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2022年10月2日(日)松山街道(備中)「加茂~高梁」つまみ食い街道の旅(GSV)「加茂の十字路」(岡山市北区加茂)が、「山陽道と松山街道の追分」とみた。ここが、「松山往来」の出発地点。角地に不動明堂と供養塔、記念塔が立つ。439東に向かう山陽道(西国街道)近くの板倉交差点の角地に、「右松山江八里足守江二里」の道標がある。本線・松山往来は、国道180号で北西に向かう。「立田交差点」の先で、国道180号を離れ、左折して、旧道へ。「中国自動車道
2022年10月4日(火)新見往来「高梁~新見」つまみ食い街道の旅(GSV)「本町通り」を行く。国道180号に合流。「JR木野山駅」国道180号を離れ、右折して、旧道へ。左に、川西郵便局。(高梁市川西)右手に、「備中川面駅」(高梁市川西)「田井橋」(高梁川)を渡る。町並(高梁市高倉町)国道180号に合流。国道180号を離れ、左折して、県道85号へ。「バス停高谷」で、県道85号を離れ、右折して、旧道へ。(高倉町飯部)T字路、右へ。
宿泊先の倉敷国際ホテルで朝食を取る。高梁川流域朝食ブッフェとなっていた。星の里美星ポークカレーやおかやまデミカツ丼やかも川手延べうどんもある。牛乳は地元の牧場搾りたてのものだし、ベーコンやソーセージもその辺の既製品ではなく、中村さんちのうまいもの工房のものを使っているので、実に美味い。こういう地元の素材で作られた料理の中、好きなものを皿に載せて持ってきた。どのおかずも実際美味しかった。ポークカレーは焼き野菜も入っていてなかなか心憎い。サラダも手延うどんもいずれも美味しかった
訪問日2012/10/14切り替えは1954年12月25日壮の宮トンネルが放棄され、新たに法曽トンネルが掘られた井倉駅方新旧線分岐点旧線は左へ分かれていく右は現在線法曽トンネル井倉駅方口旧線は山沿いへのびていく未舗装路となっている廃線跡線路があったのは、このへんやと思う高梁川に沿う旧線跡トンネルが見えてきたで荘の宮(壮の宮?)トンネル井倉駅方口昭和に入ってからの開業なのでコンクリート製坑門側面アーチ部分は石積みっぽいけど、
鹿之助覚悟決めたる生き様に我が魂の共鳴やまず※尼子氏再興の為、三日月に「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と祈願した山中鹿之助の言葉は、余りにも有名。その生き様の格好良さ、覚悟の見事さは、身震いするほどに共鳴してしまう。まさに英雄とは、山中鹿之助のことである。鹿之助無念血煙(ちけむり)川に消え尼子再興夢のまた夢※山中鹿之助は尼子勝久と共に播磨・上月城に入り毛利勢と果敢に戦うが、信長に見捨てられる
伯備線第1高梁川橋梁@2023/10伯備線は総社から新見まで高梁川沿いを走っていて、高梁川を渡る鉄橋の数は11本。南は木野山駅の北側の第1高梁川橋梁から、北は新見駅南の第11高梁川橋梁まで。その間に9本の橋梁があって、伯備線の定番撮影スポットとなっている場所が多いです。以前来たときは伯備線に乗車していたので各鉄橋での列車の写真とかは撮れませんでしたが、今回は久しぶりに備中町の父親の実家を車で訪問したので、そのついでに伯備線沿線を撮影して回りました。<使用機材>PENTAXK
381系が特急の定期運用から退いてはや2ヶ月半が経ちますが伯備線の写真でアップしてないカットが何枚も残ってますのでご紹介します。場所は第5高梁川橋梁。国鉄色やくもを狙いました。1009Mやくも9号新緑に包まれながら橋梁へ差し掛かります。引いてもう1枚ココではなるべく高梁川を入れたかったのでやや立ち位置をずらして撮影しました。今となっては遠い初夏の記憶です。方谷ー井倉にて
川嶋ノ宮八幡神社かわしまのみやはちまんじんじゃ岡山県倉敷市酒津1115最寄り駅山陽本線・伯備線倉敷駅◆主祭神◆比売大神(三女神)品陀和氣命(応神天皇)息長帯比売命(神功皇后)◆全景◆高梁川沿い、酒津公園そばに鎮座します。1級河川の高梁川は、昔は川嶋川とも呼ばれていました。◆社号標◆◆注連柱◆◆手水鉢◆◆燈籠◆天明7年(1787年)建立。◆社殿◆天暦元年(947年)に宇佐八幡宮から八幡大神を勧請。天暦2年(948年)
玉島E地区は倉敷市にある工業地帯の釣り場で、高梁川河口に位置しており、複数の岸壁と石積み護岸からチヌやシーバス(スズキ)、ママカリ、ガシラ、メバル、ハゼ、コウイカ、タコがよく釣れる人気釣りスポットです。釣り場の岸壁に車を横付け駐車できるのでアクセスも良くファミリーフィッシングにもおすすめのポイント。ゴミのポイ捨てや違法駐車などのマナー違反により、一部の岸壁が立ち入り禁止になってしまいました。それでも釣れるポイントはまだ多いので、釣り禁止にならないように利用しましょう。玉島E地区の釣り場情報