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さて、お盆に綴る第2弾はやはり語りつくせない愛情をもらった母親のお話です。写真は私が大学生の頃に母の職業だった跡を継ぐために三味線を弾いていたころの写真です。え?体型が…。それは教えられませんが…。昭和11年生まれの太平洋戦争時代を生き抜いてきた強運の持ち主でした。神戸も戦禍に見舞われ当時西出町にあった自宅が全焼してしまった時期もありました。戦後、祖父母と須磨へ移り住み祖母の事業が軌道に乗り、昭和30年代から40年代は母にとっても大変隆盛の世だったと聞かされました。その中で生まれた私も
このたび長唄の魅力をもっと身近に届けたいという想いから音楽配信をスタートいたしました。Spotify/AppleMusic/AmazonMusic/LINEMUSICほか主要ストリーミングサービスにて一斉公開!是非ご視聴ください🎧「喜三の庭」「蹴鞠」喜三の庭お使いのブラウザはサポートされていません。アップグレードしてください。music.youtube.com蹴鞠Shugiku公式アルバム、シングル、ミュージックビデオ、リミックス、ライブパフォーマンスな
仕事を早めに切り上げて、午後7時開演の歌舞伎座の第3部に行ってきました。まずは、十七世・勘三郎の注文による変化舞踊で、中村屋親子兄弟による「舞鶴雪月花」です。ちょうど2年前にも中村屋の親子で拝見したところ、「雪月花」の名のとおり、春、秋、冬の三段構成。上の巻の「さくら」は、中央に大きな満開のしだれ桜。ちらっと顔を見せた町娘が、木の陰から姿を現す。見渡せば柳さくらをこきまぜて錦を飾る花車、、、これが、七之助による桜の精。桜尽くしの長唄の中、艶やかで清潔な舞を見せ、散
令和8年のお盆を迎えました。宗教的なお話は抜きにして小さなころからお盆は仏さんが帰ってくると教えられて育ってるので第1回は親父の話から…。私は小さい時から実の親父には縁がなく1歳半と記憶のない頃に両親が離婚していて顔と存在を知らないまま13歳まで母と叔母と祖母の3人に育てられました。それが当たり前だと思ってたので最初に親父に会った13歳の時はただただ嬉しかったかな。男親を知らずに育ってるのでこの人が父親やったんやぁと思ったものです。二人きりにしてもらってお父さんと話したけど会話がつなが
皆様、こんにちは🌞#名古屋市&#東郷町、#横浜元町で、#長唄、#三味線教室主宰しています、#杵屋勝千華です。やさしい三味線・長唄教室名古屋&横浜&東京&ハワイshamisen.nagautaclassやさしい三味線shamisen、長唄nagauta教室katsuchika.amebaownd.com春が近いのかと、思いきや、またもや寒い🥶今日この頃。風邪ひかないように、暖かい日々を待ちたいですね。🌸さて本日は、桃華の会、開催お知らせです本年も【長唄桃華の会】を開催させていた
普段のお稽古の時は木バチを使う。長唄の場合、だいたい25匁くらいのだと思う。流派によってさまざま。僕は40数年前、25匁の木バチを渡された。重さが色々あることも知らなかった頃。「昔は手首を鍛えるためにもっと大きなバチで稽古したりした」と和佐次朗師が言った。そんなもんかと35匁とか40匁とかの木バチを買った。確かに、これ楽だなぁ、バチの重さで弾ける。上げたら降りてくるわ。チンチリレンとか弾いて手首を鍛えた。「鍛えた」のかなぁ?手首って鍛えられるのかなぁ?その当時は思わなかっ
師匠・今藤政太郎の訃報に際し、温かいお言葉やメッセージをいただき、誠にありがとうございました。一昨日、無事に告別式が執り行われました。寂しさは尽きませんが、師匠が遺してくださった「三味線音楽を次世代へ繋ぐ」という強い想いを胸に、私も足を止めることなく、この一週間を全力で駆け抜けてまいりました。振り返ると、まさに怒涛の日々でした。岩手県立宮古高等学校での文化庁事業(岩手の地で訃報を知りました)帰京後、納棺への立ち会い七夕コンサートでの演奏勤務校(国立音大附属中)での前期最後の授業内発表
現在、東京都現代美術館で開催されているのは、“(UN)KNOWNHIROKOKOSHINO―新説/真説コシノヒロコ―”。日本を代表するファッションデザイナー、コシノヒロコさんの過去最大規模となる展覧会です。↑こちらは、プレス内覧会にて、ライブドローイングを終えた直後のコシノさん。プロフィールに“1937年生まれ”とあって、思わず二度見してしまったほど、若々しくてチャーミングなお方でした。さてさて、本展は全6章で構成されています。導入となるチャ
NEO舞踊劇「元禄おんな忠臣蔵」覚え書き〈後編〉〈前編〉はこちらです↓『名古屋をどりNEO傾奇者長唄覚え書き推しと推したちの共演〈前編〉』氷艶2017破沙羅で高橋大輔さんが長唄で舞った衝撃から8年。まさか地方(じかた=日本舞踊の伴奏者のこと)の生演奏で、「鷺娘」を舞う日が来ようとは!しかーも!長…ameblo.jpここで舞台はおどろおどろしい雰囲気となり、西川流の舞踊の名手の方々による常盤津舞踊「双面水照月」(ふたおもてみずにてるつき)が始まります。これは歌舞伎「隅田川続俤」(す
入蔵は長唄三味線を稽古している時期がありました。土曜の午後に稽古に行っていましたが、入蔵は土曜に稽古の時間をとることが困難な生活環境になってしまい稽古に通うのが難しくなってしまいました。お稽古に通う皆さんが入っている会においては本当に中途半端な立場にいます。そんな入蔵にも「浴衣浚い」へのお誘いの言葉をかけていただきました。本来なら師匠とお呼びするべきなのですが、先生は東京芸術大学をご卒業の方で、邦楽は勿論、洋楽を含めた音楽理論に通じた方なので、入蔵は先生とお呼びしています
歌舞伎座での七月大歌舞伎、昼の部に行ってきました。まずは、松羽目物の狂言舞踊で「末広がり」。ともに初役の、隼人の太郎冠者と大名の染五郎、その相性は?幕が上がると、囃方5人に、長唄連中の唄と三味線が22人。これは見栄えがあります(まつばめだけに?)。都に末広がりを買いに行かせたのに、なかなか帰ってこない太郎冠者に気をもむ大名。祖父の貫禄がちらほら見える染五郎。軽やかさを意識しながら、声が荒く柔らか味が薄めなのは、これからの勉強。そこに、同心役以来すっかり肩の力が抜け