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手術当日を迎えました。手術時刻は、13時30分からの予定です。午前中の手術が早く終われば、開始時刻が早まる可能性もあると説明を受けていました。一旦、個室を出なくてはいけないので、荷物をまとめて、手術前にロッカーに預ける準備します。朝から絶食・絶飲、補水と手術中のルート確保のための点滴が開始しました。先生が回診に来られ「いよいよ今日、手術だね〜切る箇所をマーキングするから、立ってもらっていいかな?」と言われ、立った状態で首にマーキングしました。先生「マーキングが大切なんだよね、少し長
入院2日目、いよいよ手術当日ですここからは今後、同じ甲状腺の手術をされる方の(病院によって状況は異なるとは思いますが)少しでもご参考になればそして、私の手術記録メモです前日はシャワーも浴びて食事も出ました夜9時に血栓防止の弾性ストッキングを着用術後のICUへ持ち込む私物の準備スマートフォンwifiイヤフォンメガネ、メガネケースストロー付きカップペットボトル飲用水(透明な水のみ)歯磨きセットティッシュマスクあとから持っていけばよかったと思ったもの手鏡(術後の傷
🌿はじめまして夫と私、小6の長男と小4の次男の4人家族です。2年前に脳出血で突然倒れた次男との暮らしや、学校やリハビリのこと、きょうだいの気持ちを少しずつ書いています。どうぞよろしくお願いします。転院の話が出てから、病院がいくつか候補を探してくれました。そしてある日、先生からこう言われました。「今のところ、受け入れてくれそうなのはここしかありません。」提示された病院は県外にある病院でした。高速に乗っても片道3時間。往復すると6時間です。毎日面
手術から3日後今日も旦那は目覚めない。主治医の先生から、脳梗塞の話がでた。大きな脳梗塞はないが、専門医にみせると小さな物が所々に跡があるかもと。。。麻酔は最低限でそろそろ起きているはずだ。このまま起きないことは無いとは思うが、万一目覚めなければ気管切開もありうる。主人の名前を呼ぶと起きようとするのか眉毛が動き反応は見せる。ただ目が開かない。手足はバタバタさせているので麻痺は無いのではないか?早く起きてほしい。手術から3日、毎日泣きながら帰宅しメンタルがやられる。
特集を組みました。才能ある俳優の死に衝撃。シューカイ君の監督が、アランユー殺害に、関与した疑い。弁護士を雇うシューカイ夫妻!法的な措置を取ったシューカイ君。賭博に関わった疑惑。元カノへの暴力など。ねつぞうされるフェイクニュースの、数々。中国警察に。沈黙には代償を伴う。そうメッセージを送った、オーロラベールは。謎のハッカー集団である。屋上に、シューカイ君の監督の靴を、置きにいったと思われる。フード姿の男性が映る、暗い画像のUSBメモリー🥀監督は、裸足で帰ったのか?わざわざ、事件現場
「急性リンパ性白血病(all)」と診断を受けてさっそく薬物治療を開始したのですが……ステロイド薬を投与して少しした辺りから、吐き気が止まらなくなりました何度も吐いてしまううちに、吐しゃ物の中に血が混ざってきましたお医者さんから言われたのは「投与したステロイドの効きが良すぎる」「良いことではあるのですが、体への負担が大きい」という言葉。なんでも、ステロイドの効きが良くて、胸にあった腫瘍の崩壊が進んでいるのだとか。それは治療が進んでいるということなので、良いことなのです
わたし暇すぎる😂5分だけThreadsと思って見た梅薫庵(@baikunan)onThreads【拡散お願いします!】ハネムーン2日目で急性肝不全。27歳の看護師が東京のICUで生死の境を彷徨っている。そして日本では、退院前に治療費を全額支払わないと帰ることすらできない。「夢のハネムーン」が悪夢に変わるまで、たった2日だったテキサス州サンアントニオの産科看護師サラ・ダーンさん(27)は、3月21日に結婚式を挙げたばかり。夫ルーク・グラドルさん…www.threads.comこういうの
意識不明の時、人は何を考えていると思いますか?抗NMDA受容体脳炎になり、意識不明で昏睡状態だった1ヶ月以上、私の場合は、ずっと長い悪夢を見ている感じでした。悪夢というのは、・家の鍵が間違っていて入れなくなる・自分だけ体力テストに合格できない・性別を間違えられる・自分だけベッドがなくなる・戦争にあう・友達の親にしごかれる・川に流されるとかそういった類の悪夢に、ずっとうなされていました正直、すごく辛くて怖くて苦しかったですぼんやりと覚えていること
食道がん手術から、ちょうど2年が経ちました。ちょうど2年前のあの日を忘れることはありません。時々、当時のことを思い起こし、感謝の気持ちと誓いを再確認しています。当時の日記、メモから…(抜粋)11月10日(金)入院。術着に着替え、まず消化管内視鏡(鎮静剤使用、車椅子で移動)。続いて、中心静脈カテーテル設置手術。歯科検診。INBODY検査、薬剤師説明。経腸栄養(腸ろう)説明。バイタルチェック。夜、主治医回診。慌ただしい一日だった。11月11日(土)朝、主治医の回診。検温。荷物預け。刻々
金曜(4/3)夕方、夫くる「ドラマだと妻がICUに運ばれたら、受付で慌てた感じで『ウチのはウチのは無事なんですか?』とかやるじゃん。やった?」と弱々しく半笑いできく「やんないよ。やるわけないじゃん」の件りあり竹割先生と夫やりとりあり19時過ぎ、仕事終わりの竹割先生とOP先生がくる「トルカプ、アメリカ承認でアメリカ人の表面積にあわせてる。全量スタートだったから重篤な副作用が出たのかもしれない」「いまはとにかく身体を休めてICUに任せてゆっくりしてー」OP先生のもってるトートバッグが気に
私がICUに入院になった日、「命が助かるか分からない」状態の夜から、夫はとてもとても心身共に疲弊していました。翌朝、夫の会社の上司から電話があり、「奥さんの体調どう?」と、聞かれたそうです。数日前、熱中症で搬送されて~という話をしていたので、そろそろ回復したかな?という感じで、たずねたのだと思います。それで、ICUに入院になったこと、現在、多臓器不全で敗血性ショックとなり、命の危険があるという状況を説明しているうちに、涙が出てきて、最後は嗚咽していたという夫。上司もびっくり
『父親救急車で病院へ脳梗塞』金曜日の夜、母親からちょっと来てと電話。行ってみたら父親の右側の肩から足が痺れて動かないと言う。お風呂入ってご飯食べて片付けしてたら父親の姿勢?に異変を感じて…ameblo.jp軽度脳梗塞で点滴して改善し、リハビリ転院も必要なく退院ただ、前からずーっとある動脈瘤の大きさが5ミリなことこれがいつ破裂するか分からない高齢なので、もうやらない選択肢もある。場所的にとても近いので大変な手術ではない。父親は手術を選んだ。そして12月18日9時に手術室へ
ご無沙汰しています。ブログを書く余裕がありませんでした。夜中に意識がはっきりしないということで救急で病院に行ったこともありました。リハビリは思うように進まず、嚥下機能もまだ回復していません。「進歩」と呼べるような出来事が見えない日々が続いています。毎日、仕事と面会を繰り返すだけで精一杯でした。一年が過ぎ、もうすぐ娘の誕生日がやってきます。去年の誕生日、娘はICUにいました。ただ生きていてほしい、それだけを願って、毎日、毎日泣きながら祈っていました。今は、あの頃のように毎日泣いて
堀ちえみさんの舌癌の戦いの仰天ニュースで観た。私は数週間(体感では1か月)だけど、舌にできたできものに気が付かなかった。いや、正確には違和感に気が付いていたけど、そんな癌だったなんて思わなかった。多分、多くの舌癌患者がそうなんではないかなと思う。だから進行が進んでしまう。あの時に気が付いていればと思っても今は遅い。叔母が歯科医なのにあの時に聞いておけばよかったのかもとも…あの時に気が付いていれば、ステージ0とかじゃなかったのかなと舌を半分切除しなくてもよかったのかもと・・・
いつも応援ありがとうございます!!この間の記録の記事、長くて重い内容だったのに沢山の人が読んでくれて本当に嬉しかったです!!なんか報告するタイミングなくここまできちゃって急なんだけど実は明日手術で!!1日早いけど行ってきますのブログ!!手術できないって言われてたところから、ゆっくりゆっくり腫瘍が小さくなって、セカオピで手術の話が出て、ケンシロウ先生達もオペ前向きに検討してくれて、色々な先生が話し合ってオペできることになって、いよいよ明日でなんかほんとにやっとここまできたんだ!!って凄く嬉
■手術当日、術前食事や水はなし。とても喉が渇いていたけど飲めない…。6時に術前投与があると聞いていたけど、看護師さんは来ないのでグーグー寝てました。あとで7:30頃に血圧とか測りに来た看護師さん曰く、ごめんなさい、投薬あったのだけど病棟がバタバタしてて来れなくて、先生に確認したら念のためのお薬なのでなくても大丈夫とのことでしたと…。ええんかい笑点滴用に左手に針を刺す…腕から取れずに、手の甲からになり、手首を曲げる動作(手をついたりする)と、とても痛い…。その後手術着に着替え、姉と
手術の翌日手術の翌日ほとんど寝られず朝を迎えた。ICUの面会時間は12時。午前中はこれでもかって位に夫と私は泣いた。(長女ごめんね)昨日の医師からの話がショックすぎてなかなか受け入れられない。受け入れないといけないのは分かっていても心がどうしてもついていけないのだ。あんなに頑張ったのにこれで終わりじゃないのか…この先が怖くて堪らなかった。悪性の上衣腫また再発する可能性が高いその言葉がぐるぐるする。泣くつもりはないのにずっとずっと涙が勝手に出てくる。ず