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雨になりました今日は、仕事暇でたっぷり長唄自主稽古しましたこれからいつものコースプールサウナ😌♨️明日は、大雨になるらしいので家のまわり屋上の物干し棹とか片付けました暴れないで🌀🙏
今日は、ぎふ清流プラザで、「ぎふ清流座伝統芸能のいろは~舞踊家・振付師谷口裕和に迫る~映画「国宝」撮影秘話そして歌舞伎舞踊への想い」というイベントがあり、母を連れて観に行きました。出演谷口裕和氏進行葛西聖司氏プログラム一、長唄「長良の鵜飼」一、トークショー一、長唄「藤娘」演奏出演者長唄松永忠次郎連中鳴物福原貴三郎他谷口裕和さんは、岐阜県高山市出身の舞踏家・振付師の方で、映画「国宝」で、舞踏指導をされた方です。母は、
和服でお出掛けしたい…しかも素敵な所へ気軽に。これ以上ない!という程に素敵な所、ご紹介します!日本橋三越から程近い地下にある百川楼Momokawarohby水戯庵Suigian。水戯庵【公式】水戯庵|SUIGIAN歴史ある東京・日本橋の隠れ家レストラン&バー。日本料理を味わいながら伝統芸能をご観覧いただき、日本文化を通して非日常を体験できます。share.google〈水戯庵〉は、金曜日限定のラウンジ。日本の伝統文化を受け継ぎながら、音楽、ファッション、アート
いつも短歌を習っているしせつて敬老を祝ってライブがありました。津軽三味線です。チラシでは留袖をきている写真でしたからこの頃は津軽三味線も格調高くなったんだと思いました。私は子供の頃三味線を習ってました。細棹で長唄や小唄のお稽古をしてました。母が三味線が得意でよくよそのお弾き初めつまりお正月の演奏会に頼まれて出てました。母は津軽三味線が嫌いで竿の根元ばかり使っておかしいと言ってました。今日1時間聞いてみてなるほどと思いました。長唄の
こんにちは🐍むかーし昔から私の周りの界隈の人らは私の同級生らの周りの界隈の人らとちぃ~っと違っていた民謡・小唄長唄がちぃ~さな頃から耳にしていたので捉え方も聴き方も同級生らとは違っていた同級生らはほぼほぼは知らないし興味もなかった働く頃になっても同じ年代の人らとも理解度や捉え方が異なっていた人身売買の如くの時代背景も感覚が違い話が合わなかったつねづねにかねがねに普通という観点にあこがれた言い換えたら知らないのはラクだ
今年も銀座くらま会の季節がやってきます。はんなり銀座店が有りし頃に参加させて頂いた縁で毎年参加させていただいています。今年で102回を数える由緒ある会です。銀座の旦那衆といってもプロ顔負けの邦楽の達人たちのお祭りです。場所は新橋演舞場の大舞台。自分は若旦那や若女将のカラス組で出演させて頂きます。10月30日が本番。プログラムも出来上がってきました。映画「国宝」でも演じられた京鹿の子娘道成寺を唄います。7月から毎週、お稽古を行っています。何とか唄の形になってきました。毎年、
勧進帳のお稽古が終わりました…やっと。いつもならこれくらい弾けたら終わるかな、と思ってからが長かった…上調子が入ってからも何回かお稽古した。今日こそ…と思っても終わらない。弾けば弾くほど学びはあるし、決して嫌ではないけど辛かった。毎日の稽古が辛い。1回通して弾くだけでクタクタになる。なんとか1日2回は弾きたい、と思っても無理そんなこんなで、なんとか終わった勧進帳。師匠からの総括①唄あっての長唄、唄に合わせて弾けるようになるともっと良い。つまり唄い手によって楽譜とちょっと違
三味線を弾く、長唄を楽しむ、そんな人生を送っております。三味線を弾く、けれども長唄の三味線しか弾けません。「三味線弾き」の中には、僕のように一つの三味線しか弾けない人ともう一つはいろんなジャンルの三味線が弾ける人と分かれます。僕はいろんなジャンルが出来ないです。例えば常磐津弾けません、清元無理です、義太夫とんでもない。ま、中棹までならなんとかなりますが太棹になると手も足もでないのですが、皆んな三味線です。全く弾けません、技術的にも弾けないし、もっというと心の乗り換えが出来ません。もう
襲名フェス全国ツアー。どこかへは行きたいな、と思っており岸和田公演へ参ることにいたしまして。全国ツアーのテーマは、酔いどれ菊さん。藤娘で呑み、宗五郎で呑みまくり。丁度20年前に玉さまの『藤娘』を観劇して以来、菊さんの藤娘は初観劇です。チョンパで開いた時の華やかさ。紅い振袖で登場した時にはその艶やかさに会場中からため息が。私は子供の頃から本当に集中力の無さには定評がありまして(←)、この様な観劇時でも、心のどこかでは冷静にあれこれ観察、分析、ツッコミなどしてしまっているのですが。
こんにちは!きほうたです私たちは日々生きています改めて生きているとはどういうことでしょうか?心臓が動いている状態息をしている状態でしょうか?私は感情を沢山感じている時に生きている!と感じます残念ながら寝ている時は生きていると感じないのです悪夢から覚めた時にあぁ夢か生きてたと感じますし悔しい、悲しいそれから楽しい、嬉しいゾクゾクワクワクウキウキしている時も生きていると感じます今言葉にしたこれらの感情はグ
今年も8月に大学時代のクラブの同窓会がありました卒業以来、初めて会った人もいたよ〜ウン十年ぶりって私は2次会から参加して、まさかの3次会もあってそこでは皆ケーキとかのスイーツ食べてました昔の友達ってなんでこう穏やかに会話できるんだろうねぇ?もっと色んな人と話したかった〜時間が全然足りなかったわーって毎年思ってるよねまた来年も楽しみにしてます皆元気で集えますように。水戯庵にちょっとお邪魔したら、たまたまイベント開催の日で演者さん達から「見てって!』と声
長いこと雨がちな天気が続いていましたが、今日は曇りで気温も丁度良く久しぶりに中里公園お三味線を弾いてみました。住宅街なので通常の駒ではなく、音を抑える忍び駒付きです。今日も仔トラちゃんと一緒。お三味線は祖母の形見の紅木です。今のところ通報される等はありませんが、もしお見かけすることがあっても私は長唄壽門会の師範資格を持つただの婆なのでどうかご安心ください。ところで先日、しらとり台の聖邦堂さんに紅木のお三味線を注文しに行きました。祖母の形見ではなく、正真正銘自分自身で購入する初めての
令和八年九月五日浅草公会堂第六十回記念推薦名流舞踊大会長唄島の千歳を踊らせて頂きました最後の幕また、時間も押しておりましたが最後の幕までいらしてくださいました方にも感謝いたします誠に有難う御座いました幸若知加子こと三代目若柳吉三次写真は写真屋さんのところにて撮らせて頂きました写真写真屋さんの写真はまだ出来ていないためいらしてくださった方に撮って頂きました
岸の柳をお師匠さんにみていただく。ん~~難しい。お師匠さんが「まだ、わかんないか。無理か」とおっしゃる。悔しい。録音聴くと、わかる。直したい。「岸の柳」は難しいけれど、涼やかでステキな曲。大好き♪
「継続は力なり」という言葉だけが、自分が出来る唯一のことだと思ってやってきた。一般家庭から、しかも20歳からという遅い始まりで長唄の世界に入った。出遅れもイイとこで、まぁ、こんなに出遅れたらいっそという感じで、素人としたら逆に早いんじゃないかと。でも、まあ、プロになる前提で入っているので、そんな呑気なことは言ってらんない、でも「言ってらんないなーー」って呑気にすごして、なーんとなくやってきて、20年くらいいたらやっと目が覚めて、心入れ替えて、さらに10年くらいしたら、なんとなく形ついてき
<9月9日(水)晴れのち一時雨>水曜日のお稽古日は午前中⚫︎長唄「供奴」⚫︎端唄「香に迷う」※スタバのソイラテとドーナツお土産に頂きました♪お稽古終わりの姉妹弟子とランチにドロゲリアです♪サラダとコーンスープそしてカフェラテとカスタードのパイ青空だけど今日も雨になるのかな?ランチからお稽古です⚫︎端唄「紀文」※銚子のお土産です♪ピーナッツクリームと味噌ピー⚫︎長唄「千代の松」⚫︎長唄「供奴」⚫︎長唄「あやめ浴衣」本日のお家ご飯卵か
大雨の災害が酷いことになっていますが皆さまの所は大丈夫でしょうかまだまだ悪天候続きになりそうなので被害の拡大とならないよう祈るばかりです。そんな折ですがお知らせを・・・来月、10月11日にお江戸両国亭にてスク☆ハジライブを行います!自主公演、とうとう90回目ですこう数字で出ると自分でも驚きます・・・(100回目標!)今回はなち子さん(松永鐡文智さん)と杵屋喜三柚紀さんに出演をお願いし鷺娘と末広狩を演奏します。(あと鬼撥)鷺娘は映画「国宝」で
長唄を習う、三味線は好きだから楽しく稽古する。出来なかったことができると嬉しい、弾けなかった手が弾けると何より嬉しい。覚えてみる。これが大変で。それでも「おさらい会」のために一生懸命覚える。「おさらい会」の当日、間違えないで弾けたら素晴らしい。やったー!この曲を制覇した。よし、次の曲!となります。なーんにも間違えていない。でも、ちょっと視点を変えてみる。過去に覚えた曲が3曲くらいあったら、その曲たちを見直してみるなんて面白いかもしれない。一回制覇した、制覇したと思われる曲を
こんにちは!きほうたです長唄を習い出した時なんの曲から始めましたか?私は子供(10歳)だったので長唄の童謡を習いました〽️きじときつねとあひるのはなしけんけんこんこんけんこんこんけんけんこんこんけんこんこんがぶがぶがぶがぶがぶお三味線も非常に簡単で唄と一緒ですからすぐに弾けた記憶があります唄はそのまま紙人形シャボン玉あられ紅がらとんぼ虫の声などをやってそれから「末広がり」に入りました今はもうどう唄を覚えたか記憶にないので
こんにちは!きほうたです今日は前回に引き続き長唄「助六」について書いていきます長唄「助六」は天保10年1840年に桜田治助作詞、10代目杵屋六左衛門作曲で作られました冒頭〽️咲匂ふ〜恋に焦がれて助六がまでの置きは安政4年に付け加えられた物で最初はありませんでした河東節の「助六」の曲調を色濃く残しています河東節は同じ時代に興った他流派の中でも特に曲調が優美上品で高雅だといわれています「河東裃、外記袴、半太羽織に義太股引、豊後可愛や丸裸」という歌
お三味線では間違えても手を止めず、何事もなかったかのように弾き続けるのが良しとされています。私は藤間流日本舞踊の名取でもありますが、踊りの先生にも「間違えても、あっ間違えちゃったって顔したらダメよ」とよく言われたものです。ここ数日なんだか煮詰まっていて余裕のない弾き方をしていましたが、間違えても「間違えてません、こういうものなのです(キリッ)」という顔をして弾き続けると不思議と気持ちが楽になり、今日は気持ちよく京鹿子娘道成寺や雛鶴三番叟などを弾くことができました。この画像は父の遺品の
西東京で母の代から60年舞踊教室をしている金子奈美江です今、お稽古は今度の10月26日に開催される舞踊の祭典に向けて頑張っている最中です。長年頑張ってくれている生徒さんが今回は初めて長唄藤娘を15分一人で踊りきるというチャレンジをしてくれています保護者の方からこんな連絡が来ました。「静岡に家族で旅行中に知り合ったアメリカ人と親しくなり、その方が娘の踊りを見て、ぜひ目の前で見たいとのこと。踊りの場があるならお知らせして、とお伝えしたところ、10月の発表会に見に
こんにちは!きほうたです今回は10月の平成中村座の演目にもある「助六」についてのお話です全ての始まりは町人だった万屋助六と遊女の揚巻が心中したスキャンダラスな事件です場所は大阪という説や京都とという説など様々です時代も延宝時代(1673〜81年)という説と宝永時代(1704〜11年)という説がありますがまあ、このスキャンダラスな事件が元となって「万屋助六心中」という狂言が作られたのが助六ものの最古らしいですこの上方の助六伝説が江戸に伝わり当時有名
曽我兄弟が静御前とともに,仇の工藤祐経に正月の祝いの踊りと言って祐経の屋敷に入り込みます。ここで七種を料理する踊りをします。十郎が仇をはやるのを他のメンバーが抑えます。背後の長唄と,踊り,足拍子など良い雰囲気を感じられました。十郎にはくまどりがありました。血気盛んなことを表しているようです。
東京は明日から大雨なのでしょうか?皆様、大事ありませんように。先日、姉弟子の会の「つぼ合わせ」に、師匠の付き人として伺いました。つぼ合わせは、音楽合わせのお稽古です。スピードや抜き差し、きっかけなど、演奏と踊りを合わせながら細かく決めていきます。順番は本番通りではなく、長唄、清元とジャンルごと。そう考えると、本番よりも演奏する方は大変なのかもしれません。鳴り物さんも大勢いらしていて、音数も贅沢なつぼ合わせでした。姉弟子のお弟子さんたちは、皆さん本当に若くてフレッシュ。小さい頃から
長唄は分業、なるほど。唄いながら、三味線は弾かないし、弾きながら、唄わない。唄は唄だけ、三味線は三味線だけ。お囃子も、お囃子だけ。あ、そうだ。お座敷の芸妓さんは、唄いながら弾く。先日、演奏会があったけど、用事が重なり出演が叶わなかったけれど、当日は会場に向かい、楽屋挨拶したり客席から演奏を聴いたりしていた。うちのお師匠は唄と三味線の名取りさん。唄も教えてくれるし三味線も教えてくれる。(ちなみに、わたしは声帯が楽器としてはガラクタなので、三味線だ
こんにちは!きほうたです今回で日本の「うた」の歴史シリーズ最後になります!京都で都太夫一中が興した一中節から江戸で宮古路豊後掾が豊後節を興しますこの豊後節は色っぽすぎて風紀を乱すという理由で幕府から禁止されてしまうんですが芸そのものが絶えたわけではなく弟子たちがそれぞれ枝分かれして新しい流派を立てていきますその一つが常磐津文字太夫による常磐津節常磐津「忍夜恋曲者」(将門)豊後節のやわらかさと江戸の古い浄瑠璃の豪壮さを取り混ぜた芸風ですもう一つ
長唄は分業である。唄方と三味線方に分かれている。義太夫、清元、常磐津もそう。つまりは歌舞伎の音楽は皆分業。弾き唄いはない。長唄のお稽古をする時、唄を習うか、三味線を習うかということになる、たいてい。その三味線を習う。長唄の三味線を習う。お稽古は長唄の三味線部分を稽古する、唄は習わない。三味線を弾くこと、三味線の間で弾けることを主として習う。おさらい会では、その三味線にプロの人たちが合わせて唄ってくださる。それで良い、なーーんにも間違えてはいない。すっきりしている。でも
こんにちは!きほうたです前回は古代〜中世の日本の「うた」について書きました今回は近世前期の声が「職業」や「場所」に結びついていく時代ですまず京都で活動していた当道座の盲人音楽家である柳川応一がそれまでに存在していた三味線の歌曲を集めて改作したり自ら新曲を作曲したりして芸術的な三味線伴奏歌曲としての形式で16世紀末〜17世紀はじめに整えこれが後の「三味線組歌」となります三味線組歌琉球組その後三味線組歌に対して一曲を通じて歌詞にまとまりを持
8/22東京會舘で恒例の立川志の輔独演会が開催されました。出演者は志の輔師匠、全楽師匠、神田伯山先生です。出囃子、志の輔師匠は「梅は咲いたか」なんですが、今回はトリをつとめられるので「中の舞」です。(中の舞って2つあって、三下りのほう)全楽師匠は「五郎」、伯山先生は「瀧流し」です。志のぽんさんの出囃子は「しょじょ寺のたぬき囃子」です。(これだけは譜面出して弾いてます)私も出囃子で参加させていただき東京會舘での贅沢な一日でございました。その翌日〜8/