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薬指が痛い・・・。己の人生を鷹宮に縛り付ける結婚という名の契約の証である銀のリング。それは指だけじゃなく、真澄の心にも食い込んで、疼痛をもたらしていた。愛してもいない女とひとつのベッドに眠る苦痛は、想像以上だった。背後で息をひそめるようにして、自分を見つめる紫織の視線が痛い。どんなに遅くても、床の中で眠らずに待っている紫織の執念が、煩わしさを超えて恐ろしくもある。だから真澄はいつも、夜更けになってからしかベッドには入らない。どうしようもない程の眠気が来るまで、夫婦の寝室には行かずに
「真澄様、私はこれが気に入っているのですが、真澄様はどれがお好みかしら?」マホガニーのデスクに広げられた数枚のデザイン画。それは海外ブランドの有名デザイナーによるオートクチュールのウェディングドレスだ。いつになく興奮気味の婚約者に穏やかに微笑んで答える。「僕は紫織さんがお気に召したものが、一番貴女に似合うと思います。」何よりも彼女の気持ちを尊重しているかのようで、まるで思いのない言葉を返す自分に真澄は内心自嘲する。まるでこれは大切な取引先の接待と同じだ。愛想笑いに心にもない上部だけ
「マヤに好きな男がいる?誰だ・・・一体どこの誰だ?」水城は真澄の眼が鋭くなったのを見逃さなかった。それが何を意味するのか・・・大都芸能社長としての怒りか、それとも一人の男速水真澄としての怒りか。水城にとっては確かめるまでのことではない。所詮、本人に問い質したところで、真実の答えは返ってこない。何故なら真澄本人がまだ気づいていない・・・いや、もう流石に気づかずにはいられないだろうが、それを必死に自身に誤魔化しているのだ。仕事においては、冷酷無比なほどに沈着冷静で理論的に行動できる優秀
焦れていた・・・。仕事のこと以外でこんなにジリジリと唇を噛むような思いなど、これまではした事なかったのに。マヤの二度目の海外公演・・・場所はベルギー王国ブリュッセル。以前、ベルギー王室の皇太子が来日した際、マヤの紅天女を観劇され、たいそう感激されて、「いつか我が国で海外公演を・・・」と言われて、それが実現したのだ。王室からの招聘で実現した今回の公演は、ヨーロッパでも話題となった。すでに大都にはヨーロッパの他の国から公演のオファーがいくつも来ている。数年後には欧州ツアーが実現するかもし
これから秋本番を迎える九月。半年前に大都グループ総帥となった速水真澄は、女優北島マヤと結婚をして三ヶ月の新婚真っ只中でありながら、結婚前と何ひとつ変わらぬ多忙な日々を送っていた。大都の総帥となればそれも致し方無しではある。一方マヤの方も、結婚の直後から連ドラの主演作の撮影が始まり、撮影もいよいよ佳境に入ってきていた。10月の番組改変期に最終回が2時間枠のスペシャルで放送されるが、今はそれを絶賛撮影中といったところだ。平均睡眠時間は4時間程度で、少しでも長く睡眠時間を確保するため、撮影現
紅天女の本公演を1週間後に控えた日の夜。マヤは水城から稽古終了後に大都芸能本社に来るよう連絡を受けた。千秋楽の後の打ち上げパーティのことで打ち合わせをしたいとのことだった。大都芸能を訪れるのは、久しぶりである。試演前に真澄と鷹宮紫織の婚約が発表され、マヤの足は自然と大都から遠のいた。婚約披露パーティで二人の姿を見て以来、マヤは真澄を故意に避けるようになった。手に入らないものを欲しがるのは、正直つらい・・・そんな自分が嫌になる。それで綺麗さっぱり忘れられる程度の恋だったらよかったのだ
~愛している...言葉が世界を変える心の壁は今も消えないけど信じている...言葉がすべてをつなぐ希望と哀愁の果てに~もう・・・全てが限界だった。白い床に力無く横たわる肉体。一雫ずつ落ちてゆく、点滴だけが時の流れを告げる。それ以外は全て止まっているように見える。*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。..。.:*・゜゚・*梅の香りと苔生した岩肌にせせらぐ小川の水音。男は独りで佇んでいた。懐かしさと安らぎに満ちた里。自分にとって何よりも大切なものが息
〜maya'sprologue〜厳寒の東北の地でのロケも終盤を迎えた。マヤが主演する映画の撮影はこのロケの終了とともにクランクアップする。自分の出番を待ちながら、この映画に出るまでの経緯を思い出していた。〜あんなにあの人が反対するなんて思わなかったな・・・〜マヤの脳裡にその時の真澄の顔が浮かんだ。「大都は“北島マヤ“を安く売る気はないっ。自覚のないその辺の主演アイドルの抜けた穴埋めに君を使われるなど、俺は願い下げだ。」昔から自尊心の高い人だ。大都の看板を軽んじられたと思って
マホガニーの重厚なデスクの奥に、黒い革張りのプレジデントチェアにその長い脚を優雅に組んで座っている男・・・。紺色に極細のストライプを施したイタリアンメイドの生地を使い、戦後昭和の時代から続くテイラーの生粋の職人が手塩にかけて仕立て上げた高級スーツをまるで空気を纏うように極自然に着こなしている。そして腕時計にベルトに靴といった小物もシンプルでありながらそのどれもが世界の超一流の職人が手がけるブランドの逸品である。そんな完璧に包まれた男・・・大都株式会社代表取締役社長の速水真澄を慈愛の
MorningSickness・・・昔、ハーバードに留学していた頃、学生結婚をしていた友人の奥さんが妊娠して、悪阻が酷くて大変だと、その友人が話していたことを思い出した。俺はその時、何故悪阻が"MorningSickness"と言われるのか、ピンと来なかった。ただ、当時は興味も無かったからその時の疑問は放置されたままだったのだが、今になってその意味がようやくわかった。マヤが二人目の子供を身籠った。もちろん俺の子だ。この前マヤに告白されて、感激のあまり不覚にも涙が出てしまったが
今年もあと残すところ、一週間。街は師走の騒めきに包まれている。この季節ともなると、大都芸能社長の速水真澄は連日、接待に明け暮れる毎日だ。世間はクリスマスイブだというのに、今日も彼は接待の梯子をしている。六本木の某所の交差点で、信号待ちで車が止まる。ふと交差点の左前方を見たとき、真澄の視線がそこで釘付けになった。「水城君・・・今夜はもうこれで俺は御役御免でいいかな。柏木物産のところは、会長(オヤジ)が出ているから、至急の用だと言えばなんとかなるだろ?」「それはそうですが・・・」「
鷹宮との後始末にも目処が立ち、ようやく真澄にも自由になる時間ができた。マヤとはすでに互いの思いを伝えあったが、その喜びも束の間で、マヤも真澄も仕事に忙殺される日々が三ヶ月も続いた。しかし、ここに来てやっと、マヤに逢いに行ける時間ができた。本当ならすぐにでも交際宣言をして、いつ如何なる場面でもマヤの隣に正々堂々と立ちたい。けれど、二人の立場を考えればまだそこにたどり着くまでには、時間と根回しが必要だ。だから今は、街の片隅でひっそりとマヤとの時間を過ごし、愛を育んでいくしかない。だが、そ
『紅天女北島マヤ、突然の休養宣言!』ワイドショーや週刊誌の見出しが、マヤの名前で賑う。デスクに置かれた数冊の週刊誌を忌々しい気持ちで睨むのは、大都芸能代表取締役の速水真澄だった。突然の休養宣言と紅天女次回公演の無期延期・・・その理由に関して、様々な憶測が飛び交っている。北島マヤ本人が、メディアの前で真実を語れたらよかったが、今の彼女にそんな事をさせるわけにはいかない。「水城君・・・マヤの様子はどうだ?藤堂君からは何か報告はあったか?」コーヒーを持ってきた秘書の水城に真澄が尋ねる。
マヤをアメリカに旅立出せたのは、俺のせめてもの悪足搔きだった。マヤだけには、見せたくなかったのだ。俺という存在に意味がなくなる日を。心の伴わない結婚は、それに関わる全ての人を不幸にする。永遠に手には入れられないとは知りつつも、君という夢とその夢を叶える自由を、それでも諦められない愚かな俺は、いつか・・・という蜘蛛の糸のような僅かな期待に縋って、必死に鷹宮との提携を進めた。諾々と鷹宮への従属なんて絶対にしたくない。だから、提携のイニシアチブを片っ端から握るために俺は必死だった。24時
この婚約に愛はない。真澄のかつての婚約者の紫織もそうだった。単なる政略結婚の道具だった。その事に嫌気をさした紫織が自ら破談を申し出たのだと、マヤは真澄から聞かされていた。紫織の時は大都の事業拡大が目的の政略結婚だった。だが、結局は真澄の手腕で鷹宮との合併などなくても、大都の野望は果たされた。だから真澄もあっさりと紫織との破談を受け容れたのだろう。そして真澄が次に狙ったのは紅天女・・・その上演権だ。故にその上演権の継承者であるマヤとの結婚を言い出したに違いない。そうでなければ、マ
ノーブルな空間で極上のワインと料理。そして目の前には婚約者(フィアンセ)が微笑んでいる。誰もが羨む光景の中に当然のように男もまた静かに微笑む。「真澄様・・・紫織は幸せ者ですわ。愛する殿方とあとひと月後には結ばれることができるんですもの。」「それは僕も同じですよ。」さらさらと流れるように紡がれる言葉に、躊躇いはない。自分はこの目の前の女性と結婚するのだ。その事に何の疑問も不安もありはしない。だが、どうしてか、心のどこかに感じる歪み。これは一体何なのだろう?その正体が分からない
心に闇を抱える者は、そこに光を齎らす者に出逢った時・・・地獄で踠き苦む餓鬼に垂らされた釈迦の蜘蛛の糸の如く、それを己の手にしようとする。正義に抗い、時に人を傷つけ、最後は己までも傷つけて・・・。政略結婚で結婚して半年が経とうとしていた。結婚という名ばかりの無言劇を演じている真澄と紫織。紫織のたっての希望で、成城に居を構え、鷹宮家から遣わされている何人もの使用人に囲まれて暮らす毎日。息することすら煩わしくなる陰鬱とした朝を迎える真澄は、結婚に際して、全て紫織の希望を受け入れた。ただひと
〜速水さん、お願いがあるんです。〜俺にはいつも憎まれ口しか叩かない君が、殊勝にもアポまでとって会社を訪ねてきた。改まって向かい合う君から何を聞かされるのか、俺は柄にもなく内心ドキドキしたよ。〜年度末でお忙しいのはわかっているんですけど、出て欲しいんです・・・私の卒業式に。〜マヤは高校を卒業したら、女優一筋で月影千草の元でやっていこうと決めていた。だが、マヤを妬む周囲の嫌がらせに端を発した数々のトラブルに巻き込まれた挙げ句、マヤに追い討ちをかけるように襲った、実母春の死。それらの出
「真澄様・・・」「ダメだ、絶対に承認なんかするものか・・・」水城の声に呆れが混ざっているのも気づかぬふりで、即座に企画書を突き返すのは、大都芸能代表取締役の速水真澄、35歳独身。若き日から仕事一筋に生きてきた男に、この企画書の中身など本当ならば興味は露ほども無いはずだ。右から左のイージーなスルー案件・・・と、企画グループのスタッフは高を括っていたことだろう。だが現実は水城が危惧した通りに展開していた。「これも仕事ですよ・・・こんなハイブランドの最後のMarieを飾れるなんて、とて
北島マヤ25歳。紅天女の唯一の正統継承者にして、我が大都芸能きっての看板女優。・・・そして・・・彼女はこの速水真澄の最愛の恋人でもある。この秋には正式に婚約を発表する予定だ。出逢ってはや12年の年月が流れるも、俺のマヤは出逢ったあの頃と何も変わらない。天真爛漫で、芸能界の悪色にも染まらず、純朴で天然・・・けれど一度演技を始めれば、神々しいほどの煌めきを放つ。その類稀なる無垢な才能を世間は奇蹟と呼ぶ。だから、マヤは誰からも愛される。彼女の周囲は、何かと彼女を放ってはおけないみたい
「マヤちゃんて実は、眼鏡フェチだって、貴女知ってた?」大都芸能社長室で、長閑にお茶を飲む二人と言えば・・・。水城冴子株式会社大都芸能代表取締役社長兼大都株式会社経営統括本部秘書室副室長(総帥付)と、藤堂朱夏株式会社大都芸能マネジメント統括部専任部長兼北島プロジェクト総責任者である。大都芸能のみならず、本丸の大都にまで名を馳せる女傑の二人。何を隠そう、この二人の肩にこそ大都の安寧がかかっていると言っても過言ではない。大都の総帥速水真澄と大都芸能の看板女優北島マヤ
「おい、朝倉。マヤさんは、朝から何を難しい顔しておるんだ?」朝食の後、速水家のキッチンで腕組みをして唸っているマヤを遠巻きに眺めながら、ヒソヒソ会話をする義父の英介と執事の朝倉。朝倉に至っては、今やマヤの姑のようなものだ。「・・・御前は、ハロウィンなるものをご存知でいらっしゃいますか?」「朝倉・・・老いてもこの速水英介を馬鹿にするなよ。儂とてハロウィンくらい知っておるわ。」自信満々のシニカルな笑みを湛える英介に、朝倉が『ほう?』という顔をする。「・・・アメリカのカボチャの祭だ。」
◇Prologueいつからだろう・・・これが恋と自覚したのは。紫の薔薇越しに君の笑顔を見ると、堪らなくこの胸が疼いた。その笑顔を俺に向けさせたい。君の瞳には俺だけを映し出したい。紛れも無い独占欲が俺に嫉妬という感情を押し付けてくる。君が笑いかけるもの全てを焼き尽くしてしまえば、君は俺を見てくれるのか・・・いや、愛してくれるのか。仄暗い気持ちが苦しくて、俺は人知れずに胸を押さえて喘いでいる。大都芸能の社長室。マヤはそこの主である速水真澄に呼び出された。最近はすっかりマヤがそこに
つづきです↓------------真澄を獲得する事をただひたすら望み、彼と結婚できれば幸せになれると突っ走ってしまった紫織。なぜ彼女は焦る心を止められなかったのでしょう?なぜ誰も彼女に、速水真澄はあなたを愛していないのだから結婚しない方がよい、と諭さなかったのでしょうか?と同時に、紫織は自分を好いていない男との結婚をここまで望むのか、という疑問も大きく感じさせます。聡明だった紫織がなぜそこまで真澄との結婚を望んでしまったのでしょうか。・聡明だったご令嬢が豹変登場当初、少なくとも
「真澄様、もう危機は脱し、鷹宮との提携解消の峠も越えたのですから、今夜こそご自宅にお帰りになって下さい。」時計の針が午後七時を回る頃、帰り支度を済ませた秘書の水城が真澄に声をかけに来た。もうひと月近く真澄はまともに帰宅していない。大都本社の取締役専用フロアーにある社長室の隣には、セミダブルのベッドとビルトインクローゼットを備えた仮眠室とシャワーまで備えたサニタリールームが併設されていた。都心ホテルのデラックスルームくらいの広さと機能性を持っているため、贅沢を言わなければ充分生活は出来る。
今年は暖冬だと言われていたのに、今夜はとても寒い。マヤは解けかけたマフラーを巻き直して足早に家に向かった。今夜はアルバイト先の小さなリストランテもいつもより忙しかった。時計を見ればもう夜の10時を過ぎていた。小さめの紙袋には、忙しくて食べる暇も無かったリストランテの賄い料理が入っている。オーナーシェフの柱谷が持たせてくれたゴルゴンゾーラのペンネだ。マヤは部屋の近くまで来ると、最寄りのコンビニに寄った。小さなチキンとデザートコーナに置かれていた直径10センチほどの丸いショートケー
『速水真澄、鷹宮グループとの事業提携解消の責任を負っての大都グループ役員辞任』日本の財界を巡ったこの騒動も今では過去となりつつある。己の甘さが引き起こした問題だったのだから、誰にも愚痴を言う気などない。マヤへの思いを断ち切るための政略結婚が、マヤへの思いをより強めてしまっただけでという結末には自分でも呆れてしまうが、それが揺ぎようのない真実だったのだ。だから、たとえそれがどれ程の困難を極めようとも、真澄は紫織との破断を決めた。それをしてもまだ、マヤの心を手に入れられるかどうかわからない
一月三日・・・この日は毎年、大都グループの賀詞交換会と新年のパーティーが午後零時から帝都ホテルで催される。大都芸能からは、事業部長以上の社員と一定以上のランクの俳優タレントたちが招かれる、年中行事の事始である。紅天女の正式後継者となり、再び大都芸能とマネージメント契約を交わしたマヤにとって、今回が初めての出席だった。去年の年の暮れ、紫の薔薇の人から届いた一揃えの晴れ着。紅梅と白梅を大胆に配した古典柄の京友禅大振袖だ。帯は西陣の一点物で、格調高い文様が金糸と銀糸で織り込まれている。この
早いもので、立春も過ぎた如月の頃。大都芸能の社長の室で何やら難しい顔をして考え込んでいるのは、この部屋の主である速水真澄だった。「真澄様、眉間!」清楚ながら女性らしく彩られた爪を持つ美しい人差し指が真澄の目前に突きつけられた。秘書の水城に厳しく指摘されてようやく我に返る。ここ数年の彼はこの季節がやってくるとやたらと不機嫌になっていた。だが、今年はそんな必要はないはずだ。にもかかわらず、またこの男は無駄に感情を拗らせているのだろうと、水城は半ば呆れて、軽い溜息をついた。「そんなに心
◇試される絆あれから俺は、紫織さんとの協議離婚を進めていた。弁護士の藤堂の紹介で、その方面が得意な弁護士を紹介してもらい、今も協議が続いている。思いのほか、紫織さんは冷静なようで、離婚の成立も時間の問題との報告で俺も安堵し始めたその時、事件は起こった。怜が何者かに連れ去られたという。マヤが風邪をひいた怜を病院に連れて行ったのだが、検査中に看護師に怜のことを頼んで、御手洗に行ったその一瞬にあの子がいなくなったという事だった。マヤはすぐに水城に携帯で連絡をしてきて、俺もその事実を知った。