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購入順に紹介している「模型紹介シリーズ」、昭和時代にKATOから発売した単品車両。今回は「国鉄117系新快速」になります。子供の頃、関西地区に近郊型の新車が導入されたと、当時の鉄道雑誌に掲載されていたのが、この車両を知るきっかけでした。「面白いデザインだな」と思った物です。いつかは乗ってみたいとも思っていましたが、それが実現したのは2022年の運用離脱前・・・。色こそ違いますが、「まぶしかった」ですね。え、これ・・・たしか没写真にした物です。そして「爆音を響かせて走行」を堪能
1992年6月、山陽本線岩国ー下関間で運用される車両の冷房化促進のため関西圏の淀川、奈良、日根野の各電車区から下関運転所に転属してきた16両の103系。国鉄通勤形電車の代表格で大都市向けだった形式が、乗客が少なく駅間距離の長いローカル輸送に就く姿は、鉄道ファンとしては新鮮でした。4両編成4本の103系は翌93年3月のダイヤ改正で広島運転所に移ったため、下関時代はわずか9カ月間でした。一方で趣味的に見ると、元は首都圏で活躍した車両だったり改造車があったりと、個性派揃いでした。当時の4編成
3月に和田岬線から引退したスカイブルーの103系が5か月後の8月現在どうなったのか移動のついでに見に来てみました。網干総合車両区明石支所。明石電車区。※本載撮影写真は全て鉄道敷地外からなので、屁のツッパリはいらんですよヨ!件の103系は、5か月後も留置されていました。少々塗装が白化したようにも見えます。前面窓に何か貼られていました。引退直後には貼られていませんでした。『103系引退後』国道脇から、西明石車両区に先のダイヤ改正
鹿家での撮影を終えて、午後は一貴山ストレートへ転戦。午後は下りが順光のロケーションだ。お目当てのE12編成が来る夕刻の下り列車はあいにく曇られてしまったが、早めの時間帯にどうにか記録できたので良しとしましょうか(^^;【写真1】230814OLYMPUSE-5+ZUIKODIGITALED70-300mm1/800F8.0ISO800AWBを編集及びリサイズ346C、103系1500番台E12編成。昼前後は曇り空だったため、本来逆光になる状況で上りを
今回はマト1編成を組み立てました。〇上野寄り先頭車1号車クハ103-298クハ103-298上野寄り先頭車のクハ103-298です。高運転台・ATCタイプの車両になるのでエコノミーキット・一体成型品(GM№415)を使用しています。塗装はサフ→ボディを青緑1号(GM№36)、屋根をダークグレー(GM№35番)で塗装。正面ヘッドライト、飾り帯、窓枠はタミヤのクロームシルバー(№X-11)で色差し。銀河製のテールライトレンズ(№N-065)とWアームワイパー(№N-
【写真】200921OLYMPUSE-PL10+M.ZUIKODIGITALED40-150mmF4.0-5.6R1/1000F8.0ISO320AWB103系BH3編成+BH9編成、5650M。近ホシの103系9編成のうち、2本がダブルパンタ。偶然にもその2編成が組成して4連に、夕日を浴びてお出まし。冬だったら4丁のパンタが上がる賑やかな編成になるのだが。それにしても…今の時代、まさか播但線の103系4連が「ネタ」扱いされているとは思いもしなかっ
いつもご覧頂き誠にありがとうございます。今回は、国鉄103系関西線仕様を投稿したいと思います。昭和48年(1973年)関西本線奈良駅~湊町駅(現:JR難波駅)(現路線愛称:大和路線)が電化、電化当初は101系が充当、うぐいす色に黄色の警戒色の塗色で登場しました。昭和58年(1983年)、103系が充当され塗色は101系と同じくうぐいす色に黄色の警戒色の塗色で登場しました。□103系(東部市場前駅)平成元/11/11JR発足後、しばらくは同色でJRのロゴを入れた状態(上
国鉄通勤形電車の代表格で約3500両が製造された103系。広島地区では1990年代から20年以上活躍しました。先頭車は低運転台のクハ103形のみでしたが、のちに高運転台車が2両加わりました。福知山線脱線事故などにより車両不足となったJR西日本に、JR東日本から譲渡された8両中のクハ103-821とクハ103-828で、特徴的な姿で注目を集めました。下関駅南の電留線にやって来た103系高運転台車(右)。広島運転所ではE04編成に組まれていましたが、引退直前に岡山地区に移った影響で、
JR姫路駅は現在は高架化され、駅前も整備されました。今回は2010年11月に撮影したもので、山陽本線・播但線・姫新線は全て高架に切り替えになりましたが、まだ地上ホームが少し残っていた頃です。途切れた跨線橋。その跨線橋を駅の外側から。斜めになっているのは跨線橋の階段跡。FESTAに直接通じていた改札跡のシャッターも見えますね。旧駅舎。ホーム上屋も残ってますね。このあたりは姫新線の0番のりばですかね?地上から見た0番の
どぅも!!ハテニャです!!今回は私がこの趣味を続ける理由について書こうかな、と思っています。(ネタが無いのは内緒…)理由は最後に書くこととして、まずは私の模型思い出話でも。私が鉄道模型と出会ったのは約5年前。小学3年生のときの誕生日に、KATOの221系スターターセットをもらったのが始まりでした。鉄道好きの私にとって、最高のプレゼントでした。その後、山陽電車の模型を祖父に買ってもらい、さらに来年には阪急電車の模型を買ってもらうことになりました。あの頃は祖父母宅の畳に線路を敷いて、ちょ
今回は、103系1500番台の紹介をしたいと思います。103系1500番台の概要(103系1500番台)1982年に福岡市営地下鉄空港線と筑肥線との直通運転が開始されることから6両編成9本が導入されました。全3447両が製造された103系の中ではかなり少数派ですね。内装・車内設備(103系1500番台車内)4扉オールロングシートの車内となっており、1号車車端部にはトイレが設置されています。保安装置ATS-SKATC-9(福岡市営地下鉄空港線)国鉄時
皆さんこんにちは。特急スーパーはくと2号京都行です。この頃私がスーパーはくとを撮影すると貫通型にあたることが多かっったです。特急はまかぜ1号浜坂行。大阪から山陰方面への主役交代を感じさせる2枚ですね。普通大阪行。現在では橋上駅舎が大幅に増床されてこの103系の先頭車付近まで駅舎があるので全く違った駅のようです。発車した普通大阪行。7番線から外側線に。この背後も現在では、マンション群が立ち並んで別世界のようです。帰宅中北伊丹駅にて。回送の103系。
とある4月の日曜日、福室八丁目にある仙石線の撮影地へやってきました。▲1本目はいきなり後方から気動車が現れ、仙台方面へ向けて通過していきました。ジオラマの路線を土曜・休日を中心に運行される臨時快速列車の送り込み回送のようで、所属先の小牛田運輸区から石巻線・石巻経由で回送してきたようです。▲仙台方面からは石巻行き普通列車が通過。▲2本目は仙石線更新色・・・ですが、205系に被られた上に架線中の影がクッキリと・・・。▲しばらく撮影していると、側面にも陽が当たるようにな
▲和田岬線の103系が引退し、スカイブルーの103系が消滅してしまいました。残るは播但線・加古川線・筑肥線だけでしょうか?ジオラマ内ではまだまだ103系が主力として活躍。一昨年はようやく待望の新型車両(?)205系が投入されましたが、当ジオラマの路線にVVVFの近代的な電車はいつになったら投入されるのでしょうか(苦笑)▲最近はジオラマ内の工事ができず、103系の発着を眺めるのみ。今日もジオラマの駅構内では103系のブロワー音が響き渡ります。▲何度も掲載しておりますが、在りし日
皆さんこんにちは。尼崎駅の大阪方に移動して撮影。JR東西線からの普通宝塚行。3番線に入線。7番線から発車した普通大阪行。113系800番台の4両編成。新三田からの電車。現在でも223系6000番台の4両編成で運転されています。普通新三田行。黄色の103系です。外側線から2番線に入線してきます。続行でやってきた新快速姫路行。当時の新快速は、日中はほぼ8両編成でした。201系普通新三田行。この普通新三田行は、内側線を走ってきて3番線に入線しました。現在ま
youtubeを観ていたら、たまたまプラレールの動画にあたりまして、103系と165系の混結編成を作ってる人がいましたが、この編成は実際にあったそうです!また、この編成に名前も付いてましてお父さん感謝大漁号と言うらしいですwこれは国鉄時代の車両だからこそ出来たし絵になったのでしょうけど、今のJRの車両だと絵にはならなさそうですね(^^;;
▲ジオラマ・仙台駅から仙石線・普通列車に乗って約15分、陸前高砂駅または中野栄駅で下車し、国道45号線に出て仙石線沿いを更に歩くこと約15分。やってきたのは仙台市宮城野区「福室八丁目」。▲仙石線と国道45号線が並行し、国道沿いにはロードサイド店舗が立ち並んでいます。▲線路を隔てて反対側の北側へつながる生活道路と踏切。▲北側から南側方向をみた写真。小さな踏切で道路も非常に狭いですが、北側と南側とを結ぶ唯一の道でもあります。▲車一台通れば、もうすれ違いは不可能で
約3500両が製造された国鉄通勤形電車の顔103系。後継形式への置き換えで残りが少なくなる中、九州では「末弟」といえる1500番台がJR筑肥線のローカル輸送で活躍を続けています。登場から40年、今の様子を訪ねてみました。JR筑肥線のローカル区間を行く3両編成の103系1500番台。写真は唐津方先頭車がモハ103形から改造されたクモハ103形となるE12編成=加布里ー一貴山103系1500番台は1982(昭和57)年に、直流電化され新たな形態となる筑肥線から福岡市営地下鉄線
鉄道模型の再販が増えて、さらに値上げも続くのですでに入線している車両のリニューアルは控えてしまいます。先日大阪環状線森ノ宮電車区に行ったときに323系だらけだった大阪環状線を振り返る意味で103系です。さよならセットということで最終編成?今は見れない103系オレンジ高運転台です。西日本の103系といえば体質改善車の種類もいろいろあり凸凹で車内にも差があるおもしろみがある103系でもありました。阪和線でのスカイブルーから和田岬線も引退してしまったので、最後のほぼ原型に近い103系は播但線の10
▲当ジオラマを走る車両たちが所属する福田町電車区。103系や205系といった通勤電車が配備されています。多数の電留線と、車両修繕を行う車庫があります・・・という設定にしています(^^;)大きなジオラマを作る気力はなかったので、かなりコンパクトなジオラマになっています。旧・福田町電車区ジオラマの1/5くらいのサイズでしょうか?▲当ジオラマの主力はスカイブルーの103系。▲少数ですが205系も2編成8両が所属しています。当ジオラマでは唯一のステンレス車体です。▲「電車区」
▲仙台駅・北口改札口を通り、東北本線や常磐線などの各ホームと接続する連絡地下通路を進んでいくと、8・9番線ホームへと続く階段があります。▲階段を上りきると、103系が発着する仙台駅・仙石線8番線・9番線ホームが目の前に広がります。▲主力の103系スカイブルー色。クモハ編成と、両端クハの編成が在籍しています。実在の仙石線では1979~1983年にかけて導入され、仙石線で走っていた旧型国電を置き換えました。▲仙石線更新色の103系。実在の仙石線では1990
1982(昭和57)年に広島・山口地区向けにデビューした115系3000番台でお目見えした「瀬戸内色」。海と砂浜を表現した明るいカラーは新鮮で、地域に根差した国鉄色として定着しました。115系他番台のほか103系、113系にも広がり30年以上にわたって親しまれた塗色を、当時の写真で振り返ってみました。瀬戸内色時代の115系3000番台。写真は中間車2両も3000番台のトップナンバー編成=防府ー大道、1989年クリーム1号をベースに青20号の帯を巻いた瀬戸内色。当初は115
1186)『1186)わか・さざ50年史(22)平成初の1989年夏ダイ千倉あずさにGU車(YEAR-17』1184)『1184)わか・さざ50年史(21)S63年夏ダイヤ「ビーチインBOSO」登場(YEAR-16』1183)『1183)わか・さざ50年…ameblo.jpの続きです。1990(平成2)年、次の年に成田空港線の開業、新成田空港への直通特急新設が予想される中、1990年7月21(土)~8月18日(日)に恒例の房総夏ダイヤが実施されました。しか
皆さんこんにちは。221系快速野洲行の12両編成。2024年3月のダイヤ改正でJR神戸京都線系統で走っていた最後の221系も静かに引退。尼崎で221系を見ることもなくなりました。特急北近畿2号新大阪行。尼崎駅に特急が停車するようになったのは、この1997年のダイヤ改正からでした。折り返し線に入る尼崎止まりのカナリア色103系。御覧頂きましてありがとうございました。旅と鉄道2024年増刊4月号ありがとう国鉄型特急【特別付録】懐かしの国鉄型特
皆さんこんにちは。快速大阪行。本線の113系は11両編成でした。尼崎始発普通高槻行。定番の快速西明石行。1997年の尼崎駅は、ホーム屋根は駅舎付近の6両分ぐらいしかなく開放的な雰囲気でした。左3番線207系普通塚口行。右2番線201系普通新三田行です。この201系は、京都始発で大阪まで内側線を各駅に停車大阪からは外側線に移って塚本を通過して尼崎駅2番線に到着しました。201系電車は、ほぼ内側線しか走らなかったので、通常は、3番線にしかはいらなかったので、2番
先日の記事で、導入報告をした阪和線の103系スカイブルー編成。『惜別の和田岬線の103系からの?青い103系入線』春は別れの季節ですが、ご存知の通り、昨日をもってJR西日本の和田岬線で長らく活躍していた、103系が引退となりました。103系投入前は、まだ同線が非電化でした…ameblo.jpこの記事で頂いたコメントにもあったように、基本の4両編成でもいいかなぁと思いつつも、やはりあともう少しならという気持ちで増結2両のセットも買ってしまいました。これで両端クハと、モハモハユニット×2で合計
どうも!!ハテニャです!!私が今いるのが、加古川駅です。今日はここで75レを狙ってみようと思います。列車の遅延があるので時間的にも遅れますが、今日は暇なので粘ります。柵から身を乗り出すことのないよう、安全に配慮して撮影を開始します。1発目はWパンタの103系。103系は最近加古川線の末端区間の代走に入っていましたね。次はEF210-2。カンガルーコンテナのデザイン的にも300番台を期待していましたが、0番台も好きなので☺️と、ここで新快速入線のアナウンス。こ
皆さんこんにちは。尼崎駅に移動しました。黄色の103系尼崎行。これに乗ってきました。黄色の尼崎表示もレアですね。その103系は折り返し高槻行に。湘南色の快速大阪行。後は、快速幕。湘南色ですが、篠山口からのJR宝塚線の快速でした。当時の尼崎駅の北西側は、再開発前だったので広々としていますが、現在は、側線も撤去されて本線の脇まで建物が迫っています。御覧頂きましてありがとうございました。旅と鉄道2024年増刊4月号ありがとう国鉄型特急【特別付録】
▲JR東日本ニュースに福田町電車区・車両撮影会が掲載されていました(大嘘)展示するネタ車がそんなにないのか、わざわざ秋田から展示車両を拝借してくるそうです(笑)対象者はジオラマの住民のみでしょうか?値段も気になりますねぇ。撮影会当日の朝、ジオラマ・仙石線仙台駅へ。受付で手続きを済ませてホームへ。▲天気はあまりよろしくなく、今にも雨が降り出しそうな空模様・・・。▲程なくして、8番線ホームに団体専用列車が入線してきました。ドアカットで仙台側端の1か所だけ