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グループA開始当初、浅野自動車をはじめ数台エントリーしていた2ドアのAE86。当時は「空力の3ドア、ボディー剛性の2ドア」と評され、主にジムカーナ競技用として2ドアモデルが好まれたんですよね。でも、後の「あのマンガ」でえこひいきされるまでもなく3ドアが優先されたのは、何故なんだか。ストレートの長い富士や鈴鹿のバックストレート→130R区間なら3ドアが有利でしょうけど、当時開催されていた筑波ラウンドなんかは2ドアが有利だとは思うんですけどね。いま思えばC/SGC車両にも、そこから派生したJ
ドリキンこと土屋圭市選手がTRDとともに製作したN2仕様のAE86。その後進化を続け「これ本当にN2か?」って思わせるような姿になってますが、その「N2」の姿って指定部品しか使っちゃいけなかったワンメイクレースのC/SGC「カローラ/スプリンター・グランドカップ」なんですが…ちょっと腑に落ちなさもありますけどね。さて…そんなC/SGCをやっていた時代、土屋圭市選手はつちやエンジニアリングからグループAドライバーとして抜擢されていました。そのつちやエンジニアリングからC/SGCへ出ていたのが