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ラウンドアバウトの糸満ロータリーの側にある洗い場の遺構「カミガー・アジガー」です。戦前の周辺の様子がタイルに焼き付けられていました。集落の生活の場である洗い場を、平成30年に発掘調査を行った時の様子です。全面的な発掘調査ではなかったようですが、いつか継続して発掘を行うのか気になります。今でも湧水が出ているのか、低いところには水草が生えています。糸満市の昔からの中心的な地域にある遺跡です。来年は、雑
枝下用水資料室の逵(つじ)です。新しいこのブログの操作にまだ慣れず、2日遅れで記します。更新遅いぞ!と思っているであろうあの方、彼の方の顔が浮かびます。9月8日(晴)の旧取水口の水位は測れず、石は2つ見えました。大雨のあとの川は水位が増して水位が測れないだけでなく、川の水が濁っています。水面下の遺構はほとんど見えません。拡大してみます。見える時はどうでしょう。1週間前、9月1日の写真です。拡大してみるとよくわかります。水位を測り始めた時は、水位が低ければ遺構が見えると思っ
いろんな遺跡探訪今回の元寇防塁跡は西新の西南学院大学内にある元寇防塁ですここの元寇防塁は大学内の1号館を新築する際に発掘された石築地らしく、その遺構をそのまま移築して展示しています大学内ではありますが、一般でも問題なく見学することができ、かつ復元を間近で見られるのでかなり分かりやすい展示になっています見学可能時間は大学なので平日の月〜金曜日、9〜17時です他の元寇防塁跡とはまた違った見方ができる場所です西南学院大学の正門すぐ近くにサザエさんと長谷川町子先生の像があります校内に
今日は、昨日のメンバーに神宮寺隊員、親方が合流し長崎県佐世保市にある無人島の永ノ島へ。瀬渡しで10分到着永ノ島は、ここです。かつて、永ノ島炭鉱として栄えた島で、明治時代から昭和初期にかけて石炭を採掘していました。1897年:坂田某が採炭権を取得し、永ノ島での採炭が始まる。1906年:初期の採炭が終了し、炭鉱は閉鎖。1947年:堀川辰五郎が採掘権を取得し、再開。1953年:再度閉山。1960年代:栗山鉱業株式会社による本格的な開発が始まり、
艫作隧道探索日2025.04.26公開日2026.05.13所在地青森県深浦町漁港の穴2025/04/2610:46《現在地》青森の西南に位置する世界遺産の街・深浦。そんな深浦には日本海に大きくせり出した舮作岬がある。舮作岬にはかの有名な黄金崎不老不死温泉があったりと観光地として賑わっている。そんな観光地への入り口となっているのがJR五能線の艫作駅だが、駅前の通りから一本海側に抜けると廃隧道があるという噂を聞き、五月の少し肌寒い日に
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2025年6月30日(月)の記録です。千畳敷砲台跡から先へ進んでいきますと・・・指令所跡の頂頭部へと出ます。これが指令所跡を上から見下ろしたところ。では降りて行って正面の部屋へ。蜘蛛の巣が見事です、危ない危ない・・・こちら、函館山の遺構の中でトップクラスの物件でした。特にこちらの通路の意匠は、実際には光が入り込んでかなり美しかった
2017年の9月北海道出張した際のブログと翌年、2018年12月に訪問した際のブログ2回分を併せて再編集してみた。炭鉱や鉱山の遺構は自分の好きなジャンルで北は北海道から南は九州まで行ける範囲で行ってます。(合法的に行ける場所)先ずは2017年9月、旧住友赤平炭砿が有るのは以前から知っていたがここに来たのは初めて。炭鉱遺産を旅しよう|赤平観光協会akabirakankoukyoukai.jpもう、興奮。すぐ目の前、手の届く場所に遺構が有る。敷地に入っては駄目ですよの看板が有り