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前年(1990年)に復活したスカイラインGT-R(R32)は、インパルとハセミモータースポーツの2台でシーズン全勝する大活躍をみせた。1991年にはGT-Rは6台に増え、トヨタはJTC1クラスから手を引いてJTC3クラスに絞った。フォード・シエラも台数が減ったものの、GT-R効果で人気は上昇した。’91年レース・ド・ニッポン筑波。Gr.AツーリングカーとF3がメインレース。筑波サーキットはバイクで行った事はあったが、レースを観るのは初めてだった。Gr.Aツーリングカー・レースも
1985年から始まった全日本ツーリングカー選手権(JTC)。市販車ベースGr.A規定のマシンを駆使したセミ耐久のレース。純粋レーシングカーのGr.Cマシンを使うWECジャパンやJSPCが一足先に始まっていたので全く興味惹かれなかった。しかもマシンがGr.A。WRCで使われていたGr.Bに比べたらGr.Aなどほとんど市販車。開始から数年は多種多様な車両が使用されていたが次第に淘汰されていった。転機はやはりR32スカイラインGT-Rの登場だ。とにかくマシンがカッコイイ!速
デビューはいきなり10万km連続速度記録の樹立から始まった、初代レガシィ。運動性能を売りにするんなら、当時のツーリングカー最高峰であったグループAに出たらよかったんですよ。1988年、スカイラインGT-Rが復活する年。そこへ「あわよくば」と四駆の2リッターターボで乗り込むのです。丁々発止…とまではいかなかったかもしれないけど、「伏兵」としてはおもしろい存在になり得たと思うんですがね。折しもバブル景気ですから、よほど営業がバカでなければスポンサーも適度についてくれたと思います。でも、スバ
先日、SuperGTの新レギュをテストする為!BD12のウエイトを外し、ショートバッテリーへ変更してみましたが〜グループAのボディーを持ってなかったので実走テスト出来てませんでした…。が昨夜グループAボディーをお借りする事が出来たので!2024グループAレギュで初めて走りましたお借りしたボディーは↓ウイングは変更されてましたが、マイルドな操作感で好印象そして、総重量が軽くなった影響は加速感が激変!久しぶりの走行でタイムは参考にならないけど、カナリ好感触なテストとなりましたグ
はぁーいヽ(´ー`)こんにちは下手っぴモデラーRyu-yaです!今回2021年1月にハセガワから発売しましたコチラ↓↓↓↓↓↓↓↓STPTAISANGT-RGr.Aの私目線での開封レビューをしていきます!先月にはノーマルの物が発売されましたが、そのノーマル発売前から話題になっていたこのキットが私的に本命だったんですよね〜〜車業界では知らない人はいないであろうドリキンこと土屋圭市、高橋国光の名コンビにて戦っていた車両になります。暴れるマシンを捩じ伏せ、テールスライドさせな
LM04C/日産スカイラインターボC85年5月富士1000キロLM04C最後のレースだが助手席側に計器類が積載されているようだ。DR30後期型のイメージカー的デザインが施される。イメージスケッチここからは1984年の全日本耐久選手権を戦ったLM04C/スカイラインターボCについて記述します。FRのスカイラインターボCから大幅なモデルチェンジを敢行。ルマン商会制作のミッドシップCカーに生まれ変わったスカイライン。当初ローラ製シャーシ購入も検討されたが前年フェアレディZターボCとして制
そういや、こんな事もありましたな。ニスモがグループA仕様のR32GT-Rを5500万で販売していたんです。確かレイニック製のRB26が800万でしたっけね?もちろん、走るためのホイール&タイヤを用意しなけりゃならないけど、億でお釣りが来る値段でこの走り方が実現できる(腕によりけり)んだから、まあまあ安いんじゃないでしょうか?こんな素性もわからん中古車に6000万払うよりかは、だいぶマシだと思いますよ。
前回からの続きです。"メルセデス・ベンツ190E"。実は好きなんですよね😁この赤の190Eは大昔に遊んでくれた某病院の奥様が乗っていました。そして"メルセデス・ベンツ190E2.5Evolution"。多分"2.5"だと思います。コレは憧れ過ぎるクルマです。ホントにメッチャ憧れの1台です。大きなメルセデス・ベンツは、あまり興味はないです。このレースでも活躍した車両が大好きです。"フォード・シエラRSコスワース"・・・まさかお目に掛かれるとは思いませんでした。グループAレー