ブログ記事853件
伊勢の国に阿漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい~大阪松竹座のさよなら公演、昼の部は三島由紀夫作の「鰯賣戀曳網」で締め。中村屋しかできない演目、故・勘三郎と玉三郎の名演を、勘九郎と七之助が引き継いでいます。きりっとした持ち味の中に、余裕のあるくすぐりが出てきた勘九郎。出の、ふにゃふにゃの売り声で、つかみはばっちり。馬に乗るのに難儀していると、くるっと向きを変える。大名に成りすましながら、蛍火から酒の催促。硬軟、緩急、真面目と笑い、脱線せずに本人も楽しむユーモアは、父を追いな
念願の、シネマ歌舞伎の「曽根崎心中」を観てきました話題の映画「国宝」を2回観てから、是非歌舞伎で観たかった生の歌舞伎もいいには違いありませんが、歌舞伎は、なかなか言葉が難しくて、感動に至るところまでは、いったことがなくてイヤホンガイドも試したことはありますが、なかなかガイドを介しての観劇も、感動には繋げられなくて今回、字幕ありの今日しか都合がつかなくて、最初は、字幕は邪魔かなぁ、って思っていたのですが‥観てみなければわからないもので、字幕ありが、なかなかよくて言葉が難しい歌舞伎ですが
毎日忙しく楽しく過ごすGW今回のGWは映画ウィークになりそう今朝は、早起きして、ミッドランドシネマ大学生割引を利用1,500円😋映画国宝の中にも重要な演目として登場していた曽根崎心中、シネマ歌舞伎で名演を観ることを楽しみに行ってきました近松門左衛門、人形浄瑠璃歌舞伎や芝居など人気の演目ですが、初めて観ましたとてもよかったです素人でも物語と舞台の人々に引き込まれて国宝の映画の中のシーンも忠実に再現されていることがわかり感動しました映画国宝の影響か観客多しです^_
シネマ歌舞伎「曽根崎心中」を観た。映画「国宝」の影響か、ほぼ満員。お初を坂田藤十郎、徳兵衛を中村鴈治郎。2009年の舞台を映像化したものだが、映画「国宝」とは違い、若くない2人だ。でも、これが可愛い。お初は嬉しいと手を叩いたり、徳兵衛の首に抱きついたり。昭和28年の初演時から話題になったらしい。更に映画にも出てきた「死ぬる覚悟が」のシーン。縁の下の徳兵衛にしがみつかれたお初の恍惚とした表情の美しいこと。いいオッサンなんだけどねー。徳兵衛をだます九平次は中村芝翫。とて
国宝で一躍脚光を浴びた『曽根崎心中』江戸時代、これを皮切りに心中がブームになったそうな・・ておいおい♪恋の手本となりにけりぃ~~♪♪だったそうな・・・ておいおいおいマジですか・・・・かくいう私、これ、歌舞伎では観たことなくて文楽では観た『近松文楽@国立劇場』観てきましたよー『平家女護島(へいけにょごのしま)』時は平家の全盛期。島流しになっている俊寛さんが主人公。都にいるその妻は平清盛に言い寄られた末自害。首を斬ら…ameblo.jpそして今回観たシネマ歌舞伎いや
4月15日(水)、大阪松竹座の『御名残四月大歌舞伎』。4月26日(日)が千龝楽。その、夜の部を見ました。16時15分から17時55分。『菅原伝授手習鑑』の『寺子屋』。延享3(1746)年8月、大坂の竹本座初演の人形浄瑠璃。竹田出雲、三好松洛、並木千柳。それが、歌舞伎に。『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』とともに、三大名作。全五段のうち、『寺子屋』は、その四段目。舞台は、山城国芹生の里。寺子屋を営む武部源蔵。その寺子屋を舞台に、菅原道真の一子菅秀才を、いかに守るか。そのため
シネマ歌舞伎『曽根崎心中』を観に来ました。先に、南座で鴈治郎さんのご長男の中村壱太郎さんと尾上右近さんの、役の入れ替わりの松と桜の両プログラムも拝見しましたが、その時は、全体を端折って主要な場面はそのまま踏襲し、お二人の工夫で演じた場面もあり、曽根崎心中物語と名付けられておりました。この映画は、四代目鴈治郎さんと、今は亡きお父様の坂田藤十郎さんとの共演で、是非とも観たいと思っておりましたが、とうとう今日になってしまいました。映画の詳細はこちら↓https://www.shochik
シネマ歌舞伎曽根崎心中を観てきました平成21年の歌舞伎座の藤十郎さんのお初と、鴈治郎さんの徳兵衛藤十郎さんが作り上げた「お初」「お初イコール藤十郎さん」なんですよね1400回、お初を生きた方ですから笑ったって、泣いたって、怒ったってすべてお初なんですよお初は、死ぬことでしか幸せになれない人たとえ惣兵衛に認められて、結ばれたとしても、女将さんのキャラじゃない…死に向かってグングン突っ走る手を合わせるお初に徳兵衛が刃を向けて、幕後は観る人の想像余韻やは
菅原伝授手習鑑寺子屋仁左様の松王丸幸四郎さんの武部源蔵五條橋心中天網島川庄あと一ヶ月でとりあえず終わっちゃう😔
松竹座、夜の部である。連日のお出かけでちょっと疲れ気味。次の週の仕事の準備もあるし、ちょっとバタバタ。朝、集中できる間にやってしまう。一息いれて、お弁当作成。シンプル弁当。焼き鮭、トマト、大葉、ワカメ入り出汁巻き、肉じゃがの人参、ジャガイモ、おにぎり胡麻。日本酒。この日はじゃじゃ降り。フルレングスの雨コート、つま先美人を付けてバスで行く。乗り物に乗ってしまえば、あとは大丈夫。開場前にコメダでコーヒー。いつもの着物三人組である。それぞれの今春の桜見物話、近況などでしば
御名残四月大歌舞伎昼の部。彦山権現誓助剱一、毛谷村(けやむら)中村獅童丈、中村隼人丈、中村夏幹丈、澤村精四郎丈、上村吉弥丈、片岡孝太郎丈ほか出演。坂田藤十郎七回忌追善狂言二、夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)由縁の月中村虎之介丈、中村壱太郎丈、中村亀鶴丈、中村扇雀丈、中村鴈治郎丈。三、大當り伏見の富くじ(おおあたりふしみのとみくじ)お稲荷様ご神託より霊験あらたか「抜け雀」まで松本幸四郎丈、中村鴈治郎丈、中
還暦パート主婦あんじぇら☆です行ってきました映画『曽根崎心中』シネマ歌舞伎と言って歌舞伎の舞台が映画館で観れます一般の映画料金よりちょっとだけお高いけど歌舞伎座で観るよりお安い映画『国宝』での名シーン「死ぬる覚悟がぁ〜ききたぁ〜い」の曽根崎心中…徳さまが無実の罪で19才の若いお初と心中しちゃう実際にあった事件を、最初は浄瑠璃からそして、歌舞伎へ『国宝』を観てから何度か歌舞伎座へも通い地元で、トーク&地唄舞で生坂東玉三郎さまのご尊顔もわりと近くで拝見
大阪松竹座での御名残4月大歌舞伎は、夜の部の「心中天網島」から「河庄」で打出しです。上方和事は、出が大切。曽根崎新地の河庄で、店先で話し込むのは仲居の雁乃助と扇嘉。じゃらじゃらと愚痴る芸妓は、寺子と猫でぶっ飛びの吉太朗やないですか。ああもう、これで決まり。劇場はすっかり、享保時代の大阪の色町に。そこに、憂いを含みながら清楚な色気の、扇雀の小春。秀太郎と萬壽の印象があまりに強い小春ですが、いちばん藤十郎の芸を受け継いでいるのは扇雀かも。更に、ごんたながら憎めない太兵
今回はね曽根崎心中声優の佐々木るんさん舞台女優の尾崎節子さん3人で行ってきました。そしてそしてその2日後に今度は友人のくみちゃんといきました!あの素晴らしい表現所作の美しさ魂から絞り出すようような言葉(台詞)これは本当に積みかねた役者さんの人生の重さなんだろうなぁ……。物理で言うとねおじさんのふっとい指なのです。だがしか〜しその美しい所作で若い娘に見えるのですよ。ラストの微笑みは乙女の微笑みなの。いろんな角度や目線で観ても
感情移入しすぎて泣きそうになった🥺
上方歌舞伎の不朽の名作儚く美しい恋を描いた物語「曽根崎心中」は、波留さんのドラマ「月夜行路」の第一話でも、取り上げられていましたちょうど上映中だったので、シネマ歌舞伎を観に行きました大ヒットの映画「国宝」の中で扱われたこともあり、こちらのシネマ歌舞伎も、なかなかの客の入りです中村鴈治郎手本として吉沢亮、横浜流星に渡した映像がシネマ歌舞伎化「国宝以上のヒットを!」(スポーツ報知)-Yahoo!ニュース歌舞伎俳優の中村鴈治郎、中村壱太郎が23日、京都府のMOVIX京都
6年ぶりの大阪松竹座での、きらりーん。これで松竹座に愛想づかし、じゃなくて本当のさようなら。籠釣瓶とちゃうよ~、きらりーんの恋の始まりがはっぴいえんどとなる、「大當り伏見の富くじ」やで~。地元で大當りだった演目がそろった、大阪松竹座ばいばい、じゃなくて、さよなら公演。昼の部のキリは、齋藤雅文のユーモアと幸四郎の魅力がばいばい、じゃなくて倍倍した演出でした。質屋の若旦那から、紙屑屋まで落ちた幸次郎。島原の花魁道中で鳰照太夫のきらりーんに、ハートがどきゅーん。ひと目会ったそ
大阪松竹座のさよなら公演、昼の部の続きは、「夕霧名残の正月」・「由縁の月」です。初世・藤十郎により初演され、遥か時を経て、平成17年に南座で四世が復活させた常磐津舞踊。それから5回しか上演されたことのない中で、藤十郎七回忌追善狂言として拝見するのがうれしい。ここは、大阪新町の扇屋。夕霧の形見の打掛を前に、四十九日を偲ぶ鴈治郎の主人。色町が似合う鴈治郎に、落ち着いた魅力。仲居の雁乃助、扇乃丞、鴈成、扇嘉で、もう新町の廓の雰囲気。秀太郎の味わいが出てきた、扇雀の扇屋女房
毛谷村夕霧名残の正月大當り伏見の富くじ今までで一番笑ったかも🤭
大阪の松竹座の4月~5月のさよなら公演=正式には御名残公演の出演者が勢揃いのお練りを見ました。凄い観客数で、今の歌舞伎人気を実感しました。私は映画「国宝」に触発されて、京都の南座で「曽根崎心中物語」を見て、初めてお練りを体感しました。役者の方々が人力車に乗って堺筋から道頓堀を通って松竹座にご到着、そして劇場前に設置された舞台にお一人づつ登壇してご挨拶。最後に片岡仁左衛門さんのご発声で全員で三本締めを行いました。これが無料で楽しめたというのが素晴らしいです。私の技術不足とスマホが古いため、綺麗
Theater𝑹𝒆𝒏𝒅𝒆𝒛𝒗𝒐𝒖𝒔【2026-No.17】𝐂𝐨𝐧𝐟𝐥𝐚𝐠𝐫𝐚𝐭𝐢𝐨𝐧炎上日本99分1958年©KADOKAWA1958もし仮に私が映画監督なら決して手掛けぬであろう原作のひとつが三島由紀夫の著した「金閣寺」だ。吃音と云う大きな劣等感を抱え様々な煩悩に心乱される青年僧が美と聖の象徴と崇める金閣に自ら火を放つまでの心情を克明に綴ったこの一人称小説の白眉を映像で表現するのはほぼ不可能にして、それに取り組むのは無謀に近いと感じるその傑作に対し敢え
3月29日日曜日晴れだけど黄砂?でかすむ大阪「御名残り道頓堀お練り」見てきました13:00からなので万博で使った折りたたみの椅子を持って12:30に松竹座に着きました劇場前はすでに凄い人で埋め尽くされていましたではプランBで東に歩いて堺筋の出発地点まで行きました最前列に鴈治郎はんと壱太郎君が並んでいました2列目には扇雀さん仁左衛門さんはどこ?1番最後尾にいましたよ皆さんに愛想を振り撒く優しい仁左衛門さん笑顔が素敵お父様にそっくりになってきたお練りがスタート
(昨日の続きで)来月10日公開のシネマ歌舞伎、「曽根崎心中」の完成披露上映会です。撮影は、歌舞伎座さよなら公演の2009年4月、お初はもちろん藤十郎で、徳兵衛は鴈治郎です。直近で拝見した「曽根崎心中」は、2年前の大阪松竹座。この時は、壱太郎と右近でした。藤十郎となると、同じ松竹座の2015年、一世一代のお初でした。徳兵衛は、やはり鴈治郎。ついこの間の、壱太郎と右近による全く異なる印象の「物語」が、まだ頭に残っている中。これぞ元祖の「恋の手本」を、藤十郎と鴈治郎が見せてく
小津安二郎監督の大映製作作品監督の作品としては、旅芸人一座を舞台にした設定が少し異色作かも撮影は宮川一夫稲垣浩、黒澤明、溝口健二、市川崑他、巨匠たちの作品には欠かせない昭和の名キャメラマン小津監督とはこの1本だけだけど、ローポジションの小津ワールド、どう思われたのだろうか圧巻の映像美特に中村鴈治郎と京マチ子の「対決シーン」黒澤明へのオマージュなのか…こだわって撮ったんだろうなあ若尾文子と川口浩の接吻シーン小津作品では異例中の異例超エロティックシーンであるなんだか
シネマ歌舞伎「曽根崎心中」の、完成披露上映会に行ってきました。場所は新京極のMOVIXで、上映に先立って、ゲストのトークがありました。映画の編集協力をつとめた鴈治郎と、南座の「曽根崎心中物語」の舞台を打ち出したばかりの壱太郎です。司会は、ライターの亀岡典子さん。まずは、お初を演じた藤十郎の思い出を、徳兵衛の鴈治郎から。1401回務めた父は、80歳でも19歳に見える役者。楽屋では父でも、舞台ではとにかく可愛かったとか。壱太郎は、お初と同じ19歳での初役のとき、手取り足取り
大正12年2回目の筋書紹介は久し振りに中座の筋書を紹介したいと思います。大正12年1月中座演目:一、寿初春曽我二、彼岸の夕三、南部坂四、文覚と頼朝五、九十九折六、七ツ面前回紹介した3月公演の筋書『大正11年3月中座初代市川齊入七回忌追善』今回は再び中座の筋書を紹介したいと思います。大正11年3月中座初代市川齊入七回忌追善演目:一、操三番叟二、当的中源家鏑箭三、鷺の森四、猩々五、駕丁六、…ameblo.jp本編に入る前に前回紹介した3月公演からの
死ぬる覚悟が〜き、き、た〜い〜という有名な台詞が、映画の「国宝」でも演じられ、沢山の方が知るところとなりました「曽根崎心中」。その新演出の「曽根崎心中物語」を観に来ました。もともとは近松門左衛門作の人形浄瑠璃の演目で、人形浄瑠璃の人形には足がないのですが、この曽根崎心中の為にわざわざ足を作った、という見どころのある演目です。歌舞伎の心中モノと言えば、天の網島、品川心中、封印切(恋飛脚大和往来)などが有名ですが、一躍昨今の「国宝」人気で曽根崎心中に注目が…。歌舞伎自体もそれでかなり人気にな
本日3月17日は新珠三千代の没後25周年です。(1930年1月15日-2001年3月17日)それを記念して、彼女の作品を紹介します。『小早川家の秋』(1961)監督小津安二郎撮影中井朝一共演原節子、司葉子、小林桂樹、中村鴈治郎【あらすじ】京都に近いある町の造り酒屋の老主人・小早川万兵衛は、経営を娘夫婦に任せて今は隠居の身。そんなある日、彼は偶然にも空襲で生き別れたかつての愛人と再会し、彼女が経営する京都のお茶屋に通い始めるようになるが…■新珠三千代の唯一
新演出の美しさ3月3日桃の節句私は7時台の新幹線で京都へ走りましたなぜなら映画国宝のクライマックスでも演じられていたあの近松門左衛門による曽根崎心中物語を若手歌舞伎役者でしかも新演出で上演されるというからです中村壱太郎さんなかむらかずたろうと市川右近さんいちかわうこんしかも2人はお初、徳兵衛を交代で演じていますどちらも左は右近さん、右は壱太郎さんです私は初日午前の部のお初壱太郎徳兵衛右近という組み合わせで拝見しましたクリア
先週金曜夜の放送。昨晩お布団の中、聞き流しサービスで拝聴。成駒屋さんと言えば、4歳の私が初めて南座で歌舞伎を見た際の「二月堂」。以後南座で、中座で、いっぱい拝見してきました。この名跡も3代存じ上げていることに。「曽根崎心中」も何度も何度も見ていて、だからこそ「国宝」は見に行きませんでした。当代が「歌舞伎監修」というお立場でどういうお仕事をされたかのお話も出ました。私は、1980年暮れの南座の顔見世でお祖父さんの代役で徳兵衛をなさった初日を偶然見ているのです。