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5月4日、御巣鷹の尾根、慰霊登山。1985年8月12日、日本航空の旅客機123便が墜落して520名(妊娠中のお母さんのお腹から飛び出してしまった(?)赤ちゃんを数えれば521名)、の方々が亡くなられた御巣鷹の尾根に登って来ました。群馬県内なのに厳しい山のため、体力に自信がなく、高齢で慰霊には行けないままになりそうな私でしたが、今回は、小田周二さんという89歳のご遺族の方とご一緒させていただけるという友人からのお誘いがあったので、一大決心をしたのでした事故当時から、📺報道など全てが大きな
日航123便墜落から40年。この件については2度ほど記事を書いた。その後この件を詳しく調べたことはないが、元客室乗務員の青山透子さんが新たに「日航123便墜落事件隠された遺体」という本を出したようだ。まだまだ疑惑は解明されていない。そんな中で先般の参院選で落選した自衛隊出身のヒゲの隊長こと佐藤正久氏が国会で「御巣鷹の尾根にどこかの第三者がおかしなもの(トラ注)を立てた、こんなひどい墓碑がある」と発言したり、産経新聞が記事として、青山透子の著作を「日航機墜落の陰謀説唱える書籍(「日航
1985年8月12日のNHKニュース特番での「速報」。「待機命令を無視して救助に行こうとした隊員を射殺」と読めます。今年は520人もの命が奪われた、日航123便の墜落から40年ですが、上の「待機命令を無視して救助に行こうとした自衛隊員を射殺」というニュース速報を見るたびに、わたしは…あの日あの場所でいったい何が起きていたのか…と、色々と思いを巡らしてしまいます(注)。(注)森永卓郎さんも「待機命令」のことを自衛隊関係者から聞いて確認したそうで…「待機命令」そのものが出てい