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二日後。キャンディはエレノアの迎えの車に乗った。窓の外を流れていく景色は、少しずつ変わっていく。建物が密集する街並みを抜けると、道幅が広くなり、やがて木々の間に大きな屋敷が点在するようになった。「結構遠いんですね」キャンディが尋ねると、隣に座るエレノアが笑った。「もうすぐよ。着けばわかるわ」キャンディは少し不安になりながらも、どこか楽しんでいた。やがて車が大きな門を抜けた。木々に囲まれた道を進んだ先に、一軒の家が見えてくる。白い壁に大きな窓。二階建ての、落ち着いた雰囲気の邸宅だった。
「キャンディ」「はい」「改めて……婚約、おめでとう」キャンディの表情が柔らかくなる。「ありがとうございます」「テリィから手紙をもらったときは、本当に驚いたわ」ハリウッドの自宅へ届いた、息子からの手紙。そこに書かれていたキャンディの名前を、エレノアは何度も読み返した。本当に驚いた。けれど、信じられないとは思わなかった。むしろ、ようやくここへ辿り着いたのだと思った。「あなたと結婚すると書いてあったのを見たとき……とてもうれしかった」「エレノアさん……」「ずっと昔から、テリィ
翌朝。ペントハウスには、穏やかな朝の時間が流れていた。キャンディは箱から取り出した服を抱え、寝室のクローゼットを開いた。――こっちは、きみが使えばいい。そう言って、棚の中も空けてくれてあった。キャンディは少し照れくさいような気持ちで、一着ずつハンガーへ掛けていった。ふと、隣へ目を向ける。すぐそこには、テリィのシャツやジャケットが並んでいる。そのとき、ほんのかすかに香りがした。キャンディは思わず手を止めた。テリィがいつも使っている香水の匂い。強く主張するようなものではないけれど、近
公聴会から数日が過ぎても、シカゴの冬はゆるむ気配を見せなかった。ブラックストーン鉱山事故で近くの病院へ運ばれていた重症患者たちは、容体が落ち着いた者から順次、シカゴのクック郡病院へ転院し、ジョーをはじめ長期の治療が必要な負傷者たちも、今はそこで療養を続けていた。キャンディもまた、彼らの看護を引き継ぐためシカゴ市内にあるクック郡病院へ移り、慣れない病棟と看護師寮を新たな居場所として、休む間もない毎日を送っていた。その日も昼過ぎまで病棟を駆け回り、ようやく交代の時間を迎えたころには、窓の外には
マイケルが耐えきれず、肩を震わせる。「……まさかお前ら」テリィが低い声を出した。二人は黙っている。記憶が蘇った。千穐楽の楽屋、キャンディとの会話。テリィの顔から、すっと表情が消えた。「聞いたのか」「不可抗力だよ!」ケビンが即座に言った。マイケルも続く。「俺たちは普通にお前の楽屋へ行っただけだ、扉が開けたのは俺たちのせいじゃないからな!」「しかも、入らずにちゃんと閉めてやったし」テリィは額へ手を当てた。「最悪だ……」二人はついに声を上げて笑った。「いやあ、あれはすごかったな」
長い救護活動を終え、ようやく自宅の扉を開けた。玄関を閉めた瞬間、耳にこびりついていたサイレンや人々の叫び声が、まだ頭の奥でこだまする。静けさが返ってきたはずの家が、むしろ不気味に思えた。マーサが振り返り、小声で「おかえりなさいませ」と言ってくれる。その目に浮かんでいたのは安堵と心配。彼女は眠る子を見守ったまま、気遣うように静かに立ち去った。ここは安全な場所だ。そうわかっているのに、胸の鼓動は荒く、肩は強張ったままだった。寝室へ入ると、ベビーベッドの中で長男が小さな寝息を立てていた。
昼休みの診療所は、奇妙な静けさに包まれていた。午前の診察が終わり、午後までのわずかな空白。待合室には誰もおらず、窓から入る春の光だけが、椅子の背に細く影を落としている。キャンディは、待合室の隅の椅子に腰を下ろしていた。膝の上には、一冊の雑誌。最近、毎日のように見ているものだ。ページをめくるでもなく、同じところを開いたまま。視線は文字を追っていない。ただ、そこに「置いている」だけのように見える。(……まただ)通路の向こうから、クインはその様子を目に留めた。最初は偶然だと思っていた
テリィは春の公演への出演は見送られたが、次の舞台を任された若い俳優たちの稽古を見てほしいと劇場へ顔を出し、演出家から意見を求められた。そのため、キャンディが村を離れる日にも、テリィはニューヨークを離れることができなかった。迎えに行けないことを、最後まで気にしていたテリィ。けれどニューヨークへ着けば、テリィが待っている。そう思うだけで、心細くはなかった。そして2月初め、キャンディは村の診療所で、最後の勤務の日を迎えた。いつもと同じ朝だった。診察室の窓を開け、薬品棚を確認し、白衣に袖を通す。
本日は、【1:28】の投稿をうっかり忘れてしまいました💦もし、楽しみにしてくださっている方々いらっしゃいましたら、ごめんなさいです🙏そのお詫び?……と言ってはなんですが、本日はこんなテリィを。もしも1927年のニューヨークで、テリィがファッション誌『OFFSTAGE』(フィクションです)の表紙を飾ったら――。……もう、これ、素敵じゃないですかー??😍😍😍舞台の上のテリィではなく、秋のニューヨークを歩く、テリュース・グレアム。コートにニット、首元には無造作に巻いたマフラー。ポケッ
ニューヨーク港を離れた客船・アスタリア号は、春の北大西洋へ静かに滑り出していった。汽笛が長く響き、暗い海原を割って進む船体は、巨大な影となって夜の帳に溶け込んでいく。アスタリア号の航海は、順調だった。そう、三日目の夜までは。深夜一転。船内の非常ベルが突如、鋭く鳴り響いた。「機関室から火災!」怒号が走り、乗客たちの眠りは強引に引き裂かれた。廊下には蒸気と焦げ臭い匂いが満ち始める。キャンディは跳ね起き、上着をつかんで部屋を飛び出した。「火事……?本当に……?」乗客たちが叫び声を上
《《セントポール学院にて》》体育祭。午後はいよいよ最後の種目、400メートルリレー。この結果で総合優勝が決まる。赤チームは現在二位。一位の青チームとはわずか数点差。リレーで一位になれば逆転優勝だった。赤チームのアンカーは、三年生・テリュース・G・グランチェスター。そして青チームのアンカーは、同じ三年のアーチーボルド・コーンウェル。恋のライバルでもある(どちらかといえばアーチーのほうが対抗意識あり)二人。リレー走者たちは、ウォーミングアップを始める頃。テリィのスマホが震える。🍀キャ
学院のオリエンテーリング。地図を手に、いくつかのチェックポイントを回ってゴールを目指すだけのはずだった。最初のうちは順調だったのだ。ところが途中で分かれ道を一本間違え、それに気づいて戻ったつもりが、今度は自分がどこにいるのか分からなくなった。一方、学年上のテリィはとっくにゴールしていた。キャンディがまだ戻っていないと知った彼は、「ちょっとその辺見てくる」まるで散歩にでも行くような顔で、教師が止めるより先に山道へ戻っていったのだ。そして――「おーい!キャンディ!ターザンそばかすー!」
秋のニューヨークは、どこか澄んでいる。空は高く、夕暮れの色はゆっくりと深まり、街路樹の葉は赤や金色に染まりながら静かに落ちていく。舞台の稽古を終えたテリィは、劇場街の喧騒を抜け、ペントハウスのある建物へ戻ってきた。エントランスは、夕方の光を受けてやわらかく影を落としている。扉を押して中へ入り、習慣のように一階の郵便受けを開けた。厚みのある封筒が、いくつかの通知や書類の間に挟まっている。舞台関係の封書、請求書、広告。いつもの顔ぶれの中に、ひとつだけ違う紙質が混じっていた。生成り色の、
【【再掲】】2025.12.11【再々掲】2026.2.20【再掲】2026.6.2【再掲】2026.7.26【再掲】2026.8.9ブログ内に《アメンバー限定記事》を設けております。一部の物語や少し深いお話など、ここでしか読めない内容や、ここで発表したい内容などを、不定期になってしまいますが、少しずつ綴っています。☝️そこで、アメンバー申請をしてくださる方にお願いがございます。ぜひぜひ『ひとことコメントを添えて』アメンバー申請をしてくださいませんか。
スザナの葬儀から、数か月が過ぎていた。春が近づき、街の空気は少しずつ柔らかくなっていたが、テリィの周囲にはまだ、どこか冬の残り香のような静けさが残っていた。劇場の稽古場では、次の作品の準備が進んでいた。長いロングランを終えたばかりの彼にとって、新しい舞台は新たな出発でもあった。その日、劇団の一室で次作の発表会見が開かれていた。テリュース・グレアム主演、新作舞台。劇団にとっても大きな作品になる。フラッシュが焚かれ、記者たちの質問が続いた。「今回の役柄について教えてください」「前作の
キャンディを見送ってから数日が過ぎていた。ニューヨークの冬は相変わらず冷たかったが、テリィの心は不思議なくらい軽かった。もちろん寂しくないわけではない。むしろ逆だった。朝起きればキャンディのことを思い出し、夜になれば今頃どこで何をしているだろうと考える。手紙はまだ届いていない。投函しても届くのに数日かかるのだから。それでも郵便受けを見る回数が増えている自分に気づき、苦笑することもあった。そんなある朝、テリィはいつものように劇場へ向かった。ホリデーシーズンを控えた劇場街は活気に満ちている。
インディアナの冬は静かだった。朝になれば畑は白く霜をまとい、夕方には雪雲が空を覆う。診療所の窓から見える景色も日に日に冬らしさを増していた。キャンディは毎日忙しく働いていた。診療所へ来る患者は途切れない。風邪を引いた子ども、腰を痛めた農夫、転んで膝を擦りむいた少女。診察の補助をし、薬を準備し、時には泣く子どもをあやしながら一日を過ごす。けれど、どれほど忙しくしていても、心の片隅にはいつも同じことがあった。テリィからの手紙である。最初の手紙はすぐに届いた。その次も。だからこそ、今回もそうだと
夕食を終えた二人は、リビングでソファに並んで座っていた。暖炉の火が静かに揺れ、窓の外にはニューヨークの夜景が広がっている。キャンディは紅茶のカップを両手で包みながら、思い出したように笑った。「そうそう、今日ね、占いをしてもらったの」「占い?」テリィが少し意外そうに眉を上げる。「街で見つけたの。評判のお店かと思ったら違ったみたい。」「違った?」「本物は行列ができてたのに、私は待たなくていいほうへ入っちゃったの」「……きみらしいな」テリィが吹き出す。「でしょう?」キャンディも
庭園から戻ると、テリィはジョルジュに案内されて一階の応接間へ移った。アルバートから、「きみが来てるのに申し訳ない。急な仕事を少しやらないとならなくて。ここはたくさん本があるから、少し待っていてくれ。夕食までには終わらせるから」テリィはソファへ腰を下ろし、アルバートとの会話を思い返していた。――キャンディの伴侶が君でよかった。ほっとした。正直に言えば、それが一番だった。アルバートなら反対することはないだろうと思ってはいた。それでも、キャンディの養父へ結婚の許しを願うというのは、舞台へ
結婚してから、テリィにはひとつ新しい習慣ができていた。それは、朝、キャンディに起こしてもらうことだ。もともと寝坊する男ではない。入団してから遅刻らしい遅刻もしたことがなく、目覚まし時計だけで十分起きられた。それでも結婚して間もない頃、ある朝ふと思い立ったように言ったのだ。「キャンディ、明日から起こしてくれないか?きみに起こしてもらいたいなと思って」その言葉にキャンディが真っ赤になったことを、今でも覚えている。以来、それは二人の小さな日課になっていた。その朝も、キャンディは彼の肩をそっと
1929年11月の株価大暴落から、まだ半月あまり。ニューヨークの街には不安の影が忍び寄っていたが、その深刻さはまだ誰の目にもあからさまではなかった。銀行も店も表向きは平静を装い、人々は「すぐに立ち直るだろう」と自らを言い聞かせていた。そんな時勢のただ中、グランチェスター公爵はニューヨークを訪れていた。公爵がニューヨークに滞在するあいだの移動や宿泊については、すべてキャンディの養父アルバートが「私に任せてほしい」と申し出ていた。信頼できる執事ジョルジュと共に万全の手配を整え、迎える側のテ
夏の終わりのニューヨークは、まだ少しだけ熱を残していた。午後の陽射しが石畳を照らし、街路樹の葉が風に揺れる。イヴ・セリーナは、帽子のつばを軽く押さえながら五番街を歩いていた。夜には舞台がある。だから本当なら喉を休め、余計な外出は控えるべきなのだろう。けれど、稽古と公演の往復だけでは息が詰まりそうになる時もある。そんな気分転換の途中だった。交差点で足を止めたその時、視界の先に見覚えのある長身が入る。「あれは……」反射的に目を細めた。帽子を深く被っていてもわかる。テリュース・グレア