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こんにちは先日、信貴山朝護孫子寺へ行ってきました今まで有人だった駐車場の精算が、カメラ式駐車場になっていて、精算機での支払いに変わってた信貴山にも近代化の波が~以前、朝護孫子寺に来た時、なぜかすっ飛ばした開山堂今回のお参りは開山堂からスタートです開山堂で、「八十八ヶ所霊場のお砂踏み」ができるようです紅葉が美しい石段を上がっていくと・・開山堂がありました開山堂の前で、説
8月23日(土)黒田家重臣の眠る妙楽寺(その2)吉田様の案内で、黒田藩重臣の墓碑をめぐることができました。吉田様とは、黒田二十四騎・吉田長利のご子孫にあたる方です。最初に案内してもらった黒田監物の墓寛永15年2月22日没鷹取養巴之墓福岡藩医慶応元年10月23日没伊藤小左衛門一族の墓開山堂参道から最初に見えた建物江戸時代後期の建物伊藤小左衛門一族のお位牌もお祀りされているそうです。
埼玉県入間郡越生町長昌山蓮華院龍穏寺経蔵(堂)龍穏寺(りゅうおんじ)は807年草創、1472年に太田道真・道灌父子によって中興された名刹です。1612年には、江戸幕府初代将軍・徳川家康公より「下総総寧寺(千葉県市川市)」、「下野大中寺(栃木県栃木市)」とともに、曹洞宗を統括する僧録司(そうろくし)に任命され、“関三刹(かんさんさつ)”と呼ばれていた時代もありました。「龍穏寺」の由来はかつて山に棲んでいた“悪龍”を、当寺第5世住職である雲崗舜徳(うんこうしゅんとく)和尚の霊験によって