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岩槻城は太田道灌が築いた城、と今まで頭にインプットされていた。ところが近年、成田氏が築城したという史料が見つかったことで、今のところ両論並立となっているらしい。かつては川と沼と町屋を取り込んだ総構えの壮大な平城だったと言われているが、今はそのほとんどが公共施設や住宅となっていて、往時をしのぶものはわずかに、移設された門や一部残っている土塁、空堀だけとなっている。黒門と呼ばれる長屋門。農家の長屋門より小ぶりな感じだが、武家の門という雰囲気が伝わってくる。元々どこにあったのかは不明らしい。
☆明治天皇行幸時の休息所江戸時代、この場所のすぐ北の道路は青梅街道の旧道で、街道沿いには一帯の名主を務める中田家が屋敷を構えていたそうです。『明治16年(1883年)埼玉県飯能の近衛師団演習統監に向かう途中、1時間ほど中田秀吉(村右衛門の父)邸で休息された後、名馬「金華山」に乗り換え、反応に向かわれた。1週間後には、小金井の観桜会へ向かう途中で同邸に立ち寄られた。この2階の行幸に際して金七拾円が下賜され、感激した中田氏は小金井桜を買い、青梅街道経由で荻窪の邸に荷馬車で運んだという。以降、明治
昨日の満月は完璧でした浄化されながらのウォーキング昼間は不登校児支援ボランティアおうちでおみくじを作ってきてくれた子がいて私もチャレンジさせてもらうと・・・満月パワーか大吉でしたおめおめ~おめって書いてあるRちゃんありがとうそして今日は節分近くの和風公園へ節分祭に行ってきました嵐の前の静けさ↓どんど焼きも先月行われたようです行きたかったな・・・続々と人が集まってきました冷え込む寒さの中まず最初に瀬谷区の三味線奏
四国には大きな家が多いそれも長屋門が付いた家が多い20240618阿南市
冬の海が見たくて、忽那諸島の島と島を結ぶフェリーに乗った。忽那諸島は、ほぼ全域が瀬戸内海国立公園に含まれる歴史を秘めた海域。いつの間にか目の前に赤い桟橋の港が現れた。▼そこは、忽那諸島の一角を担う睦月島(むづきじま)の「睦月港」。忽那諸島の有人島の中では主島の中島本島の東に位置するという。
市内でも散策したことがないさいたま市見沼区付近の第二産業道路から少し入った辺り。とてつもなく大きな長屋門を見つけました。西側には正門もあります。こちらのお屋敷は東側に正門西側に長屋門敷地も広く全て塀で囲まれています。自宅から比較的近い緑区内の長屋門高さはそれほどでもなくこじんまりとしている印象。見沼区の長屋門の方が総じて大きいかな。いずれにしろ長屋門を維持して後世に残して行くのはお金も労力も半端ないのでしょう。写真2枚目、3枚目のお屋敷は、現在お住まいで
目白庭園4mの滝と紅葉2026年1月8日(木)13時10分~14時50分目白庭園赤鳥庵六角浮き見堂池に映る景色池の広さは500㎡、深さは1.2mの大池高さ4mの滝毎分3トンの水が流れています石組みの素晴らしさサザンカ結婚記念写真撮影の名所長屋門の塀西武線踏切電車が走る
目白庭園紅葉と六角浮き見堂2026年1月8日(木)13時10分~14時50分目白庭園六角浮き見堂池に映る景色石塔青空雪吊り池園内の道赤鳥庵
目白庭園長屋門入口2026年1月8日(木)13時10分~14時50分散歩道ビオラスイセントランペットエンジェルスパンジー目白庭園塀長屋門入口赤鳥庵池と青空六角浮き見堂池に映る景色雪吊り
この長屋門は、厚原植松家の表門で、江戸末期のものとと伝えられる富士市内唯一の長屋門だそうです。植松家は、今から800年ほど前、植松家2代兵庫之助信継がこの地に移り開墾を行い、代々飲料水や田畑のかんがい用水を供給する鷹岡伝法用水を管理してきたので、植松家は樋代官と呼ばれていたそうです。
広見公園遊具広場から上がって桶代官長屋門を見学しました。
皇居乾通り一般公開の続きです。こちらはシキザクラだそうです。まあ、これだけ色が付いている時期は中々見れないですね。富士見多聞(御休息所前多聞)は結構すごいとろにありますね。本丸でもこちら側は元々建物が少ない気がします。門長屋?こちらは明治期に建てられたもののようです。長屋門ていう感じですね。江戸期にはこの奥が紅葉山だったようです。歴代将軍の霊廟と東照宮があったようですね。続きます。
相ノ木家の祖先は朝倉氏の一族で、当地を支配した豪族だった。江戸時代は帰農して庄屋となり、江戸時代中期の茅葺民家が現存している。ただ、現在は非公開で正面の長屋門越しに屋根が見えている。(福井県丹生郡越前町小曽原)
こんばんは今朝はベランダからの富士山は見えませんでした。ザ〜ンネン‼️外に出る時には少し曇り空でしたが、暫くすると青空が一面に広がり建物の間から白帽子を被った富士山の姿が見え隠れしていました。ヤッタネ‼️見えないと気分的なものなのか?テンションが上がりません(笑)朝は二重手袋をしていても指先は思うように動かせず、というか指が伸びません。いつもながら給湯のお世話になりました。困ったちゃんです。今日は昨秋以来となる西国分寺駅周辺を徘徊⁉️して来ました。このエリアは学生時代にテニスの練習
前回はこちら興雲閣の後、歩いて八雲庵に行き、そこで、出雲そばを食べました。その後、歩いて武家屋敷に行きました。武家屋敷の入口です。武家屋敷邸内ご案内板です。武家屋敷で、僕の着物姿の自撮りをしました。スマホでも、僕の着物姿の自撮りをしました。長屋門及び中間部屋です。長屋門及び中間部屋の説明板です。武家屋敷の紅葉です。武家屋敷の庭園です。瀧川君山先生故居碑です。瀧川君山先生故居碑の説明板です。鼕の説明板です。鼕です。続きはこちらにほんブログ村
今年は宇治市内から南部の工事が多くて京都市内に上がる用事も少なくてよって映画村に行く回数も少なくなりました。それでもやっぱし京都市内にもお客さんはいますから呼ばれたら二つ返事でクルマを飛ばし下京区を越えたら”私の道の駅”に寄りましょう(^^)来年3月にリニューアルオープンする映画村。来年1月には中村座の解体工事が始まると言います。恐竜もいなくなるって聞きました。じゃどんな仮囲いして客を奥の広場に誘導するのか建築屋として興味津々です。いつもは町娘会いたさに来るんで
こんばんは~🌃荻窪三庭園へお邪魔した日お昼時に行列が長かったので後回しにし15時頃に再度お邪魔したお店はこちら↓「春木屋」さんです荻窪らーめんの伝説的な存在私たちの世代はお店の名前くらい誰でも知っているのでは?外にタッチパネルの食券機現金は使えませんので注意⚠️ズラした甲斐あってすぐ入店できましたいちばん人気らしいわんたん麺を頼みました美味しかったですスープに独特の風味を感じましたまたワンタンがそのスープを吸ってとろんとしていて美味味玉もつけました大満足で満
冬になる前に、中山道歩きを完結しようと思い出立しました。以前(2013年)は「3泊4日」で歩いたコースなのですが、今回は「4泊5日」としました。11月24日、14時頃「本庄駅交差点」に戻り、旧本陣家があったとされる場所付近からスタートとしました。「埼玉りそな銀行」の左奥に「本陣・田村家」があり、田村家の筋向いに、もう一つの本陣「内田家」があったようです。交差点の先、左の路地奥に「本庄城主・小笠原信之」が建立した「円心寺」があります。「山門」(江戸中期)が、豪壮でした。「秀吉の小
前回からの続き(6月6日のこと)になります天王寺公園を歩き、大阪市立美術館の手前にあるので、美術館の門?(ただそれにしては不釣り合いですが🤣)と勘違いするようなものがありました旧黒田藩蔵屋敷長屋門住所・大阪府大阪市天王寺区茶臼山町5-55HP・大阪市84.旧黒田藩蔵屋敷長屋門(きゅうくろだはんくらやしきながやもん)天王寺区茶臼山町1天王寺公園内大阪府有形文化財オオサカメトロ御堂筋線・JR「天王寺」下車北西約300mこの長屋門は、江戸時代中期の蔵屋敷の遺構をもつ数少ないもの
今年の紅葉も終盤に近付きましたがまだ見に行っていない紅葉があり見に行ってきました。大磯の東の池の近くにある御嶽神社の夫婦銀杏です。東の池はすっかり冬景色厳島神社のイチョウはすっかり葉を落としていましたが道路向こうに見える御嶽神社のイチョウはただいま真っ盛り。道路を渡りまずは神社入り口庚申様にご挨拶。路地奥の丘の上に見事なイチョウが見えてきました。境内のイチョウの絨毯はまだまばら
福岡県朝倉市の秋月城跡です。正直なところ、他の場所が紅葉見頃だったので、少し遅いかも?と思ってましたが、、、、残念でがピークは過ぎていました。それでもところどころ、きれいな場所だけ撮影してみました。(撮影日12月3日)ポツリと紅葉の葉がありました。夕方の光(斜光)が鮮やかに紅葉を浮かび上がらせてくれました。博物館の入り口です。いい感じでした。秋月城跡(長屋門)です。秋月城黒門の入り口付近から眺めてみました。
「報恩寺山門は長屋門」。遠州鉄道宮口駅から南へ800m。(静岡県浜松市浜名区(旧浜北区)宮口1344-1)駐車場あり。トイレ・自販機なし。天文23年(1554)開創の報恩寺。門が“長屋門”。もともと長屋門って使用人を住まわせたりする場所で権力・地位の象徴でした。この長屋門は“醤油屋長屋門”の移築と皆さん言っています。じゃあ“醤油屋”はどこ?今残っている地域の醤油店は明治屋醤油株式会社さんだけです。↓【目次】その他の場所
自転車(ボロいママチャリ)漕いで、ひと山超えて獅子ヶ谷に到着・・・いちおう横浜市ですが、農村みたいなド田舎でビックリ。みその公園「横溝屋敷」。江戸時代、この辺り一帯(獅子ヶ谷村)を纏めていた、横溝さんちのお家。と同時に、江戸時代の農村生活を紹介&体験する場となっています立派な長屋門の前は、水田どどーん、立派な茅葺き屋根の母屋。開け放された戸、昔の家ってシンプル&機能的、美しい縁側から見た長屋門。1階&2階は、自由に見学できます(無料)。当時の農村で使われ
本間家旧本邸本間家旧本邸のホームページhommake.sakura.ne.jp塀がまず立派邸内は撮影不可主人の書斎は四畳くらいでとても質素な調度でした利益を独り占めすることなくみんなに分け与える人となりだったそうです臥龍の松重みで屋根が壊れないだろうかと心配になる日本庭園も風情があります外国のかたが熱心に写真を撮られておりましたお向かいの別館売店になっています別館お店側から見た長屋門こちらは撮影可能帳場重厚ですね🧐白壁
11月末日です。晴天が続いています。陽射しの下では暑さを感じるほど。浦和区大東の長屋門の旧家前で。快適な季節を過ごしています。市内ポタリング終了後。今秋は台風直下もなくよかったよかったと思いつつ、降雨が少ない印象。組み上がったZUNOWTOPPYアルミフレームオールメッキ乗り味はかなり軽いです。決めては完組みホイールのWH-7800とニッケル製のスプロケットCS-780012-27来週末は今年最後の旧車イベント。もう少しこの過ごしやすい季節が続いてく
広見公園ふるさと村から見下ろした茅葺き屋根の桶代官長屋門です。
やっとたどり着いた旧野崎邸ですが、誰もいないのでまごまごしているとちょっと出かけているみたいですよと若者が行ったのでどんどん見に行きました長屋門長屋門裏側表玄関御成門長屋門裏側、右に内玄関縁に続いて1間の畳縁表書院なので格式が高いです広縁に彫刻が置いてありますが、見てる余裕がありません庭の奥に東屋庭から主屋を見る茶室が3ヶ所あるらしい中座敷台所薪納屋夜具蔵、湯殿?お手洗味噌製造所ほぼ1周してきました。蔵が
前の記事の続きです「お鷹の道」を歩いて「旧本多家住宅」に行きました旧本多家は代々国分寺の名主の家です旧本多家住宅長屋門市重要文化財江戸時代末期1848年の建築史跡の駅無料休憩所兼案内書史跡の駅の前にも地元野菜の販売所資料館内部の撮影は禁止でした昔の国分寺にあった七重塔のレプリカ旧本多家住宅の倉旧本多家住宅の庭ユズカラスウリナンテン☆ご覧いただきありがとうございました
土間へ入り座敷へ上がり眺めた後は元の土間へ土間周囲は土間が広いかまどがづらりと並んでます右が北面庇・左が西面庇5連かまど4連かまどいづれも煙突が無いですね相当煙が出たのでは使用するのは炊き出しの時だけだったとか梁が太い北面から南を井戸屋形北面庇を出て左側米踏部屋本屋を出て中庭へ全体見取り図7文書蔵6米蔵米蔵内部1米蔵内部2出入口の敷居昔のレール木のコロが土戸を動かしやすく工夫知らなかったなぁ内側は木戸ですね大きな戸車が見えました石畳みが・・・
きのうは松本民芸館を訪ねました松本民芸館は、松本市近郊の里山辺にあります建物は、なまこ壁の蔵造りで庭は自然に近い雑木林になっています柳宗悦の民芸運動に共感した丸山太郎氏が昭和37年に創館しました昭和58年に松本市に寄贈され現在は、市が運営しています天気も良くて庭の紅葉がきれいでした松本民芸館長屋門の外から紅葉がきれいな庭門を入ると・・・民芸館の入り口です民芸館内部の展示