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1985年8月12日、日航123便墜落の約10分前(18時45~46分)に書かれた村上良平さんのメモ書き。米軍横田基地への緊急着陸について不安はあるものの…「機体は水平で安定している」「スチュワーデスは冷せいだ」と村上さんは書きとめています。わたしのブログを読んでくださってる方がどう感じたかはわかりませんが、先日「米軍横田基地へ!その決定的証拠」を書いて、わたしは改めて「目の前のもやもや(疑問点)」が晴れた気分です(注1)。(注1)もちろん…「目の前のもやもやが晴れた気分」と言
2026年8月5日、青山透子さんが『書かなきゃいけない日航123便墜落、41年目の真相』を出版した。(発行:三五館シンシャ発売:フォレスト出版)この記事のタイトルは便宜上「書評」としたが、評するなどと上から目線で言うのはおこがましく、あくまでも読後の感想を記したものである。書かなきゃいけない|フォレスト出版(アフィリエイトリンクではありません)書かなきゃいけない|青山透子|フォレスト出版書かなきゃいけない|青山透子|フォレスト出版www.forestpub.co.jp本
今朝の書籍広告で「書かなきゃいけない」を知った。本書は、40年以上経てもなお、日航123便墜落について、言えない・書けない・伝えない“不都合な事実”とは何か、それはなぜ書けないのかを追究する本である。あの日航機123便墜落事件に関する本だ。今、Kindle版をダウンロードしたばかりだから、まだ読んでいないが、書籍広告や商品説明を読むと、森永卓郎氏の著書「書いてはいけない」を受けての書名だ。著者は、墜落事故について原因や新しい事実などを追及している多くの著書があるが商品説明には本
この内容は、これまで書いてきた中で最も危険な内容なので、数時間内に消されるかもしれません。もしかすると消されるのは私自身かもしれません。さうでないことを祈るばかりですが。読んでいるあなたに何かあったら、私のことなど知らないと言ってください。【前書き:本当は「あとがき」】これを書く途中で、何度か冷や汗を感じて「もう止めやうか」と思ったのは、後述するオフロードバイクの青年の「何度も命を狙われうた」といふ発言と、後述の著者、青山透子さんが仮名であることからだった。オレも命を狙われることにな
問題のニュース「1秒間のデータ」が打ち砕く“ネットの言説”日航機事故から41年女子大学生が導いた“事実”と解析担当者の執念「1秒間のデータ」が打ち砕く“ネットの言説”日航機事故から41年女子大学生が導いた“事実”と解析担当者の執念|TBSNEWSDIG(1ページ)単独機として世界最悪の520人の犠牲者を出した未曾有の惨事。事故から41年が経過し、当時の記憶が社会から薄れゆく一方で、日航機事故についてインターネット上では様々な憶測や、真偽不明の言説が飛び交うように…(1
「1秒間のデータ」が打ち砕く“ネットの言説”日航機事故から41年女子大学生が導いた“事実”と解析担当者の執念https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2859088?display=1ねえねえ、このTBSの記事見た?どれどれ。…ん?なんだこりゃ?フライトレコーダーの解析データを事故調の人が個人で持ってて、しかもそれを日航に寄贈した??なんかもう、しょっぱなから「???」って感じでしょ。ボイスレコーダーとフライトレコーダーの現物って、国が日航に
青山透子著『日航123便墜落の新事実目撃証言から真相に迫る』で、静岡県藤枝市にある会社を出た小林美保子さんは、低空で飛行する日航123便の胴体後部左側に、円筒形の赤色または濃いオレンジ色のものが貼りついているように見えたと証言した。さらに5分後、その後を追うように自衛隊ファントム戦闘機2機が飛んでいったという。それはですね。機体の左下のお腹です。飛行機の後ろの少し上がり気味の部分、おしりの手前くらいでしょうか。貨物室のドアがあるような場所、そこが真っ赤に抜けたように見えたんです。一瞬火事
水島氏のチャンネル桜って、林千勝氏のお話など大変興味深くて見る機会もありますが、時々水が合わないと感じるのは、エセ保守爺臭がすることです。ま、水島社長の顔相からしてそうですが。JAL123については、疑問を抱くのは当たり前です。当時子どもの私でさえ、燃え盛っている現場を朝まで見つけられないことに疑問が沸いたし、助けに行った部隊が射殺されたという『誤報』も覚えているので、腑に落ちないところがありました。すぐに救助に向かっていれば助かった命がたくさんあったことは、生存者の証言にあります。ところで、