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2023.9腸の縫合不全による敗血症ショックになりましたそのための処置をするのに自分では同意書にサインできない状態でした代理のサインをするために大学が夏休み中の娘に連絡がきていたそうです「バイトの途中でも病院から呼び出された」と言っていましたこれも同意書のサインが娘ですICUのべッドで気がついた時ミトンの手袋のようなものをしていてそれがベッドの両柵に繋れているのか手が動かせませんでした脚はフットポンプがついていましたこの処置も全く記憶にないです「これだけ
入院2日目、いよいよ手術当日ですここからは今後、同じ甲状腺の手術をされる方の(病院によって状況は異なるとは思いますが)少しでもご参考になればそして、私の手術記録メモです前日はシャワーも浴びて食事も出ました夜9時に血栓防止の弾性ストッキングを着用術後のICUへ持ち込む私物の準備スマートフォンwifiイヤフォンメガネ、メガネケースストロー付きカップペットボトル飲用水(透明な水のみ)歯磨きセットティッシュマスクあとから持っていけばよかったと思ったもの手鏡(術後の傷
手術翌日に意識があることに感動した。面会に行くと私が分かってびっくり目で起きようとしていた。生きていて意識がある、そして、私を認識している。命の危険性、寝たきりや植物人間の可能性も言われてたのでほっとした。主治医ではなく、その上の先生が回診時に何か説明してくれたけど、頭に殆ど入ってない。管が沢山ついてるけど、何か話そうとしている。会社の事を心配して、誰に連絡したのか?や携帯の事を聞かれてヒヤリ。病院の看護師さんからカロナールを処方されたクリニックの名前を再度聞かれて、、やっ
昨日、セッションが終わったのが夜の7時半を過ぎていました。ディナーの準備は半分していたので、キッチンでディナーを作ろうとしている時夫がちょうど仕事から戻ってきました。私を見ると夫はすぐにLINEの画面を見せてくれたのです。それは、夫の仕事関係で知り合い(我が家からは車で6時間ほど離れた場所に住んでいる)でもあり、友達でもあるA氏がICUにいるとのことそのメールを読んでいる時に私は寒気がして、A氏のエネルギーを感じたのです。もちろん、A氏は生きていら
点滴のルートをとるために現れた人は以前の上手な先生ではありませんでしたしかも人数がいつもより多いいつもは先生と補助の看護師さん2人体制今回は青いスクラブを着た若い男性医師茶色いスクラブを着たやや若い女性医師補助の看護師さん2名青い医師が特に名乗りもせず軽いあいさつもせずいきなり腕を縛ります血管を探し始めました茶色い医師が「親指をなかに手を握ってください」「手をグーパーグーパーしてください」しまいには自分で血管を探し始めました看護師さんはベテラ
意識不明の時、人は何を考えていると思いますか?抗NMDA受容体脳炎になり、意識不明で昏睡状態だった1ヶ月以上、私の場合は、ずっと長い悪夢を見ている感じでした。悪夢というのは、・家の鍵が間違っていて入れなくなる・自分だけ体力テストに合格できない・性別を間違えられる・自分だけベッドがなくなる・戦争にあう・友達の親にしごかれる・川に流されるとかそういった類の悪夢に、ずっとうなされていました正直、すごく辛くて怖くて苦しかったですぼんやりと覚えていること
ちょっとずつ元気になってきました記憶がとばないうちに備忘録も兼ねて投稿木曜(4/2)夕方、しばらく寝たけどがやってくる、ロペラミドを飲むがなかなか良くならない。夕食も食べられない20時ごろ排便時に尿が出てないこと気づく。なんか不確かで看護師に言った方が良いのか悩んだけど言おうと決断して23時に看護師に伝えた直ぐに看護師がまず簡易エコーでみてくれて500ml溜まってるからと、尿のカテーテル(細太)ためすも出ない当直医師に交代しバルーン試す、腹部を押すが出ない当直の泌尿器科に確認「緊急でな
遡って書いています。ICUで一睡もできなかった影響からか、体が疲れ切っていて目を開けることができず、術後1日目はずっとうつらうつらしていました。ICUでは扇風機が気持ち悪く、空調の音がうるさく、床ずれ防止のためのウォーターベッドも身体に合わず、でもあまり動くこともできず、胃の膨満感が苦しく、本当に辛くてうーうー唸って気を紛らわしていました。寝れないなら起きてテレビや携帯を見てもいいですよ、と言われましたが、そんな気力はなく、疲れてるので寝たいのに寝れなくて辛いんです、と看護師さんに愚痴りま
地元の病院で徹夜しました。予断を許さない状況。病院内に留まるように、とのことで。田舎にある病院なので、夜は真っ暗になりました。暗闇に飲み込まれてしまいそうで、眠ったら全てが終わってしまう気がして。ひたすら壁掛け時計を睨みつけていました。あの時入院させていれば良かったのかな…。薬の管理を退院後から私がやれば良かったな…。外出させない方が良かったのかな…。エアコンを使わせない方が良かったのかな…。などなど。長男、まだ27歳だぞ。もうすぐ誕生日だよ?今年もお祝いしたい
今日から暫くの間、日付を入れていこうと思います。手術から2日後の4月19日午前中夫には病院に残ってもらい長女と自宅に帰りお風呂に入りました。やっぱり自宅は落ち着くしお風呂っていいなぁ~久々にリラックスした気がした。お風呂から出ると電話が。番号をみると市民病院から怖い…腫瘍があると聞かされた電話を思い出す。次女に何があったのではないかと心臓バクバクしながら急いで電話に出た。ICUの看護師さんからで容態が安定しているので午後から個室のHCUに入るとの事だった。I
昼過ぎに、外出中の母親から電話。オヤジが出先で倒れたとの事。電話口で説明を求めても、パニック状態でよくわからない。理解した事は、館山の観光案内所のバス停で倒れた事。周りに人が沢山いて、助けられてる事。これから救急車が来る事。取り急ぎ、妹と一緒に向かう事に。次にわかった事は、今運ばれた病院では適切な対応が出来ないので鴨川の病院へ搬送し直す事。頭か心臓かというと心臓系の出来事らしい。2時間かけて、鴨川の亀田病院の緊急治療センターへ憔悴しきった母親と合流。看護師さんに状況を聞く。
本日は父が生きていれば、85歳の誕生日です🎂こちらは、昨年父が救急搬送され、そのまま入院となってしまった、岐阜赤十字病院のナースステーション御一同様からいただいた、電子オルゴール付きのバースデイカードです。これが、父が迎えることのできる最後の誕生日になってしまうかも知れないという予感はありましたが、いや、まだそんなことはないという気持ちの方が強かったです。なぜならば、何とか一命を取り留めて、バイタル数値も正常に向かっており、この日父は「ICU(集中治療室)」から「HCU(準集中治療室)」へと
手術から3日後今日も旦那は目覚めない。主治医の先生から、脳梗塞の話がでた。大きな脳梗塞はないが、専門医にみせると小さな物が所々に跡があるかもと。。。麻酔は最低限でそろそろ起きているはずだ。このまま起きないことは無いとは思うが、万一目覚めなければ気管切開もありうる。主人の名前を呼ぶと起きようとするのか眉毛が動き反応は見せる。ただ目が開かない。手足はバタバタさせているので麻痺は無いのではないか?早く起きてほしい。手術から3日、毎日泣きながら帰宅しメンタルがやられる。
猛暑日やスポーツシーン、アウトドアや作業中など、両手を使いながらも効率よく冷却したい!という方に便利なのが「ハンズフリー氷嚢」です。首や肩に巻き付けたり、装着できるタイプなら、動きながらでもしっかりクールダウン。特に近年は熱中症対策やアイシング用として需要が高まり、多機能でスタイリッシュなモデルも登場しています。この記事では、そんなハンズフリー氷嚢の中からおすすめの5製品を厳選し、それぞれのスペックや使い勝手、比較ポイントまで詳しく解説します。手ぶらで快適に冷やしたい方は、ぜひ参考にして
ご訪問ありがとうございます。amedamadamakoです娘は、中学受験をし、地方公立中高一貫校に行きました。国公立・有名私立希望から、指定校推薦で関西の大学に行き、一人暮らしをしている大学4年の一人娘がいます。情報が少ない公立中学受験と指定校推薦、そして入学後の生活、就活、株主優待など幅広いブログです良かったら、読んでくださいね娘の学校には指定校推薦がなかった「どえらい大学。国際基督教大学」5月30日午後8時半から「どえらい大学。」で放送されたのは、国際基督
入院出来たのでホッとしたのも束の間5人収容の大部屋から4人部屋に移動となりさらにICUへと移動となったICUはドア越しの面会で私物は持ち帰るようにとほとんど返されてしまった時間が経てば経つほど病状は深刻さを増し思わぬ病気が見つかった
ただいま!手術無事に終わりました!!術後に呼吸が上手くいかなかったみたいで人工呼吸器外せなくてずっとICUで息苦しさと痛みと吐き気と色々辛かったけど、やっと挿管抜けて小児病棟に戻ってこれました!せん妄で記憶ぐちゃぐちゃしちゃって大変だったけどそれもだいぶ落ち着いた!とりあえずただいまって報告です!まだ全然起き上がれなくて痛みもあって辛いけどとりあえず俺手術頑張った!!乗り越えた!!もうちょい頑張る!クリスマスに間に合って良かったー!!メリークリスマス🎅🏻いつも本当にありがとうござい