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大阪松竹座での菊五郎と菊之助の襲名披露は、お楽しみの口上です。舞台は、先月の歌舞伎座と同じ。歌舞伎座と音羽屋の提灯、斧・琴・菊の襖、敷かれた緋毛氈。口切は、やはり仁左衛門。音羽屋の芸を伝承しながら、新作に挑む菊五郎を寿ぐ。死ぬまで修業との諫めも忘れない。菊之助には、、芸筋と血筋がいいと褒める。続いての、新作での共演が多い扇雀は、脱線することなく襲名を寿ぐ。意外と弾けてくれたのが、孝太郎。兄弟のお役が多い菊五郎とは、生バンドのカラオケに行く仲。菊之助に対しては、
京の年中行事、南座での當る午歳・顔見世興行が始まりました。今回は、八代目・菊五郎と六代目・菊之助の襲名披露、まずは昼の部の「醍醐の花見」から。それほど上演されませんが、今年2月の歌舞伎座以来。梅玉か鴈治郎かで決まりの秀吉は、ご当地の鴈治郎。この世の盛りの秀吉が、畿内から集めた700本の桜を植え、1300人が参加したビッグイベント。大正時代の長唄で初演され、歌舞伎舞踊にアレンジされて8年、幕が開くと桜満開の醍醐寺三宝院。扇雀の北政所が中央で舞う中、床几に腰掛けるのは、三條殿
昨日、NHKプラスで、吉沢亮さんと中村鴈治郎さんの対談のアーカイブを見ました。映画「国宝」に関する30分番組。半分ぐらいは映画の撮影風景が放送されて、とても興味深かったです。特に吉沢亮さん扮する主人公が大成功を遂げる最初の「曽根崎心中」の場面。終幕して喜久雄がお初から自分へ戻り茫然自失となり動けなくなる前半のクライマックス。何度も撮り直したそうですが撮影完了して観客役のエキストラの方々やスタッフから大拍手が上がる光景。ここは筋書きのないドラマ。感動して涙が込み上げました。歌舞伎に不勉強な私
アタクシが子供の当代きっての女形、歌舞伎役者中村扇雀さんのちの中村鴈治郎〜坂田藤十郎さんですが、その中村扇雀さんが製菓会社に依頼してできた扇雀飴というのがあってよく食べておりました。当時飴といえば扇雀飴かカンロ飴が主流でした。扇雀飴の社名の由来などはこちらを↓映画「国宝」を観てからいろんな楽しい思い出が蘇ってきました。中村扇雀さんの岩長姫母が日本舞踊を嗜んでいたことや※70歳頃の母子供ながらに知らず知らずの。うちに歌舞伎に触れていたり…昨年他界した私のいとこは