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今回の入院は今日で終わり。2/8から2/22までの14泊15日であった。実は入院中にどうしても耐えられなくて、1度部屋を変更してもらった。本当はスルーしようと思っていたけど、やっぱり書いておこうと思う。この病院は新しい建物なので大部屋といっても4人部屋であった。(法改正後)自分の場所は窓側で、広さも十分だったので居住空間としては問題無しだった。また、看護師さん達もテキパキしているし対応も非常に良かったと思う。しかし、対面の窓側の患者が最悪で本当に迷惑な野郎だった。独り言を大きな声で
こんにちは!またまた1ヶ月空いちゃってお久しぶりになっちゃったけど…今日はこっちにも残しておきたい内容だったから久しぶりのブログです!!先月末で病気になって5年になりました!ユーイング肉腫と診断されてから5年。突然小児がんだと言われた日から5年。当時15歳だった僕は5年の闘病生活を経て20歳になりました。長かったな~。長かったのかな。あっという間な気もするけどどっちなのかな~。長い長い入院生活だけど、もう20歳かって焦る気持ちもあるし長いんだか短いんだか分からないかも。無事に治療終えた
先生からの言葉『「卵巣がん」と診断されて決めたこと』知るのが怖い決めたこと、それは「調べない」です。がんと診断されて真っ先に思ったことはわたしはこれからどうなるの?でした。まさか自…ameblo.jp卵巣がんと診断されて「調べない」と決めたわたしですがそのあとそう決めたことは間違っていなかったと確信する出来事がありました。診断されてまもなくすぐ手術のために入院しました。入院してすぐ先生が部屋に回ってきてくれたときに「調べると色々
術後当日はあまり覚えていないが、ほとんど眠っていたかと思う。強烈な痛み止め(医療用麻薬)が背中から入っていて痛みはほとんど感じなかった。翌日も痛みはあまり感じ無かったが、とにかく管が多くて大変だった。そして便意の問題などもあったけど、回復は順調なのかなと思っていた。翌々日は更に元気になって看護師さんから痛みのレベルを聞かれても安静にしていればほとんど無いと答えられるまでになった。午後になるとリハビリの先生がやってきて歩く事や、座って膝や足首に力を入れるリハビリも開始した。全ては
38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣBと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気と闘う不安な日々を綴っていきますクリニックに入り、受付を済ませるとすぐに診察室に呼ばれたこのクリニック、いつも混雑していて1時間待つこともよくあるので、驚いた完全に急患扱いじゃないかクリニックの女医さんの話はこうだった「見た目的に子宮頸がんを疑ったが、細胞診の結果に陰性とも陽性とも書かれていない」「膣内の細菌を調べたけど、HPV(ヒトパ
12年前、娘が白血病になって、私たち家族3人の生活は一瞬で変わりました。娘は当時、新体操の選手クラスで、毎日のように新体操に通っていました。ある時から微熱、アザ、鼻血、腹痛が続き、病院へ行きました。検査をすると、結果は、「急性リンパ白血病」今でも、その時のことをはっきり覚えています。まるでドラマのワンシーンを見ているようでした。娘はまだ、これからどんな日々が始まるのか分かっていない様子でした。私はただただ涙が止まらなくて、病院の箱ティッシュを全部使い切ってしま
10月救急車を呼び入院。3年ぶりに服薬したプレドニン15mgx6日間のその後。まとめると、退院後少しずつ血中酸素が下がり、12月には92-93になった。苦しいので、買い物は個人宅配に頼り、ゴミ出し以外は外には出ない。ところが、冬至の朝、眼鏡をかけようとしたら、フレームが真っ二つに割れた。別に今すぐは困らないが、このタイミングで自分に近いモノが壊れたので、何かあるかもと思い、翌日は風もなく穏やかな日だったので、仕方なく駅前の眼鏡屋さんへ行く。もちろん、息苦しいので、休み休み1歩1歩。到着しても
8月8日(土)病室での夜でしたが、昨日はぐっすり眠ることができました。今朝は6時に起床し、体温や血圧などの測定がありました。今回から新しく始まった抗がん剤は、以下の3種類です。・ビラフトビ1日1回4錠・メクトビ1日2回3錠(朝・夕)・アービタックス2週間に1回の点滴(約3時間)主な副作用としては、皮膚障害や眼障害などがあると説明を受けています。皮膚障害では、にきびのような湿疹が顔や頭、胸、背中などに出たり、指先に症状が出たりすることがあるそ
38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣbと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気と闘う不安な日々を綴っていきます自分の経験が誰かのためになれば報われます。38歳都内在住既婚子なしのめいです。2025年10月にがん宣告を受けました。TC療法+アバスチン+キイトルーダ4クール目に入っています。抗がん剤治療は順調に進んでいます。投与直後の味覚障害以外は、大きな副作用もなく・・・なんて油断してたら、めちゃくちゃお腹痛い!!ほとんどずっ
38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣBと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気、そんな不安な日々を綴っていきます38歳都内在住既婚子なしのめいです抗がん剤治療がスタートしましたEP療法と呼ばれる治療シスプラチンとエトポシドと呼ばれる薬を投与します入院期間が長い…初日午後から入院→点滴(生理食塩水)2日目抗がん剤投与約3時間3日目抗がん剤投与約1時間4日目抗がん剤投与約1時間5日目点滴6日目退院そもそも初めての入院
こんにちはこうちゃんの家内です。主人ですが9月26日10時6分、家族みんなに見守られながら、天国へと旅立ちました。29日お通夜、30日に葬儀となり皆様へのご報告が遅れましたこと、お詫び申し上げます。8月末に自宅に帰って来てからは、毎日のように親戚や同級生が会いに来てくださり、とても穏やかな時間を過ごすことが出来ました。「今までの人生の中で、あなたと結婚出来たこと、子供達二人を授かったことが俺の宝だ。本当にありがとう」と私に伝えてくれました。この言葉を胸に生きて行けたらと思
52年来の友人M江と電話で2時間以上も長電話💦彼女は昨年、ご主人(私もお友達)を肝臓がんで亡くしたばかり『50年前の卒業写真』中学1年の途中まで苫小牧という所に住んでいました。その頃の友人で未だに繋がっているのは二人だけで、そのうちの一人もっとも付き合いが長いM江(もう一人男性がいる…ameblo.jp結構弱ってる私に、、喝❗️(笑)最近の私達の状況を話したらやっぱり彼女も同じ状況だったようで、、「あんた、絶対毎日顔見に行きなよ!」って。''あんた"呼びをされるお友達の
こんばんは😊私は2024年、44歳のときに古典的ホジキンリンパ腫・ステージ4と診断されました。そこからAAVD療法を6コース。「抗がん剤って、どんな感じなんだろう?」治療前は、正直よく分かりませんでした。実際に経験してみて、私が「これはしんどかったな…」と思ったことを5つ書いてみます。①とにかく疲れるこれが一番つらかったかもしれません。治療後は体が重くて、「ちょっと休憩しよう」と思って横になったら、そのまま寝てしまう。今まで普通にできていたことが、ものすごく疲れる。
38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣbと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気と闘う不安な日々を綴っていきます自分の経験が誰かのためになれば報われます38歳都内在住既婚子なしのめいです。2025年10月にがん宣告を受けました。『#63【難治がんステージⅣ】1年先が見えない。』38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣbと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気と闘う不安な日々を綴っていきます自分の経験が誰…ame
38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣBと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気、そんな不安な日々を綴っていきます38歳都内在住既婚子なしのめいですハンドルネームの由来は死んだ猫の名前です実家は裕福、夫は向上心があり、しっかり稼いできてくれる金銭的にはとても恵まれていたと思うその何不自由ない環境が起因してか野心はゼロとりあえず、なんとなく仕事はしているけど、やりがいがなく不満ばかりこの先の人生が全く描けずにいたプライドだけは高
ファミリーマートの『のり弁』がワンコインで買える。しかも、もれなく『お〜いお茶』が付いてくる。最近はコンビニの弁当が高くなってしまったが、これはかなりオトクなの感じなので買ってみた。(写真を撮り忘れた!)味は昔ながらの『のり弁』だったし、何よりも海苔に切れ目がしっかりと入っていたのが好印象だった。駄目な『のり弁』は海苔に切れ目がしっかりと入っていないから、海苔がめくれ上がってしまってご飯が食べ難い場合がある。あれはいつも腹立たしい。こういった、ワンコイン弁当でそれなりの量があ
🚃TRAINTVで発見👀10/10駒沢公園中央広場での『RyuichiSakamoto|Opus』特別野外上映会へ行きました坂本龍一さん亡くなる半年前、闘病生活の中で残る力を振り絞り収録されたというこのコンサートフィルム。映画館とはまたひと味違う、秋の夕暮れから夜へと向かう開放的な野外の空間で鑑賞しました。とーっても気持ち良かった凄い数の人が集まっているのに、広場に静かに響き渡るピアノの音•*¨*•.¸¸♬︎一音一音に魂が込められていて、本当に感動的でしたYMOの「T
【衝撃】ハチミツ二郎さんの腎臓移植はなぜ失敗したのか?専門医が語る真相。https://www.youtube.com/watch?v=qtwvR6-kmoY過去に血糖値が630mg/dlという非常に危険な数値で倒れ、重度の糖尿病を発症したことを公表しています。現在はその影響で人工透析や腎移植に向けた治療を続けており、日々の厳しい血糖コントロールが闘病生活の重要な鍵となっています。37歳で糖尿病を発症、その後進行して人工透析を受けるようになり、2025年秋には腎移植の失敗に伴う感染症により
38歳で小細胞型神経内分泌がん(子宮頸部)のステージⅣbと診断されました希少がん、治療法が確立されていない病気と闘う不安な日々を綴っていきます自分の経験が誰かのためになれば報われます38歳都内在住既婚子なしのめいです。2025年10月にがん宣告を受けました。がんになって良かったことってありますか?もちろん、「がんになる人生」と「がんにならない人生」を選べるなら、迷わず後者を選ぶけど・・・がんになってからの人生も、悪くない。今は、そう思えているかも。私は自己中心
夜、YouTubeを見ていたら中村ゆりさんの訃報が流れてきてびっくりしました。最初の見た時は、またフェイクニュースかなぁなんて思っていたら、Yahooニュースになっていて本当だったんだとかなりショックを受けてしまいました。大好きな女優さんだったこともありますが、やはり母と同じ直腸がんで亡くなったことが母と重なってしまいました。7月に、腸閉塞になりそこからわずか2ヶ月で亡くなった中村ゆりさん。私の母も、7月に腸閉塞になり10月にこの世を去りました。その時のことがフラッシュバックされ、眠ることが