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11月15日。朝、手首に手術でつかう点滴が入る針をさしました。最初、左でうまくいかず、右で成功。正直痛かったです。手術当日の付き添い(PHS渡されて院内待機)も一人のみで、それには弟が来てくれました。貴重品を弟に預けて、看護師さんに連れられ手術室のある階へ。当然ほかにも手術をするひとはいるわけで、手術室の前の部屋は混んでました。一人ずつ看護師さんに囲まれて手術室に入っていく感じです。手術室では、背中に麻酔の針を刺されました。痛いこと覚悟でしたが、刺した方が上手だったのか、痛点を
壊死していた小腸を切除して何とか処置は終わった。それからICUに入り、管をいっぱい付けて寝ている。24時間透析も首から行っている。人工呼吸器。当然ながら手は拘束してある。しかし、やっと6日目、呼びかけに応じて目を開けうなづく🙌やっと安堵。HCUに移動し、管を外せるようになったら一般病棟へいける。普通の人より時間はかかるけど、順調に回復している。もうダメかもなんて頭をよぎったりしたけど、何とかなるもんだ。毎日面会、暫くは続く。しかし②、母親が入院してひとりになり、自由な時間が手に
夫の生命力が勝ちました前回書いたように7月6日夕方ICUにて面会峠は越えたらしく一安心彼の生命力が勝ったんだ7月7日から私は職場に仕事中気になりながらもスマホを見られなくて隙間時間にスマホをみたら病院から着信があるのに気づくしかも二回も!!こういうときって悪いことしか思いつかないよね何かあった!!??って焦って病院にかけようとしているのになぜか子どもにかけてしまい間違いに気づきすぐに電話
11/11〜12ICU11/12〜14HCU11/15〜一般病棟眠れないんですよね。今までの人生の中で一番寝付きが悪いし、眠れたても1時間ぐらいで目が覚めるという浅い睡眠しかとれないのです。身体中に沢山の管が繋がっているこの状況には幾分慣れ、落ち着きを取り戻してもいいはずなのに、いくら目を瞑ってじっとしていても一向に眠れません。眠剤を処方してくれました。初体験です。腸瘻から流し込むんですね。結果(一番弱い効き目のものだから?)、効きませんでした。21時に腸瘻に入れてから、
さえはHCUにいます。入院した時はネイザーハイフロー。でもサチュレーションが安定せずバイパップへ。コロナは2回PCR検査して陰性。面会できるようになってます。今日、面会中、ずっとサチュレーションがふらついてました。88〜99%平均は90〜92%咳をすると一時的に90台後半へ。りょうたを預けるところがなく、面会中はさえパパが仕事しつつりょうたをみて。さえパパは18時から会議。移動を考えると17時には病院を出ないと。16:45くらいからサチュレーションが更に不安定。88〜91%吸
T医師はりょうちゃんを見ながら『どうしたどうした。キツイね〜、ちょっと落ち着くようにしようね〜』等言いながら『どうしたの?』と尋ねてくる。昨日の受診から夜、そして午前中の様子を話す。『じゃあ待合室のところで待っていて下さい』と促され、処置室を出ると事務員の人に案内され腰かける。明日どうなるかな?もしかしたら会社行けないかな?と会社に連絡をし上司へ救急車で病院に来ていることを告げる。救急車呼んでるなんて言われれば上司もびっくりなんだろうけれど、私はまだ入院レベルぐらいに捉えていたの
更新おそくて心配かけちゃってすみません急性扁桃炎になってHCUいったりいろいろ大変なことになってました。ねつが41度とかまで上がって全然さがんなくて。まじ辛かったまだ色々と辛いけど、多分1番のピークはすぎたかなって感じですたぶんもうちょっとで治るかな。回復したらまた更新します!いつもありがとうございます!追記もしかしたらアメンバー限定記事書くかも。承認のくわしいことはリクエスト画面にかいてます。よろしくお願いします!
入室した司祭は聴覚は最後まで残るそうですねと言いながら何の迷いもなくHCU中に響き渡りそうなほどの大きな声で母に語りかけた「お母様こんにちは!教会の主任司祭です」「病者の塗油を授けに参りました」祈禱文を唱え母の額に聖油で十字を描く「最後に聖母マリア様の執り成しを願い『あめのきさき』の1番を歌いましょう」個室ながらHCU中に聞こえたであろう司祭の歌声わたしも一緒に歌うが涙が溢れて大きな声が出せなかった天(あめ)のきさき天(てん)の門うみの星と輝きますアヴェアヴェア
5月16日当日朝5時目覚める。お守りを胸ポケットに入れていたせいか、よく眠れた気がする。共用スペースで眩しい朝日と大阪城を拝む。フィジカルもメンタルもコンディションは悪くない。看護師さんのバイタルチェック、主治医さん、担当医さんが立て続けに回診に来られた。がんばりましょう!きっとうまくいくと信じて、心静かに部屋で過ごす。絶飲絶食なので朝食はない。8時半を過ぎ、もうそろそろ。術着を着て、準備万端。部屋の前を足音がするたびに、きたか、きたか、とちょっとソワソワする。8時45分(スマホ、貴重品は預け
こんにちはたくさんのblogの中からご訪問ありがとうございますY...40代後半大学生・高校生姉妹の母身長156㎝足23㎝sizeS多めプチプラ服を中心に日々服を楽しんでますいいね、フォローありがとうございますとっても嬉しいです昨日の記事『【楽天マラソン】欲しいもの♪/雨の日ランチコーデ/昨日の出来事!!』こんにちはたくさんのblogの中からご訪問ありがとうございますY...40代後半大学生・高校生姉妹の母身長156㎝足23㎝sizeS
ICUからHCUにうつりました。昨夜連絡の内容を見て「これは死んじゃった」と、すぐに東名高速に乗り。インター降りてすぐのコンビニ駐車場から連絡した。亡くなったなら病院へ、待機なら実家へと。夜中も呼び出され想定。いまは意識が戻り話せるらしい。※面会はできないし様子(姿)も見られないので担当看護師から説明があり。病院から連絡の行き違いもあったらしいが(全く不満はない)全てをひっくるめて、母の運命。運と生命力。もちろん医療の中で。医療はどんなに素晴らしくても主役を超えることは無
麻酔をかけられて、モニターに表示されている手術前最後にみた時刻は9時29分。そのあとは深い眠りに落ちて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何か体中が異常に熱い!まるで造影剤を入れられてCT検査をされているような感覚。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気がついたらベッドの横には私が麻酔から覚めて少し安心した表情の妻がいました。場所はHCU(HighCareUnit)で、どうやら無事手術は終わったよう
そういえば術後一日目は、看護師さんにも先生にも「ガスが出たか」どうかをひたすら聞かれました。起き上がる前の午前中のうちに出ましたが、お腹の動きをよくするため、大建中湯という漢方を食前に飲むことにもなりました。これは入院中ずっと飲み続け、退院のときにもお持ち帰りしました。術後の数日はお腹にガスがたまっても特になんともなかったのですが、いつからかお腹にガスがたまるとめっちゃ痛くなるようになりました(10秒くらいで落ち着きますが)。トイレで座ってるときも、ガスがあると、ちょっと「う……」って
間質性肺炎で救急搬送【記録からの抜粋です】2023年5月20日(土曜日)前夜にMAX39.9℃をたたき出しあまり寝れすに朝を迎えました🤣朝方は37.5℃〜38.5℃を上下して午前9時にかかりつけ医に電話11時30分に発熱外来で来院するようにと言われました。車の中でコロナの抗原検査と体温、酸素飽和度の確認など行い胸も痛いと伝えました。院内は他の患者さんが居るのでレントゲン撮るには12時過ぎまで待つように言われました。この間に、コロナは陰性😆待機時間は長い12時過ぎ
さえ頑張りました。本当に奇跡的。みなさんの優しさが本当にさえに届いてるんじゃないかと。経過は近々報告します。細い血管にルート取ったため、がっちりテープ固定していてテープにかぶれ、水疱だらけになりました。頑張りの証。結局ここは2日ほどで使えなくなってしまったのですが…ママのわがままに応えてくれてありがとう。
お訪ねいただきありがとうございます病気のこと日々の出来事綴っています今朝HCUから病棟の部屋へ戻りました。まだドレーンの血液の量が多くてチューブが抜けるのは明後日頃とのことです。先程、耳鼻咽喉科外来まで行ってファイバースコープの検査受けてきましたが右側の動きが悪く半年から一年回復にかかると言われました。術後すぐから声はでてますがかなりガラガラ声で娘が「誰が喋ってるかわらない」って凄く低音のガラガラ声で何を言ってるのか?わかりにくいようです。術後ひと晩H
いま、連絡あり。透析の後、一般病棟に戻るとの事。面会もできるらしい。よかった。
3月22日午前6時に病院のHCUの看護師から電話連絡。1回目は無意識に切って、すぐさまかかってきた2回目にやっと出ることができた。呼吸が止まっているので至急病院に来てほしい。いつ来られますか?私>まだ目覚めたばかりで。。。心臓はペースメーカで脈打ってますが、今朝突然呼吸が止まりました。いつ来られますか?私>1時間くらいで行けると思います。といったようなやり取りだったかな?前日の夕方に主治医から嫌な予感の話を聞いていたとはいえHCUで管理してもらっているので安心し
生体肝移植12時間の手術は無事おわった2日あと麻酔から目が覚める医師から「娘さんも手術無事に終わり元気ですよ」とつたえられた涙が止まらなかった娘がドナーにきまってから生きられるという希望はあったが娘の肝臓をもらう辛さはずっとあった苦しくって…悲しくって…ドナーのリスクをきいても辛かったICUからHCUに移り何日かすると娘に会えた「おー元気じゃん」声をかけてきた娘はいつもと変わらず元気だった追伸2023年1月2日現在帰省
ちょっと間空きましたが、いよいよ手術当日のお話。おさらい。手術の予定時間は5時間ほど。硬膜外麻酔、全身麻酔、局所麻酔を使用し、腹腔鏡手術でおへその所を切開して腫瘍(6cm)、膵臓(膵体尾部)、脾臓(通常の2倍大)を取り出します。前の晩は睡眠薬のおかげもありぐっすりでした\(ᜊﬞﬞ)/Zzz‥ᐝ特にこれといって緊張感もなし。手術当日という事で食事も無いので、術衣と血栓症予防のストッキングを履き身支度を整えて待機。まだかなまだかな♫術衣の下はおパンツ🩲だけなので寒い寒い
お弁当と日常の出来事を主にブログに載せてます。今回、たまたま受けたPET検査で【癌の疑い】と言われ医療機関を受診してからの事を記録として残していこうと思っています。画像での術前病名と病態病名:右上葉の原発性肺癌疑い臨床病期:ⅠA1期癌の早期発見のために少しでも多くの人が検査を受けて【癌】で命を落とす事のないようにと思いテーマからは外れますが記録に残そうと思います手術後1日目HCUから車椅子で予定の3時間遅れでお部屋に戻り
こんにちは。ご覧いただきありがとうございます。直腸がん発覚までの振り返りを書いています。全身麻酔+硬膜外麻酔で低位前方切除術・6時間で終了しました。ナースの「手術が終わりましたよ」の声で目覚め、酸素やらモニターをつけながらGHCUへ移動しました。酸素、モニター、胃チューブ、点滴、尿道カテーテル、硬膜外麻酔持続注入、腹部ドレーンがついていました。ドレーンの先には陰圧バッグがついています。ふくらはぎにエアーポンプがついていました(私はこれが気持ちよかったです)GHCUのナース達は皆明るく
右乳房全摘出手術。今回は手術台に上がっても、まだ悲しい気持ちが収まらず。手術をする事自体は納得してたしそうする事が今選べる一番最良の選択だとも理解していた。でもただただ悲しい気持ちはのやり場はどこにもなく。情緒不安定のまま手術台の上に寝転んでいた。手術室内にはヒーリング効果のありそうな優しい音楽が流れていた。…涙が流れて止まらなくなってしまう。先生たち、看護師さんたちは本当に優しく、曲明るいのに変えようか?不安だよね、涙が出て当然だよね、と寄り添ってくれる。なんか好き
今年1月20日に倒れてから約10日ほどで、ICUからHCUに移った。顔の腫れは落ち着いてきたが、父の意識はまだ戻らない。人工呼吸器もまだついている…。熱が出やすくて、からだのまわりにアイスを置いている。冷たそうだ。
さえ頑張ってます。ほんとずっと頑張ってくれてます。ずっと体調はあまり回復傾向とは言えないけど…大きく悪化せずにいることだけでも大変なこと。頑張り屋さんだね。ありがとう。みなさんのさえの回復や無事を思ってくれる祈りがさえにとっての大きな力になってます。そして私にとっても大きな励ましと支えになってます。本当にありがとうございます。そんな中昨日の面会の帰り。さえのこととは別のことですが少し…いや結構…心がほっこりまるくなるような出来事がありました。のちほど記録として記
ブログをご覧の皆様♡沢山の方にご心配お掛けしました誤解です違いますチーンこんな事が立て続けにありなんだが『迷走』してしまってた最近そんな中毎日皆様から注がれる暖かく優しい言葉…そうなんです嬉しい私も大好きムクムク元気が湧いてきたぁ〜沢山の方の暖かさで完全復活しました本当にありがとう…と言うとずっと落ち込んでたかと思われる方もいるかもしれないけどただただ忙しくでも元気に動いておりましたそしてご心配頂いてたので甘いコーヒーで休息(いつもだが)少し長めに睡眠も取りま
親が入院してから6日目。午後に内視鏡室の看護師から電話があり、バルーンタイプの胃ろうが用意できたので交換してもいいですか?と聞かれたので交換をお願いした。それから1時間くらい後に病院に電話で親の状況を聞いたところ昨日は38℃台後半まで発熱したが、現在は熱は下がっている。パッドなどは十分足りているので補充は必要ない。現在は洗濯物等の受け渡しは平日の限られた時間のみ可能なので念のため確認しておいた。今日か明日行かなければ次は月曜になってしまうので。胃ろうを交換する予定。との
さえ頑張ってます。ほんとにほんとに。そして回復してきています。みなさんの優しい祈り、思い本当にありがとうございます。バイパップは、酸素流量・圧ともに最少になっています。ただ完全に外せるかは未定で、在宅でも使える機器に変わっています。コロナの影響なのか、在宅用のバイパップの機器が、今までさえの小児病院で使っていたものが使えなくなっているらしく、病院としても初めて取り寄せお試しで一台だけ使ってみているというもの。医師、看護師、ME、みなさん手探りで使用中。先日は面会中にMEさんが勉
11月17日、手術から5日目、午前11時頃、ベッドで寝たまま、HCU病棟に移った。運ばれたHCUのお部屋は、真ん中にベッド、脇に床頭台、奥に医療器具、装置、モニターが沢山置かれた簡素な個室だった。装置、モニターから発せられる音を除けば、騒音減、喧噪がなく、ICUに比べて、びっくりするほど静か!!というのが最初の感想。ちょっと落ち着いて過ごせる~、と思ったが、静かな環境で、却ってひとりで自分に向き合う時間が長くなり、手持無沙汰で、身体の痛みと向き合う時間も長くなったように思う。身体に繋がる
腰を丸めてうずくまったまま怖くて身体の向きも変えられない私を二人がかりで起こして座らせてくれると看護師さんは、どうしましょう~と言ってナースステーションへ駆け戻り・・・このタイミングでこの場に息子が来たらビックリさせてしまうと、困った私は「ぎっくり腰やった、でも大丈夫」とメール結局、驚いて来たから一緒だけど(笑)歩いて手術室へ移動する予定でしたがこれでは危ないとのことで車椅子に・・みんなが自分の足で手術に向かうのに重病人みたいで申し訳なかったです揺れたり段差のたびに