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塩尻と飯田を結んだ伊那街道の宿場で、現在の住所なら下伊那郡松川町上片桐にあたる。今は県道となっている道路沿いに街道の風情が残り、長屋門が復元されている。
4月26日の日曜日は、最近毎週末の恒例行事となっている「EXPOLEGACYHYOGOスタンプラリー」のスタンプ集めにお出かけ🚗³₃まずは「国立明石海峡公園神戸地区あいな里山公園長屋門」のスタンプを目指しました。そして写真撮り忘れた💦こちら、車で行ったからなのか?入った場所の問題なのか?は分かりませんが「大人一人950円」の入園料がかかりました。兵庫県のHPでは「無料扱い」ですから、気をつけないといけませんね☝️スタンプが置いてある「長屋門」にいちばん近い駐車場は「藍那口A駐車場」。
財政危機の松江藩を救った「高麗人参」住宅街の道路に「門」がある!?本日7月28日は、「地名の日」。白潟天満宮のそばにある天神ロータリー。このロータリーで東を向くと、道が3つに分かれています。JR山陰本線の高架を挟んだ左側と中央の道は「アベック通り」と呼ばれており、たくさんの飲食店が並んでいます。そして、一番右側の道を進んでいくと、屋根だけが残った門が現れます。この門はかつてここに高麗人蔘の製造、加工、流通、販売を行う役所が設けら
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しましたが、「城門」は軍事施設である「お城」へ
☆明治天皇行幸時の休息所江戸時代、この場所のすぐ北の道路は青梅街道の旧道で、街道沿いには一帯の名主を務める中田家が屋敷を構えていたそうです。『明治16年(1883年)埼玉県飯能の近衛師団演習統監に向かう途中、1時間ほど中田秀吉(村右衛門の父)邸で休息された後、名馬「金華山」に乗り換え、反応に向かわれた。1週間後には、小金井の観桜会へ向かう途中で同邸に立ち寄られた。この2階の行幸に際して金七拾円が下賜され、感激した中田氏は小金井桜を買い、青梅街道経由で荻窪の邸に荷馬車で運んだという。以降、明治
宝幢寺の境内を探索しています。墓地に庚申塔のフラグが立っていたので探し回っています。真ん中の石像がそれっぽくはあるんですけど、どうだろう。位置的に正面からは確認ができないのです。青面金剛のようにも見えますが、邪鬼も三猿もいない。側面の彫刻は蓮華だと思われるので、観音様の可能性が高いかな。他にもそれらしきものはあったんですけど、いかんせん墓地なので、あまりウロウロしてると墓荒らしか何かと間違われてしまいそうです。入口で見た業者さん(複数名いました)にもちょくちょく遭遇するので、ここ