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熊本県山鹿市に「方保田」という地域がある。熊本県民でもなかなか読めない難解地名として知られる。「かとうだ」と読む。「かとうだ」と検索しても文字変換さえできない難解地名である。古くは「片保田」と書いていた記録もあり、「かたほだ」と呼んでいたのだろう。「かたほだ」の「たほ・taho」が「toh・とう」に変化したものだろうか?ここに「方保田東原遺跡」というものが存在するが、「邪馬台国」にも比定されようかという遺跡だが、発掘は全体の5%ほどだとされる。出土品は国の「重要文化財」に指定される貴重な品で
サイエンスで読み解く古代史ミステリー最終結論邪馬台国は阿波だった!Amazon(アマゾン)★★★★☆サイエンスで読み解く古代史ミステリー、というもので邪馬台国は阿波にあった、それはなぜそう言えるか?を説いたもの。稲作は約2500年前の弥生時代に中国大陸から朝鮮半島を経て北九州の玄界灘周辺に伝わり、その後徐々に西日本から東日本に広がっていったとされる私達がこれまで学校で習ってきた通説や、古代中国の秦の徐福が伝えたとされる通説は、大きく根底か
はい!奈央です。え、えー!古代史オタクの奈央です。本日、下の記者発表を見て驚愕しました。このような特別展を国立博物館が開催すれば、古代史に興味がない方々に対して印象操作になるのではないでしょうか?私の思い、考えが浅薄なため、単なる杞憂に過ぎないのであれば良いのですが。【記者発表】特別展「卑弥呼の鏡三角縁神獣鏡がヤマト王権をつくった」九州国立博物館で10月31日に開幕魏志倭人伝で女王卑弥呼に贈られた銅鏡100枚の謎に迫る–美術展ナビ美術展ナビHPよりお借りしまし
前回の弊ブログ空白の4世紀で、邪馬台国・卑弥呼の話などを書いたが、いろいろ疑問を思い出した。まずは、子供のころ、学んだ内容:邪馬台国は九州にあった、いや、近畿にあったと、昔から議論されてきて、結論は出ていない。この問題について、ふりかえってみよう。まずは、「邪馬台国」の読み=やまと国:現在「邪馬台国」は一般に「やまたいこく」とされている。しかし、この「やまたいこく」という読みは、江戸時代の新井白石が通詞今村英生の発音する当時(江戸時代中期)の中国語に基づいて音読したものであるた