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2026年8月16日(Sun.)8月5日この日以前から発熱はあったの8月1日頃からかなでもすぐに寝たも治まり、仕事もできていたのねそしてこの日、私の推しのコラボ商品ミスドを予約していたので近くのショッピングセンターまで自転車で受け取りに!ショップに着いてからかななんか身体が急にだるくなってきて早く帰りたい衝動にドーナツ受け取り、家について落ち着いてから検温すると、発熱してたでも、お腹も空いたのでドーナツを1個そこからグングンと発熱し始めてロキソニンを飲んだりした
『手術当日』『手術前日』『手術2日前』『手術前外来へ』『非正規が大病を患ったら…』『検査入院』『転院と心の内』『超音波内視鏡と最終診断』『フルコース検査の結果』『フルコー…ameblo.jpこちらの続きです。何と声を掛けられたのか覚えてませんが、目を覚ますとまだ手術台に寝ていました。眠る前と変わらない景色。傍らに看護師さんがいて、「目が覚めましたね。ここは何病院かわかりますか?」と聞かれました。声を出そうとすると一瞬引っ掛かりがあったもののややかすれた声で「○○大学病院です…」
以前私はMDS「骨髄異形成症候群」の闘病記のブログを書き連ねて参りましたが、余りにもリアルに書いていたため各方面に差し障りが生じ、ブログの継続、公開を断念せざるを得ませんでした。しかし、あれから私は更に大きな試練に晒される事となり、その記録を残すべきではないかと思い直し、再びこのアメブロでその続編を書いていこうと思います。ただ、今回は前回の反省を踏まえ、各方面に差し障りが起きないよう、施設、個人名などが推測されないよう心がけて参ります。また私の記憶があいまいなところがあって時系列がかなり乱
2026年8月10日(Mon.)今日は、病室を移れるとの事で朝からウキウキしてました午前中だった予定が午後に変わっちゃったけどHCUの看護師さんたち、優しかったし何から何まで見てくれたしちょっと名残惜しかったなお昼食べたあと、サチュレーションが90から上がらなく、血圧も74/65だ、大丈夫か⁉️移動できるのかな❓でも、無事移動できましたベッドで迎えに来てくれたので息切れもせず、楽に移動体に着いていた心電図、酸素、酸素飽和度図るもの等など、色々なコードが無くなり
2026年8月9日(Sun.)まだお部屋はHCUですがトイレは歩いて、酸素ボンベも一緒にお供に連れてますシャワー浴びも酸素ボンベ付けたままチューブを長めにどあに潰さない程度に挟み込んでシャワー点滴の部分は、ビニールを覆いテーピング頭も数日ぶり6日ぶりだわね緊急入院だったので何も用意無くて病棟のシャンブーとリンスを借りましたボディソープがなかったので身体は、シャンプーで😅そんなにヌメラ無いタイプだからスッキリ落とせたわとにかく毎日、一日4回2本の点滴と、ネブラ
2026年8月6日(Thu.)詳細についてはまたまた体調が良くなり次第、ポチりますねなかなか皆さんのブログへ拝見に行かれなくて本当に寂しいです今の現状きょえは、園児の頃以来の救急車に乗りましたいま、HCUに入っているのではまたね𖤣𖤥𖠿𖤣𖤥𓂃◌𓈒𓐍𓂃𓈒𓂂✿.*・ご訪問ありがとうございます𖤣𖤥𖠿𖤣𖤥𓂃◌𓈒𓐍𓂃𓈒𓂂✿.*・いいねや、励ましの言葉心温まるコメントなどとても励みになりますそして多くのアクセスもとても嬉しいですここで終わりますねぇお付き合い下さってあ
今日!歩けなくなっていた母が緊急オペで総合病院に入院(転院)しました。7月20日頃から、歩けなくなった母8月3日にリハビリ病院に入院しました。ここで担当のドクターから聞いていた所見(頭部打撲、腰部打撲)と現行の差が大きいので、もう一度整形外科の受診して欲しいとあぁ〜息子の言うこと?聞いておくべきだったのねと、今更ながら思いました。総合病院で告げられた病名は脊椎損傷それによる下肢麻痺。幸い?触られるのはわかる?という触覚があったのが、まだ?いい情報で冷覚と痛覚は神
発熱が40℃、血便、血圧の急激な低下もあって土曜日に急遽ICUにて集中治療。ICU2泊にてこれらの症状は一応改善。HCUへ移動。発熱は37.5℃を行ったり来たり。HCU相部屋に夜中一晩中叫んで演説するお爺さんがいて眠ることが出来なかった。一般病棟の個室集中治療部屋へ移動。(今ココ)発熱の原因は培養血液検査で金曜日には分かるが、癌の進行によるものと見ている模様。今はCVポート無くしたけど、脇下の静脈から心臓カテーテルを入れて、栄養剤注入により体力回復を図っています。今回は厳しそうだなぁ
この度、熊本地震で被災された皆様にお見舞い申し上げます。皆様の健康と少しでも早い復興を願っております。また、突然命を失われた多くの方の無念さはいかばかりかと胸が締め付けられます。月並みな言い方しかできませんが、ご冥福をお祈りいたします。以前私はMDS「骨髄異形成症候群」の闘病記のブログを書き連ねて参りましたが、余りにもリアルに好き放題書いていたため各方面に差し障りが生じ、ブログの継続、公開を断念せざるを得ませんでした。しかし、あれから私は更に大きな試練に晒される事となり、その記録を
前日から指示された通りに水分1、2リットルを脱水防止で摂取する。ステロイド静注で発作も無く呼吸も楽な静かな朝を迎えた。午前8:15分にこれからダビンチでの3時間の予定で1番目で手術を受ける予定で6時に起きて髭剃り歯磨き終わらせて手術着を着て圧力靴下履いて時間には座って待っていると看護師さんがお迎えに来て色々チェックされて手術室に歩いて移動。手術センター受付で患者バーコード読んで貰った後に名前と生年月日を言って案内されたのが1番奥の手術室だった。手術台は聞きしに勝る狭いベッドだった。点滴用のルー
2度目の手術が終わった。もう夜になっているようだ。見覚えのある顔が並んでいる。主治医と緩和ケアチームだ。手術が無事終わったこと、先週手術したばかりなので今回は腹腔鏡手術だったと告られた。とにかく今日はゆっくり休んで、明日病状について説明しますと言われた。意識朦朧としていたのと、昨晩からの痛みとの戦いで力尽きていたのでそのまま眠った。朝声をかけられ目覚めた。ところでここはどこ?見慣れない場所だ。ここはICUだと教えてもらった。主治医がきてなにがあったか教えてもらった。どうや
『線維筋痛症ではなかった。でも…(12)ゴールデンウィークが苦手な理由』『ろれつが回らない。11ゴールデンウィークが苦手な理由』『また新しい恐怖が増えた。ゴールデンウィークが苦手な理由』『息ができなくなるのでは?⑨ゴールデンウィ…ameblo.jp2018年5月HCUに移ってから、すぐにリハビリが始まった。若い理学療法士のS君と、更に若い女性の作業療法士のKさんが、私を担当してくれた。私は、とにかく、早く歩けるようになって、家に帰りたかった。だから、リハビリをしたかった。
旦那が入院して6日脳頸動脈剥離だとかとりあえず手術せず安静なのか?投薬と経過観察なのか?配偶者は説明もされずに説明も求めず説明聞けよ病院にいれば安心と楽観してる〜経過が良いのか?HCUから一般病棟へ移動し安心安心ワガママな旦那が家にいなくてちょっと居心地がいい我が家しばらく何もかも手抜きでよしと思ってたのだが意外と病院に呼ばれる、、、、🏥先生とかからではなく旦那に、、、、持ってきて欲しいものがあるとか、、、結局2日おきくらいに仕事
6月大腿骨骨折で17日間入院順調に回復退院できたのですが退院した夜に腹痛が起こり横になっても何時まで経っても痛みが治まらず脂汗が出で来る状態で家族に救急車を呼んでもらい又新都心日赤に運ばれました先生からは家族に此のままでは死ぬ、手術しても生死の確率は保証出来ないと云われ、手術をお願いしたそうです後で判ったことですが、高度救急センターのHCUに4日間の集中監視の上一般病棟に移されたそうです私は大腸穿孔と云う病気を全く知らず調べてみてビックリ、手術は一刻を争う物だそうですおかげ
普段風邪すらひかず、コロナ化もフルワークしていたが感染せず、インフルエンザワクチンも打った事ないが、かかった事もなく病院とは無縁の私にとって、毎日の検査だけでも苦痛でしかなかった。ひとまず会社に連絡して、手術が随分先になるので一時退院して、その間は仕事復帰してまた手術の時に1週間くらい休みたいと伝えた。まだ詳細は不明と伝え癌の可能性だけは伝えた。仕事しないと治療費も生活費も賄えないし、この先になにかあっても今ならまだ仕事出来るしと考えいたから、まだ病状については伏せておこうと考えた。ひと
2024年の夏に脳卒中で入院し2025年の春に高次機能障害と判明2025年の秋にやっと精神障害者福祉手帳取得も年末にてんかん発作で入院2026年の春にまた脳梗塞と脳内出血で入院しその後リハビリ病院へ転院も胃瘻造設失敗からの胃穿孔で命の危機にさらされた夫の面会ブログですまだまだ先は長そうです高次機能障害の夫はHCUに移動してから二人部屋になりましたカーテンでは仕切られてますがお隣の方が手術終わりの回復期で付き添いありですがトイレに行けたりご飯食べれているようでとても羨
翌日も緩和ケアチームの3名が病室にきた。体調変化はいつからあったか?痛みはあったか?普段はどのような生活しているのか?などなどとにかく質問攻めにされた後、痛みが酷いようなら医療用麻薬が使えるけど使う?と聞かれた。麻薬なんて使わないよー重病みたいじゃん💦まだまだ現実受け止めれていないのか、きちんと告げられないからなのか未消化な私に麻薬の話しは唐突過ぎた。なんとなく察した様子の緩和ケアチームは、明日も来るから考えておいてぐらいで退散していった。確かにベッドにじっとしているからか痛み
『ろれつが回らない。11ゴールデンウィークが苦手な理由』『また新しい恐怖が増えた。ゴールデンウィークが苦手な理由』『息ができなくなるのでは?⑨ゴールデンウィークが苦手な理由⑨』『「何か変わった?」⑧ゴールデンウィー…ameblo.jp2018年5月HCUに移ってから、線維筋痛症ではないと診断された。私はネットで、線維筋痛症について調べていて、とても辛い病気だと知り、不安で、いっぱいだった。「線維筋痛症ではなかったんですね」と、主治医のO医師に話したところ、「もっと辛いかもし
2024年の夏に脳卒中で入院し2025年の春に高次機能障害と判明2025年の秋にやっと精神障害者福祉手帳取得も年末にてんかん発作で入院2026年の春にまた脳梗塞と脳内出血で入院その後リハビリ病院へ転院も胃瘻造設失敗からの胃穿孔で命の危機にさらされた夫の面会ブログですまだまだ先は長そうです色々あって更新できませんでした命の危機からの続きです救急で大学病院のICUに入りしっかりした医療体制でめちゃくちゃ安心できました大学病院だからか若いスタッフが多く何をするのも細やかで
旦那入院した!数日前に頭が痛いと言っていた後頭部が痛いと頭痛薬が効きづらいと最近知人が突然亡くなったという話を聞き頭痛の事を気にしてたので医者に行くように勧めたMRIとった結果後頭部の太い血管が剥離してるとか、、、その血管が膨らんで危ない状態だったらしいえっ⁈膨らんだ所が破裂したら脳出血?くも膜下出血?脳溢血?やばい、、、即入院そりゃそーだよな!血圧も高かったから本当に危なかったらしい〜今HCU(一般病棟とICUの間の病棟)に入って
HCU2日目HCU2日目は、意識も前日よりはっきりしているので痛さ倍増(気分的なものかもしれませんが)…痛みについて食事で背中を起こすときに、腹部に激痛。食事もほとんど食べられないので、持ってきていただいたプラコップの水と廃液入れで歯磨きを早々に。薬もなかったらすぐにお願いして、薬を飲んで寝る姿勢に戻る…というのを毎食繰り返していました背中をだいたい倒して、足を曲げて、縫ったおなかが引き攣らないように慎重に姿勢を調整。38.5℃くらいまで熱が出ていたので汗もかいていて氷枕を用意し
HCUでの生活1日目HCU1日目はとにかくお腹が痛くて起き上がったりするのが一苦労…痛みレベルは1〜10の7くらいずっと痛かった…手術のときにいれた、硬膜外麻酔の管が背中に入っていて、ボタンをポチッと押せば痛み止めが追加される仕様なんだけど、押しても痛みがなくならない多少なくなってたのかもしれないけど、なんだかもうずっとズキズキしていて辛かったそれでも身体が睡眠を欲しているのか、食事以外はほぼ寝ていました。咳をすると痛みレベル10。気管チューブの影響で、痰が出るので、できるだけ
↑の続きです【手術前日1/18(日)】この日の昼から絶食です。下剤を飲みました。記憶にはあまり残ってないですが、家族LINEに「下剤まずい(>_<)」って入れている。「お腹すいた」も入れていた。午後、シャワーを利用。夕方と夜に抗生剤を飲んだ。空腹に抗生剤で胃をやられたのか胃が荒れやすい体質の私は21時頃から気持ち悪くなり嘔吐で苦しむ昼の下剤も夜から効きだし、散々な手術前夜だった【手術当日1/19(月)】前日夜に苦しんだにもかかわらず、あり
『また新しい恐怖が増えた。ゴールデンウィークが苦手な理由』『息ができなくなるのでは?⑨ゴールデンウィークが苦手な理由⑨』『「何か変わった?」⑧ゴールデンウィークが苦手な理由❽』HCUに移ってから、血液浄化療法が行われ…ameblo.jp2018年5月嚥下障害の為、ずっと点滴をしていたが、それでは栄養が足りなくなり、中心静脈栄養に切り替えることになった。鎖骨付近の太い血管から管を入れると言う。O医師は、「処置室に行って、専門の医師が行う」と説明してくれた。O医師じゃなくて、ホッ
くも膜下出血になって救急車で運ばれてそのまま亡くなった人や言語障害が残る人や寝たきりになった人もいます。また、くも膜下出血になって救急車で運ばれて入院して命は助かったものの、足を引きずりながら仕事をしている人もいます。20分30分の違いが大きいらしいです。症状は、突然、倒れるのです。そのまま意識がなくなる人もいます。もうすぐに救急車で病院に行くしかありません。本当に怖い病です。また必ずくも膜下出血になる2日か3日くらい前に何らかの頭の症状があるそうです。それを見逃さずに病院に行って
術前の入院中、大きな勇気をくれたのは、スーパーナースIさんであった。Iさんにはいくら感謝しても足りない。Iさんは、あらゆることに詳しい!ICUやHCUでの過ごし方、一般病棟に戻れるタイミングの考え方など、何を聞いても納得の答えが返ってきた。特に最近までICU勤務だったとのことで、未知のICUに大きな不安を抱いていた私にとっては、とてもありがたかった。また、山岸先生を「ギッシー」と呼ぶ大物感も素敵であった。私の知る限り、山岸先生をギッシーと呼んでいたのは院内でIさんだけである。もちろ
心と身体のバランスナビゲーターmayumiですブログにご訪問いただきありがとうございます今回の胆嚢摘出手術では、2日間HCU(高度治療室)で過ごしました同じ部屋には私以外、3人のおじいちゃんカーテンで仕切られていたので、お顔は見えません。でも、声や呼吸、周りの空気感は伝わってきました。大きな声で叫ぶ方もいました。「帰るぞ~!」「助けてくれ~!」「警察に電話する!」「お母さ~~ん!」そんな声を聞きながら、自分も酸素マスクを着けているのに私はなぜか学校で
6月は何かに取り憑かれていたのか、と思うくらい身体がボロボロでした1週目にHCUに入院し、1週間で退院できましたでも1週間全く歩かず車椅子で、ベッドの上でも管に繋がれていたので、退院直後全く歩けませんでした、、、筋力の衰えにびっくりあと腰椎穿刺後頭痛が酷すぎてしんどかったです笑なんとか少しずつ体力回復させながら1週間くらい家でのんびり過ごしてましたやっと回復して学校にも行き始めた頃、なんとまた倒れました、、気がついたら深夜で病院のベッドの上で管だらけまた救命センターのHCUにいま
『息ができなくなるのでは?⑨ゴールデンウィークが苦手な理由⑨』『「何か変わった?」⑧ゴールデンウィークが苦手な理由❽』HCUに移ってから、血液浄化療法が行われた。全5日間。専門の医師に、「最初に出た症状から、すぐに良くな…ameblo.jp2018年5月HCUに移ってからも、体調は更に悪くなっていった。今は落ち着いていても、15分後にはどうなっているかわからない。心拍数が常に速く、血圧も低かった。吐き気が辛かった。そんな状態が続いていた。食事はできず、栄養は点滴で補給していた。
昨日の土曜日、主人と子供は主人の実家へ行っていました私は暇だったので久しぶりに図書館へ、本を借りて駐車場を出た時に主人からLINEがおふくろが死ぬほどお腹が痛いらしく救急車で病院に来ましたえっすぐに病院へ🚙膵炎でHCUへ入院になりましたもう90超えているし不調もでるよねまた、しばらく大変になりそう今日、主人が面会に行った時一晩たっただけでもうボケた気がするって言ってた