静化に導いた剛腕。ワンイシューの声だけが大きい今の政治家たちに、この豪胆さを見習って欲しい。中に入る。一階は明るく開け。庭は続く縁側も穏やかさを感じさせる。戦争へと向かう、陰惨たる時代。是清も心
宮部みゆき「蒲生邸事件」一九九四年、予備校受験のために上京した受験生の尾崎孝史だったが、二月二十六日未明、宿泊している古いホテルで火災に見舞われた。間一髪、同宿の男に救われたものの、避難した先はなんと昭和十一年の東京。男は時間軸を自由に移動できる能力を持った時間旅行者だったのだ。雪降りしきる帝都では、いままさに二・二六事件が起きようとしていた――。大胆な着想で挑んだ著者会心の日本SF大賞受賞長篇!今年の2月26日、二・二六事件についてちょっと調べてみた時に出て来た本書。