ブログ記事4,442件
こんにちは船橋市の東端、坪井近隣公園にて見かけない説明版が立っていました「源七山遺跡」の説明版で今年3月に設置しています「源七山遺跡」は旧石器時代から縄文時代、奈良・平安時代の集落、室町時代、江戸時代までの城郭などが断続的に営まれた複合遺跡です特に旧石器時代の遺跡からは1500点以上の石器が出土しており中には信州産、栃木産の黒曜石や東北産の頁岩を使用した石器が発見されていますカワウですねコイがいます誰かが放流したのでしょうか?急速着水したところ
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2025年7月4日(金)の記録です。本日お伝えする大夕張地区は、わたくしの中では夕張の盛衰の象徴ともいえる場所で、これほどまで何もなくなったところは、そうそうございません。その一部ではありますが、過去記事のリンクも含めてお伝えします。まず向かったのはシューパロダム。そこへ向かう途中、夕張財政破綻の象徴の1つ、未成道の道道136号夕張新得線、南大夕張トン
今日は、昨日のメンバーに神宮寺隊員、親方が合流し長崎県佐世保市にある無人島の永ノ島へ。瀬渡しで10分到着永ノ島は、ここです。かつて、永ノ島炭鉱として栄えた島で、明治時代から昭和初期にかけて石炭を採掘していました。1897年:坂田某が採炭権を取得し、永ノ島での採炭が始まる。1906年:初期の採炭が終了し、炭鉱は閉鎖。1947年:堀川辰五郎が採掘権を取得し、再開。1953年:再度閉山。1960年代:栗山鉱業株式会社による本格的な開発が始まり、
秋田県北東部に位置する鹿角市に、巨大な三菱系の尾去沢鉱山がかつてありました。現在は、その当時の鉱山を掘っていた穴を利用して、観光坑道として活動されています。観光坑道といえば、生野銀山、明延鉱山など、全国各地に散見されますが、この尾去沢鉱山の観光坑道は、より当時の状況に近いと聞いていましたので、秋田観光の一環としてやってきました。まずは、鉱山の全体を俯瞰するために、山登りを行いました。なかなかの急角度の山ですが、登ったかいがあります。目の前の風景には圧倒されます!望遠レンズを
前回からの続き(5月18日のこと)で、平城宮跡のことになります門を真っ直ぐ行った所に建物があります撮るの忘れてたので、最初の画像から切り抜いたのを貼っておきます🤣こちらは東院庭園のことを紹介した資料館兼入り口となります建物もそんな大きくないので、展示物も多くはないです気になったものだけ撮りました😂特に気になったものは、更に別で撮ったので、左右の解説を文字起こししておきます平城宮・京の庭園遺跡平城宮や一部の貴族の邸宅には庭園が営まれていました。都が遷った後、平城京は大部分が水田
所在地〒915-0000福井県越前市村国町(芦山公園から)特徴越前市街の東(村国山)にあった山城で、展望台の駐車場から登る。堀切や段郭などが残り、山頂にはパラグライダーの発射場があり展望がよい。感想遺構はまとまりがなく残存度合いも高くない。山頂の南側にも遺構があるようだが訪問していない。
おはようございます。早朝起床しましたが、横浜は雨が降っていました。今日も仕事です。横濱一品香汁物をエプロン無しで頂くのが不安な場合、小鉢をお願いしてなら大丈夫でした。もちろん、大人でもエプロンして良いですよね。以前、本店?保土ヶ谷で頂いたたんめんと印象が違い少なめに感じました。お味は結構です😊⛰️⛰️⛰️⛰️⛰️軽井沢に行く車窓からこの山々を見たのです。Googleで調べると群馬県にある妙義山のようです。妙義山日本三奇勝の一つに数えられる、非常に特徴的な岩の景観で
ブロ友さんと行く北陸観光2日目親不知を味わいます明治16年に開通した国道昭和41年、トンネル開通に伴い旧道化途中の削られた岩には開通を記念した記録が如砥如矢(とのごとくやのごとし)「(この道路は)砥石のように平らで、矢のように真っ直ぐである。」文字の大きさは1文字約1m波激す足下千丈親不知天下之嶮の文字を撮り損ねていることにあとで気付く...昭和41年まで富山と新潟を結ぶ国道8号当時は北陸自動車道もなくここを車が走ってました
神奈川県相模原市緑区にある城山ダム。相模川本川に1965(昭和40)年に完成した重力式コンクリートダム。その貯水池は津久井湖と名付けられました。いま津久井湖の水位が下がり、湖底に沈んでいる昔の遺構が姿を現しています。この機会に普段は行けないその遺構に行ってきました。城山ダム堤体の上流側。撮影時、津久井湖の貯水率は16%まで下がっていた。水位は6門のラジアルゲート(4×クレストゲート・2×オリフィスゲート)の下まで下がっている。当然ながらゲート放流量はゼロだが、発電放流量は
いろんな遺跡探訪今回の元寇防塁跡は西新の西南学院大学内にある元寇防塁ですここの元寇防塁は大学内の1号館を新築する際に発掘された石築地らしく、その遺構をそのまま移築して展示しています大学内ではありますが、一般でも問題なく見学することができ、かつ復元を間近で見られるのでかなり分かりやすい展示になっています見学可能時間は大学なので平日の月〜金曜日、9〜17時です他の元寇防塁跡とはまた違った見方ができる場所です西南学院大学の正門すぐ近くにサザエさんと長谷川町子先生の像があります校内に